オペラ座ダンサー・インタビュー:ジェレミー=ルー・ケール

ワールドレポート/パリ

大村 真理子(在パリ・フリーエディター) Text by Mariko OMURA

Jérémy-Loup Quer ジェレミー=ルー・ケール(スジェ)

長身ですらりとした体型のジェレミー=ルー。プリンス役が似合いそうなダンサーだが、現在オペラ座でリハーサルが進んでいるローラン・プティの『ノートル・ダム・ド・パリ』では、ステファン・ブリヨン、フランソワ・アリュといった比較的体躯のしっかりとしたダンサーと共に彼もカジモドに配役されている。公演予定は4月7月から5月7日まで。3月20日から4週間の予定で始まった第3回目の外出制限措置の解除後、果たして彼はこの役を舞台で踊る機会があるだろうか。

2011年に入団。2014年ヴァルナ国際バレエコンクールでオニール八菜と組んでブロンズメダルを受賞し、2016年にはカルポー賞も獲得している。日本でも公開された映画『ミルピエ〜パリ・オペラ座に挑んだ男』に出演しているので、彼に目を留めた人もいるだろう。スジェに上がった2015年5月には『パキータ』の主役、2016年の年末には『白鳥の湖』のロットバルト役を任せられるなど、優れたテクニックと演技がオペラ座内でも早い時期から評価されているダンサーだ。昨年の夏に京都バレエ団の『眠れる森の美女』で彼の主演が発表されたが、新型コロナ感染拡大の影響で今年の1月に公演は延期に。あいにくなことに、それでも来日は不可能となってしまった。
Q:日本での舞台が期待されていたのに、残念な結果となりましたね。

A:そうなんです。エリック・カミーヨ版の『眠れる森の美女』は振付もすっかり覚えて、来日に向けていたのですけどね。はやく日本に行くことができることを願っています。

『ノートルダム・ド・パリ』リハーサル写真 photo Julien Benhamou/ Opéra national de Paris

『ノートルダム・ド・パリ』リハーサル写真
photo Julien Benhamou/ Opéra national de Paris

Q:いまリハーサル中の『ノートル・ダム・ド・パリ』ではカジモド役に配役されています。この配役を知ったときどのように思いましたか。

A:とても嬉しかったですよ。これは素晴らしい役ですから。多くの要素が詰まった、バレエ作品の中でも最高に美しい役だといえます。振付は覚えるのがとても興味深いもので、役に入り込む必要があります。この作品は音楽も素晴らしい。作品中でとりわけ強烈で感動的なのは、第二幕の最初の部分のエスメラルダとのパ・ド・ドゥです。その前に、なぜ自分がここにいるのか、なんだろう周囲のこの人々はという、カジモドの最初の登場シーンの彼の心理状態も演じるのがとても興味深いシーンなんですよ。

Q:シーズン2020〜21にこの作品があると知ったとき、この役を踊りたいと思いましたか。

A:この作品が前回オペラ座であったのは7年前だったか(注:2014年6月30日〜7月16日)、そのときはフェビュスの代役でした。この作品ではフェビュスもフロロも良い役ですが、僕の好みは断然カジモド役でした。この時の公演ではコール・ド・バレエとして兵士などあらゆる役を踊ることになっていましたが、公演が始まってすぐに膝を怪我してしまい、ほとんど踊らずじまいとなってしまいました。入団2年目で、ヴァルナのコンクールの準備もしていた時期です。

Q:カジモドにはずんぐりとしたイメージがあるのに対し、あなたは背も高くほっそりしています。

A:確かに。でもローラン・プティはカジモド役にプリンスが欲しかったんですよ。不出来なプリンスを・・・。僕、こういうのが好きなんです。役作りには原作を読み、1939年のチャールス・ロートン主演のアメリカ映画『ノートル・ダムのせむし男』も見て・・・。シリル・アタナゾフが踊ったバレエも見たけれど、これはパ・ド・ドゥだけ。全幕でニコラ・ル・リッリュ、ウィルフレッド・ロモリ、カデル・ベラルビ、ステファン・ブリヨンの映像を見ました。

