パリ・オペラ座はオペラ『アイーダ』上演後再び公演中止。ジャレとシェルカウイ演出の『ペレアスとメリザンド』がジュネーブ歌劇場で上演された

ワールドレポート/パリ

三光 洋 Text by Hiroshi Sanko

Damien Jalet et Side Larbi Cherkaoui : Debussy ≪Pelléas et Mélisande≫ au Grand Théâtre de Genève & la situation en France sous Covid

ダミアン・ジャレとシディ・ラルビ・シェルカウイ振付・演出によるドビュッシー『ペレアスとメリザンド』、新型コロナ禍中のフランスの状況

フランスでは新型コロナウイルスによる新規患者が高止まりのまま春を迎えている。国民のほぼ半数がワクチンを接種したイスラエル、自国で生産したアストラ・ゼネカ社のワクチンの接種によって新規患者数と死者数が激減した英国に比べ、フランスのワクチン接種は大幅に遅れている。
その結果として、夜18時以降、朝6時までの夜間外出禁止は継続され、ニースやダンケルクといった患者数の多い地域では週末のロックダウンが実施されている。3月に入ってパリでも、セーヌ河畔やサン・マルタン運河沿いといった人々が集まる場所での飲酒が禁止されることになった。
国内の劇場は相変わらず閉鎖されたままで、公演再開の目途はいまだに立っていない。

2月23日付のパリ・オペラ座の声明

こうした中でパリ・オペラ座は2月23日に声明を発表し、短期的には観客を迎える見通しが立たないため、4月5日までに予定されていた公演を全て中止した。バスチーユ・オペラで予定されていたオペラ『ファウスト』(プルミエ)、ローラン・プティ振付のバレエ『ノートル・ダム・ド・パリ』公演は、すべて中止となった。ただし、公衆衛生面での状況が好転した場合には、『ファウスト』を4月6日から21日まで、『ノートル・ダム・ド・パリ』を4月7日から5月7日までの日程で上演する。

ガルニエ宮では4月7日から27日までアンジュラン・プレルジョカージュ振付『ル・パルク』を公演する予定で、4月9日と12日の二回、追加公演を行う。一方、『オペラ座の若手ダンサーたち』は中止されたが、7月にずらしての公演することが検討されている。また、『ノートル・ダム・ド・パリ』を録画して、ストリーミング配信することも検討中だ。

昨年春に送られたきたオペラ座年間プログラムを開くと、3月9日にはピエール・ラコット振付の新作バレエ『赤と黒』のプルミエが印刷されている。スタンダールの小説をもとに、マスネの音楽を使って、製材屋の息子ジュリアン・ソレル、レーナル夫人、貴族令嬢マチルドの恋愛模様が華やかに繰り広げられるはずだった。来シーズン以降、早い時期に久しぶりのネオクラシック作品が舞台化されることを願ってやまない。

パリ・オペラ座が一年振りにオペラのプルミエ公演 ヴェルディ『アイーダ』

2月18日にオペラ座はほぼ一年振りにオペラのプルミエ公演を行った。仏独共同テレビ放送局アルテArte TVにより放映されたヴェルディ『アイーダ』である。オランダの女流演出家ロッテ・デ・ビアは「白人女性として、政治に積極的に関与したヴェルディの作品を植民地主義批判の立場から見直した」という。舞台は古代のエジプトではなくて、スエズ運河開通を記念して作品が初演された当時に設定され、ヨーロッパ人が奪ったアフリカ芸術の展示場で物語は進んでいった。アイーダとアムナスロは等身大の灰色の人形で(アムナスロは上半身のみ)、黒子に操られ、歌手はその周囲で歌っていた。
第2幕の凱旋行進では、バレエに代わってドラクロワの「民衆を導く自由の女神」やダヴィッドの「サン・ベルナール峠を越えるボナパルト」といった名画や、米軍による硫黄島奪取を始めとする写真をエキストラが再現した。
演出家はオペラ座制作の紹介ビデオで新しい視点を提供したと胸を張っていたが、美術館という設定やエキストラによる名画の再現は以前から多くの演出家が手掛けた手法で、新しい試みではない。また、ラダメスは展示されていた操り人形に向かって「清きアイーダ」を歌うが、フィナーレでは壊れた人形を手にしたラダメスを残してアイーダ歌手が奥に立ち去る。一貫性に欠けたために、見ていて何の感動も覚えなかった。

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© Vincent Pontet / Opéra national de Paris

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© Vincent Pontet / Opéra national de Paris

ミケーレ・マリオッティの指揮は、楽器の音色に留意し鮮やかな色彩感をオペラ座管弦楽団から引き出したものの、音楽にヴェルディらしいドラマが感じられなかのが惜しまれた。オーケストラピット内部での感染を防止するために、弦楽器の数を減らしたためかもしれない。
ソロ歌手はソンドラ・ラドヴァノフスキー(アイーダ)、ヨナス・カウフマン(ラダメス)、ルドヴィック・テジエ(アムナスロ)、クセニア・デュドニコヴァ(アムネリス)、ディミトリー・ベロセルスキー(ラムフィス)と豪華な布陣だった。
演出が論外だったのは残念だが、パリ・オペラ座管・同合唱団がコロナ禍にも関わらず水準を保って演奏し、新演出公演を実行したことには大きな意義がある。パリ・オペラ座ではコロナの収束を待つばかりで、上演開始の準備は整っている。

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© Vincent Pontet / Opéra national de Paris

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© Vincent Pontet / Opéra national de Paris

