オペラ座ダンサー・インタビュー:マチュー・ガニオ「東京で踊れたのは幸いだった!」

ワールドレポート/パリ

大村 真理子(在パリ・フリーエディター) Text by Mariko OMURA

Mathieu Ganio マチュー・ガニオ(エトワール)

2月27日から3月8日まで、オペラ座日本公演が東京文化会館で開催された。『ジゼル』『オネーギン』の2作品の合計5公演で、ダンスール・ノーブルの呼び名にふさわしい優美さと深い役作りを感じさせる舞台を披露したマチュー・ガニオ。フランスに帰国後まもなく、3月17日からの外出制限措置令に先立つ4日前から、オペラ座では劇場が封鎖されクラスレッスンもリハーサルも行われない日々が始まった。5月11日に措置が解除され、そして6月2日からフランスではカフェのテラスやレストランも再開できるようになったが、オペラ座のレッスン・スタジオは閉ざされたままである。オペラ座ではダンサーたちからクラスレッスンの再開を希望する声があるものの、6月上旬の時点で何も具体的なことは決まっていないそうだ。彼はこの時期をどのように過ごして、どのようなことを考えているのだろうか。

Q:公演のために東京へ出発し、帰国するまで間にフランスにおける新型コロナの状況は大きく変わっていたのですね。

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『オネーギン』
photo Julien Benhamou/ Opéra national de Paris

A:はい。東京に経つ前、オペラ座の医師からもリスクはなく心配不要といわれ、新型コロナウイルスについて特に不安は感じていませんでした。でも東京に着いて、リハーサルに行くのに電車に乗ると、乗客数はいつもに比べて少ない上、誰もがマスクをしています。そして公演が始まってからは、終演後楽屋口でいつもなら行列するファンは一人もいない。心配すべきなのか、誇張があると思うべきなのかと・・・こうした状況にパリから来た僕たちは心の準備ができていませんでした。公演後戻ったフランスでは、出発前とは状況が一転していたので、冷水のシャワーを浴びせられたように感じました。帰国後1週間の休養があり、その後通常のオペラ座の日々が再開という予定だったのだけど、その間にオペラ座が閉鎖となったのです。
今、当時をこうして振り返って、「東京で踊れたのは幸いだった!」とつくづく思いますね。『ジゼル』のアルブレヒト役はバレエ作品の中でもっとも数多く踊っているのに、なぜか日本で踊る機会に恵まれておらず、今回が初めてでした。『オネーギン』は2018年のシュツットガルト・バレエ団の公演にゲストで参加して踊っていますが、オペラ座のカンパニーではありませんでした。好きな2作品を踊れたことに、とっても満足しています。日本で踊るのは常にエキサイティングで、喜びがもたらされます。しかも今回のツアーは妹(マリーヌ・ガニオ)も一緒だったので、なおさらです。
来日公演がもしキャンセルされていたら、ご存知のように年金制度改革反対のストもあり、今シーズンはろくに踊っていないということになってしまいます。1月のガルニエ宮の『ジゼル』にしても、ストで中止になった晩があって・・。今シーズンは舞台に上がるたび、落ち着いた気持ちで臨めませんでした。明日の公演はあるのだろうか、年金は出るのだろうか、オペラ座の未来は???などと考えることなしに、このように観客とのコンタクトに害を及ぼす要素なしに、公演に集中できる時が早く来ることを願っています。

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『ジゼル』
photo Y. Kellerman/ Opéra national de Paris

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『ジゼル』
photo Y. Kellerman/ Opéra national de Paris

Q:クラスレッスンのない今、オペラ座がライブ配信するレッスンに参加しているのですか。

A:先日まで、僕はタマラ・ロホのクラスレッスンをYou Tubeで毎日続けていました。彼女はイングリッシュ・ナショナル・バレエ団(ENB)のためだけでなく、自分自身のためにも毎日配信していたのですが、あいにくと40回めで終了してしまいました。
外出制限措置がとられていた当初、オペラ座はレッスンの配信を始めておらず、でも5月12日が初日の『マイヤリング』の公演のキャンセルはまだ発表されていなかったので、身体のコンディションを保ち、リハーサル再開時には最小の被害にとどめたい、ということから、ソーシャルメディアで受けられるレッスンを探し、またダンサー仲間に ''何してる?'' と聞いて情報をもらって・・・その中で一番気に入ったのが、タマラのレッスンだったのです。英国はフランスより外出制限措置をとったのが遅く、最初彼女はリハーサルスタジオから配信してたけど、途中からは自宅のキッチンからになりました。空間に限りのある状況に合わせたレッスンの提案は、パリのアパルトマンで過ごしていた僕にとって一緒にするのがたやすく、それに僕の身体が外出期間中に必要としていることに相応しいものだったのです。確かにオペラ座で僕たちが日頃慣れているテクニックとは違います。キューバン・スタイルとはいいませんが、彼女のテクニックはそれに繋がるものがあったのも面白かった。やり慣れていないことをするのは、何かをもたらしてくれるものです。新鮮な空気に触れ、未知のことで自分を豊かにできます。毎日パリ時間の正午から、という時間帯も僕にはぴったりでした。このように僕にとって利点がたくさんあったので、彼女のレッスンをフォローしていました。毎日決まった時間にすることがあるのは、1日の予定を組み立てるのにとても役立つものです。