Q:カジモドについてどのような人物像を描いていますか。

A:感動を覚えさせる神の創造物です。彼はフロロによって大聖堂に迎えられ、その中で生きていて外の世界を知りません。だから世間が怖く、大聖堂の中だけの人生に満足しているんです。建築物に完全に溶け込んでしまっていて、まるで存在していないかのよう。そこから出た瞬間、彼は自分が存在していると感じるのだけど、世間が彼に向ける視線は冷たい。そこに突然、エスメラルダが彼の肩に手を置きます・・・ここのシーンがバレエではとても美しく描かれていると思うのです。これほど繊細に肩に手を触れられたのは彼には初めてのことで、この瞬間すべてが静止! たとえば第一幕のカジモドの登場のソロの最後にフロロが姿を現し、祭りに浮かれた彼を掴んで床に押し付けますけど、その手はエスメラルダのそれと違い猛禽の爪のようなもの。カジモドはこのようにやり込めるフロロとしか他者とのやりとりを経験していません。そこにエスメラルラの優しく気持ち良い手を感じる・・・このシーンは本当に美しい。彼女に食べ物をもって行ったときに自分の醜い姿を見られたくないのだけど、彼女は彼の醜さを受け入れますね。このシーンも心に響くものがあります。まず第一幕では粗野な振る舞いをする動物的な創造物としてのカジモドを見せたい。人々が彼に向ける冷たさ、怖さ、好奇心に満ちていて、彼はそれまで人々が笑うのをみたことなかったので自分が笑われているのに、一緒になって笑ってしまい、野菜を投げつけられたりしても状況がよくわかってない・・・。それが第二幕になると舞台はカジモドにとって住み慣れた大聖堂の中のことで、先に語ったような美しさに満ち溢れた、エスメラルドの厚意の瞬間が訪れるのです。フロロとは打って変わって、彼の背中を彼女が優しく撫ぜてくれる。この感覚は彼が過去に味わったことのないものでした。そして第二幕の最後は悲しみ、失望、暴力・・・。

Q:誰があなたのカジモドのパートナーですか 。

A:エスメラルダ役はレオノール・ボラックです。彼女とは過去に『パキータ』、それにバンジャマン・ミルピエの『アモヴェオ』でも一緒に踊っているんですよ。

Q:バンジャマン・ミルピエ時代にはどのような思い出がありますか。

A:彼の創作『Clear, Loud, Bright, Forward』にも僕は参加していて、短期間だったけれど彼の時代について良い思い出があります。エネルギー、ヴァイタリティに溢れた素晴らしい時期でした。

Q:これまで演じた役の中では、どの人物の仕事が気に入りましたか。

A:深みのある人物の役、人物像がきちんと描かれ語るべき物語がある作品が好きで、例えば『ジゼル』のアルブレヒトですね。オペラ座の外で全幕を踊る機会に恵まれて、この舞台はとても楽しめました。アルブレヒトをぜひオペラ座で踊りたいですね。ケープを翻して登場するシーンに始まる第二幕は、ロマンチシズムの極致です。演劇面についても、第一幕も面白く、第二幕は素晴らしいとしかいいようがなくて。音楽も振付も見事な作品です。レンスキー役もそうですね。『白鳥の湖』のロットバルト役はその演劇性がとても興味深かった。オペラ座では振付家との直接の仕事、創作に参加することも気に入っています。最近ではダミアン・ジャレの『Brise-lames』の創作が、極めて面白い仕事でした。彼に限らず、新しい身体の身振りを学ぶのが好きなんですね。カジモド役が気に入っているのも、人物に入り込んでその身振りを学ぶという楽しみゆえです。

Jeremy Loup Quer - Le Lac des Cygnes - Photo Julien Benhamou_3444.jpeg

『白鳥の湖』 photo Julien Benhamou/ Opéra national de Paris

Q:いつ、どのようにダンスを始めたのでしょうか。

A:教室で習い始めたのは8歳のときです。僕の母はコンテポラリーのダンサーでまた女優でもあって、そして父も俳優・・・。両親は映画やミュージカルの舞台などに出演し、僕は劇場の世界で育ったんです。母のお腹の中にいるときから踊っていたといえますね。音楽がかかるとリズムにあわせて、と、歩き始めると同時に踊っていたようです。両親から「いつもこうやって動いてるんだから、ダンスをやってみるか?」って言われたんだけど、僕は「ダンス?それは女の子がすることだ。いやだ!」と。しばらくして、母がコンテンポラリーのダンス教室に連れて行ってくれました。コンテンポラリーダンスと即興の教室。これは最高だ、ってすっかり気に入り、大きくなったらダンサーになろうと思ったんです。10歳半のときに、パリ地方音楽院(CNR) のコンテンポラリー・ダンスのクラスに入りました。その時に両親が「ダンサーになるつもりなら、基本となるクラシック・バレエも学びなさい」といわれて、習い始めたところ・・・。

