パリ・オペラ座バレエ団がヌレエフ版『ラ・バヤデール』を6組の豪華キャストにより上演した

ワールドレポート/パリ

三光 洋 Text by Hiroshi Sanko

Ballet de l'Opéra national de Paris パリ・オペラ座バレエ団

La Bayadère Rudolf Noureev
『ラ・バヤデール』ルドルフ・ヌレエフ:振付

ルドルフ・ヌレエフが1992年に振付けた『ラ・バヤデール』が、2017年、2020年に次いでバスチーユ・オペラで上演された。2年前はわずか一度だけ、無観客で上演された舞台がストリーミング配信されて、ポール・マルクがエトワールに昇進している。その時(通常の公演は全て中止となった)に比べれば、現在、新型コロナ感染は沈静化に向かっている。しかし、4月3日から5月6日までのシリーズ(20回)のうち一公演(4月8日)は中止された。また取材した2晩ともコール・ド・バレエの中にマスクを着用して踊っているダンサーが数名いた。新型コロナ禍が完全に収束するかどうかはいまだにわからない状況だが、パリ市内と郊外でイスラム派の同時多発テロがあった2017年や2020年に比べれば通常公演に近づいてきている。
ヌレエフが実際に振付けた1992年の初演時は、イザベル・ゲラン(ニキヤ)、ローラン・イレール(ソロール)、エリザベット・プラテル(ガムザッティ)というオペラ座バレエ団黄金時代ならではの豪華キャストだった。このシリーズの主役はニキヤ、ソロール、ガムザッティの順にA【セ・ウン・パク/ポール・マルク/ヴァランティーヌ・コラサンテ】、B【ローラ・エケ/ジェルマン・ルーヴェ/エロイーズ・ブルドン】、C【ドロテ・ジルベール/ギヨーム・ジョップ/ビアンカ・スクダモア】、D【ミリアム・ウルド=ブラーム/フランチェスコ・ムーラ/ブルーエン・バッティストーニ】、E【ドロテ・ジルベール/フランソワ・アリュ/ビアンカ・スクダモア】、F【ヴァランティーヌ・コラサンテ/ジェレミー=ルー・ケール/ロクサーヌ・ストヤノフ】という6組だった。
(A は4月3日(初日)、6日、9日、14日)(B は4月5日、11日、17日)(Cは 4月12日、15日)(Dは 4月18日、21日、26日、29日)(E は4月20日とアリュがエトワールに任命された23日)(Fは4月27日、30日、5月3日、6日)

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ミリアム・ウルド=ブラーム、フランチェスコ・ムーラ © Julien Benhamou/ Opéra national de Paris

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ミリアム・ウルド=ブラーム
© Julien Benhamou/ Opéra national de Paris

実際の舞台を見たのはまずD配役(4月18日)だった。五人いるニキヤで、まず見逃したくなかったのがミリアム・ウルド=ブラームだからだ。エトワール昇進後10年の歳月が流れても、ウルド=ブラームにはいまだに初々しさが感じられる。しかし40歳を越え引退まで2年を残すのみとなり、今回がおそらく最後のニキヤとなる。
ウルド=ブラームはニキヤが大司祭の求愛にまず驚き、次いで毅然として拒む姿を微妙な仕草と表情に富んだ視線で明快に描いた。彼女の表情には、若きイザベル・アジャーニがジロドゥの戯曲「オンディーヌ」のヒロインを演じた時を思わせるような、巧まずした人物の心情が出ている。それに続く、フルートの旋律に乗り、水瓶を肩に乗せて踊る可憐さ、ソロールの姿を認めた瞬間に表情がさっと変わるところも余人には真似ができない。ソロールがガムザッティと婚姻を結ぼうとしていることを知りながら、恋敵を目の前にして踊らなければならない場面では、チェロとハープの独奏と一体となり、自分の身体が一つの楽器となったかのように見えない音によって、ニキヤのやりようのない悲しみが伝わってきた。ソロの場面が破格だっただけに、残念に思えたのは、ソロール役のフランチェスコ・ムーラと呼吸がもう一つ合っていなかったことだった。ムーラは勢いと躍動感のある熱演だったが、第3幕での長い布の端を持ってニキヤが踊る場面やマントの扱いになめらかさが欠けていた。こうした点は舞台を重ねれば解消されるだろう。ブルーエン・バッティストーニは2021年4月の昇級試験でスジェとなってから初めての大役だったが、目につくような硬さもなく、若い華やいだ姿で舞台に華を添えていた。マチネ公演で家族連れが目立ち、のんびりした感じの公演だった。

