オペラ座ダンサー・インタビュー:マリーヌ・ガニオ

ワールドレポート/パリ

大村 真理子(在パリ・フリーエディター) Text by Mariko OMURA

Marine Ganio マリーヌ・ガニオ(スジェ)

オペラ・ガルニエにて5月7日から6月5日まで『カルメン』『Another Place』『ボレロ』のトリプル・ビル『マッツ・エク』が開催された。第一配役でカルメンを踊ったのはマリーヌ・ガニオで、ドン・ホセ役はエトワールのユーゴ・マルシャン、そしてエスカミーヨ役はプルミエ・ダンスールで夫のフローリアン・マニュネという配役。小柄であることを感じさせないステージを常に見せる彼女は、今回はさらに一段とそのパワーを増し、時にドン・ホセに愛おしい視線を向けるが、太い葉巻を口にくわえ、男に媚びず自由に生きるカルメンをユーゴを相手に堂々と演じた。28歳以下の観客を対象にした公開ゲネプロを含め11の公演を、彼女は満喫したようだ。

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Photo Julien Benhamou

プログラムの内容は2019年6月の公演時と同じだが、この時にカルメン役を踊ったエレオノーラ・アバニャートは引退し、アマンディーヌ・アルビッソンは現在オフである。この2名のエトワールに変わって、今回オーディションの結果カルメン役に選ばれたのはマリーヌ・ガニオとレティティア・ガロニという2名のスジェだった。オーディションの結果作品に配役されたダンサーの中にはプルミエール・ダンスーズもいたのだから、大抜擢といっていいだろう。この公演では彼女がカルメン役でマッツ・エクを初体験したように、彼女の兄マチュー・ガニオも『Another Place』に配役されて初のマッツ・エク作品で新境地を見せた。まずはマリーヌにこのカルメン体験を語ってもらうことにしよう。インタビューが行われた日は、ダンサーたちが体験できるようにとオペラ座の裏の中庭でマイナス120度の全身冷却療機(クライオセラピー)を搭載した車が数時間停車していた。マリーヌもインタビュー後に試す予定だと興味深げだった。

Q:この配役を決めるためのマッツ・エクによるオーディションがあったそうですが、参加は自分で希望したのですか。

A:もし希望する場合はそれを上層部に伝えることもできるのでしょうけど、これは私から希望したことではありません。マッツ・エクやアナ・ラグナ(振付家アシスタント)が私のオーディション参加を望んだのか、オーレリー(・デュポン芸術監督)あるいはサブリナ・マレム(バレエ・マスター)が決めたことか、その背景は私にはわかりません。私がオペラ座からもらったスケジュールにオーディションがプログラムされていたのです。

Q:それはカルメン役のオーディションだったのですか。

A:カルメン役のためなのか他の2作品のためなのか、それすらも知りませんでした。『カルメン』では、前回踊ったコール・ド・バレエのダンサーの中には定年でいなくなった人もいるので、そのかわりなのかもしれないし、と。オーディションでマッツ・エクもアナもとても優しく、親切でした。でも、それは私だけでなく参加者の誰にでも同じ。彼らは互いの間に違いを感じさせない気配りをし、全員に同じように接していました。

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Photo Ann Ray

Q:第一配役でカルメン役を踊ると知ったとき、どのような気持ちでしたか。

A:過去にマッツ・エクのオーディションを受けたこともないし、彼の作品を踊ったこともなかったのだから、とっても驚きました。もちろんカルメンは踊れたら!と思っていた役だし、それだけでなくスタジオで彼らと一緒に仕事をできる経験ができたら、というのはこれ以上ない願いでしたから。
前回の公演時のオーディションは、私が『イヨランタ/くるみ割り人形』のソリストとして舞台に立っている時期だったので参加ができなかったんです。これにはがっかりしましたね。というのも、ダンサーのキャリアにおいて、'' マッツ・エクとアナ・ラグナと一緒にスタジオで仕事をする機会に恵まれた!''と一度は言ってみたいものでしょう。だから、今回、オーディションで彼らと一緒に時間を過ごせただけでもとても幸せだったのです。
で、そのあと選ばれて・・・これは信じられない。通常は舞台の後方で他のダンサーたちの中に溶け込んでいなければならないのですから。こうして選ばれ、しかも「あなたを選んだのは、自分が何者かを君は僕たちにみせてくれたからです」と言われて・・・素晴らしいことでした。

