パリ・オペラ座バレエ最新作『赤と黒』、レナール夫人を踊ったオニール八菜に聞く
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ワールドレポート/パリ
三光 洋 Text by Hiroshi Sanko
Ballet de l'Opéra national de Paris パリ・オペラ座バレエ団
Pierre Lacotte "Le Rouge et le Noir "
『赤と黒』(世界初演)ピエール・ラコット:振付
ピエール・ラコット振付の3幕バレエ『赤と黒』を10月27日と11月2日に見た。当初はマチュー・ガニオ(ジュリアン・ソレル)とアマンディーヌ・アルビッソン(レナール夫人)、マチアス・エイマンとオニール八菜、ジェルマン・ルーヴェとリュドミラ・パリエロという配役で見る予定だった。しかし、ジュリアン役の男性ダンサーが相次いで怪我し、女性のソリストも侯爵令嬢マチルド役のミリアム・ウールド=ブラーム、女中エリザ役のヴァランティーヌ・コラサントの二名が降板したため、最終的に2公演だけ見た。
10月27日はジュリアン・ソレル役に当日夕方までオペラ座公式サイトではフロリアン・マニュネの名前があったが、開演直前に配役変更が発表され、ユゴー・マルシャンが踊った。11月2日は予定通りフロリアン・マニュネが登場した。
第1幕 第3場 レナール邸の庭園 ユゴー・マルシャン(ジュリアン・ソレル)
© Opéra national de Paris/ Svetlana Loboff
第1幕第4場 レナール夫人の寝室
アマンディーヌ・アルビッソン(レナール夫人)と ステファン・ブリヨン(レナール氏)
© Opéra national de Paris/ Svetlana Loboff
「ジュリアンは紫がかった赤色の頬をして、目を伏せていた。小柄な18か19歳の若者で、見たところ体が弱そうで、容貌は整っていないものの繊細で鷲鼻だった。黒い瞳は大きく、穏やかな心持の時には考え深く、情熱の炎が燃えている。体はきれいな細身で、強靭さより軽快な感じを与える。」というのがスタンダールが想定したジュリアンだ。もちろん、小説のジュリアンそのものの男性は実在しないにせよ、舞台化にあたってよりどころとなるのはスタンダールの記述だろう。シリーズ開始前にインタビューに答えたマチュー・ガニオ、オニール八菜を始めとするダンサーの多くはいずれも原作の小説を読んで、自分の中で人物のイメージをふくらませ、役を作っている。
ユゴー・マルシャンは持ち前の優れたテクニックとスケールの大きな踊りを見せた。第3幕第10場の「竜騎兵の野営地」で赤と青の竜騎兵たちの指揮官としてのさっとうとした軍服姿は、許婚者のマチルドならずとも見とれざるを得なかった。(シリーズ中、録画された二日間を含め4回出演)一方、フロリアン・マニュネは初日の10月16日にマチュー・ガニオの代役として急遽舞台に上って以来、最終日の11月4日までにアマンディーヌ・アルビッソンと4回、オニール八菜と2回、リュドミラ・パリエロと1回(最終日に怪我をしたジェルマン・ルーヴェの代役)と合計7回踊ったのみならず、ジュリアンを盛り立てる善良なシェラン神父にも2度扮して、全部で14回の公演のうち、9回も舞台に上って、シリーズが無事終了することに大きく貢献した。
第1幕第3場 レナール邸の庭園
アマンディーヌ・アルビッソン(レナール夫人)とステファン・ブリヨン(レナール氏)
© Opéra national de Paris/ Svetlana Loboff
オニール八菜(レナール夫人)
© Opéra national de Paris/ Svetlana Loboff
