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オペラ座ダンサー・インタビュー:ビアンカ・スクダモア

ワールドレポート/パリ

大村 真理子(在パリ・フリーエディター) Text by Mariko OMURA

Bianca Scudamore ビアンカ・スクダモア(スジェ)

パリ・オペラ座のバレエ学校で2年学んだ後、2017年に入団するやとんとん拍子でスジェに上がったビアンカ・スクダモア。オーストラリア出身の彼女、現在21歳だ。今年の2〜3月に初参加したパリ・オペラ座来日公演『ジゼル』ではトマ・ドキールを相手にペザントのパ・ド・ドゥ、そしてナイス・デュボスクとともにドゥ・ウィリを踊った。強靭なテクニックと明るく愛らしい笑顔の持ち主で、パリ・オペラ座で将来が楽しみな若手ダンサーの一人である。

Q:3月17日から2か月半近く続いたフランスの外出制限期間。どこでどのように過ごしていましたか 。

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photo Julien Benhamou/ Opéra national de Paris

A:ボーイフレンド、そして彼の家族と一緒に南仏で過ごしました。この間天気に恵まれ、周囲には誰もいないという場所なので午後は散歩やサイクリングをしたり。パリの小さなアパルトマンにずっといたら、発狂してしまっていたでしょうから(笑)、幸運でした。午前は椅子につかまってコンクリートの床でレッスンをしていました。時々、椅子が倒れてしまったり。ZOOMでオペラ座のクラス・レッスンが始まる前は、他所のカンパニーのレッスンをインターネット経由でいろいろ試してみました。特に気に入ったのは、タマラ・ロホのです。南仏にいるといってもこうして仕事もしていたし、バカンスという気分ではなかったですね。かといって、気分が落ち込むということもなかった。世界中で誰もが同じ状況なので、これは私一人じゃないのだと思って・・。この間、ダンスがとても恋しかった。そしてステージも。

Q:この時期に何か新しいことを始めましたか。

A:私、お料理をたくさん作ったんですよ。料理をするのは好きだけど、日頃は時間がなかったのでこの機会に多いに楽しみました。太りやすい体質ではないので、身体のラインのためにはさほど食事に気を使いません。好きなのは野菜料理。サーモンも好きですね。オーストラリア生まれなのだけど、私、お肉はあまり好きじゃなくって・・・・子供のころ父に肉を食べなさいって、強いられたせいかもしれない(笑)。

Q:オペラ座では6月15日にクラス・レッスンが再開されたのですね。

A:はい。週に三回のレッスンが3週間ありました。久しぶりにスタジオでバーをつかんだ時に湧き上がった喜びといったら!! 広い空間で存分に腕がのばせて、とっても気持ち良かった。オーレリー・デュポン芸術監督によるレッスンが順番にあって、私のクラスは先週でした。とても良いレッスンをしてくれました。とても親切で、コレクションもくれて・・。日頃は彼女とそれほどコンタクトはないけれど、時々アドバイスとかくれるんですよ。今シーズンが7月5日で終了だったので、レッスンもお終いに。バカンス中も自宅で続けます。

Bianca Scudamore - Le Lac des Cygnes - Photo Julien Benhamou Onp-089.jpeg

「白鳥の湖」photo Julien Benhamou/ Opéra national de Paris

Q:夏休み中、オーストラリアに帰りますか。

A:いいえ。今の時期は帰っても14日間の自己隔離が必要なので、複雑ですから。本来なら今シーズンの最後にパリ・オペラ座のオーストラリア・ツアーがあって、故郷のブリスベンでも公演が予定されていました。フォーサイスの『Blake Works』、ロビンズの『イン・ザ・ナイト』、クリスタル・パイトの『Seasons ' Canon』のトリプルビル、そして『白鳥の湖』というプログラム。両親はチケットを買ってとっても楽しみに待っていたんですよ。私、2年もオーストラリアに帰っていないので、ツアーがキャンセルになってしまって、私も両親も本当にがっかりしました。

Q:オーストラリアのブリスベンでバレエを始めたのですか。

A:はい、3歳の時に。小さいとき私はとっても内気だったので、母がダンスをしてみたらって。私、家でいつも音楽にあわせて身体を動かしていたので、ダンスにはすぐに馴染め、とても満足でした。バレエといっても最初の頃は背中に羽をつけて踊ったりというような感じ。ジャズ、タップダンス、ヒップホップとかいろいろやって、本格的にクラシック・バレエに打ち込むようになったのは13歳の時です。