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ミリアム・ウルド=ブラーム
© Julien Benhamou/ Opéra national de Paris

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ミリアム・ウルド=ブラーム、フランチェスコ・ムーラ
© Julien Benhamou/ Opéra national de Paris

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ブルーエン・バッティストーニ
© Julien Benhamou/ Opéra national de Paris

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© Julien Benhamou/ Opéra national de Paris

これに対して、E配役の4月20日公演は全く会場の雰囲気が違っていた。パリ・オペラ座から長期休暇を取り、自ら企画したプログラムにオペラ座以外の会場で出演してきたフランソワ・アリュが2年以上の空白期間を経て復帰した特別な晩だった。当初アリュは4月12日と15日も踊ることになっていたが、怪我のために若手のギヨーム・ジョップが代役を務めた(C配役)。
4月20日の公演を選んだのは、2月16日の「ワールドレポート」に掲載されたオニール八菜さんのインタビューで、「今度『バヤデール』で戻ってきます」と伺ったからだった。「彼はもうオペラ座では踊らないかもしれない」という風説も流れていただけに、半信半疑だったが、会場に入るとバレエ監督のオーレリー・デュポン、アレクサンダー・ネーフ総監督や元エトワールのダンサーに加え、日刊紙「フィガロ」のアリアーヌ・バヴリエ記者を初めとする記者が並んでいた。

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ドロテ・ジルベール、フランソワ・アリュ
© Julien Benhamou/ Opéra national de Paris

幕が上がり、アリュが舞台に姿を現した途端、客席からは大きな拍手とどよめきが起こり、異様な熱気が広いバスチーユ・オペラの空間を包んだ。破格のテクニック、周囲には磁気のように張り詰めた空気が広がる。優れたテクニックで人気の高いドロテ・ジルベール(ニキヤ)や若手とは思えない堂に行った演技でガムザッティを演じたビアンカ・スクダモアも熱演したが、舞台全体を引っ張っていったのがアリュだったことは誰にも否定できないだろう。舞台と客席が一体となった異様なほどの高揚感に包まれたカーテンコールだったが、エトワール任命の際に使われるマイクロフォンは最後まであらわれず、「アリュ、エトワール」と叫んでいた観客の一部からは「オーレリー、辞任しろ」という野次が飛ばされた。
それから三日後の4月23日にフランソワ・アリュはエトワールに任命された。「私の初めてのオペラ座」と名付けられた、低所得の家族や子供たちを特別料金で受け入れる特別な公演だった。普通のバレエファンはいなかったが、会場からは温かい拍手が贈られたという。
パリ・オペラ座バレエ学校時代から将来のエトワールと見られていたアリュは、2014年にプルミエール・ダンスールに昇進してから8年目の28歳でエトワールを射止めた。6月4日のマッツ・エックの夕べでステファン・ブリヨンが引退し、ミリアム・ウルド=ブラーム(1982年1月生)、マチュー・ガニオ(1984年3月生)、ドロテ・ジルベール(1983年9月生)、ローラ・エケ(1984年4月生)といったエトワールたちに残された年数も限られてきている。バレエファンに圧倒的な人気のあるフランソワ・アリュがオペラ座の舞台に新たなエネルギーをもたらすことが期待されている。

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ビアンカ・スクダモア
© Julien Benhamou/ Opéra national de Paris

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ドロテ・ジルベール
© Julien Benhamou/ Opéra national de Paris

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ドロテ・ジルベール、オードリック・ブザール
© Julien Benhamou/ Opéra national de Paris