フロリアン・マニュネは二つの役を準備しただけに、この作品の全体をよりよくとらえていたのではないかと思われた。見た目に美しいだけでなく、目の前にいて自分に好意を寄せている女性の気持ちよりも成功したいという野心を秘めた強烈な精神が、ていねいな演技でそれとなく示されていた。その好例は第1幕第3場のレナール邸での会食の場面だったろう。オニール八菜の演じるレナール夫人がふと落としてしまったナプキンを拾おうとして、二人の手が触れ合い、ジュリアンは思い切って夫人の手を握る。ここで二人は熱い視線を交わす。それを心ならずも見てしまった女中のエリザが絶望のあまり、その場にいたたまれなくなって駆け去る。マニュネ、オニール八菜、ナイス・デュボスクによって、三人の人物の感情が実に明瞭に表現され、観客を一挙にドラマの中に引き込んだ。また、自分に恋情を寄せているエリザがそばに寄ってくるたびに向ける冷たい視線も、ジュリアンの野心家らしさをよく表していた。
ジュリアン役としてはリュドミラ・パリエロと2回、オニール八菜と1回踊ったジェルマン・ルーヴェも多くのバレエ関係者から演技を高く評価されたようだ。今回は残念ながら見逃してしまったが、再演の時にはぜひ見てみたい。また、ピエール・ラコットが最初に振付けたマチュー・ガニオ、陰影のある演技に長けたマチアス・エイマンにも次回は復帰してもらいたいものだ。
第1幕第3場 レナール邸の庭園
アマンディーヌ・アルビッソン(レナール夫人)とステファン・ブリヨン(レナール氏)
© Opéra national de Paris/ Svetlana Loboff
第1幕 第4場 レナール夫人の寝室
フロリアン・マニュネ(ジュリアン・ソレル)とオニール八菜(レナール夫人)
© Opéra national de Paris/ Svetlana Loboff
女性の主役はレナール夫人だ。スタンダールによれば、「夫人はすらりと背が高く、均整の取れた体つきで、この山岳地方の人々から美貌をうたわれていた。シンプルで、歩く姿には若さがあふれており、コケットリーや気取りは彼女の心には宿っていなかった。」
初日に起用されたアマンディーヌ・アルビッソンは10月27日に見た。地方の富裕な貴婦人らしい品が感じられ、今までの最高の演技を見せてくれた。リハーサルを見たオニール八菜やフランスの有力バレエ評論家が揃って賛辞を送ったのも当然だろう。
オニール八菜(レナール夫人)
© Opéra national de Paris/ Svetlana Loboff
オニール八菜は2回予定されていたが、リュドミラ・パリエロに代わった一公演が加わり、3回出演した。そのうちの2回目となった11月2日の公演を見た。第1幕第3場「レナール邸の庭」から、この人らしい生来の華やぎとともに、三人の母親らしい優しさが感じられたが、やはりハイライトは第1幕第4場「夫人の寝室」と第3幕第15場「監獄」に配されたパ・ド・ドゥだったろう。勇気を奮い起こして深夜、自分の寝室に忍び込んできたジュリアンを最初は激しく拒んだものの、跪いた若者の涙に打たれ、最後には自分から相手の腕に飛び込むまでの夫人の心の動きが、手に取るように伝わってくる秀逸な場面だった。16歳で結婚し、三人の子供を持ちながら、それまで一度も恋愛を知らなかった女性の愛への目覚めがオニール八菜の自然な演技に刻まれた。この驚きと喜びが交錯した夜と対照的だったのは、死刑を宣告されたジュリアンを監獄に訪れるところだ。直前にシェラン神父から手渡された夫人のハンカチーフを顔に押し当てていたジュリアンの前に現れ、最早誰にはばかることなく、心に秘めてきた感情を青年に投げかける姿に客席は静まり返った。『ラ・シルフィード』以来、長い間クラシック作品の主役に立つことがなかったオニール八菜が、レナール夫人という振付家が自分を素材にして作り上げた作品で大輪の花を咲かせたことを喜びたい。
ピエール・ラコットが小説を翻案するに当たって大きな改変をほどこしたのが、レナール夫人の侍女エリザだった。一目惚れしたジュリアンが自分に振り向いてくれないことに絶望し、レナール氏に暴露の手紙を手渡し、さらにジュリアンが侯爵令嬢マチルドと婚約すると、青年を憎んでいるカスタネード師に密告して夫人にジュリアンを糾弾する手紙を書かせ、破談へと導く。ナイス・デュボスクは純情で一途な娘の絶望と抑えられない衝動とを、熱のこもった視線と切れ味の良い身ごなしで巧みに表現し、重要な狂言回しの役を見事に果たした。今回は二日ともナイスが配されていたので、プルミエール・ダンスーズに昇級が決まったロクサーヌ・ストヤノフの舞台が見られなかったが、次回はぜひ比較してみたいものだ。
