速報!パリ・オペラ座バレエ団が『ラ・バヤデール』で12月から公演再開へ。リスナー監督が退任、アレクサンダー・ネーフ新総監督が着任

ワールドレポート/パリ

三光 洋 Text by Hiroshi Sanko

Ballet de l'Opéra national de Paris パリ・オペラ座バレエ団

La France sous le coronavirus & Reprise de spectacles du Ballet de l'Opéra de Paris à partir de décembre par « Bayadère »

新型コロナウイルスによる劇場閉鎖のつづくフランスの現状

4月10日号で新型コロナウイルスによるパリの状況をお伝えしてから、二か月が経過した。パリ国立オペラはバスチーユ・オペラ、ガルニエ宮の双方とも疫病の影響で3月9日から閉鎖されたままだ。3月17日正午から発効した外出禁止令は5月10日まで、実に55日間の長期間にわたった。5月11日からは外出禁止令が緩和され、多くの人々は職場に戻りつつある。パリ周辺は地方に比べて感染者が多いため、レストランとカフェの室内部分を含む営業も6月15日からようやく可能になる。現在、疫病がフランスでは夏を前にして新規罹患者数、死者数、重症者数のいずれでも減少してきているが、医療関係者は新型コロナウイルスの再度の蔓延を懸念している。

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ガルニエ宮正面 © Christian Leiber / Opéra national de Paris

商店や飲食業が次第に平常に戻りつつあるのに対して、舞台芸術の完全解禁は全く目途が立っていない。劇場では演奏家、合唱、俳優、ダンサーといった人々が距離を置いて公演を行うことは簡単ではないからだ。観客側の衛生面を保障するためには、一定の間隔を空ける必要があるが、定員の数分の1の観客のために公演を行っても劇場には大きな赤字が残るだけだ。6月12日付のフランス国営通信と日刊紙「フィガロ」は劇場、音楽ホール、フェスティバルの主催者が政府に対してソーシャル・ディスタンスの緩和を要請したことを報道しているが、今のところ政府は慎重な姿勢を崩していない。
中でも身体芸術であるダンスは衛生面での最大限の配慮が必要となる。5月5日にラジオ局France Inter(フランス・アンテール)でステファン・リスナー、パリ・オペラ座総監督がソーシャル・ディスタンスを保ちながら、バレエやオペラの公演を行うことのむずかしさについて指摘していた。

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バスチーユ・オペラ
© Christian Leiber/ Opéra national de Paris

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© Christian Leiber/ Opéra national de Paris

6月11日付のパリ・オペラ座の公式声明

こうした状況の中で、パリ・オペラ座は6月11日に公式声明を発表した。オペラ座運営理事会の決定により、2021年の夏に行われる予定だったガルニエ宮とバスチーユ・オペラの改修工事(舞台機構の改造)を前倒しして、今年の7月から実施することとなった。衛生面に懸念がある現状ではリハーサルが適切に行われる保証がなく、観客の受け入れ、芸術家(奏者、歌手、ダンサー)が良い条件で行われるかどうかの見通しが立たないためだ。

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ガルニエ宮
© Jean-Pierre Delagarde/Opéra national de Paris

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ガルニエ宮 天井と客席
© E.Bauer/ Opéra national de Paris

ガルニエ宮の工事終了は12月末、バスチーユ・オペラは11月中旬を予定している。このため、ガルニエ宮で年内に予定されていた公演は、期待されていたイリ・キリアンの四部作、12月恒例のパリ・オペラ座バレエ学校公演(デモンストレーションを含む)などは全て中止となった。
バスチーユ・オペラは11月24日にヴェルディ『トラヴィアータ』(サイモン・ストーン演出)の再演で再スタートし、12月にヌレエフ振付の『ラ・バヤデール』でバレエ公演も再開される。(なお『ラ・バヤデール』の公演日程は当初の発表から変更される可能性があり、同じ時期にオペラ『カルメン』も上演される。)2021年1月からは、今までに発表されたプログラムでシーズン後半が行われる。
また、改修工事期間中にはガルニエ宮の鉄幕を下ろし、幕前の空間を使って小規模のバレエ公演とコンサートが行われる(プログラムは近日中に発表される)。ガルニエ宮の見学、オペラ座バレエ学校、オペラ座アカデミーの活動は通常通りに実施される。この秋の大幅なプログラム変更に伴う予約済みの切符の変更、払い戻しに必要な手続きは6月中に発表される。

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バスチーユ・オペラ 舞台から見た客席 © Patrick Tourneboeuf/ Opéra national de Paris

6月11日付「ル・モンド」紙がステファン・リスナー総監督のインタヴューを掲載

有力日刊紙「ル・モンド」が6月11日付で、クラシック音楽担当のマリー=オード・ルー記者によるステファン・リスナー総監督の「膝を屈した(屈服した)パリ・オペラ座」と題されたインタヴューを掲載した。