Q:この期間中、何か新たに身体のために始めたことはありますか。

A:以前からしたいと思っていたものの時間の都合で取り組めずにいたヨガを始めました。インターネットでみつけたものですが、素晴らしい発見でした。終わった後、身体がとても快適になるのがわかってるので、毎日実行するのがとても楽しみになっています。ダンスにもたらすことも少しはあるでしょうが、これは身体の別の仕事で、とりわけ観念や精神性といったことへの興味からヨガを続けています。外出制限が始まった当初、ここから何かを引き出さなければと思う一方、自宅にこもってそれほどのことができるわけもなく一種の罪悪感のようなものがありました。新しい適性を見出したい、時間を無駄にしたという気持ちに陥りたくない、といった・・・。僕が選んだYou Tubeの教師はヨガについて説明するだけでなく、毎回、呼吸、ポーズ、瞑想・・というようにテーマを設けていて内容が豊富なんです。実行するだけでなく、学んでいるという感じがあるので、とっても気に入っています。

Q:自宅で過ごす時間が多い時期、他のバレエ団の作品をインターネットなどで見ることはありますか。

A:これまで見たのはボリショイ・バレエ団の『マルコ・スパーダ』とシュツットガルト・バレエ団の『マイヤリング』そして『イニシャル R.B.M.E.』です。あまりたくさんは見ていませんね。

Q:『マイヤリング』がオンラインで限定公開されたのは4月11日でした。本来ならオペラ座でこの作品のリハーサルの時期だったのではないでしょうか 。

A:そうです。残念に思う気持ちで、見ていてちょっと胸が締め付けられるものがありました。僕たちは訪日公演前にパ・ド・ドゥのリハーサルを始めたところで終わってしまったので、作品には未知の部分がたくさんあります。こうして全部を見ることができ、とても美しい作品だと思いました。自分が踊るはずだった作品の映像を見るときは、そうでない作品をみるときのようにニュートラルな気持ちにはなれないものです。どうしても自分がするべきことを分析してしまうし、その役を踊るダンサーが提案する表現法、役の解釈法などが興味深いものかどうかなどというように見てしまいます。この作品を踊るダンサーは大きな喜びが得られるのだろうなぁ、などとも。オペラ座で『マイヤリング』が再びプログラムされるのにあまりに時間がかかるとなると、今回踊りそびれただけでなく、僕は一度も踊れないままで終わってしまうかもしれません。たとえ来来シーズンの2021〜22年に予定されても僕は38歳となっているので、とてもフィジカルなこの作品が踊れるのかどうか、配役されるかどうか・・・。

Q:昨年12月に踊られるはずだった『ル・パルク』は年金制度改革反対のストゆえに、全公演がキャンセルされました。もっとも来季2020〜21年のプログラムで予定されていた創作『赤と黒』が延期となり、その代わりに『ル・パルク』が早速組み込まれていますね。

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『ル・パルク』
photo Y.Kellerman/Opéra national de Paris

