オニール 八菜、「ドン・キホーテ」のキトリとクリスタル・パイト振付「Body and Soul」について語る

ワールドレポート/パリ

三光 洋 Text by Hiroshi Sanko

Interview de Hannah O'Neill : sa première Kitri de « Don Quichotte » de Rudolf Noureev et Crystal PITE « Body and Soul »

オニール八菜は12月9日から1月1日まで行われたヌレエフ振付『ドン・キホーテ』では、街の踊り子と森の女王の二役を務めた後、最終日となった1月1日にパリ・オペラ座では初めてとなるキトリを踊った。また、1月30日から2月20日までガルニエ宮でカナダ人振付家クリスタル・パイトの『Body and Soul(肉体と魂)』の再演にも現在出演中だ。この二つの演目についてパリ市内のカフェでお話しを伺うことができた。

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オニール八菜 © 三光洋

――12月初めに「代役にも入っていないので今回のシリーズでキトリを踊ることは絶対ない」と伺っていましたので、12月31日に「明日出ます」と休暇先でメールをいただいてびっくりしました。今回のシリーズは中止が多く、配役変更が頻繁にあって大変でしたね。最初にバジルを踊るはずだったフランチェスコ・ムーラの名前も配役表から消えてしまいましたね。

オニール八菜 ええ、怪我です。

----話題になったギヨーム・ジョップも12月11日の二度目の公演に出ただけ(キトリはレオノール・ボーラック)で終わってしまいました。

八菜 彼はコロナに罹ってしまいました。ドロテ(・ジルベール)も12月初めに罹って、12月17日と20日に復帰しました。

----12月23日にはキトリ役のレオノール・ボーラックが1幕だけで、2幕からはエロイーズ・ブルドンに変わっていましたね。

八菜 レオノールは怪我ではなくて、具合が悪くなったんです。それにしても全体に配役が大きく変わりました。ほとんど毎日、変わっていたので・・・。

----18回のシリーズで公演中止が5回、オーケストラなしのテープでの公演が5回、正常な公演がわずか8回というのは異例で、記憶にありません。

八菜 シリーズが始まる前の予定はほとんど全部変わってしまったという感じでした。

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「ドン・キホーテ」オニール 八菜 © Opéra national de Paris/ Julien Behnamou

----八菜さんは街の踊り子と森の女王の予定でしたが、森の女王を踊るはずだったロクサーヌ・ストヤノフも降板でしたね。

八菜 ロクサーヌは怪我でした。レオノールからエロイーズにキトリ(役)が変わった日で、私が森の女王を代わって踊りました。

----八菜さんがキトリに決まったのはいつでしたか。

八菜 12月31日でした。リハーサルが終わった後、17時ころでした。実は12月25日に12月27日と1月1日にジェルマン(・ルーヴェ)と踊ることに決まったんです。結構、急だったので「うわー」と思っていたのですが、日曜日(12月25日)はオペラ座が休みだったので、月曜日(12月26日)に戻ってきたら、ジェルマンがコロナに罹ってしまっていて、ジェルマンではなくてギヨーム(・ジョップ)と踊ることになって、その10分後くらいにギヨームもコロナに罹ったことがわかって、ポール・マルクとヴァランティーヌ・コラサンテが踊ることになったんです。だけど、この組み合わせもコロナでダメになって、結局、27日(の公演)は中止になったんですよ。それで、1月1日はポール(・マルク)と踊ると配役表には書いてあったんですけど、ポールはコロナでその前の一週間ずっといなかったのですが、戻って来るということになっていました。でも、私の心の中ではポールが戻ってくるとは全く思っていませんでした。(相手がコリフェの)マチュー・コンタになったのは水曜日(12月28日)くらいで、それもちょっとリハーサルをしただけで、実際に踊るとは決まっていませんでした。木曜日(29日)はお休みでリハーサルがなく、金曜日(30日)に最後のリハーサルがあって、そのリハーサルを見て多分先生たちが話し合ったのだと思います。オプションは中止にするか、私たちが踊るか、のどちらかだったんですよ。そして、踊るということになったようです。