ナイス・デュボスク(エリザ)
© Opéra national de Paris/ Svetlana Loboff
第2幕 ラ・モル侯爵邸
レオノール・ボーラック(侯爵令嬢マチルド)
© Opéra national de Paris/ Svetlana Loboff
もう一人の鍵となる女性である侯爵令嬢マチルドは二回ともレオノール・ボーラックだった。14回公演のうち10回がボーラックで、ミリアム・ウールド=ブラームが初日に1回、ビアンカ・スキュダモアが3回踊った。前述の二役に比べると踊る場面が少ないが、ボーラックは自然な演技と目線を使って、わがままで、気まぐれなパリの貴族令嬢らしい雰囲気をきちんと醸し出していた。
一方、レナール氏は第1幕以後は、第3幕「教会」で妻がジュリアンにピストルで撃たれる場面に登場するだけだ。1980年4月8日生まれのエトワール、ステファン・ブリヨンは今シーズン後半に42歳の定年を迎える。ベテランらしい、余裕のある演技で地方中都市の町長に相応しかった。マルク・モローはより若い、活動的なレナール氏に扮し、二人の演技には甲乙がつけがたかった。
「赤と黒」の色は「赤」が軍人、「黒」が僧職を象徴している。ジュリアンを最後まで見守る保護者のシェラン神父役のオードリック・ブザールとヤニック・ビッテンクール、それと反対にジュリアンを憎んでいるカスタネード師役のパブロ・ルガサとアントニオ・コンフォルティ、パリの社交界に登場するフェルバック元帥夫人役のエロイーズ・ブルドンとカミーユ・ボンといったダンサーたちも、脇を固めてドラマを盛り上げていた。
第2幕 第7場 舞踏会 © Opéra national de Paris/ Svetlana Loboff
コール・ド・バレエが特に第2幕第7場のラ・モル侯爵邸宅の舞踏会で舞台全体に華やいだ雰囲気をもたらして、客席を沸かせたことも付け加えておきたい。
ピエール・ラコットの作品そのものは、豪華な装置と衣装の魅力もあって、多くの観客から拍手で迎えられた。あえて問題点を指摘するならば、第1幕が4場面、第2幕が3場面なのに対して、パリのラ・モル侯爵邸にある令嬢マチルドの寝室から始まり、ジュリアンが死刑台に上がるまでを描いた第3幕が9場面という構成面でのバランスが欠けていた。第1幕が地方都市ヴェリエールの情景を的確に映し出し、第2幕のパリにあるラ・モル侯爵邸での舞踏会が見どころとなっていたのに対して、第3幕では場面の転換が多く、幕が下りたり下がったりしてドラマの流れに水を差した恨みがあった。そうした問題点を残しながらも、この作品には多くの人々が足を運び、初演として成功した。ダンサー、特に女性にとってはレナール夫人とエリザという踊り甲斐のある役柄がある。再演で別のダンサーたちがどのように違う役作りを見せてくれるかも楽しみだ。
第3幕より © Opéra national de Paris/ Svetlana Loboff
そして、この話題の大作のガルニエ宮のシリーズ終了後、レナール夫人役を踊ったオニール八菜さんにお話しをうかがった。
ーーお疲れさまでした。
オニール八菜 ありがとうございます。
ーーラコットさんから踊り終わった後、何と言われましたか。
八菜 「良かったよ」と言われ、彼がイメージしていたバレエに近いものができたのではないか、と思っています。
ーーラコットさんは作品を作るときに、八菜さんに振りを付けたのですから、最初から八菜さんのレナール夫人を頭の中で描いていたのではないでしょうか。
八菜 そうでしょうか、どうでしょう。多分そうでしょう。すれ違ったクレールマリ・オスタからも一言だけですが、「とても良かったわ」と褒められ、オーレリー・デュポン舞踊監督からも「良かった」と言われ初めて花束が贈られました。ジャン=ギヨーム・バールもメッセージですごく褒めてくださいました。