Q:先生がクラシック・バレエを踊るクオリティをあなたに見出したのですね。

A:そうなんです。クラシック・ダンスのためのあらゆる才能があるって。CNRに入ったのは9月で、オペラ座のバレエ学校の試験を11月か12月に受けて、翌年の1月からオペラ座のバレエ学校へ。だからCNRは3ヶ月だけです。

Q:コンテンポラリーよりクラシック・バレエのほうが気に入ったということですか。

A:クラシック・バレエの厳格な環境が気に入りました。当時、僕は制約を与えられるのが必要な時期にあったので。でも、コンテンポラリー・ダンスで覚えた自由に動く喜びを失うことはなく、入団後、例えばサシャ・ヴァルツ、アンヌ・テレサ・ドゥ・ケースマイケル、オハッド・ナハリン、クリスタル・パイトたちとの仕事でその喜びを再び見出すことができます。

Q:では『イオランタ/くるみ割り人形』での3名のコレオグラファーとの仕事はいかがでしたか 。

A:これも素晴らしい体験でした。とりわけエドゥアール・ロックの狂気的な振付。複雑で繰り返しが多く身体的にもきつい。だけど仕事を重ねることでできるようになるのです。シェルカウイによるパ・ド・ドゥも素晴らしいものでした。最後のハーモニカ演奏だけのパ・ド・ドゥも好きでしたね。この作品はバレエだけでなく、ドミトリー・チェルニアコフの演出、舞台装置も信じられないほど見事なものでとても好きな作品です。

Q:舞台上で身体的に弾けることができたのはどの作品ですか。

A:オペラ座ではなくモスクワでエロイーズ・ブルドンと踊った『ドン・キホーテ』。
オペラ座で心から楽しめたのはロットバルト役。特に2019年のアジアツアーの中国で踊った時、稽古に稽古を重ね公演を満喫できました。フォーサイスの『Blakeworks 1』、これも踊るのがすごく楽しかった。ケースマイケルの『Rain』、クリスタル・パイトの『Season s' Canon』は創作には参加していないけれど、再演時にヴァンサン・シャイエのパートを僕が踊れることになって、良い思い出があります。『Seasons 's Canon』も『Body and Soul』もパイトの創作に参加できなかったけれど、いつか・・・と夢見ています。コレオグラファーとの仕事、創作の参加、オペラ座に新しくレパートリー入りする作品を踊る・・・こうしたことはとても興味あります。来季にはシャロン・エイアル、ホフェッシュ・シェクターなどのとても美しい作品がレパートリー入りするようですから、これらにぜひ配役されたいと思っています。

Jeremy-Loup Quer - Le Lac des cygnes - Photo Julien Benhamou_4355.jpeg

『白鳥の湖』photo Julien Beanhamou/ Opéra national de Paris

Q:創作に参加して気に入らなかったという作品もありますか。

A:いくつかありますね(苦笑)。コレオグラファーが到達点を見えぬまま創作するといった作品では、クリエーションに参加するのが快適だったとも、仕事が興味深いものだったとも言い難いものです。

Q:オペラ座でいつか踊れたらと願う作品は何でしょうか。

A:いつかオペラ座でアルブレヒトを踊りたいですね。6月に公演が予定されているローラン・プティの『若者と死』も踊りたかったけれど、残念ながら配役されませんでした。

Q:『マノン』『椿姫』といった作品には興味がありますか。

A:あ、マノンのデグリュ役は踊りたいですね。『椿姫』は特に好きなバレエではありません。ジョン・ノイマイヤーの作品が少し苦手なんです。彼の『ヴェニスに死す』は素晴らしいと気に入ったんですけど。もっと後になったら、『椿姫』を踊ってみたいと思うかもしれません。