----今回の先生はどなたでしたか。

八菜 私はファブリス(・ブルジョワ)に習いました。

----ではファブリスさんがゴーサインを出したということでしょうか。でも急なことで、リハーサルの時間は限られていたのでしょうね。

八菜 ひとつ一つの場面を一回づつ通しただけです。マチュー(・コンタ)はパ・ド・トロワも(含めて)、何も踊ったことがありませんでした。オペラ座で本当に初めて(ソロの)役が付いたんです。「ジューン・ダンスール」(1990年に始まったオペラ座の若手ダンサーが出演するプログラム)の時は一緒でした。同じ年齢です。
ユーゴ(・マルシャン)はいたのですが、前の日(12月31日)も踊っていて、(結局中止になった)次の日(1月2日)も踊る予定で、三日続けるのは絶対無理なので、マチューしかいなかったのです。マチューと踊るか、中止という以外に選択肢はなかったのです。
多分ファブリス(・ブルジョワ)が私に踊って欲しかったのだと思います。私もすごく踊りたかったし、踊れたのはファブリスのおかげかな、と思っています。

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「ドン・キホーテ」マチュー・コンタ © Opéra national de Paris/ Julien Behnamou

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「ドン・キホーテ」マチュー・コンタ © Opéra national de Paris/ Julien Behnamou

----今回、キトリの練習はいつごろから始まったんですか。

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(左から)オニール 八菜、フロランス・クレール、マチアス・エイマン © DR

八菜 『ドン・キホーテ』が始まる一週間前にエロイーズ(・ブルドン)とドロテ(・ジルベール)が二人ともコロナに罹っていて、(オペラ座バレエ団首脳陣は)「あ、しまった」と思っていました。私がリハーサルでちょっと遊びでジェルマン(・ルーヴェ)と横で踊っていたのを見て、「あ、振りを知っているんだ」ということになって、キトリの代役に入れてもらいました。12月の初めでした。結局、リハーサルはほとんどなくて、(12月9日に)『ドン・キホーテ』が始まってから、ちょっと時間があったので、ファブリス(・ブルジョワ)が本当はアマンディーヌ(・アルビッソン)のコーチだったのですが、彼女も踊らなくなりました。ファブリスが誰のコーチもしていなかったので、ファブリスに「もし、時間があればヴァリエーションだけでも見てもらえますか」と言ったら、「もちろん、いいよ」という返事でした。ヴァリエーションを一つずつ一回やりました。あとは、フロランス・クレール(元オペラ座エトワール)に四時間くらいかけてきちんと見てもらって本番になりました。最後の最後まで、舞台に上がれるかどうかわかりませんでした。最後のリハーサルが終わって更衣室に戻ってきた時に、私が恋人に電話して「(今回キトリを踊るのは)むずかし過ぎて絶対できない」と泣きながら言っていたら、5分くらいしてオーレリー(・デュポン 舞踊監督)から電話がきて「明日踊るからね」と言われて、「はい」と言いました。踊ると決まったら踊るしかないので、それからは自信を持って踊りました。実際に踊っていた時は全然緊張しませんでした。舞台に上がる前はちょっと緊張しましたけれど。

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「ドン・キホーテ」オニール 八菜
© Opéra national de Paris/ Julien Behnamou

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「ドン・キホーテ」マチュー・コンタ
© Opéra national de Paris/ Julien Behnamou

----元旦にオペラ座で初めてキトリを踊ってどんな気持ちでしたか。満足できる踊りになりましたか。

八菜 はい、すごく満足しました。「どちらにしろ、急だったから転んでも全然パスだから」と先生に言われて「そう言われればそうだな」と思って、思い切りよく、活き活きと踊れました。

----パートナーのマチュー・コンタはどうでしたか。

八菜 もちろん難しかったところはありました。私が彼より作品の経験があったので、彼を支え、リードするようにしました。彼が緊張しているのはすぐにわかったので、こちらもワーッとあがらないようにして、無事に最後まで終わりました。

