パリ・オペラ座バレエ団の13年ぶりの全幕クラシック・バレエ大作、ピエール・ラコット振付『赤と黒』が波乱のうちに幕を開けた

ワールドレポート/パリ

三光 洋 Text by Hiroshi Sanko

Ballet de l'Opéra national de Paris パリ・オペラ座バレエ団

Pierre Lacotte "Le Rouge et le Noir "
『赤と黒』(世界初演)ピエール・ラコット:振付

パリ・オペラ座バレエ団が久しぶりにクラシック・バレエを製作した。2008年にジョゼ・マルティネスがマルセル・カルネの映画『天井桟敷の人々』を翻案して以来、実に13年振りの新作だ。3幕16場で3時間15分の上演時間を要する大作は、日本でもよく知られたスタンダールの小説『赤と黒』(1830年執筆)を原作としている。1954年に封切られたクロード・オータン=ララ監督による映画はジェラール・フィリップ(ジュリアン・ソレル)とダニエル・ダリュー(レナール夫人)のコンビにより日本でも多くの観客を集めた。

1_Svetlana_Loboff___Opera_national_de_Paris-Pierre-Lacotte--Svetlana-Loboff--OnP-2021-10-portrait-2c--2-.jpg

ピエール・ラコット
© Opéra national de Paris/Svetlana Loboff

新作を振付けたのみならず、台本を書き、装置と衣装のデザインを行ったのが元オペラ座のプルミエール・ダンスールだったピエール・ラコット(1939年パリ郊外のシャトゥー生まれ)だった。パリ・オペラ座でダンサーとしてセルジュ・リファールの『セプトゥオール』(1950年)を初演する一方で、『ラ・シルフィード』(1972年 シルフィードは妻のギスレーヌ・テスマーが踊った)、『コッペリア』(1973年)、『パキータ』(2001年)といった忘れ去られていたロマンティック・バレエの復刻を手掛けてきた。
ラコットは15歳で両親の書架で見つけた『赤と黒』をむさぼるように読んだ。さまざまな人物の心理と性格が驚くほど明快に描き込まれていたからだったという。「ダンスはすべてを(身体によって)、特に一人の人物の感情と内面を表現できる」(「ラ・ヴィ誌」クローディーヌ・コロッツィ記者によるインタヴュー)という信念を抱いているラコットにとって、『赤と黒』は生涯最後のバレエ作品に最適と感じられたようだ。
振付家は小説を舞台化するに当たって、主人公ジュリアン・ソレルの社会的な成功と転落を主題としながらも、原作では脇役に過ぎないレナール夫人の侍女エリザに大きな役割を与えた。貧しい製材所の末息子がやっと手にした町長宅での家庭教師の職から追われ(第1幕第4場)、後にはパリの侯爵令嬢マチルドとの結婚を目前にして破談となる(第3幕12場)のは、いずれも嫉妬に駆られたエリザが用意した密告の手紙が引き金となっている。女性の登場人物として、小説ではジュリアンが最も愛したレナール夫人と結婚を望んだマチルドの二人が重要だが、このバレエではエリザがレナール夫人に次ぐ大きな役になっている。またジュリアンに大きな影響を与えた神父はスタンダールの小説では三人いるが、ラコットのバレエではジュリアンを支援するシェラン神父とジュリアンを憎み、その転落に手を貸すカスタネード師の二人が登場する。

10_Svetlana_Loboff___Opera_national_de_Paris-2021-10-2281-LE-ROUGE-ET-LE-NOIR_Pierre-Lacotte_Acte-III--c--Svetlana-Loboff-OnP.jpg

第3幕より © Opéra national de Paris/Svetlana Loboff

装置にはラコットがデッサンした35枚の白黒の背景幕が使われた。小説が書かれたのと同時代の銅版画をもとにしており、スケールの大きい大幕によってそれぞれの場面がリアルに示され、観客が筋を理解するのを助けた。また、この背景幕が黒白だったために、ダンサーやエキストラが身に着けた衣装の色がくっきりと浮かび上がった。この四百着に上った趣味の良い衣装もラコットがデザインした。
音楽にはオペラ『ウェルテル』や『マノン』といった文芸オペラを多く残したジュール・マスネの曲が使われた。甘美な旋律で登場人物、特に女性の心情を描くのを得意としたマスネの音楽はダンサーの動きを振付けるに当たって、最高の導き手だったとラコットは振り返っている。
ソリストとコール・ド・バレエを合わせて104名のダンサーに加えて、オペラ座バレエ学校の生徒10名と40人を超えるエキストラが舞台に上った。クラシック、ネオ・クラシック、モダンのパを組み合わせ、ソリストによるパ・ド・ドゥ、ヴァリエーション、パ・ド・カトル、コール・ド・バレエによる群舞というきわめてオーソドックスな作りだった。