Q:リハーサルはさぞ大変だったのではないでしょうか。

A:確かにハードでした。でも存分に楽しみました。主にアナ・ラグナとの仕事で、彼女が1から10まで私たちを指導してくれて、私は何事も逃すまいと・・・。こうして一緒に仕事をして、このカルメン役というのは彼女にクリエートされ、彼女が熟考を重ねて、舞台で踊り、体験し、自分のものにしたのだ、ということを強く感じました。それを私に継承するために、すべてを私に与えてくれようとするその寛大さ。私をより遠くへと導きたいという願いが感じとれて、心が揺さぶられました。私がよく踊れるようにということを彼女は望み、彼女からの信頼が感じられて。これはとても大きな喜びですね。
リハーサルは時間的にはさほど長くありませんでした。というのも『カルメン』の2配役に加え、『Another Place』の2配役の仕事も彼女は担当していたので。時間数が限られている分、前進し、稽古し、前進し、公演を作り上げる、という同じ目標に全員が向かい、スタジオでの時間はとても凝縮されていて、強烈でした。

Q:オペラ座ではコンテンポラリーよりクラシック作品を踊ることが多いですが、体はどう反応しましたか。

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ユーゴ・マルシャンと Photo Ann Ray

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ユーゴ・マルシャンと Photo Ann Ray

A:そう、体の使い方は全く違いますね。こうしたスタイルには慣れておらず、ダンスを学び直すというような感じがありました。クラシックではいつも背中を伸ばし、より上へ上へという仕事なのに対して、アナは「下へ、下へ」の繰り返し。もっと下へ!と要求されても、頭が理解しても体が・・・。これまで体得してることを全部解体しなければならないから、少し時間がかかるな、と、最初は思ったのだけど、あるところで気がついたんです。それほどかけ離れたものではなく、それどころかマッツ・エクを踊るには、クラシックのしっかりとしたベースが必要だと。もっともこれまで腰が痛くなったことがなかったけれど、カルメンでは腰の痛みを感じました。最初の頃は腿と内転筋が・・・。でも舞台で踊れることを思ったら、そんなのは大したことじゃありませんでした。

Q:オペラ座のダンサーの中で小柄なあなたと大柄なユーゴ・マルシャンとの組み合わせ。これについて話してください。

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ユーゴ・マルシャンと Photo Ann Ray

A:これって驚きですよね。もっとも『イヨランタ/くるみ割り人形』でも、やはり長身のジェレミー=ルー・ケールがパートナーだったし・・・演出家が小柄な私にあえて大柄のパートを選ぶのかもしれません。今回についても、それはマッツ・エクに確認してみるのがいいでしょう。私のパーソナリティが気に入り、ユーゴのパーソナリティが気に入ったので、二人のサイズの違いについて残念だけど、たいした問題じゃないということなのか。あるいは反対に利点のある切り札なのか・・・。彼はこれによってもたらせることがあると思ったのではないかと、私は想像しています。カルメンは強い女性で、男性に抵抗でき、男性にノーといえます。小柄な私が大きな男性に対することで、こうした面を身体のコントラストがより際立たせると彼は考えたのではないかと・・・彼に聞かないとわからないことですけど。クラシック作品ではないのでユーゴと踊る際に身長の差による不都合というのは、私には何もありませんでした。ポルテの1つだけ、クラシックだったら彼が体を折らなければならないようなところ、今回彼はそうしないということを最初に決めました。この1箇所を除き事前に取り決めをする必要はほかにはありませんでした。

Q:ユーゴはドロテ・ジルベールと組むことが多いダンサーですね。彼との初仕事はいかがでしたか。

A:確かにドロテと踊ることが多いですね。私、芸術面においても彼と踊ることがとても気に入りました。実は正直に言うと、どうなるかなという心配があったんです。ユーゴは私の世代ではなく、学校時代も重なっていません。彼のコール・ド・バレエ時代は身長の違いから一緒に踊ったこともなく、個人的に知り合う機会もなかったので。このカルメン役はパートナーとの間に、絆を築く必要があり、それに私はとりわけ繋がりを求めるタイプなんですね。というのも、良い相互理解がない関係は舞台上でそれがみえてしまう。だから初めての相手とそれが感じられるような絆を作れるかしらと心配したのだけど、彼とは最初から息があって・・・。彼は人間的にも温かく、私の意見に耳を傾けてくれて、とても快適なリハーサル時間を過ごせました。

