ストラヴィンスキーゆかりの地ビアリッツのマランダン・バレエ団が『火の鳥』と『春の祭典』をシャイヨ劇場で上演した

ワールドレポート/パリ

三光 洋 Text by Hiroshi Sanko

Malandain Ballet Biarritz au Théâtre national de la danse Chaillot
Thierry Malandain « L'Oiseau de feu» & Martin Harriague « Le Sacre du printemps»

マランダン・ビアリッツ・バレエ団 シャイヨ国立ダンス劇場の引越公演
チェリー・マランダン振付『火の鳥』& マルタン・アリアーグ振付『春の祭典』

1959年にノルマンディー地方で生まれたチェリー・マランダン(62歳)は、1998年からビアリッツ・バレエ団の芸術監督を務めている。9歳からダンスを学び、1977年にパリ・オペラ座バレエ団に入団したが、その後、ミュールーズのラン歌劇場バレエ団に移って10年間にわたってクラシック・バレエの主要な役を務めた。1986年にダンサーとしてのキャリアに終止符を打ち、「タン・プレザン」(Temps present)という自前のバレエ団を創設した。マランダンは振付家として35年間の長いキャリアを持ち、『ダフニスとクロエ』(音楽 ラヴェル 2002年)、『ロメオとジュリエット』(音楽 ベルリオーズ 2010年)、『美女と野獣』(音楽 チャイコフスキー 2015年)など一貫して80を超えるネオ・クラシックの作品を発表しつづけてきた。
11月4日から12日までマランダン・ビアリッツ・バレエ団がパリのシャイヨ国立ダンス劇場で引越公演を行い、パリのダンス・ファンの注目を浴びた。プログラムは太平洋岸の保養地であるビアリッツを愛したストラヴィンスキーの音楽を使った二作品から構成されていた。前半がチェリー・マランダン振付の『火の鳥』で、休憩後の後半がマルタン・アリアーグ振付の『春の祭典』だった。このバレエ団には新潟県出身の上羽結衣が2019年から在籍している。

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「春の祭典」© Olivier Houeix

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「春の祭典」© Olivier Houeix

ストラヴィンスキーはディアギレフに依頼され、初めてバレエ音楽を作曲した。1910年6月25日にパリ・オペラ座で初演された1幕バレエ『火の鳥』は、ロシア民話に素材を取ったフォーキンの振付を皮切りに、シャガールの装置と衣装を使ったジョージ・バランシン(1949年 ニューヨーク・シティ・バレエ)、セルジュ・リファール(1954年 パリ・オペラ座)、ジョン・クランコ(1964年 シュトゥットガルト・バレエ団)、ジェローム・ロビンズ(1970年 バランシンとの共作)、ジョン・ノイマイヤー(1970年 フランクフルト・バレエ団)といった振付家がこぞって取り組んできた。
チェリー・マランダンはロシア・バレエの伝統からは一定の距離を置き、火の鳥を闇の世界から光の世界への導き手ととらえた。この火の鳥に魅了された王子は魔法使いとの激しい闘いに打ち勝って、意中の王女と結ばれる。マランダンは光と闇の対立を、前半の黒い衣装と後半の白い衣装によって象徴的に表現した。王子と王女の間を長い義腕を付けた不気味な魔法使いたちが隔てようとする一方で、女性たちが明るい照明に照らされながらあでやかに回転した。22名のダンサーたちはいずれもクラシック、コンテンポラリーの両方を踊ってきた人々だが、マランダンの振付はポワントが使われてない点を別にすると、ピルエット、跳躍、アラベスクといったクラシック・バレエのテクニックが軸になり、ストラヴィンスキーの音楽にごく自然に溶け合っていた。ただ一人真紅の衣装をまとったユゴー・レイエは実に柔軟な身体の動きによって、飛び回る火の鳥から神秘的な雰囲気を周囲に放散した。

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「春の祭典」© Olivier Houeix

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「春の祭典」© Olivier Houeix

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「春の祭典」© Olivier Houeix

一方『春の祭典』は、ワスラフ・ニジンスキーの振付とストラヴィンスキーの音楽が1913年5月29日にパリのシャンゼリゼ歌劇場の初演で、大きなスキャンダルを巻き起こした画期的な作品だ。ストラヴィンスキーの音楽は当時だけでなく、今も保守的な英国やアメリカでは「野蛮で騒々しい」音楽といった的外れな受け止め方があるが、独立した交響曲としてもピエール・ブーレーズを始めとする指揮者がこぞって演奏している20世紀音楽の傑作。ニジンスキー以後も多くの振付家の版が生まれている。パリのバレエファンにとってはオペラ座バレエ団のレパートリーに入っているピナ・バウシュの舞台(1975年 ヴッパタール舞踏団)が最もなじみが深いだろう。

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「火の鳥」© Olivier Houeix

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「火の鳥」© Olivier Houeix

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「火の鳥」© Olivier Houeix

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「火の鳥」© Olivier Houeix

マルタン・アリアーグはニジンスキーの台本を忠実に辿りながらも、さまざまな工夫を凝らした舞台を構成した。プロローグではストラヴィンスキーが登場し、ピアノを前にして『春の祭典』の旋律を叩いた。そのうちに、ピアノの中から全員が白い衣装をまとった19名のダンサーたちが、あたかも春になって虫たちが大地から地上に姿を見せるように、次から次へと這い出してきた。やがて音楽の激しいリズムに乗ってダンサーたちは痙攣するような跳躍を見せ始めた。こうした動きを舞台左袖上方に設置された巨大な投光器があたかも神のように見守っていた。二つのグループの闘争を経て、老人の夫婦に導かれた人々が生贄の女性を選ぶ。この生贄の周囲に人々が座り、上半身を前後に揺り動かした。
この『春の祭典』を振付けたマルタン・アリアーグは、1986年南西フランスのバイヨンヌに生まれている。少年時代は舞台芸術には関心がなかったが、ビアリッツで見たチェリー・マランダン振付の『くるみ割り人形』を見て、自分もダンスによって一つの世界を創り出したいという思いに駆られたという。こうして、19歳でダンスを始めたが、2007年にマランダンが主宰しているビアリッツ・ジュニア・バレエ団に入り、頭角を現した。現在、振付家&ダンサーとして将来を期待されている。
(2021年11月4日 シャイヨ国立ダンス劇場)

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「火の鳥」© Olivier Houeix

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「火の鳥」© Olivier Houeix

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「火の鳥」© Olivier Houeix

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「火の鳥」© Olivier Houeix

『火の鳥』 (所要30分)
音楽 イゴール・ストラヴィンスキー
振付 チェリー・マランダン
衣装 ホルヘ・ガラルド
照明 フランソワ・マヌー
衣装 ヴェロニック・ミュラ シャルロット・マルニョー
メートル・ド・バレエ リシャール・クードレ ジュゼッペ・シャヴァロ
『春の祭典』
音楽 イゴール・ストラヴィンスキー
振付 マルタン・アリアーグ
衣装 ミケ・コケルコルン
照明 フランソワ・マヌー マルタン・アリアーグ
振付アシスタント フランソワーズ・デュブック ヌリア・ロペス・コルテス
装置・アクセサリー フレデリック・ヴァデ

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