6_Svetlana_Loboff___Opera_national_de_Paris-2021-10-3073__LE-ROUGE-ET-LE-NOIR_Pierre-Lacotte_Germain-Louvet--Julien-Sorel-.jpg

第3幕第10場 竜騎兵の野営地 ジェルマン・ルーヴェ(ジュリアン・ソレル)
© Opéra national de Paris/Svetlana Loboff

15_2021-10-3125_LE-ROUGE-ET-LE-NOIR_Pierre_Lacotte_Ludmila-Pagliero--Madame_de_Renal--Germain-Louvet--Julien-Sorel-c--Svetlana-Loboff-OnP.jpg

第3幕第15場 牢獄での別れ 
リュドミラ・パリエロ(レナール夫人)とジェルマン・ルーヴェ(ジュリアン・ソレル)
© Opéra national de Paris/Svetlana Loboff

10月16日のプルミエから11月4日までの14回の長期公演だったが、初日にハプニングが起こった。ジュリアン役のマチュー・ガニオが第1幕が始まって数分後のヴァリエーションで、肉離れを起こし、フロリアン・マニュネが代わって踊った。「レス・ムジカ誌」のバレエ評論家ジャックリーヌ・チュイユーによれば、「最初に出てきたところでいつになく切れ味が今一つなので、『今日は調子が悪いのかな』と思っていたら、ジャンプして空中で回転した後で、異常が起こった。」という。当日の午後リハーサルを行っていたマニュネは急遽舞台に上がり、疲労していたにも関わらず力演して観客から喝采された。ガニオが故障する前に、オニール 八菜と踊る予定だったマチアス・エイマンが怪我で降板しており、二人のジュリアン役のダンサーが不在となった。さらに11月3日にはジェルマン・ルーヴェも公演中に怪我で退場し、マニュネが踊った。この結果、ジュリアンはマニュネが7回、マルシャンが4回、ルーヴェが3回となった。こうして故障者が続出した理由としては、偶然もあるにせよ、ジュリアン役によるリフトの回数がきわめて多く、負担が大きいことも関係しているように思われる。

5_Svetlana_Loboff___Opera_national_de_Paris-2021-10-3118_LE-ROUGE-ET-LE-NOIR_Pierre-Lacotte_Germain-Louvet--Julien-Sorel--Florian-Magnenet--L-Abbe-Chelan---c--Svetlana-Loboff-OnP.jpg

第2幕第5場 神学校 ジェルマン・ルーヴェ(ジュリアン・ソレル)とフロリアン・マニュネ(シェラン神父)
© Opéra national de Paris/Svetlana Loboff

8_Svetlana_Loboff___Opera_national_de_Paris-2021-10-3034_LE-ROUGE-ET-LE-NOIR_Pierre-Lacotte_Leonore-Baulac--Mathilde-de-la-Mole--Germain-Louvet--Julien-Sorel---c--Svetlana-Loboff--OnP.jpg

第2幕 ラ・モル侯爵邸 ジェルマン・ルーヴェ(ジュリアン・ソレル)と レオノール・ボーラック(侯爵令嬢マチルド)
© Opéra national de Paris/Svetlana Loboff

7_Svetlana_Loboff___Opera_national_de_Paris-2021-10-3064_LE-ROUGE-ET-LE-NOIR_Pierre-Lacotte_Germain-Louvet--Julien-Sorel-.jpg

第3幕第10場 竜騎兵の野営地 ジェルマン・ルーヴェ(ジュリアン・ソレル)
© Opéra national de Paris/Svetlana Loboff

14_Svetlana_Loboff___Opera_national_de_Paris-2021-10-139_LE-ROUGE-ET-LE-NOIR_Pierre-Lacotte_Germain-Louvet--Julien-Sorel-.jpg

第3幕第16場 断頭台 ジェルマン・ルーヴェ(ジュリアン・ソレル)
© Opéra national de Paris/Svetlana Loboff

「ル・モンド」「ル・フィガロ」といった日刊紙を始め、有力なフランス人バレエ評論家は初日の公演を見た。「遺書としての『赤と黒』』」(フィガロ紙、アリアーヌ・バヴリエ)、「ガルニエ宮でラコットはスタンダールを踊らせた」(ル・モンド紙、ロジータ・ボワソー)と言った見出しが並んだ。
どの批評家も長い時間をかけ、パリ・オペラ座バレエ団が総力を結集して新しいクラシック・バレエを創作したことに賛辞を送った。フランス語にして五百ページを超える錯綜したスタンダールの長編小説を、バレエ作品にまとめ上げることは簡単ではない点を指摘しながらも、久しぶりに誕生した大作は衣装、装置とも豪華なもので、全体としては優れたフランスらしいクラシック・バレエに仕上がったという評価が下された。
演技については第二幕のラ・モル侯爵邸での華やかな舞踏会のコール・ド・バレエの活躍が衆目を浴びた。待望されていたマチュー・ガニオの代役ながら、主役ジュリアン・ソレルの野心家振りを力強い踊りと細かな演技で示したフロリアン・マニュネ、テクニックだけでなく気品のある演技によってレナール夫人に相応しかったアマンディーヌ・アルビッソンの二人に賛辞が寄せられていた。