Blake Works I - à droite Blanca Scudamore - Photo Ann Ray - Onp-040.jpeg

「Blake Works」
photo Ann Ray/ Opéra national de Paris

Blake Works I - Blanca Scudamore - Photo Ann Ray - ONP-002.jpeg

「Blake Works」
photo Ann Ray/ Opéra national de Paris

Q:パリ・オペラ座のバレエ学校を選んだのはなぜでしょうか。

A:私が7歳のときにパリ・オペラ座バレエ団の公演があって、『ラ・バヤデール』を見ました。とても美しかったことを覚えています。これを見てパリに行きたい、って思うようになりました。それにオーストラリアでもどこの国でもバレエの世界で誰もが夢見るのは、パリ・オペラ座ですよね。バレエ学校にオーディションのためのビデオを送りました。入学したのは15歳のときで、セカンド・ディヴィジョンに入りました。

Q:学校に馴染むのは難しかったですか。

A:私がブリスベンで習ったのとは、スタイルが全く違っていました。でも、私はフレンチスタイルが好きでパリに来たのだから、ポール・ド・ブラとかすぐに体得し、スタイルを学ぶのは難しいことではありませんでした。でも最初は一言もフランス語は話せなかったので学校の授業や、寮で過ごすというのは大変でした。言葉のいらないダンスの時間は楽でした。最終的にはとても良い友だちができ、先生も素晴らしかったので学校で2年間学べたことにはとっても満足しています。

Q:寮の食堂の棚には各生徒が自分の馴染みの味を朝食用に持ち込めるのでしたね。

A:はい。私はオーストラリアからVEGEMITE(ベジマイト)を。これってオーストラリア人だけが好む味なんですよ(笑)。パンに塗って食べるペーストで、甘くはなく塩味なんです。これ、フランス人に味わわせると、誰も好きじゃないって。子供時代の味なので、私は大好きですけど。

Q:プロのダンサーになろうと思ったのはいつ頃ですか。

A:パリに行くと決めたときです。オーストラリアからパリに来るというのはたいそうなことで、プロになろうという気持ちがなかったら来なかったでしょうね。両親、特に母は私がパリに行くのが悲しかったようで、「なぜ、オーストラリアで踊らないの」って。でも、私はパリ・オペラ座が夢だったので・・・。家族との絆が私は強くて、いとこたちともとても仲良しだったので彼らと離れてるのがすごく辛く、寮では毎晩泣いていたんです。学校時代は毎年夏にオーストラリアに帰っていました。

Giselle (Jean Coralli, Jules Perrot) - Bianca Scudamore (c)Yonathan Kellerman OnP 1920_164.jpeg

「ジゼル」
Photo Yonathan Kellerman/ Opéra national de Paris

Giselle (Jean Coralli, Jules Perrot) - Bianca Scudamore (c)Yonathan Kellerman OnP 1920_166.jpeg

「ジゼル」
Photo Yonathan Kellerman/ Opéra national de Paris

Q:学校の公演では何を踊りましたか。

A:フォーサイスの『The Vertiginous Thrill of Exactitude』。そして『ライモンダ』も一公演を踊りました。この学校公演が私のオペラ・ガルニエでの初体験だったけど、楽しめました。舞台の勾配は気にならずに踊れました。私はオペラ座の学校に入る前にローザンヌやYAGPといったコンクールに参加していたので舞台経験はけっこうありました。舞台の上で踊るのが大好きで、経験のためにコンクールに参加していました。

Q:入団後も2018年にヴァルナ国際バレエコンクールに参加していますね。

A:はい、フランチェスコ(・ムーラ)と一緒に出ました。彼は呼吸の合うダンサーです。このコンクールのために私たちをコーチをしてくれたのがカール・パケットで、彼は私のことをよくわかっていて、とても良いコンタクトがあって・・・。昨夏に彼が京都でアデュー公演をしたときに、『ジゼル』全幕のパートナーに私を選んでくれました。彼と踊るなんて!と、これにはびっくりしました。彼にはとても感謝しています。それに、この公演のためにモニク・ルディエールがジゼル役をコーチしてくれたんですよ。彼女と仕事をするのは素晴らしい経験で、たくさんのことを学びました。これが私の日本での初舞台です。京都に向かう前はシンガポール、上海でのオペラ座ツアーがあったので、前シーズンの最後はパリを2ヶ月近くも離れていたことになります。

Q:オペラ座のツアーに参加して来日したのは、今年の2月が初めてですね。

A:私は日本が大好きで、昨年の1月には観光目的で日本に行きました。ツアーでの公演はとても楽しめました。来日前、フランスではあまり話題になってなかったので新型コロナ感染の危険というのは全然感じてなくて、オーストラリア・ツアーもあるって思っていたくらいです。舞台から観客席をみると、みんなマスクをしていて・・・真っ白のマスクが並んでいるのは、なんだか奇妙な光景でおかしかった。東京では『ジゼル』のリハーサルに時間がとられ、自由時間はあまりありませんでした。日本でしか見られないお寺や庭園など、少し見学した程度です。

Giselle (Jean Coralli, Jules Perrot) - Thomas Docquir, Bianca Scudamore (c)Yonathan Kellerman OnP 1920_160.jpeg