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ポール・マルク © Julien Benhamou/ Opéra national de Paris

これ以外の見られなかった配役について、フランスの批評をご紹介したい。
初日に起用されたのはセ・ウン・パクだった(A配役)。「高い跳躍とやわらかな着地といったテクニックで目を見張らせた。花籠のヴァリエーションも音楽によく合って生気溌剌としていた。ヒロインの怒りよりも、絶望の表現に優れていた。」(「バックトラック」ローリーヌ・モルタ記者 4月3日付)、相手役のポール・マルクも「最初から柔軟な二つのグラン・ジュテですぐに観客をひきつけた。」
B配役のローラ・エケは2015年『白鳥の湖』以来初めての舞台だった。日刊紙「フィガロ」のアリアーヌ・ヴァブリエ記者(4月14日付)によれば、「エケのニキアは抑制され、感受性と知性が感じられたが、残念なことに緊張し過ぎていた。」一方、ジェルマン・ルーヴェは「終始ドラマを担い、稀な感動を与え」、エロイーズ・ブルドンも「父に従順なパパっ子でライヴァルに対しては容赦ないガムザッティを見事に演じた。」ローラ・エケは怪我が癒えたものの、以前とは身体条件が違ってしまい、傷んだ部位をかばいながらの演技に留まらざる得ないようで気の毒な限りだ。
(2022年4月18日、20日 バスチーユ・オペラ)

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ドロテ・ジルベール
© Julien Benhamou/ Opéra national de Paris

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セ・ウン・パク、ポール・マルク
© Julien Benhamou/ Opéra national de Paris

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セ・ウン・パク、ポール・マルク
© Julien Benhamou/ Opéra national de Paris

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ポール・マルク
© Julien Benhamou/ Opéra national de Paris

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セ・ウン・パク、オードリック・ブザール
© Julien Benhamou/ Opéra national de Paris

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ローラ・エケ
© Julien Benhamou/ Opéra national de Paris

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ヴァランティーヌ・コラサンテ
© Julien Benhamou/ Opéra national de Paris

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ローラ・エケ
© Julien Benhamou/ Opéra national de Paris

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ジェルマン・ルーヴェ
© Julien Benhamou/ Opéra national de Paris

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ローラ・エケ、ジェルマン・ルーヴェ
© Julien Benhamou/ Opéra national de Paris

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影の王国
© Julien Benhamou/ Opéra national de Paris

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シルヴィア・サン=マルタン
© Julien Benhamou/ Opéra national de Paris

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マルク・モロー
© Julien Benhamou/ Opéra national de Paris

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影の王国 © Julien Benhamou/ Opéra national de Paris

『ラ・バヤデール』
音楽 ルドヴィック・ミンスク(ジョン・ランチベリ編曲)
台本 マリウス・プティパ、セルゲイ・クーデコフ
振付・演出 ルドルフ・ヌレエフ
装置 エジオ・フリジェリオ
衣装 フランカ・スカルチピアーノ
照明 ヴィニチオ・ケリ
エルンスト・ファン・ティール指揮 パリ・オペラ座管弦楽団
配役(4月18日、20日)
ニキヤ ミリアム・ウールド=ブラーム/ドロテ・ジルベール
ソロール フランチェスコ・ムーラ/フワンソワ・アリュ
ガムザッティ ブルーエン・バッティストーニ/ビアンカ・スクダモア
ファキール アンドレア・サーリ/オーレリアン・ゲ
大僧正 シリル・シュークルーン
ラジャー(王) アルチュス・ラヴォー
金の偶像 ジェレミー=ルー・ケール/マルク・モロー
ダンス・マヌー イネス・マッキントッシュ/シルヴィア・サン=マルタン
ダンス・アンディエンヌ カトリーヌ・ヒギンズ フロリモン・ロリユー/オーバーヌ・フィルベール フロリモン・ロリユー
第3幕 第1ヴァリエーション エロイーズ・ブルドン
第2ヴァリエーション シルヴィア・サン=マルタン
第3ヴァリエーション ロクサーヌ・ストヤノフ

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