ヨーロッパ中に劇場の封鎖が広がリ始めた中で見ることができた、パリ・オペラ座バレエ団のバランシン3作品

ワールドレポート/パリ

三光 洋 Text by Hiroshi Sanko

Ballet de l'Opéra national de Paris パリ・オペラ座バレエ団

La France sous le coronavirus & George BALANCHINE «Sérénade» «Concerto barocco» «Les quatres tempéraments»
新型コロナウイルスによる劇場閉鎖 & ジョージ・バランシン振付『セレナーデ』『コンチェルト・バロッコ』『フォー・テンペラメンツ』

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『セレナーデ』© Svetlana Loboff

昨年秋に中華人民共和国の湖北省にある大都市武漢で発生した新型コロナウイルス(フランスでの名称はCoronavirus2019)は、正月休暇から戻ったイタリアなどに住む服飾関係の中国人労働者(ミラノ近郊だけで家族を含めて約30万人が在住し、イタリア人デザイナーがデザインした服の縫製にあたっている)や、中国からの旅行者によって欧州各地に一気に広がった。
フランスは自動車大手メーカーのルノー社を筆頭に多くの企業が武漢に進出しており、現地で働いている人も多い。フランス産業の最も重要な海外生産拠点の一つである。それにも関わらず、2月までは新型コロナウイルスは地球の反対側でのできごととして、対岸の火事のようにみなされていた。
しかし、3月に入ると罹患者数や死者数が急増し、フランス政府は3月8日に千人以上の集会を禁止する政令を出した。これにともない3月9日以降はパリ・オペラ座バレエの「バランシン三部作」を上演していたバスチーユ・オペラの大ホールやガルニエ宮をはじめとするフランス国内の主要劇場、フィルハーモニー・ド・パリの大ホール(サル・ピエール・ブーレーズ)など大規模コンサートホールが閉鎖された。(バランシン三部作は4月1日の最終日まで全公演が中止)
スイスのジュネーブ歌劇場が入場者を千人未満に限定した公演を行った例に追随して、禁止令に触れないで上演を維持しようとしたシャトレ歌劇場のヴッパタール舞踏団によるピナ・バウシュ振付『7つの大罪』やヴィレット劇場でのクリスタル・パイト振付『検察官』の上演にバレエファンは期待をつないでいたが、3月13日からは規制強化により百人以上の集会が禁止されて一縷の望みも断たれた。それ以降は舞台公演のみならず、映画館も閉鎖に追い込まれてしまった。レストランやカフェが閉まっていることは言うまでもない。3月17日の正午からはフランス全土に外出禁止令が出され(被害の大きいイタリアでは3月8日から実施)、必要最小限の薬や食料品の購入と健康維持のための個人による最小限の運動を例外として、市民は自宅に閉じ込められることになった。交通機関も最小限の運行となり、医療、食品販売といった分野の労働者の通勤以外は認められていない。
パリ・オペラ座バレエは当初、4月14日にプルミエが予定されていたアラン=ルシアン・オイエン振付の新作からの公演再開を目指していたが、3月27日になってフィリップ首相が外出禁止令を二週間でなく、四週間に延長したことを受けて28日にオイエン作品(5月11日が最終日)も休演が発表された。パリのバレエファンから期待されているケネス・マクミラン振付の『マイヤリング』(5月12日から30日)も上演が微妙なタイミングとなってきている。
「バランシン三部作」は12月5日から始まった年金改革反対ストにより2月3日のプルミエが休演となっただけでなく、3月に入ってからも1日と3日の公演が中止されている。ストの谷間でかろうじで行われた3月2日の公演を見た。ソロの役が多く、日替わりのように別のダンサーがさまざまな役を踊るので二度、三度と見たかったのだが、折悪しく予約した日が休演日に重なり実現しなかった。

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© Svetlana Loboff

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© Svetlana Loboff

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『セレナーデ』© Svetlana Loboff

「バランシン三部作」は、まずバランシンがアメリカに到着して最初に発表した『セレナーデ』(1934年)で始まった。自らが設立したスクール・オブ・アメリカン・バレエの生徒たちに舞台で必要なテクニックを教えた授業がもとになって生まれた作品である。バランシンはダンサーの動きをチャイコフスキーの音楽に導かれて作っていったという。言うまでもなくセレナーデは中世以来、男性が思いを寄せる女性の部屋の下で奏でた曲(歌の場合も楽器による場合もある)である。バランシンはこの作品には筋がないことを自著「私のバレエの物語」で強調しているが、振付のよりどころになった音楽が「セレナーデ」であるために、音に託された男女の交情がダンサーの動きに感じられる箇所が散見された。
3月2日の女性ソリストはリュドミラ・パリエロだった。惜しいことに見逃したが、2月にマチアス・エイマンを相手にジゼルを踊り、高い評価を得ている。バランシンでも優れたテクニックと音楽に身を委ねた動きから、振付にふさわしい清冽な華やぎが周囲に広がった。最近プルミエール・ダンスーズに昇進したばかりのシルヴィア・サン=マルタンやロクサーヌ・ストヤノフも若さにあふれ、舞台を盛り上げていた。

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『コンチェルト・バロッコ』© Svetlana Loboff

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『コンチェルト・バロッコ』© Svetlana Loboff