A:はい、来年の3月のことですが踊れることを心から期待します。昨年は12月3日のプレ・ゲネプロで踊っただけで終わってしまい、大きな失望がありました。4月に映画館で上映するための映像撮影の予定もあり、せめてその当日だけは公演が行われて欲しいと願ったのですが・・・。
この『ル・パルク』は2009年3月の公演のときに配役されたのだけど怪我で踊れず、今回が僕にとっての初舞台となるはずでした。最初はプレルジョカージュのアシスタントと稽古を進め、彼がオペラ座に来たのはリハーサルの仕上げ段階。とても特殊な時期でした。というのも、ストで公演が出来るかどうかわからず、撮影もどうなるか不明という緊張した状況でしたから。優しい人物で、仕事をするのは快適でした。でも、初日の公演も撮影の公演も踊る大任をになってるのが彼の作品を初めて踊るダンサーだということで、僕がこの役を踊るのに適切かどうかを確かめようとしているということも感じられました。僕のパートナーはアリス・ルナヴァン。彼女は『ル・パルク』でエトワールに任命されているほどのダンサーで、彼も彼女のことはよく知っていますから、当たり前ですよね。僕は証明してみせねばなりません。彼が来るまで積んだ稽古のおかげで、なぜ彼がこの動きをさせるのか、何が彼の頭の中で動機となってるのかということを知ることができ、僕からも提案できる状況になっていたので、彼から認められた、という印象を受けました。気に入ってもらえるというのは、彼が振付を介して言いたいことに、僕の提案することは忠実であるといえますね。オペラ座では過去に『ル・パルク』の全幕をビデオ化していて、主人公を初演で踊ったローラン・イレールとイザベル・ゲランが大変強い印象を残しています。彼らを真似することなく、彼らのレヴェルに達する・・・これは大仕事です。

Q:この作品は踊ってみたい作品の1つでしたか。

A:全編に流れるモーツァルトの音楽も素晴らしければ、モダンなバレエだけどコスチュームが大切な役を果たし、18世紀のフレンチエレガンスに満ちた作品です。最後の解放のパ・ドゥ・ドゥはなんといっても神話的存在で、フライング・キスというたった1つのステップだけの信じられないパ・ド・ドゥです。それが例えば『白鳥の湖』の黒鳥のフェッテなどに相当するほど、観客に強い印象を残す。大勢の人の記憶に残り、公演でも期待されるパ・ド・ドゥですから、もし、これを自分がするならば、というようにそれを踊るダンサーに自分を投影するパ・ド・ドゥとなっています。どんなヴァイブレーションを感じられるだろう、どのような・・・と、試してみたくなるものです。

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『ル・パルク』photo Y.Kellerman/Opéra national de Paris

Q:そのパ・ド・ドゥを実際にリハーサルで踊ってみていかがでしたか。

A:事前に頭の中で思い描くのと現実の間には、常に大きな違いがあるものです。接吻して回転する、というのはさほど複雑なことではないのに、すごい効果があり、すなわちそれは裏に膨大な仕事が隠されているということですね。力学、均衡をみつける必要があります。回転しつつ、自分が空間のどこに位置しているかを常に把握していないと、僕がピアノに近づきすぎてパートナーが空にあげている足先がぶつかってしまうかもしれず・・。僕は未経験、アリスは出産復帰後の初仕事で、稽古の初回はフラフラ。リハーサルの初期は最後まで続けられず、少しやってはストップしてという繰り返しでした。その後、稽古のたびに4〜5回は試しましたから、ものすごい回数となりますね。少しずつ進歩がありました。これを踊る衣装は1、2幕と違ってシンプルで、それに素足で踊る、無駄を削ぎ落としたシンプルなパ・ド・ドゥ。でも踊り手各人のやりかたがあり、個性がより浮き出るものです。テクニック的に難しいものではなく、息が切れるという踊りではないけれど、観客はこのときがくるのを待っていて・・・それゆえプレッシャーが加わりますね。

Q:アリス・ルナヴァンがパートナーというのは珍しいのではないでしょうか。

A:はい。彼女と組むのはこれが初めてのことでしたが、彼女は実に多くのことを僕に教えてくれました。バレエ作品では常に自分を相手に捧げる必要があるものだけど、この作品はとても官能的で肉感的なものなので、あまり知らない相手だと・・・。でも、彼女は過去に踊ったパートナーとはこうした、ローラン・イレールはこう指導した、というように、惜しみなく僕に情報をくれて、僕だけが踊る稽古も彼女は見ていてくれて意見をくれていました。プレルジョカージュのアシスタントも僕にいろいろと秘訣を教えてくれ、アリスはさらにその上にもう一層プラスしてくれた、という感じがあります。彼女の支えには多いに励まされました。舞台が上手く行くように願っている、という彼女の思いも強く感じられました。

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『ル・パルク』photo Y.Kellerman/Opéra national de Paris

Q:7月のアヴィニヨン演劇祭オフで、オリアンヌ・モレティの演出による舞台『Rappel des Oiseaux(鳥のさえずり)』が予定されていました。ピアノを伴奏にあなたが独演する、ゴーゴリの『狂人日記』原作の演劇作品で、4年前に初演され、2年前に再演されましたものですね。あいにくと新型コロナの影響で演劇祭自体がキャンセルとなってしまいました。