リスナー総監督はオペラ座の運用資金が底を尽いたことを明らかにした。黄色ジャケット運動、オペラ座創立以来最長となった年金改革反対ストライキ(2019年12月5日から2020年3月3日まで)、交通機関のストに加えて、新型コロナウイルスによる劇場閉鎖によって予定されていたオペラやバレエの公演が次々に中止された結果である。
「深刻な財政危機を乗り切るためには思い切ったテコ入れが必要で、その決定は間もなくオペラ座を去る人間(リスナー)ではなく、これからオペラ座のトップとなる人物(アレクサンダー・ネーフ新総監督)が決断しなければならない。4千5百万ユーロ(56億2千5百万円)の赤字を抱え、オペラ座は<膝を屈した>状態にある。」

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ステファン・リスナー総監督
© Elsa Haberer/ Opéra national de Paris

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ガルニエ宮 大階段
© Christian Leiber/ Opéra national de Paris

オペラ座はすでに7月15日までの全ての公演中止を公式に発表しているが、リスナー総監督によれば9月になっても、衛生面での懸念は一掃されるわけではない。観客の感染に対する不安、オペラに出演する芸術家の80パーセントを占める外国人(そのうち55パーセントはシェンゲン協定域外)が来仏できるかどうかの不明瞭さ。この二点を考慮して、9月から11月中旬までの不安定期間をいずれにせよ実施しなければならなかった劇場改修工事に充てるのが最善、という考えだ。

パリのシャトレ歌劇場、エクサンプロヴァンス音楽祭、ミラノ・スカラ座の総監督を歴任したステファン・リスナーは2014年にパリ・オペラ座に着任し、2021年7月末に退任することになっていた。リスナーは少年時代にマルグリット・デュラスの劇作を見て劇場支配人になろうと志した人だが、ダンスにも関心を持ち、ブリジット・ルフェーヴル元バレエ監督が自らの後任として推薦したローラン・イレールをあえて採用せず、バンジャマン・ミルピエを選んだ。しかし、期待に反してミルピエは任期途中で辞任してしまい、リスナーが白羽の矢を立てたオーレリー・デュポン現バレエ監督もオペラ座内部のダンサーから批判を浴びる事態になった。

リスナー総監督が早期退陣を決めた理由には、昨年秋のオペラ座年金改革問題があった。太陽王ルイ14世時代にダンサーたちに与えられた恩給に端を発した古い制度を、政府が廃止しようとしたことから反対運動が始まった。総監督は年末には、改革に反対したダンサーや奏者たちを支持して政府から大幅な譲歩を引き出したが、少数の強硬派がストライキを1月になっても断続的に継続したのを見て、「オペラ座は破損してしまった」と感じたという。

アレクサンダー・ネーフ新総監督の声明と「フィガロ」紙のインタヴュー(6月12日)

リスナー総監督の早期退陣は人々を驚かせたが、最も驚いたのはカナダにいるアレクサンダー・ネーフ・オペラ座次期総監督だった。ネーフは翌日に声明を発表するとともに、日刊紙「フィガロ」のバレエ担当アリアーヌ・バヴリエ記者のインタヴューに答えた。

現在トロントのカナディアン・オペラ・カンパニー(以下トロント・オペラと略す)総監督を務めているネーフは午前中はZoomでパリ・オペラ座のスタッフと作業し、午後はトロント・オペラのスタッフと仕事をしている。
リスナー氏の早期退陣は「ほんの数日前」に知らされたという。次回パリに着き次第、オペラ座の職員と話し合い、現状について分析を行い、今後の方針を決めるという。
トロント・オペラにはバレエ団はなく、ネーフは今までダンスに関わったことはない。2019年7月にパリ・オペラ座次期総監督に任命されて以来、オーレリー・デュポン現バレエ監督と連絡を取り合っている。

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アレクサンダー・ネーフ新総監督
© Gaetz Photography

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ガルニエ宮
© Christian Leiber/ Opéra national de Paris

先行き不透明なパリ・オペラ座の将来

新型コロナウイルス感染拡大やストライキといった不測の事態がなければ、今シーズンはオペラ座創立350周年を記念する華やかなものになるはずだった。残念ながら、期待に胸を膨らませて迎えた今シーズンはストライキがつづいた挙句に3月初めで唐突に終わってしまった。
12月から始まることになった2020・21年シーズンも21年1月から7月までは総監督不在という異例の事態となる。こうした中でオーレリー・デュポン、バレエ監督が昨年末の年金改革問題から現在に至るまで、公式の発言を全く行っていないのも気にかかる。今年秋以降、新型コロナウイルスの再流行の可能性も否定できない中で、パリ・オペラ座の将来は霧に包まれたままだ。

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