続いて上演されたのはオペラ座では15年振りの上演となった『コンチェルト・バロッコ』だった。ヨハン=セバスチャン・バッハの「二台のヴァイオリンのための協奏曲ニ短調」に喚起された作品で、バランシンがいったん活動が停止していたアメリカン・バレエ団をアメリカン・バレエ・キャラバンとして復活させた1941年の南米ツアーに際して初演されている。
ヴェロ・ペーン指揮のパリ・オペラ座管弦楽団がフーガや対位法といったバロック音楽の技法を駆使した曲を、同団のコンサート・マスターであるフレデリック・ラロックと第1ヴァイオリン奏者の一人セシル・テットのソリストを迎えて、熱の入った演奏を行った。そしてマリオン・バルボー、エロイーズ・ブルドンの期待の若手二人がフロリアン・マニュネに丁寧にフォローされ、溌剌とした踊りを音楽にのせて披瀝した。別の配役では2018年に入団し、昨秋の昇級試験でコリフェに進んだ韓国人ホヒュン・カンが「品位あふれる繊細さ」(ル・フィガロ紙アリアーヌ・バヴリエ)で一躍脚光を浴びたという。

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『コンチェルト・バロッコ』© Svetlana Loboff

休憩後は『フォー・テンペラメンツ(The FourTemperaments四つの気質)』だった。「四つの気質」とは古代ローマ時代のギリシャ人医学者ガレノスが提唱し、人間の性格を「憂鬱質」「多血質」「粘液質」「胆汁質」に分類しているもの。バランシンは20世紀ドイツを代表する作曲家の一人、パウル・ヒンデミット(1895・1963)の「弦楽オーケストラとピアノのためのテーマと四つの変奏」の構成を辿り、主題、第1の変奏「憂鬱質(メランコリック)、第2の変奏「多血質(サンガン)」、第3の変奏「粘液質(フレグマティック)」、第4の変奏「胆汁質(コレリック=怒りっぽい人)、フィナーレの5つの部分から構成している。
毎晩のように配役が代わった中で、3月2日は「憂鬱質」をフランソワ・アリュがいつもながら生気の横溢した動きを見せたが、神経質で孤独という憂鬱質(メランコリック)が彼の個性に符合してしたかどうかは見ていて疑問だった。「音楽的で繊細」(アリアーヌ・バヴリエ)と高く評されたマチアス・エイマンの演技が見られなかったのは残念な限りだ。一方、女性ソリスト、アリス・カトネとホキョン・カンの二人は細やかな踊りで「憂鬱質」のメランコリーが明瞭に感じられた。変化に富んだ動きで「多血質」を現したシルヴィア・サン=マルタンとマルク・モローもよく息が合っていた。
男性ソリストではきれいなシルエットのヤニック・ビッテンクールも冷ややかな粘液質(フレグマティック)にぴったりだった。躍動感にみちたイダ・ヴィキンコスキーによる「胆汁質(コレリック)」も忘れがたい。すでに一月前になってしまった最後に見た夕べのメモを見直していると、バランシンならではの音楽と身体が一つになった極限の美が瞼の裏に浮かんできた。猛威を奮っているウィルスが終息して、劇場の扉が再び開く日が待ち遠しい。

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『フォー・テンペラメンツ(四つの気質)』© Svetlana Loboff

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『フォー・テンペラメンツ(四つの気質)』© Svetlana Loboff

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『フォー・テンペラメンツ(四つの気質)』© Svetlana Loboff

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『フォー・テンペラメンツ(四つの気質)』© Svetlana Loboff

『セレナーデ』
音楽 チャイコフスキー「弦楽オーケストラのためのセレナーデハ長調」作品48
振付 ジョージ・バランシン
本公演振付指導 サンドラ・イェニングズ
衣装 バーバラ・カリンスカ
照明 ペリー・シルヴェー
(1934年6月10日ニューヨーク初演、1947年4月30日パリ・オペラ座バレエレパートリー入り)
ダンサー(3月2日) リュドミラ・パリエロ
シルヴィア・サン=マルタン、ロクサーヌ・ストヤノフ
マルク・モロー 
ファヴィアン・レヴィヨン
シモン・ル・ボルニュ、アドリアン・クーヴェーズ、イヴォン・ドゥモル、チュン=ウィン・ラム他

『コンチェルト・バロッコ』
音楽 ヨハン=セバスチャン・バッハ「二台のヴァイオリンのための協奏曲ニ短調」BWV1043
振付 ジョージ・バランシン振付
本公演振付指導 ダイアナ・ホワイト
照明 ペリー・シルヴェー
ヴァイオリン フレデリック・ラロック、セシル・テット
(1941年6月27日リオデジャネイロ初演、新振付1951年、1963年12月18日パリ・オペラ座バレエ団レパートリー入り)
ダンサー マリオン・バルボー、エロイーズ・ブルドン、フロリアン・マニュネ他

『フォー・テンペラメンツ(四つの気質)』
音楽 パウル・ヒンデミット「弦楽オーケストラとピアノのためのテーマと4つの変奏」
振付 ジョージ・バランシン
本公演振付指導 サンドラ・イェニングズ
照明 ペリー・シルヴェー
ピアノ ジャン=イヴ・セビヨット
(1946年11月20日ニューヨーク初演、新振付1948年、1963年12月18日パリオペラ座バレエ団レパートリー入り)
ダンサー
「主題」
レティツィア・ガローニ、アレクサンドル・ガス
クレマンス・グロス、ダニエル・ストークス
カロリーヌ・オズモン、ファビアン・レヴィヨン
「憂鬱質(メランコリック)」
フランソワ・アリュ
アリス・カトネ、ホキョン・カン
ジュリエット・イレール他
「多血質(サンガン)」
シルヴィア・サン=マルタン、マルク・モロー
リディー・ヴァレイユ他
「粘液質(フレグマティック)」
ヤニック・ビッテンクール
ロクサーヌ・ストヤノフ他
「胆汁質(コレリック=怒りっぽい人)」
イダ・ヴィキンコスキー
「フィナーレ」 全員

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