Q:演劇という点で、俳優の仕事には興味がありますか。

A:はい。実は何度か映画出演の機会を逃しているんです。提案をもらっても、オペラ座での仕事を優先するので断らざるをえなくって。でも、もし今提案があったら、断らないでしょうね。俳優の仕事は気に入ると思います。僕は両親のおかげで劇場に行くことは多いし、演劇業界の人に出会う機会も少なくありません。これはチャンスですね。

Q:昨年3月からの新型コロナ感染拡大がもたらす状況を、どのように受け止めていますか。

A:初回の6か月は快適に過ごせました。というのも、僕はユーゴ(・マルシャン)と同じく2011年の入団なのですが、それ以降、週末、休暇のたびにオペラ座外のガラに頻繁に参加していたので、1年間にバカンスはとれても最高で4週間という程度。ところがフランスで外出制限措置が昨年3月半ばに始まってからの2か月間は、何の活動もなくて、これがとっても快適だったんです。その期間を過ごしたのは幸いなことにパリではなく、パートナーのエロイーズ・ブルドンそして友人と一緒にノルマンディー地方のセーヌ河に面した家でした。読書をしたり何事にもゆっくりと時間をかけて、という暮らし。そして外出制限が解けるや、僕とパートナーを受け入れてくれるレジダンスを探しました。その結果、カルチャーセンターに改修された自然の中に建つシャトー内で、2か月間、自分たちのためだけの仕事をすることができました。12分のデュオが完成。この作品にかかりっきりの2か月は実り多く、実に良い体験となりました。作品はそのシャトーで披露をし、その後パリ郊外でも踊れる機会があったのだけど・・・まあ、いつか別のチャンスがあるでしょう。そのレジダンス終了後、バカンスが1か月あり、9月にオペラ座の仕事が再開されてからが実にうんざりの状況なんです。オペラ座は国立のカンパニーなので当然政府の指示に従うので、2週間ごとにさまざまな予定が変更というのを繰り返しています。9月、10月はダミアン・ジャレの創作があって最高だったけど、初日の少し前に公演が中止となって・・。11月は何もなく、12月は『エチュード』のリハーサル。これでは良い配役を得ていたけれど、これも公演が中止されました。今はカジモドの稽古があってうれしいけれど、これも公演の行方が見えません。あと3週間くらいするとコンクールが開催されるけれど、今回プルミエ・ダンスールの空きポストがないのでスジェの僕は参加せず。このような連続に身体的にも精神的にも疲労を感じます。

Q:舞台で踊れないことに飢えを感じますか。

A:稽古が興味深いので、舞台そのものはさほど恋しいということはないですね。それがわかりました。恋しいのは、人間的な関係です。カフェもレストランも閉まっていて、そこで誰かと時間を過ごすことができないという状態がちょっと・・・。でも病院で看護に勤しむ人たちを思うと、バレエを舞台で踊れないことを嘆くのは、エゴイストだと感じます。というのも、僕はとても幸せですからね。僕の親戚には興行関係者が少なくなく、彼らの状況と比べると僕は極めて幸運なんです。オペラ座ではサラリーは満額もらえているし、稽古も続けられ仕事ができています。それにオペラ座内は一歩入れば村のようなもので、この中ではごく普通に生活が営まれていますから。カフェテリアもオープンしていて、人々と一緒の時間を過ごし、分かち合うことができ、稽古では仕事ゆえに人と触れ合うことができます。コンピューターの画面を介してしか他人とコミュニケーションをとれないテレワークの人たちと違って、僕たちは本当に幸せですよね。

Q:フランスの外出制限が始まる前、昨年のオペラ座の来日公演に参加していますね。

A:これが3度目の訪日で、ツアーの後ひとりで東京湾の先の大島を尋ねました。船で二時間くらいの距離でしょうか。とてもきれいな島。東京で好きなのは小さな食堂がみつかる市場とか、新宿のゴールデン街でしょうか、そこにも行ってみました。日本の文化好きなので、京都に行くことになったらぜひ版画をみつけたいと思ってたんです。

記事の文章および具体的内容を無断で使用することを禁じます。

ページの先頭へ戻る