Q:オペラ座がYouTubeに上げている抜粋でも見ることができる2つめのデュオでは、まるで『椿姫』の田舎のシーンで踊られる愛情の喜びが溢れる白のパ・ド・ドゥを思わせる感動がありました。(https://www.youtube.com/watch?v=_KT6G1mB4rM

A:ダンサーやスタッフの大勢からも、私たちのデュオがすごく良い、とても心に触れるものがあるという反応をもらいました。素晴らしいですね。なぜって、目的が果たせたのだから。このデュオで二人がバラバラだったら、私たちにも観客にも面白いものじゃなくなってしまいます。

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ユーゴ・マルシャンと Photo Ann Ray

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ユーゴ・マルシャンと Photo Ann Ray

Q:オペラ座ではローラン・プティの『カルメン』もよく踊られます。プティのカルメン像とエクのカルメン像の違いは何でしょうか。

A:ローラン・プティの『カルメン』はカルメン役もコール・ド・バレエも踊っていないので、わかりません。いずれにしてもテーマは、何の束縛もなく生きる女性。閉じ込められることは死に等しいのです。それに対してドン・ホセが持つ男女のカップルについてのヴィジョンは、女性は結婚したら夫だけをみて、夫だけのために生き、夫を深く崇拝して・・・と。あいにくと彼は、こんな夢とは正反対の女性であるカルメンに惹きつけられてしまったのですね。彼女は気の向くままに男性の気を惹き、アヴァンチュールの翌日にはまた別の・・・という。私、役柄を追求するのが好きなので考えたのだけど、閉じ込められることは望んでいない、でも、彼女は彼に対して思いを抱くことはできるのだと気づくのですね。愛情ゆえに彼の夢の方へと接近できるかもしれないと思ってはみるものの、でも毎回その段階を超える寸前で、''おっと、これじゃないのよ、私が望んでいるのは'' と、自分の強さを放棄することなく逃げ出すのです。彼女は愛情に生きるという可能性に心惹かれる、そんな脆さもあるのだけど、でも、そうしたら閉じ込められてしまう・・・大恋愛より自由を選ぶのです。

Q:第一配役でエスカミーヨ役を踊ったのは、ご主人でプルミエ・ダンスールのフロリアン・マニュネでした。

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フロリアン・マニュネと Photo Ann Ray

A:最初、この配役はややこしいな、と実は思ったんです。身近な人と一緒というのは、私には決して簡単じゃないことなので。他のダンサーに比べるとバリアが低く、フィルターが少ない分、険悪になってしまう可能性がある。それが怖かったのだけど、とても良い雰囲気ですごく上手く行きました。私たちはリハーサル・スタジオでは夫と妻ではなく、二人のダンサー。アナ・ラグナも同様で、カップルとしてではなく自分が稽古をみるべき二人のダンサーというだけの視線でした。だから上手くいったのでしょう。フローリアンとは外部のガラで一緒に踊ったこともあるけれど、オペラ座でというのは初めてのことでした。

Q:彼は来年42歳の引退年なので、こうして一緒に舞台で踊れるのは幸運でしたね。

A:そう、マッツ・エクとアナからの素晴らしい贈り物です。オペラ座の配役では小さいダンサーは大きいダンサーと踊らないというのが通常だけど、彼らのおかげで、それも可能なことであり、悪いことじゃないということを見せられたと思っています。

Q:8歳と4歳のお嬢さんが舞台を見に来たそうですね。

A:カルメンは挑発的でとってもセンシュアルでフェミニンです。私は彼女たちの母親なので、子供たちにこうした面を見せたくないという思いもあって、二人が見にくるのは望んでなかったことなんです。それにフローリアンと一緒に踊るといっても、彼の役はエスカミーヨであってドン・ホセではない。私がほかのダンサーと一緒というのを見せるのが怖くって。でも『カルメン』はフローリアンの最後の公演の1つでもあるし、私たちがこうして一緒に初めて踊るところを見せたいという気持ちもなくはなく・・・。M役のオニール八菜から「子供たち、見に来るの?」と聞かれて、考えてみました。それで二人に見せることにし、上はともかく下の4歳の娘に「最後にママは舞台の上で死ぬけれど、本当じゃないの。その証拠に毎晩、ちゃんと家に帰ってきてるでしょ。お腹を強く叩かれるけど、これはちっとも痛くないから心配しないで・・・」と準備をして。でも杞憂でしたね。二人ともこうしたことに動揺することもなくって。もっとも劇場での時間を楽しんだようだけど、恥ずかしいのか、思ったことを表現する言葉がみつけられないのか、家では彼女たちは舞台について語りませんでした。