9_Svetlana_Loboff___Opera_national_de_Paris-2021-10-3007_LE-ROUGE-ET-LE-NOIR_Pierre-Lacotte_Germain-Louvet--Julien-Sorel-.jpg

第2幕第7場 ル・モル侯爵邸の舞踏会 ジェルマン・ルーヴェ(ジュリアン・ソレル)
© Opéra national de Paris/Svetlana Loboff

ところで配役変更はジュリアン役だけに留まらなかった。侯爵令嬢を踊ったミリアム・ウルド=ブラーム、レナール夫人の女中エリザ役のヴァランティーヌ・コラサンテの二人も、プルミエを踊っただけで、役を下りてしまったのである。
こうした混乱があったにせよ、10月18日と21日には録画が行われた。録画の配役は、
ユゴー・マルシャン(ジュリアン・ソレル)、ドロテ・ジルベール(レナール夫人)、ビアンカ・スクダモア(侯爵令嬢マチルド)、ロクサーヌ・ストヤノフ(エリザ)、ステファン・ブリヨン(レナール氏)、オードリック・ブザール(シェラン神父)、パブロ・ルガサ(カスタネード師)、カミーユ・ボン(フェルヴァック元帥夫人)、カミーユ・ド・べルフォン(ラ・モル侯爵夫人)他である。

2_Svetlana_Loboff___Opera_national_de_Paris-LE-ROUGE-ET-LE-NOIR--Pierre-Lacotte----Dorothee-Gilbert--Madame-de-Renal---c--Svetlana-Loboff-OnP---2021-661.jpg

ドロテ・ジルベール(レナール夫人)
© Opéra national de Paris/Svetlana Loboff

3_Svetlana_Loboff___Opera_national_de_Paris-LE-ROUGE-ET-LE-NOIR--Pierre-Lacotte----Dorothee-Gilbert--Madame-de-Renal---c--Svetlana-Loboff-OnP---2021-10-659.jpg

ドロテ・ジルベール(レナール夫人)
© Opéra national de Paris/Svetlana Loboff

筆者が見た10月27日(ユゴー・マルシャンのジュリアン、アマンディーヌ・アルビッソンのレナール夫人)と11月2日(フロリアン・マニュネのジュリアン、オニール 八菜のレナール夫人)の様子については、続報でお伝えしたい。

4_Svetlana_Loboff___Opera_national_de_Paris-LE-ROUGE-ET-LE-NOIR--Pierre-Lacotte----Dorothee-Gilbert--Hugo-Marchand--c--Svetlana-Loboff-OnP--2021-10-1239_.jpg

ユゴー・マルシャン、ドロテ・ジルベール
© Opéra national de Paris/Svetlana Loboff

11_Svetlana_Loboff___Opera_national_de_Paris-2021-10-1220_LE-ROUGE-ET-LE-NOIR_Pierre-Lacotte_Dorothee-Gilbert-Hugo-Marchand--c--Svetlana-Loboff-OnP.jpg

ユゴー・マルシャン(ジュリアン・ソレル)とドロテ・ジルベール(レナール夫人)
第1幕第4場 レナール夫人の寝室
© Opéra national de Paris/Svetlana Loboff

12_Svetlana_Loboff___Opera_national_de_Paris-2021-10-1109_LE-ROUGE-ET-LE-NOIR_Pierre-Lacotte_Hugo-Marchand--Julien-Sorel--Roxane-Stojanov--Elisa---c--Svetlana-Loboff-OnP.jpg

第1幕より レナール氏の邸宅 ユゴー・マルシャン(ジュリアン・ソレル)とロクサーヌ・ストヤノフ(エリザ)
© Opéra national de Paris/Svetlana Loboff

13_Svetlana_Loboff___Opera_national_de_Paris-2021-10-671-LE-ROUGE-ET-LE-NOIR_Pierre-Lacotte_Dorothee-Gilbert--Madame-de-Renal--Thomas-Docquir--L-Abbe-Castanede---c--Svetlana-Loboff-OnP.jpg

第3幕第11場 トマ・ドッキール(カスタネード師)とドロテ・ジルベール(レナール夫人)
© Opéra national de Paris/Svetlana Loboff

『赤と黒』3幕16場のバレエ(世界初演)
台本・振付・装置・衣装:ピエール・ラコット
原作:スタンダール
翻案:ブノワ・ムニュ
アシスタント振付家:ベアトリス・マルテル、カール・パケット
照明:マドジッド・ハキミ
ビデオ:ジャン=マルク・オルソン

記事の文章および具体的内容を無断で使用することを禁じます。

ページの先頭へ戻る