『春の祭典』のニジンスキーの振付とレーリヒの衣装と装置が復元・翻案されて上演された
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ワールドレポート/パリ
三光 洋 Text by Hiroshi Sanko
Ballet de l'Opéra national de Parisパリ・オペラ座バレエ団
『ラプソディ』フレデリック・アシュトン:振付
『牧神たち』シャロン・エイアル:振付
『春の祭典』 ヴァスラフ・ニジンスキー:原振付 ドミニック・ブラン:翻案
フランスでは夏以降、コロナ禍がいったん沈静化していたが、秋も深まった11月後半からは再度、新規患者数が急増し、劇場での公演に大きな影響を及ぼすことになった。パリ・オペラ座もダンサーやオーケストラ団員に感染者や濃厚接触者が出たため、配役が目まぐるしく変更されるとともに、一部の公演は11月に録音されたテープを使って行われた。
「ラプソディー」フロラン・メリック
© Opéra national de Paris/ Jonathan Kellerman
「ラプソディー」クレール・ガンドルフィ(中央手前)
© Opéra national de Paris/ Jonathan Kellerman
ガルニエ宮でのクリスマス公演はアシュトン、エイアル、ニジンスキーのトリプルビルだった。(12月1日から1月2日まで)
12月7日は幸いにも通常通り、パリ・オペラ管弦楽団とピアニストによる生演奏だった。公演は英国のフレデリック・アシュトン卿(1904・1988)が1980年にエリザベス女王の生誕80年のためにミハエル・バリシニコフとレスリー・コリアに振付けた『ラプソディ』で始まった。
夕方にオペラ座のサイトで出演者を確認した時はリュドミラ・パリエロとパブロ・ルガサの名前があったが、会場で係員から手渡された配役表にはミリアム・ウルド=ブラームとフロラン・メラックと記載されていた。
いずれにせよジョセフ・モーグのピアノ独奏とベテランのヴェロ・ペーンが指揮するパリ・オペラ座管弦楽団がオーケストラ・ピットに入っただけでも、当夜の観客は幸運だった。オペラ座のバレエ公演が生演奏でなく、録音だったら印象は大きく変わっていただろう。
流麗で華やぎのある音楽に乗って、ミリアム・ウルド=ブラームは上半身をしなやかにくねらせ、テンポの速い脚の動きによって高い技法の求められる役を詩情豊かに踊った。相手役のフロラン・メリックも迅速な動きでミリアム・ウルド=ブラームを丁寧にフォローしていた。
「ラプソディー」フロラン・メリック
© Opéra national de Paris/ Jonathan Kellerman
ミリアム・ウルド=ブラーム&フロラン・メリック
© Opéra national de Paris/ Jonathan Kellerman
続いてイスラエルのバットシェバ舞踊団で踊っていたシャロン・エイアルが振付けた『牧神たち』が演じられた。エイアルはディオール社のマリア=グラツィア・キウリの衣装を使い、五人の女性ダンサーと三人の男性ダンサーのための新作を創った。ニジンスキーの作品は、マラルメの詩に触発されてドビュッシーが作曲した音楽に寄り添っていて、牧神のニンフたちへの欲情が舞台から立ち昇ってくる。かつてニコラ・ル・リッシュが演じたニジンスキーが振付けた牧神の姿は、今でも鮮やかに記憶に残っている。それに対して、男女の性を取り払い、大げさに身体をよじるエイアルの作品からは官能性は感じられなかった。シモン・ル・ボルニュやマリオン・バルボーを始めとする若手ダンサーが熱の入った演技を見せただけに、繊細な音楽と詩の世界から乖離した振付が惜しまれた。
「牧神たち」エロイーズ・ジョックヴィエル(左前)
© Opéra national de Paris/ Jonathan Kellerman
「牧神たち」(左)エロイーズ・ジョックヴィエル、(中央)シモン・ル・ボルニュ、(右)マリオン・ゴーチエ・ド・シャルナセ © Opéra national de Paris/ Jonathan Kellerman
休憩後は『春の祭典』だった。ニジンスキーが1913年に振付けた作品をドミニック・ブランが残っている資料にもとづいて「復元」したものである。ニジンスキーは異教時代の古代ロシアで住民たちが春の到来を祝って、処女を生贄に捧げる儀式を舞台化した。衣装と装置はニコライ・レーリヒがニジンスキーのために考案した衣装と装置が再現された。