ジュネーブ歌劇場のドビュッシー『ペレアスとメリザンド』

今年になって、スイスのジュネーブ歌劇場はドビュッシーの『ペレアスとメリザンド』を無観客上演し、無料配信した。
この公演を取り上げるのは、演出をダミアン・ジャレとシディ・ラルビ・シェルカウイが行ったからである。オペラの演出を映画監督、演劇人、指揮者、舞台装置家といったさまざまな人々が行うようになってきている中で、振付家が起用される場合がある。オペラの最初期に作られたモンテヴェルディの『オルフェオ』に農民たちが浮かれ騒ぐダンスの場面がある。またフランスではオペラが17世紀に上演されて以来、常にディヴェルティスマンという名前で宮廷舞踊が踊られ、19世紀にパリで流行したグランドオペラでも第2幕ないし第3幕に大規模なバレエが踊られていた。こうした点を念頭に置けば振付家によるオペラ演出は少しも奇異なことではない。
第2次大戦後、振付家によるオペラ演出という道に先鞭を付けたのがモーリス・ベジャールとピナ・バウシュだった。今でもピナ・バウシュによるグルック『オルフェ』や『トーリードのイフィジェニー』は、パリ・オペラ座の重要なレパートリーとなっている。

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© Magali Dougados/ Grand Théâtre de Genève

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© Magali Dougados/ Grand Théâtre de Genève

今回、シェルカウイとジャレはセルビアの女流パーフォーマンスアーティストであるマリナ・アブラモヴィッチの装置を使った。メーテルリンクの原作は空も見えないほど高い木が生い茂った深い森に四方を囲まれた、海辺に近いアルマンドの城の出来事である。(アルマンドは想像上の国だが、英国のコーンウォールやフランスのブルターニュの海岸といった霧と闇に閉ざされた地方がモデルとされている。)
寡夫ゴローは狩の途中でメリザンドと結婚するが、その心を捕えることができない。異母弟ペレアスとメリザンドの交情に嫉妬したゴローがペレアスを刺殺し、メリザンドも病死する。この筋だけならば、19世紀フランスにいくらもあった三角関係のありふれたメロドラマだが、詩人メーテルリンクが人物の心理に焦点を当てたために、余情のある作品となっている。

アブラモヴィッチは白い巨大な石だけを複数置き、位置を変えることで、洞窟、庭園、メリザンドの病床といった場面を喚起した。泉の場面では巨大な円環が中央に配置された。周囲は青を基調とした照明による闇に包まれ、背後にはビデオで満天の星と銀河が瞬き、流星が流れた。この冷ややかな空間は光の射さない周囲から隔絶された城の中で、登場人物たちが出口を求めている状況を象徴的に示そうとしたのであろう。

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© Magali Dougados/ Grand Théâtre de Genève

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© Magali Dougados/ Grand Théâtre de Genève

シェルカウイの演出はスリップだけの男性ダンサー7名を一部の例外を除いて常に歌手のそばに置き、登場人物の心理を表現した。塔の上にいるメリザンドの長い髪の毛が階下のペレアスに向かって身を乗り出しているうちにツタに絡まってしまって、夫のゴローに見られてしまう有名な場面は、ダンサーたちが操るプラスチック製の紐によってペレアスが絡み取られることで表現されていた。また、ゴロー(メリザンドの夫で嫉妬からペレアスを刺殺する)と少年イニョルドとの対話では二人のダンサーによるマイムが使われていた。台詞の言外に込めた言葉にならない感情をダンスの手法によって視覚化することは、象徴的な作品では一つの可能な方法だろう。

フランス音楽演奏に長い伝統を持つスイス・ロマンド管弦楽団を音楽監督のジョナサン・ノットが指揮した。ソリストの中では舞台にいるとも、いないとも言えない不可思議な雰囲気を出していたソプラノ、マリ・エリクスモエンが謎に包まれたヒロイン、メリザンドらしかった。

『アイーダ』(2月18日)
音楽 ヴェルディ
台本 アントニオ・ジスランゾーニ
原作 オーグスト・マリエット
指揮 ミケーレ・マリオッティ
演出 ロッテ・デ・ベア
装置 クリストフ・ヘッツァー
ヴィジュアル・アート ヴァージニア・チホタ
衣装 ジョリーヌ・ファン・ベーク
照明 アレックス・ブロック
<配役>
エジプト王 ソロマン・ホワード
アムネリス クセニア・デュドニコヴァ
アイーダ サンドラ・ラドヴァノフスキー
ラダメス ヨナス・カウフマン
ラムフィス ディミトリー・ベロセルスキー
アムナスロ ルドヴィック・テジエ

『ペレアスとメリザンド』
音楽 ドビュッシー
台本 モーリス・メーテルランク
指揮 ジョナサン・ノット
振付・演出 ダミアン・ジャレ、シディ・ラルビ・シェルカウイ
装置・コンセプト マリナ・アブラモヴィッチ
衣装 イリス・ファン・ヘルペン
照明 ウルス・シェーネバウム
ビデオ マルコ・ブランビラ
ドラマトゥルギー ケーン・ボレン
音楽ドラマトゥルギー ピエット・デ・フォルダー
合唱指揮 アラン・ウッドブリッジ
<配役>
ペレアス ジャック・インブライオ
メリザンド マリ・エリクスモエン
ゴロー リー・メルローズ
アルケル マチュー・ベスト
ジュヌヴィエーヴ イヴォンヌ・ネフ
イニョルド マリー・リス
医師/羊飼い ジャスティン・ホプキンス

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