Q:これを踊ったことでマッツ・エクの『ジゼル』など彼の他の作品を踊ってみたいという欲が湧きましたか。

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ジェレミー=ルー・ケールと Photo Agathe Poupeney

A:作品が何というより、彼らとリハーサルスタジオで再び一緒に仕事できる機会があったら、もちろん、それはうれしいですね。

Q:コンテンポラリー作品はオペラ座で過去にも踊っていますね。

A:そう、でも私はカンパニーに16年も在籍してるのだから、その中では僅かです。マクレガーの『感覚の解剖学』、ピエール・リガルの『Salut』、それから『イヨランタ/くるみ割り人形』の創作に参加しています。クリスタル・パイトの『seasons' canon』もアジアのツアーで踊ってますけど、その程度で私のスペシャリティではありません。

Q:この後はオペラ・ガルニエでの『ジゼル』に配役されています。

A:そう、クラシック作品に戻ります。クラシック作品に向ける視線というのはマッツ・エクを踊ったからといっても変わりません。でも難しいだろうと想像するのは、『カルメン』でストーリーを語るという私が望むことを実現できるチャンスを得て、そして舞台が私のためにあったという経験をした後に、ダンサーのグループの中に戻ることです。興味深い仕事であることは否定しないけれど、私の考える方法では踊れません。コール・ド・バレエよりソリストというのは、はるかに心が喜びで満たされますものです。コール・ド・バレエというのはバレエ作品に自分を捧げ、ソリストの価値を高める仕事。2つのまったく異なる仕事なんです。

Q:『カルメン』ではコール・ド・バレエのダンサーたちからサポートされてると感じられましたか。

A:もちろん!! でも、これもまた最初に少々不安があったことなんですよ。とりわけ女性のコール・ド・バレエのダンサーたちは、私よりもずっとコンテンポラリー作品を踊り慣れています。『カルメン』を過去に踊り、マッツ・エクの他の作品も経験しているというダンサーたちです。それなのに、突然どこかから湧いてきたかのように私が主役で彼女たちの前にいるというのは、彼女たちには受け入れ難いだろうなと・・・。彼女たちの視線やジャッジをいささか恐れていました。でも、その反対だったのです。彼女たち、いつも笑顔で迎えてくれて、親切な言葉を私にかけえくれてと大きくサポートしてくれていました。マッツとアナとの出会い、新しいスタイルとの出会い、ストーリーを語る役への配役・・・こうしたことも素晴らしいけれど、このヒューマンな出来事も美しい経験の1つとなりました。

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Photo Agathe Poupeney

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Photo Agathe Poupeney

Q:次のシーズン、『マイヤリング/うたかたの恋』がプログラムされています。2020年5月に予定されていた公演では、皇妃ステファニーに配役されていました。

A:はい、その時に少しだけ稽古を始めていたんですよ。この秋の公演の配役はまだ出ていないので、再びその役に私が配役されるのかどうか。期待はしてますけど・・・。ステファニー役はあまり多くは踊らないけれど、ルドルフの妻で大切な役柄です。私、パ・ド・ドゥを踊るのが好きで、特にルドルフとのパ・ド・ドゥは複雑で暴力的なものなのですごく興味深いんです。もし今回も配役されたら、とても幸せです。2020年のリハーサルでは私のルドルフ役はマチアス(・エイマン)でした。配役が発表するのを辛抱強く待つことにしましょう!

Q:2022〜23年に予定されている中で、踊りたい作品は何ですか。

A:踊りたい!!と切望するのは、2023年2月のバランシンのトリプル・ビル中の『Who Cares ?』。これは心から期待しています。そしてシーズンの最後の『マノン』ですね。これは美しい作品で、過去にエレオノール・ゲリノーと一緒に2人の高級娼婦役を踊っていますけど、配役はダンサーが決めることではないので今度はどうなることか・・・。

Q:今シーズンは『ジゼル』が最後の舞台ですか。

A:『ジゼル』の後でロサンジェルスのツアーに参加します。私は代役なので、会場のハリウッド・ボールの大観衆の前で踊ることはおそらく体験できないでしょうけど、行ったことのない土地だし、フローリアンも一緒なので楽しみにしています。

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