『アリエノール 宮廷恋愛をめぐるヴァリエーション(Aliénor Variation sur l'amour courtois)』にアニエス・ルテステュが出演、華やかに踊った

ワールドレポート/パリ

三光 洋 Text by Hiroshi Sanko

新型コロナウィルスのワクチン接種が春以降、急速に進んだフランスでは夏から新規患者数、入院者数とも減る傾向が続いている。6月2日ガルニエ宮での「ローラン・プティへのオマージュ」から観客を迎えた公演を再開したパリ・オペラ座は、9月24日に「デフィレ」、テス・フォルカー振付『クラウズ・インサイド』、ダミアン・ジャレ振付『防波堤』、ハロルド・ランダー振付『エチュード』から成る恒例となった新シーズン開幕ガラを開いた。
9月28日からは11月6日まで2017年12月にプルミエが行われたアレクサンダー・エクマン振付の『プレイ』がガルニエ宮で再演されている。

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『エチュード』© Opéra national de Paris/ Julien Benhamou

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『プレイ』© Opéra national de Paris/ Ann Ray

ガルニエ宮から歩いて15分ほどのグラン・ブールヴァール(大通り)に面したジムナーズ・マリー・ベル劇場では2013年にオペラ座バレエ団を引退した元エトワール、アニエス・ルテステュがアラン・マーティ振付の『アリエノール 宮廷恋愛をめぐるヴァリエーション』に出演中だ。この作品は2019年10月からリハーサルが行われていたが、コロナ禍のため、三回にわたって上演が延期されていた。

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© Patrick Fisher

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© Patrick Fisher

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© Patrick Fisher

ルテステュが演じたヒロインのアリエノール・ダキテーヌ(1122・1204)は中世に実在した歴史上の人物で、フランス王ルイ7世、ついで英国王ヘンリー2世の王妃となった。最初の吟遊詩人とされる祖父、ギヨーム9世の血を引いて教養豊かであるとともに、美貌に恵まれた。巨大な領国の継承者として政治的にも大いに活躍したが、今回のスペクタクルはこうした政治面には一切触れることなく、女性の立場から打ち出した新しい男と女の交際術に焦点が絞られていた。
スペクタクルでは、吟遊詩人は何年もの年月をかけて、愛する貴婦人を称賛し、宮廷において奉仕する。そして、最終的に女性が詩人に心を開いた場合に、彼女の発意で床に横たわる。こうして、これまでの力のある男性が女性を「征服」した男女の在り方ではない、女性主導の恋愛作法が生まれる。この作法が王妃が称揚した吟遊詩人の貴婦人に対する恋愛である「ジャゼール」(jazer中世南フランスの言葉であるオック語で「横たわる」)である。万葉時代から歌垣があり、男女が同等に相手に求愛する伝統が存在した日本のその時代から見れば、当たり前なのかもしれないが、12世紀のフランスや英国社会においては革新的だったのである。

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© Patrick Fisher

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© Patrick Fisher

舞台には王妃アリエノール、英国王ヘンリー2世、吟遊詩人、ヴィオラ・ダ・ガンバ奏者の合計四人が登場し、オック語の詩、音楽、踊りが繰り広げられた。最初は吟遊詩人役の俳優アロール・クルーゼがオック語の詩を朗誦して始まり、アルベルタン・ヴァンタドールが弾くヴィオラ・ダ・ガンバの音色が観客をいにしえの世界へと誘った。ベットが一つ置かれただけの、簡素な舞台装置だったが、師と音楽によってダンスの書割が提供されていた。

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© Francette Levieux

アニエス・ルテステュが2013年10月10日に『椿姫』のマルグリット・ゴーティエを踊ってオペラ座を引退してから、すでに8年近い歳月が流れたというのに、すらりとした身体は変わっていない。自らデザインしたゆったりとして品の良い衣装をまとって登場すると、舞台に華やいだ空気が広がった。一枚のショールという限られたアクセサリーを巧みに操ることで、ヒロインの仕草に余韻が生まれていた。

若い吟遊詩人の告白に耳を傾けている時に相手に向けた柔らかな、ほのかな艶を含んだ視線には言葉では言い尽くせない、さまざまな王妃の想いが垣間見られた。自分の妻に言い寄るひたむきな吟遊詩人に対し、嫉妬を覚えながら、その恋愛作法に惹きつけられて目を放すことのできない国王(ヴァンサン・シャイエ)、というヒロインをめぐる「三角関係」がドラマの推進力になっていた。チュチュを脱いでからも、「毎朝バーの前に立ち、ダンスへの情熱には陰りがない」(「ポワン・ド・ヴュー」誌、1月27日号、アリアーヌ・ドルフュス記者)というルテステュは、10月いっぱいパリで踊った後、この作品でスペインツアーを行う。その後も、リュクサンブール歌劇場でのヴェルディの『リゴレット』にヒロインのジルダの母親役として出演、ローマでのホセ・マルティネーズが振付ける『海賊』のリハーサル指導と多忙な日々が続く。久しぶりにルテステュの舞台姿を見ることができた喜びを胸にして劇場を後にした。
(2021年9月27日 ジムナーズ・マリー・ベル劇場)

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© Francette Levieux

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© Francette Levieux

『アリエノール 宮廷恋愛をめぐるヴァリエーション』
振付 アラン・マーティ
創案 クロード・シークル
台本 アロルド・クルーゼ
オリジナル音楽 アルベルタン・ヴァンタドール、マチュー・ランヌロング、ユゴー・クルーゼ、ロマン・マーティ
音楽 ベートーヴェン、ラヴェル、リヒャルト・シュトラウス
衣装 アニエス・ルテステュ
配役
アリエノール アニエス・ルテステュ
国王 ヴァンサン・シャイエ
吟遊詩人 アロール・クルーゼ(俳優)
ヴィオラ・ダ・ガンバ演奏 アルベルタン・ヴァンタドール

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