ーー八菜さんが二度目に踊った11月2日の晩には、エレオノーラ・アバニャートも八菜さんを見に来ていましたね。
八菜 はい、彼女とカデール・ベラルビも来てくれました。
オニール 八菜(レナール夫人)とフロリアン・マニュネ(ジュリアン・ソレル)
© Opéra national de Paris/ Svetlana Loboff
オニール八菜(レナール夫人)
© Opéra national de Paris/ Svetlana Loboff
ーーマチュー・ガニオが怪我をする前にインタビューを受けていて、ラコットさんのことを話しています。ラコットさんは15歳で『赤と黒』を読んで、振付を始めたときから、将来いつかはバレエにしたい、と考えていたそうですね。具体的にレナール夫人の役について八菜さんにどんな指示が出ましたか。
例えば、修道院を出てすぐ結婚し、子供に囲まれてゆったりとした暮らしをしていた夫人が、初めてジュリアンに会って、ハッとさせられる場面とかはいかがでしたか。
八菜 一番最初にハンカチを私(レナール夫人)が落として、拾おうとしたジュリアンと夫人の手が初めて触れ合います。
ーージュリアンの方が積極的に夫人の手を握ろうとしたのでしょうか。夫人を誘惑したい、という彼の気持ちが最初に行動になったところですね。ジュリアンの手にふれて、びくっとしたところが八菜さんの視線と身体の動きからはっきり感じられました。
八菜 レナール夫人は16歳で結婚して、自分の狭い世界しか知らずそこに埋れていた女性です。「一生ずっとこうなんだ」と思っていたところに、若者が現れ、手に触れられ初めて身体の中でパッとした感じが生まれたのでしょう。最初から物語の中のレナール夫人になり切って、その気持ちを表現したいと思いました。
ーージュリアンは、夫人がそれまで知っていた唯一の男性である夫とは全く違いますね。初めて男性の存在を感じた女性と、自分より身分の上の女性に惹かれた青年との感情が、視線の交錯によって表現されていました。
八菜 そうですね、この場面は大事ですね。いろいろやってみて、だめだったりうまくいったり、時間をかけて作っていきました。最後には一番自然なものに落ち着きました。
ーーハンカチをわざと落としたのではなく、はずみで落ちてしまった、と客席からは見えましたが。
八菜 そうしようとは思ったのですが、タイミングがなかなか思うようにいかなかったこともありました。
ーーこの二人のやりとりを後ろに立っていたエリザが見て、駆け出して退場するところは感情のドラマが盛り上がった場所の一つで、とても良かったのではないでしょうか。エリザの姿はどう映っていましたか。
八菜 エリザのことは夫人の意識になくて、第1幕最後の手紙の場面でアッと驚く、と言う風になっています。エリザ役のナイス・デュボスクの演技は好きでした。彼女は素敵だしかわいいし、「怖い」というところがなくて、ジュリアンとレナール夫人との関係を前にして「自分がどんなに寂しく、苦しいか」というところがよく見えました。
ーー確かに彼女はエリザの内面の葛藤をよく表現していたように思います。「素敵な人!」とジュリアンに一目惚れしたのに、相手は夫人ばかり見ているので強い恋愛感情が絶望へと転じていくようすが出ていました。
八菜 私もそう思います。ロクサーヌ・ストヤノフはナイスよりも、がっちりしていて、もっと強い感じでした。
ーー田舎の女中さんらしかったかもしれませんね。見られなかったのは残念です。
ミリアム・ウルド=ブラームとヴァランティーヌ・コラサントが初日を踊っただけで降板したのは、役に不満があった、ということでしょうか。(二人は怪我はしていない)
八菜 ミリアムはそうでもなかったと思います。マチルドを踊って、良かったと思うんですけど。私も深いことはよくわかりません。でも、いろいろ大変だったらしいです。
ーーレナール夫人は修道院から出てすぐ16歳で結婚したにしても、子供が三人いるのですから、レナール夫人はもう二十代の女性ですね。それに対して、マチルドはまだ十代。年齢から考えると、ミリアムがどんなに素敵なダンサーでも、レナール夫人の方がよりあっていたのではないでしょうか。。