19世紀までダンスが地面から上昇する動きを追求していたのに対して、大地を踏みしめる下方への動きに重点を置いた振付の衝撃は、初演から1世紀を経た現在でも明瞭に感じられた。膝を内側に向け、背中をかがめるといった動きはプティパに代表されるクラシック・バレエとは一線を画している。コロナ禍のために、生贄役のアリス・ルナヴァンを除くコール・ド・バレエの団員たちは、マスクを付けて踊らざるを得なかったために興が削がれたことは否定できないが、バレエの歴史上、大きな結節点となった作品がガルニエ宮で初めて上演された意義は大きい。
(2021年12月7日 ガルニエ宮)
「春の祭典」© Opéra national de Paris/ Jonathan Kellerman
「春の祭典」© Opéra national de Paris/ Jonathan Kellerman
「春の祭典」アリシア・イダンガ(左)、アヴァ・ジョアネ(右)© Opéra national de Paris/ Jonathan Kellerman
「春の祭典」
© Opéra national de Paris/ Jonathan Kellerman
「春の祭典」
© Opéra national de Paris/ Jonathan Kellerman
「ラプソディー」ミリアム・ウルド=ブラーム&フロラン・メリック © Opéra national de Paris/ Jonathan Kellerman
「ラプソディー」フロラン・メリック
© Opéra national de Paris/ Jonathan Kellerman
「ラプソディー」クララ・ムーセーニュ
© Opéra national de Paris/ Jonathan Kellerman
「牧神たち」二―ヌ・セロピアン
© Opéra national de Paris/ Jonathan Kellerman
「牧神たち」マリオン・バルボ―(中央前)
© Opéra national de Paris/ Jonathan Kellerman
「牧神たち」エロイーズ・ジョックヴィエル
© Opéra national de Paris/ Jonathan Kellerman
「牧神たち」シモン・ル・ボルニュ
© Opéra national de Paris/ Jonathan Kellerman
「牧神」イヴォン・デュモル(中央)© Opéra national de Paris/ Jonathan Kellerman
「春の祭典」アリス・ルナヴァン
© Opéra national de Paris/ Jonathan Kellerman
「春の祭典」アリス・ルナヴァン
© Opéra national de Paris/ Jonathan Kellerman
「春の祭典」アリス・ルナヴァン
© Opéra national de Paris/ Jonathan Kellerman
『ラプソディー』
振付 フレデリック・アシュトン
音楽 セルゲイ・ラフマニノフ「パガニーニの主題によるラプソディー」
装・装置 パトリック・コールフィールド
照明 ジョン・B・リード
ピアノ・ソロ演奏 ジョセフ・モーグ
リハーサル指導 グラント・コイル
(1980年8月4日 コヴェントガーデン歌劇場1996年10月24日パリ・オペラ座バレエ団 レパートリー入り)
配役
ミリアム・ウルド=ブラーム フロラン・メリック コール・ド・バレエ
『牧神たち』(世界初演)
振付 シャロン・エイアル
音楽 クロード・ドビュッシー「牧神の午後への前奏曲」
振付アシスタント レベッカ・ヒッティング
衣装 マリア=グラツィア・キウリ
照明 アロン・コーエン
配役 マリオン・バルボー カロリーヌ・オズモン ニーヌ・セロピアン マリオン・ゴーチエ・ド・シャルナセ エロイーズ・ジョックヴィエル シモン・ル・ボルニュ イヴォン・デュモル アントナン・モニエ
『春の祭典』
原振付 ヴァスラフ・ニジンスキー
復元・翻案 ドミニック・ブラン
アシスタント ソフィー・ジャコト
音楽 イゴール・ストラヴィンスキー
(1913年5月29日シャンゼリゼ歌劇場でバレエ・リュスにより初演)
生贄の娘 アリス・ルナヴァン
村人たち コール・ド・バレエ
演奏 ヴェロ・ペーン指揮 パリ・オペラ座管弦楽団
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