----見られなかったのは残念ですが、お客さんは喜んでいたと聞いています。

八菜 1月1日の観客はすごく支えてくれ、本当に暖かく迎えてもらえました。踊ることができてすごく嬉しかったです。(キトリの役は)あまり練習していなかったこともあって、フロランス・クレールとのプライベート・レッスンをたくさん受けている意味があったな、と感じました。

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© Opéra national de Paris/ Julien Behnamou

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© Opéra national de Paris/ Julien Behnamou

----終わってから周囲からコメントがありましたか。

八菜 フロランス・クレールはもちろん見にきてくれて、「すごくよかった」と言って、嬉しそうにしていました。とにかく楽しく踊れて、舞台がきちんとできて嬉しかったです。

----最初は絶対に主役では出演する機会がなかったはずだったのが、バタバタしたにせよ、最終的にキトリとして舞台に立てたのは大きいですね。

八菜 履歴書にも『ドン・キホーテ』と書けるようになりました(笑)。私がすごくやりたかった役なので、今回一回だけでもできたので満足しています。これで初めて<『ドン・キホーテ』を35歳で踊る>、という心配しないで済みます。二十代のうちに踊ることができてよかったです。
他のダンサーはガルニエ宮でも別の公演がありましたが、すごく仲の良い友だち(のダンサー)がガルニエの公演が終わってから3幕だけ見にきてくれました。コロナ禍のためにバレエ団にいなかった人も多くて、コール・ド・バレエもガラガラでした。でも、みんなと一緒に踊ることができたという気持ちはありました。

----オーケストラも指揮者もいないで、録音テープで踊るというのはどんな気分でしたか。

八菜 (オーケストラの伴奏で踊るのとは)すごく違いますね。でもキトリの場合には、テープを使って練習していたので、一番最初のヴァリエーション以外はそこまで気にならなかったんです。最初に出てきた時は指揮者がいないんで「あれっ」と思って、音が速くなっちゃってるところがあって、「どうして、どうなっているんだろう」と思い、「あ、そうだ。テープなんだ。そういえば、オーケストラも指揮者もいなかったんだ」と思い出しました。でも他の役(森の女王、街の踊り子)だった時はオーケストラがいないのが、とても辛かったです。慣れている役だとそういうところまで頭がいきます。森の女王を踊っている時は、他の人は誰も動いていなくて、一人じゃないですか。だから、指揮者といつもなら何となくとっているコミュニケーションがないと、「ああ、誰もいない」という感じで、寂しい気持ちになりました。勢いがつきにくいと感じました。指揮者って、ダンサーにとってすごく大事なんですね。

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© Opéra national de Paris/ Julien Behnamou

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© Opéra national de Paris/ Julien Behnamou

----見ることができず残念な限りですが、きっと華やかなキトリだったんでしょうね。終わったらすぐバカンスに出かけたわけですね。

八菜 はい、イビザに行きました。すごく綺麗で素敵なところでした。日差しがあったかくて、太陽が出ていればTシャツでも大丈夫でした。風が結構強かったですけど、すごく綺麗でお散歩をたくさんしました。4月からは泳げるそうです。戻ってきて、『Body and Soul』のリハーサルを一週間やったら、コロナに罹ってしまって、二週間目はリハーサルできなくて、金曜日(1月21日)に戻ったら、もうプレ・ジェネラルの日でした。フリを覚えていないところがあってちょっと緊張しました。それでもプレ・ジェネラルの前に一回練習があったので何とかなりました。

----1月30日の舞台を見ましたが、配役が前回とは違っていましたね。フランソワ・アリュ、リュドミラ・パリエロといった人たちがいませんでした。

八菜 そうですね。

----フランソワ・アリュは最近オペラ座では見ませんね。

八菜 長期休暇を取っていていませんでしたけど、今度『ラ・バヤデール』には戻ってきます。リュドミラは多分やりたくなくて、「まあ、一回やればいいだろう」という感じで今度は出なかったのだろうと思います。私は前回と全く同じ役でした。周囲はちょっと変わっていましたが。