八菜 ミリアムは今、確か39歳だったと思います。
ーーヴァランティーヌが降板した理由はよくわかりませんが、エリザはもともとのスタンダールの小説とは違ってこのバレエでははるかに重要な役です。エリザが持ってきた手紙二つが大きな役割を果たしているのですから。ダンサーとしてはやりがいのある役だと思うんですが。
八菜 どうでしょうか。よく分からないですけれど・・・。
第1幕 レナール邸 ナイス・デュボスク(エリザ)
© Opéra national de Paris/ Svetlana Loboff
フロリアン・マニュネ(ジュリアン・ソレル)
© Opéra national de Paris/ Svetlana Loboff
ーー八菜さんが最終的に踊ったジュリアン役はフロリアンが二度、ジェルマンが1度でしたね。この二人はやはり違っていましたか。
八菜 全然違いますね。言葉にするのは難しいのですが。
ーーずっとリハーサルしてきたのはフロリアンですよね。
八菜 はい。ジェルマンとはクリエーション中は一緒に踊っていました。ジェルマンはよく知っているし、舞台で踊ったことは何回もあったので。今回は出る前の夜に一回だけ練習しました。
ーーじゃあ、前日に急に決まったんですね。
八菜 はい。前の日の夜7時くらいに決まりました。ガルニエの公演中に二人でスタジオにいってチェックだけして、翌日舞台に上りました。あまりに急だったので、かえって自然な感じで踊れました。すごく良かったです。気心の通じているジェルマンと踊っている、というので安心して踊れました。
ーー今まで踊ってきて、パートナーとしての信頼関係があった、ということでしょうか。
八菜 そうですね。彼にもすごく合っている役なので、二人できれいな絵が描けた、という感じがしました。フロリアンとはいっしょにリハーサルをやってきたので、パ・ド・ドゥでもリラックして、120パーセント彼にお任せで踊ることができて気持ちが良かったです。彼ともよく踊っていて分かりあっています。ちょっと年上で、それだけ経験のあるダンサーなので、信頼し安心して踊れます。フロリアンはユーゴくらいの身長ですが、もっとすらっとしているので高く見えます。
ーージェルマンの舞台を見られなかったのは残念です。
八菜 彼が一番ジュリアンらしい感じがしました。最終日はラコットさんもカーテンコールで舞台に上がり、客席はスタンディングになりました。今回はいろいろあって、人間関係が緊張していてすごく大変でした。一応、無事終わったのでよかったです。
ーーリュドミラ・パリエロは突然の降板でした。
八菜 リュドミラはショートヘアなので、ラコットさんが「(19世紀の貴婦人である)レナール夫人のイメージに合わないから、かつらを付けて」と言われ、他のこともあっていったん出て行ってしまいました。彼女は結局、戻ってきましたが二回しか踊りませんでした。
ーーレナール夫人が『赤と黒』で一番大きな役なのでもったいなかったですね。ユゴーが出た晩は「彼は美男ね」という女性ファンの声が客席の周りから聞こえました。
八菜 すごい人気がありますね。
ーーフロリアン・マニュネの印象をもう少し詳しくお聞かせください。
八菜 そうですね。私にしても相手が細かい感情を出しているのにぐっと気持ちが入るので、観客は「フロリアンはすごい」という風には見えないかもしれないですけれど、でも二人で踊っている時は本当に気持ちが入っています。
ーーレナール夫人の寝室の場面が特にそうですよね。スタンダールの小説でも読ませ所の一つなんですけど、今度のバレエでもハイライトの一つだったと思います。
八菜さんの演技は、最初は「来ないで」とマニュネを突きのけながら、次第に心に火がついて自分の方から彼の胸に飛び込む、という変化が伝わってきました。
八菜 それはよかったです。