「ジゼル」
Photo Yonathan Kellerman/ Opéra national de Paris

Giselle (Jean Coralli, Jules Perrot) - Bianca Scudamore (c)Yonathan Kellerman OnP 1920_032.jpeg

「ジゼル」
Photo Yonathan Kellerman/ Opéra national de Paris

Q:『ジゼル』と『オネーギン』の合間のオフ日も東京で過ごしたのですか。

A:2日のオフがあって、多くのダンサーが小旅行にでましたね。私は東京にいました。というのもピアニストによるバレエ音楽のCDのプロモーション用フィルムの撮影があったのです。それで1日しかオフ日は残っていず、小旅行は無理でした。いつかゆっくりと日本を旅してみたいと思っています。

Q:パリでは自由時間をどのように過ごしますか。

A:何かしら。読書、パリの散歩、映画・・。パリでは自分が住んでいるマレ地区が好き。とてもきれいな地区です。モンマルトルも好きですね。パリに初めて来たのは、バレエ学校のオーディションの時で母と一緒でした。ガルニエ宮の建物には魅了されました。その時、『パキータ』の舞台を見たんです。オニール八菜がパキータ役で、素晴らしかった。彼女はニュージーランド人のハーフだけど、バレエ学校はオーストラリアの学校だったから、メンタリティの面で彼女には近いものを感じます。私にとってプティット・メールのような存在。学校はセカンド・ディヴィジョンからだったのでプティ・ペールもプティット・メールも私にはいなんです。でも、私、プティ・フィス、プティト・フィーユがたくさん。彼ら可愛いですね。最近、私と同じオーストラリアのバレエ学校で学んでいた生徒が入学したようです。

Q:オペラ座で踊りたいと夢見る役は何でしょうか。

A:ジュリエット! これは小さいときから夢見ている役なんです。とても美しいバレエで、音楽も素晴らしい。来シーズンのプログラムは頭に入ってないけれど、『ロメオとジュリエット』があることだけは憶えています!主役を夢見るにはとても早すぎるけれど・・・。ヌレエフのスタイルは難しいですね。昨年末はヌレエフの『ライモンダ』にコール・ド・バレエで配役されていて、それにヘンリエッタの代役ということもあって2か月近くリハーサルを重ねました。ストで公演が中止になってしまって、本当に残念です。

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「椿姫」
photo Svetlana Loboff/ Opéra national de Paris

Q:好みはクラシック作品ですか、コンテンポラリーですか。

A:断然クラシックです。コンテンポラリー作品はフォーサイスと少し一緒に仕事をしたことがあります。彼はもっと密に仕事をしてみたい振付家ですね。マッツ・エク、イリ・キリアンとも仕事ができたら、と思います。

Q:これまで踊った作品の中で一番楽しめたのは何でしょう。

A:『椿姫』でオランピア役を踊ったことですね。オランピアは決して感じの良い娘というのではないけれど、このように演じることがある役は大好き。演じることについては、経験を積むことによって学んで行けると思っています。東京で踊った『ジゼル』のペザントのパ・ド・ドゥも楽しめました。

Q:アレッシオ・カルボーネによるガラ「オペラ座のイタリア人ダンサー」に参加していますが、イタリア系なのですか。

A:いいえ。スクダモアという苗字はもともとスコットランドが起源でスカダモーというのが正しい発音のようです。アレッシオは私の踊りを気に入って、それに苗字もイタリア人が読むとスクダモーレとなってイタリア人ぽいっからって、グループに誘われました(笑)。このガラではフランチェスコ・ムーラと『海賊』やジョルジオ・フーレと『ドン・キホーテ』などを踊ることが多いですね。私はテクニック面ではピルエットに強いんです。ガラに参加するのは、テクニックの可能性を見せる良い機会になります。

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「椿姫」photo Svetlana Loboff/ Opéra national de Paris

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コンクール
photo Sébastien Mathé/ Opéra national de Paris

Q:次回の昇級コンクールではプルミエール・ダンスーズを目指すのですね。

A:今年はいつもように11月にコンクールが開催されるとは思いません。以前あったように来年の3月になるのか・・・。私が入団した2017年は11月のコンクールが翌年の3月に延期になりました。入団後半年はコンクール参加の権利がないけれど、3月なら入団したてのダンサーも参加できるのです。それで私はすぐにコリフェに上がって、そして2018年に通常通り11月に開催されたコンクールでスジェへと、早く上にあがれたわけです。

Q:なぜ踊るのかと聞かれたら、どう答えますか。

A:踊ることで幸福感、喜びが得られるからでしょうか。

Q:ダンス以外、体のために何かしていますか。

A:ジャイロトニック。それから水泳。今はいつもより時間に余裕があるので、よく泳ぎに行きます。ダンサーの身体に水泳は負担がないのでいいですね。私の母は水泳の教師なんですよ。父は芸術分野に関わっていて、母はスポーツ。その結果がダンス・・・私というわけです!

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