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「Body&Soul」(写真は他日公演です)
© Opéra national de Paris/ Jullien Benhamou

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「Body&Soul」(写真は他日公演です)
© Opéra national de Paris/ Jullien Benhamou

----クリスタル・パイトの振付は踊っているダンサーからするとどういう印象ですか。

八菜 1幕は彼女のスタイルがはっきり出ていますが、2幕はダンサーが綺麗に見えるように考えられている感じがします。

----3幕になるとガラッと変わりますね。

八菜(ラテックスを着ているのは)クリーチャーということで、特に昆虫と決まっているわけではありません。

----『シーズンズ・カノン』は35分という時間内に踊りも照明にピッタリ入っていた感じがありましたが、『Body and Soul』は休憩込みで一時間半と長くて、2幕がショパンで1幕と3幕が現代音楽という構成ですが、『Body and Soul』というタイトルと3幕の内容とがどうも結びつきませんでした。それでも観客は喜んでいました。

八菜 毎回スタンディング・オヴェーションですごく沸いています。

----再演だから、1幕のような彼女らしい振付に手直しするのかな、と期待していたのですが。

八菜 パイトは今回は来ていないのです。アシスタントの方が二人来ていました。
群舞なので特に気になることはありません。ソリストもみんなと一緒に動くというのが特徴で、それはそれでいいと思います。

----平土間の前の方に座っていても踊っているのが誰なのかわかりませんでした。

八菜 探さないとダメですね。照明が暗いし、衣装もみんな同じなので、男性なのか女性なのかも分かりませんね。

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「Body&Soul」(写真は他日公演です)
© Opéra national de Paris/ Jullien Benhamou

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「Body&Soul」(写真は他日公演です)
© Opéra national de Paris/ Jullien Benhamou

----第3幕の装置はきれいで、最初は目を瞠らさせるのですが・・・。

八菜 17分の長い幕ですから、途中から退屈になりますね。

----ラテックスの衣装を着ると身体の動きを制約されますか。

八菜 うーん、まあそれはそうですね。でもあの衣装を使うために作った幕なので・・・。

----視覚的な面の効果を出すためにあの衣装を使いたかったということでしょうか。

八菜 そうじゃないですか、きっと。

---八菜さんの次の舞台は。

八菜 5月のマッツ・エクになるはずです。それまではリハーサルだけで何にもありません。

----『ラ・バヤデール』には出演されないのですか。

八菜 はい、出ません。マッツ・エクに出演しているダンサーは『ラ・バヤデール』には出ない、両
方はできないことになっているのです。特別に『ラ・バヤデール』が踊りたいというわけではないですし、マッツ・エクはこの前もやったので、どちらでもいいという感じです。その後はバランシンの『真夏の夜の夢』と『ジゼル』のミルタです。

----キトリも踊れたので今シーズンはそれなりに充実していることになりますね。

八菜 はい。

----オペラ座は1月後半から2月初めにかけて、モーツアルトの『フィガロの結婚』、ムソルグスキー
の『ホヴァンチナ』、マスネの『マノン』といったオペラ公演が次々にコロナで中止になっています。

八菜 そうみたいですね。「こちら(『Body and Soul』)は大丈夫なのにどうしてダメなんだろう」と(ダンサーたちは)みんな言っています。

----今年ぜひ実現したいことはありますか。

八菜 そういうことはあまり考えないんです。1月1日にすごくいいことがあったので、それでよかった、というので幸せです。

----どうか体に気をつけて、いい舞台を重ねていってください。今日は貴重なお時間を割いていただき、ありがとうございました。

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「Body&Soul」(写真は他日公演です)
© Opéra national de Paris/ Jullien Benhamou

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「Body&Soul」(写真は他日公演です)
© Opéra national de Paris/ Jullien Benhamou

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「Body&Soul」(写真は他日公演です)
© Opéra national de Paris/ Jullien Benhamou

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「Body&Soul」(写真は他日公演です)
© Opéra national de Paris/ Jullien Benhamou

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