ーーそれと対照的なのが最後の牢獄での別れですね。まず、ジュリアンがシェラン神父からハンカチを手渡されて夫人への想いでいっぱいになります。そこに彼女が入ってきて、最後のパ・ド・ドゥになる。最初の初めての恋の華やぎと最後の別れ、という全く違うパ・ド・ドゥで、ラコットさんの振付が最も成功した部分の一つだったのではないでしょうか。
八菜 踊っていても、キャラクター的には第1幕は大人であっても、子供っぽいところが出てしまうけれど、最後にはジュリアンに対して母親的な優しさで包み込むような感じを出すことが私にとっては大事でした。そして、「私は大人なの」ということをきっちり踊りで表現しようとしました。
私にとってレナール夫人は本当に大きな役でした。
第2幕 第7場 ラ・モル侯爵邸の舞踏会 © Opéra national de Paris/ Svetlana Loboff
ーーラコットさんは八菜さんに最初に振付けてレナール夫人の役を作っていったのですから。
八菜 そうですね。前からダンサーの仕事が素晴らしいということはよくわかっていましたが、この役を踊って、私にとって自分がバレリーナであるというのは本当にすばらしいことなんだ、ということが改めて胸に刻まれました。次の日はストンと何かかが落ちてしまって、リハーサルがあったのでオペラ座には行ったんですが、何もできないで帰ってきました。『ドン・キホーテ』で貰った役は前にもやった役なので・・・(笑)。
ーーレナール氏についてはいかがですか。
八菜 マルク・モローとはすごくうまくいきました。本当はすごくショックだったんですよ。ステファンが引退する前にいっしょに一回だけは踊れる、と思って喜んでいたのですが、代わってしまって。でも結局はマルクと踊ることができて、本当に少しだけでしたけれど踊れて楽しかったです。フランチェスコ・ムーラとも踊りました。
ーー二人の役作りはどう違っていましたか。
八菜 マルクの方がてきぱきして、いかにもやりての若い町長という感じでした。
ーーステファンも見ましたが、マルクよりもっと落ち着いた中年の紳士という感じでした。
八菜 ふふ。(微笑)
ーー最初は八菜さんはマチルドの方が年齢的にも合っているかも、と思ったこともありましたが、実際に舞台を見たら、最初に子供を連れてきたところで、お母さんらしい雰囲気が出ていたように感じられました。
八菜 子どもが好きで、よく小さい子供と遊んでいるんですよ。
ーー踊ったダンサーたちの間ではこの作品はどう受け止められているのでしょうか。
八菜 ソロのダンサー以外のことはわかりません。レナール夫人を踊った人たちはパ・ド・ドゥもきれいだし、ヴァリエーションもラコットさんのスタイルですが、彼にしてはモダンな感じで、すごく良かったとみんな思ったようです。
ーー2016年に『ラ・シルフィード』を踊られているので、ラコットさんのスタイルには慣れていましたね。
八菜 たくさん勉強しているスタイルです。シルフィードは妖精で、レナール夫人は人間というのが全然違いますけど。
ーー『赤と黒』は話がかなり込み入っているので、マイムも重要ですね。
八菜 ええ。ちゃんと考えて、いろいろ工夫してみました。ちょっとした細部ですけど。
最終日の前日に第2幕のヴァリエーションの途中でジェルマンが怪我をした時、フロリアンに「明日まだ踊るんだから、絶対怪我しないでね」って言いました(笑)。
知人のバレエ関係者が見ていたんですけど、第1幕のバレエのレッスンの時からふらふらしていて、「おかしい」と思っていたそうです。
ーージュリアンの役は大変だということですね。
八菜 大変そうでした。40歳で全部できて代役までやるなんてすごいです。
ーーこのシリーズを事実上救ったわけですから、エトワールに任命されてもよかった、と思いました。
八菜 そうですよね。
ーー今回の新作は八菜さんの持っている良い部分に良く合っていた役で、ほんとうに大きな花が開いたような感じで素晴らしかったです。
八菜 ありがとうございます。
(2021年10月29日、11月2日 ガルニエ宮)
第1幕 第2場 ヴェリエールの町の通り © Opéra national de Paris/ Svetlana Loboff
『赤と黒』3幕16場のバレエ(世界初演)
