シャンゼリゼ歌劇場の「夜のロワイヤル・バレエ」とフランスの新型コロナウイルス情報

ワールドレポート/パリ

三光 洋 Text by Hiroshi Sanko

« Ballet royal de la Nuit» au Théâtre des Champs-Elysées et la situation du Covid en France

パリ・オペラ座が創設された1669年に先立つこと16年。1653年2月23日に、間もなく15歳を迎えようとしていたルイ14世を讃えるため宰相マザランは「夜のロワイヤル・バレエ」(バレ・ロワイヤル・ド・ラ・ニュイ)を催した。大規模な貴族たちの反乱だったフロンドの乱が終息したばかりという状況の下で、若い国王の権威を誇示するという政治的なプロパガンダに舞踊・音楽劇が一役買ったのだった。当時ブルボン王朝の宮廷があったルーヴル宮殿のプティ・ブルボンの間で上演された。夕方の6時から翌朝6時までの夜を四つに分割した一単位がヴェイユ(veille)と呼ばれ、三時間に相当する。「夜」、「ヴェニュス(ビーナス)」、「恋するヘラクレス」、「オルフェ」の4つのヴェイユの最後にグラン・バレ(大バレエ)「太陽の目覚め(日の出)」が置かれている。マザランの願望は実現し、このスペクタクルで太陽神アポロンに擬せられたルイ14世は、72年の長きにわたってフランス王として君臨した。

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© Vincent Pontet

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この作品は丸々一晩かかって上演され、ルイ14世自身が複数の役を踊った。観劇した王侯貴族、富裕市民は華麗な舞台に圧倒されたが、その後再演されることはなかった。このため当時の記録をもとにアンサンブル・コレスポンダンス管弦楽団を主宰する指揮者のセバスチャン・ドーセが総譜を再構成した。ジャン・ド・カンブフォール(1605-1661)、アントワーヌ・ボエセ(1587-1643)、ルイ・コンスタンタン(1585-1657)、ミッシェル・ランベール(1610-1696)の音楽に加え、このスペクタクルが上演された後に作曲されたルイジ・ロッシの『オルフェオ』とフランチェスコ・カヴァッリの『恋するヘラクレス』というイタリアオペラの一部も盛り込まれた。この挿入はこのオペラ二作の人物がイサック・ド・バンスラード(1613-1691)が書いた台本にも登場するので違和感はなかった。
演出だけでなく、バレエ振付、装置、衣装を担当したフランチェスカ・ラットゥアダは初演の復元するのではなく、照明、ヴィデオを導入することで特定の時代に限定されない夢幻の舞台を創り出した。サーカス芸人たちやエキストラ、歌手と演奏家によって、複数の芸術ジャンルが重ね合わされ、破格のスケールと多様性を兼備したスペクタクルとなった。今回、ルイ14世の役はショーン・パトリック・モンブリュノーという黒人ダンサーだった。人々が踊る中央に位置してあまり動きは多くない振付だったのは意外だったが、長身で存在感があり、スペクタクルの中心が国王に据えられていることが明快に示されていた。

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リュシル・リシャルドーやカロリーヌ・ヴェナンを始めとする17世紀音楽に卓越した歌手たちと、完成度の高い演奏による高雅な音楽のアンサンブルを耳にしながら、万華鏡のように変化する劇が展開していくのを目の当たりにしていると、王朝時代の栄華が今様の素材によって蘇ってきた。クラシック・バレエの源となったフランスの宮廷バレエとは別ものになっていたが、イタリアオペラの演劇性とフランス音楽の洗練とが交互に現れることで独特の魅力が生まれていた。これは、欧州の劇場作品が早い時期から一つの国の文化に限られない、国境を越える性格を持っていたことの好例だろう。
このプロダクションは2017年11月にブルターニュ地方のカン歌劇場で録画され、CD三枚とDVD一枚のセットが日本でも購入できる。(邦題「夜のコンセール・ロワイヤル」Harmonia Mundi 制作 HMM 902603)

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フランスでは新型コロナウイルスが広がった10月末から劇場、美術館、映画館が閉鎖されているままだ。政府は12月初めの時点では1月7日からの観客入場を認める可能性を示唆していたが、年が明けても一日の新規患者五千人以下という基準を遥かに超え、日によっては2万人を超えているため、劇場の再開場は無期延期された。
この結果、1月6日から10日までガルニエ宮で行われるはずだったピーピング・トムの招聘公演やシャンゼリゼ歌劇場・トランサンダンスシリーズのエレオノーラ・アバニャートによるプルジェクト(1月19、20日)が中止となっている。
パリ・オペラ座は昨年11月13日に収録された「今、新しい作品を創造する」(Créer aujourd'hui)を1月29日金曜日の20時55分からというプライム・タイムに国営テレビ局フランス5で放映することを決めた。
1月に入ってから変異したコロナウイルスがロンドンを始めとする英国南部で蔓延し、一日の感染者が7万人、死者千人を超えた。フランスでも変異したウイルスに感染した患者が複数見つかり、懸念が深まっている。残念ながら、生のバレエ公演が見られるのがいつになるのかは、誰にもわからない状況だ。

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「バレ・ロワイヤル・ド・ラ・ニュイ」(夜のロワイヤル・バレエ)(10月7日)
音楽 ジャン・ド・カンブフォール、アントワーヌ・ボエセ、ルイ・コンスタンタン、ミッシェル・ランベール、フランチェスコ・カヴァッリ、ルイジ・ロッシ
台本 イサック・ト・ベンスラード
指揮・総譜再構成 セバスチャン・ドーセ
振付・演出・装置・衣装 フランチェスカ・ラットゥアダ
照明 クリスチャン・デュべ)
ヴィデオ アイトール・イバニェーズ
ダンサー ショーン・パトリック・モンブリュノー
配役
夜/ヴェニュス(ヴィーナス) リュシル・リシャルドー
時間/シンチア/フランスの優美 ヴィオレーヌ・ル・シュナデック
ユーリディス/フランスの優美/イタリアの優美/彷徨う影 カロリーヌ・ヴェナン
ジュノン イレクトラ・プラティプールー
ヴェニュス/沈黙/イタリアの優美 カロリーヌ・ダンガン=バルドー
パジテア/ムネモジーヌ/オーロール ペリーヌ・ドゥヴィエ
月/デジャニール/フランスの優美/美/彷徨う影 デボラ・カシェ
アポロン/彷徨う影/イタリアの優美 ダヴィッド・トリクー
眠り/ヴェニュスの侍女/彷徨う影 エティエンヌ・バゾラ
エルキュール(ヘラクレス) ルノー・ブル
偉人 ニコラ・ブルーイマン
アンサンブル・コレスポンダンス管弦楽団・合唱団
曲芸師、軽業師、子どものエキストラ

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「夜のロワイヤル・バレエ」© Vincent Pontet

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