A:7月の3週間に18回の公演をするはずでした。このキャンセルにも本当にがっかりしましたね。3月17日に外出制限が始まった当初は先のことが見えず、オペラ座がクローズしてる期間を活用し、7月に向けてセリフの稽古を進めていました。オペラ座で舞台がなくても、これがある!というように1つの目標として精神的な支えにもなっていたんです。オフとはいえ、フランスではとても有名な演劇祭ですし、それにアヴィニヨンは僕の家族の出身地なので親戚が大勢います。パリまで頻繁に来られない彼らが僕の舞台を見ることができるチャンスでもあったのに、とても残念です。多いに失望しました。でも、先にお話しした『マイヤリング』と違って、これは2〜3年後でも演じることができますから、時期がずれただけで失われたというのではありません。

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『Rappel des oiseaux』
photo Stéphane Audran/ Correspondances Compagnie

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『Rappel des oiseaux』
photo Stéphane Audran/ Correspondances Compagnie

Q:この時期、世界中のカンパニーのダンサー大勢が創作作品、レッスン、メッセージなどをインスタグラムなどで発信しています。

A:確かに新型コロナウイルス以降、ソーシャルメディアが占める位置は巨大になっていて、ダンスを大勢の人々と分かち合う新しい方法となりました。僕は何も発信していませんが、それは踊りたくない、ダンスはどうでもいい、ということではないのです。ダンスは恋しいし、オペラ座が早く元どおりに戻って欲しいけれど、即興や創作といった表現方法は自分には向いていません。また、僕の受けた教育では、何かを世間に見せるときは完成した状態のものでなければなりません。リサーチ段階のものや、私生活といったプライヴェートな面はルポルタージュという形なら見せる意義のある興味深いものだと思うけれど・・・。
ソーシャルメディアは今のこの時期に芸術に接することのできる方法なので、大衆もそれを必要としているのはわかります。おそらくダンスを待ち受ける1つの未来なのでしょう。オペラ座でもメゾンが続いていけるように、我々が踊り続けられるようにと解決法を探していますが、こうした媒体を介する策に僕は自分を見出せません。こうした表現法に心理的バリアがあり、それを超えるのが難しい僕は、自分がまるで何も望んでいないかのように脇に置かれてしまうことに心苦しさ、罪悪感があります。どうしても自分の位置づけについて、自問してしまいますね。これが完全に正常な状態に戻るまでのオペラ座の未来だとしたら、ダンサーとして、エトワールとして僕は自分の場所を果たして見出すことができるのだろうか、と。また、僕がダンスに抱く深い願望、それは舞台の上での公演です。舞台と観客という概念。何かを舞台から観客に向かって提案すると、そこに不思議な力が生まれるというものです。今の傾向を批判しているわけではありません。なぜ、これほど居心地が悪いのだろうと考えた時、サイレント映画の俳優のことを思いました。映画がトーキーに時代が移行したとき、良い声の持ち主ではない俳優はそこでキャリアが終わりました。今起きていることは、そんな変化に似ているのかもしれません。

Q:観客なしの公演というアイディアについてはどう思いますか。

A:オペラ座を救う、ダンスを救うということのためのあらゆる解決策に賛成します。考慮なしに可能性に蓋をしてしまってはなりませんから。でも、もし会場に観客がいないとして、では僕たちダンサーは舞台の上で汗をかけるのか、パートナーを腕に抱くことができるのか、などと考えてしまいます。日本での公演で感じた矛盾。それは観客は会場で全員マスクをして見ているのに対し、舞台上のダンサーは抱き合って踊って、と、なんだか奇妙だなと思いました。クラシック・バレエに限らずダンスでは、防御手段をリスペクトするのは不可能。観客なしの公演というのも同様に、僕たちダンサーは保護されていないことになります。また舞台で踊れるのは素晴らしいことだけど、観客席から舞台に届く温もりは何ものも代われません。観客からの反応がない舞台というのは、まったく別ものです。再び無声映画を例にとりますが、観客ありの舞台で踊るのとは別の方法で自分の職を生きることになります。もっともウイルスの危険がなくなり全て元通りに戻ったにしても、コロナウイルス以前、コロナウイルス以降のダンスがあるように感じています。大切なのは今のこの時期からポジティブな要素を引き出し、ダンスを前進させること。幸い僕の周囲には同業者ばかりなので、不安は理解され、また議論することが容易です。オペラ座でいつ公演が再開されるのかは未定ですが、人々は芸術を欲し、感動を体験したいはずですから観客が戻ってくることについては心配していません。僕自身、劇場や映画館、美術館に自由に行けるようになることを待ち望んでいます。こうしたことを経由して、自分が生きていることを実感したいと思っています。

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