台本・振付・装置・衣装 ピエール・ラコット
原作 スタンダール
翻案 ブノワ・ムニュ
アシスタント振付家 ベアトリス・マルテル カール・パケット
照明 マドジッド・ハキミ
ビデオ ジャン=マルク・オルソン
配役(2021年10月27日&11月2日)
ジュリアン・ソレル ユゴー・マルシャン/フロリアン・マニュネ
レナール夫人 アマンディーヌ・アルビッソン/八菜・オニール
侯爵令嬢マチルド レオノール・ボーラック
エリザ ナイス・デュボスク
レナール氏 ステファン・ブリヨン/マルク・モロー
シェラン神父 オードリック・ブザール/ヤニック・ビッテンクール
カスタネード神父 パブロ・ルガサ/アントニオ・コンフォルティ
フェルヴァック元帥夫人 エロイーズ・ブルドン/カミーユ・ボン
ラ・モル侯爵夫人 カミーユ・ド・べルフォン/ファニー・ゴルス
ラ・モル侯爵 オードレー・クレム/ヤン・シャイユー
アルタミラ伯爵 ヤニック・ビッテンクール/シリル・ミティリアン
クロワズノワ侯爵 ヤン・シャイユー/マチュー・コンタ
デルヴィル夫人 アネモーヌ・アルノー/ニノン・ロー
<第1幕>
第1場 製材所
ジュリアン・ソレル ジュリアンの父(マチュー・ボット)ジュリアンの兄二人(マニュエル・ガリド マニュエル・ジョヴァニ)
第2場 ヴェリエールの町の通り
ジュリアン・ソレル レナール夫人 レナール氏 シェラン神父 ジュリアンの父
ヴェリエールのブルジョワとブルジョワ夫人たち 大道芸人 農民と農婦たち
第3場 レナール邸の庭
ジュリアン・ソレル レナール夫人 レナール氏 エリザ シェラン神父 デルヴィル夫人
デュジャルダン氏 庭園の貴族たち 街路の貴族たち レナール邸に招待された農民と農婦たち
第4場 レナール夫人の寝室
ジュリアン・ソレル レナール夫人 レナール氏 エリザ シェラン神父
(休憩20分)
<第2幕>
第5場 神学校
ジュリアン・ソレル レナール夫人 シェラン神父 神学生たち
第6場 ラ・モル侯爵邸の図書室
ジュリアン・ソレル 侯爵令嬢マチルド ラ・モル侯爵 ラ・モル侯爵夫人 シェラン神父 フェルヴァック元帥夫人 クロワズノワ侯爵 アルタミラ伯爵 貴族と貴族夫人たち(黄色 プラム色 緑色 栗色 青色 黒 )
第7場 侯爵邸の舞踏会
ジュリアン・ソレル 侯爵令嬢マチルド ラ・モル侯爵 ラ・モル侯爵夫人 シェラン神父 フェルヴァック元帥夫人 クロワズノワ侯爵 アルタミラ伯爵 貴族と貴族夫人たち(黄色 プラム色 緑色 栗色 青色 黒 ) 舞踏会の招待客
パ・ド・カトル(マリーヌ・ガニオ エレオノール・ゲリノー フロリモン・ロリユー ジェレミー=ルー・ケール/マリーヌ・ガニオ エレオノール・ゲリノー ジェレミー=ルー・ケール ジャック・ガストヴィット)
(休憩20分)
<第3幕>
第8場 侯爵令嬢マチルドの寝室
侯爵令嬢マチルド ジュリアン・ソレル ラ・モル侯爵 ラ・モル侯爵夫人 エリザ
第9場 侯爵邸の図書室
侯爵令嬢マチルド ジュリアン・ソレル ラ・モル侯爵 ラ・モル侯爵夫人 エリザ
第10場 竜騎兵の野営地
ジュリアン・ソレル 侯爵令嬢マチルド 赤の竜騎兵たち 青の竜騎兵たち
第11場 司祭館
ジュリアン・ソレル レナール夫人 侯爵令嬢マチルド ラ・モル侯爵夫人 エリザ
第12場 侯爵令嬢マチルドの寝室
ジュリアン・ソレル 侯爵令嬢マチルド ラ・モル侯爵 ラ・モル侯爵夫人 エリザ
第13場 教会
ジュリアン・ソレル レナール夫人 シェラン神父 レナール氏
ミサ参列者たち(通行人)
第14場 裁判
ジュリアン・ソレル 群衆
第15場 牢獄
ジュリアン・ソレル レナール夫人 シェラン神父 牢番(グザビエ・ゴーム・ド・スーザ)
第16場 断頭台
ジュリアン・ソレル レナール夫人 侯爵令嬢マチルド エリザ 群衆
上演時間 3時間15分
演奏 ジョナサン・ノーリントン指揮 パリ国立オペラ座管弦楽団・合唱団(合唱部分はノーリントン指揮で事前に録音)
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