オペラ座ダンサー・インタビュー:ポール・マルク

ワールドレポート/パリ

大村 真理子(在パリ・フリーエディター) Text by Mariko OMURA

Paul Marque ポール・マルク(プルミエ・ダンスール)

2018年にプルミエ・ダンスールに昇級する以前から、ソリストとして舞台に立っているポール・マルク。昨年末の『ライモンダ』では主役ジャン・ドゥ・ブリエンヌ、そしてフランソワ・アリュとコンビでベランジェ&ベルナールを踊る予定だったが、年金改革反対ストのため公演自体がキャンセルとなってしまった。現在はオペラ・バスチーユで4月1日まで続くオペラ・バスチーユのトリプルビル「ジョージ・バランシン」に出演中。それを中抜けして来日し、『オネーギン』でナイス・デュボスク(スジェ)を相手にレンスキー役を踊る。

Q:東京で踊るのはレンスキーだけで、『ジゼル』にはパリでも東京でも配役されていないのですね。

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photo Julien Benhamou/ Opéra national de Paris

A:そうなんです。でも以前、カザフスタンのバレエ団のゲストとしてミリアム・ウルド=ブラームと『ジゼル』を踊ったことがあります。昨年のオペラ座ドバイ・ツアーの直後だったから、4月ごろかな。その時はヌレエフのヴァージョンではなかったので、オペラ座でもアルブレヒトは踊りたいです。いつか踊りたい作品リストというのが僕の頭の中にあって、これはその1つ。他には『白鳥の湖』のジークフリート、バランシンの『ジュエルズ』の''ダイヤモンド''、それに『ボレロ』も・・・あの丸テーブルの上で踊ってみたいですね。『オネーギン』のレンスキーもその上位に位置する1つだったんです。だから2018年の公演のときにこれに配役されたのは、とっても嬉しかった。

Q:この作品とは、どのように出会ったのですか。

A:『オネーギン』を知ったのはけっこう最近で、まだバレエ学校の生徒だった時代。これ、ずっと以前からオペラ座で繰り返し踊られている作品なのかと思っていたけど、ぼくが知った時がカンパニーにレパートリー入りした時のようです。ビデオでジョジュア・オファルトとミリアム・ジュスペルギーが踊るレンスキーとオリガのパ・ド・ドゥを見て、すっかり気に入ったのです。振付、音楽、衣装・・・すべてが美しい!以来、このパ・ド・ドゥを踊りたい、この作品を踊りたいとずっと夢見ていました。

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「オネーギン」© Pele / Opéra national de Paris

Q:配役されたのはスジェの時代でしたね。

A:はい。この役はナイス・デュボスクと2回、マリオン・バルボーと3回の舞台がありました。というのも、アルチュール・ラヴォーが怪我で降板したので彼のパートナーだったマリオンとも僕が踊ることになったので。2017年11月のコンクールが延期となって翌年3月にコンクールがありました。その結果僕がプルミエ・ダンスールに上がった晩の公演が、確かマリオンと初めての舞台だったと思います。配役が決まった時からナイスと2回の舞台を終えるまではスジェだったのです。

Q:レンスキー以前、すでに『ドン・キホーテ』のバジルという大役を踊っています。

A:はい。バジルはジョークや滑稽なシーンもあり、物事を軽く受け流してしまう若者役。レンスキーとはタイプが異なりますけど、第2幕のパ・ド・ドゥやキトリへの愛を思うと、バジルって実はけっこうロマンチスト。そこは僕と似ているかもしれない。

Q:キトリ役はドロテ・ジルベール。エトワールと踊るのはどのような体験でしたか。

A:ああ、これってすごく驚くべきことでした。動揺しました。今僕が舞台を一緒にするオペラ座のソリストたちって、男女問わず僕が崇拝しているエトワールです。こうした人々と共に仕事をしているということ自体が、僕には感動的なことなんですね。彼らは、ナンテールの学校の寮で眠る前に憧れの気持ちを抱いてビデオで踊るのを見ていたダンサーたちです。いつか彼らと一緒にクラスレッスンとかをとれたらなぁ、といった気持ちで見ていた人たちです。想像の世界の人、実際には手の届かないところの人たち、という感じがあり、彼らと一緒に踊るなんて想像のまたその先の世界のこと。だからエトワールと踊るというのは驚くべきことで、最初は怖気づいたし、ストレスも感じました。でも男性でも女性でもエトワールたちはみんな僕を気遣ってくれて、とても親切で、不安を取り除いてくれたんです。

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photo Svetlana Loboff/ Opéra national de Paris

Q:『ドン・キホーテ』であなたがソロを踊るとき、相手役のドロテ・ジルベールが保護者的な眼差しで見ていたという印象を受けました。

A:そうかもしれませんね。僕の初の大役、それも初のヌレエフ作品、しかも3幕物でしたから。この時パブロ・レガサもバジル役だったのですが、彼のパートナーはリュドミラ・パリエロで、彼女はマチアス・エイマンとも組んでいました。だからパブロとリュドミラの間には、僕とドロテとのような関係は生まれなかったかもしれませんね。ドロテは最初から最後まで、本当に忍耐強く僕を支えてくれたんですよ。実に多くを惜しみなく、実に詳しく説明してくれました。当時僕は入団2年ちょっとで、まだ19歳のスジェ。パ・ド・ドゥの経験がない。それに引き換え彼女はエトワール歴10年、カンパニー歴15年、その上『ドン・キホーテ』はカール・パケットをはじめ優れたパートナーたちと何度も過去に経験している。彼女のおかげで、この初の大役バジリオは素晴らしい経験になりました。ドロテにしてもミリアムにしても、僕が崇拝の眼差しでみていたダンサーです。僕にとっては一種のスター、アイドル・・こんなに早く彼女たちのパートナーとして踊れるなんて、信じられないチャンスでした。夢の一部のようです。

Q:ヌレエフ作品はその後『白鳥の湖』の主役も踊っていますね。

A:小さいときから絶対に踊りたいと夢見ていた役です。先にお話ししたように、これも踊りたい作品リストの上の方にありました。パートナーはミリアムでした。

Q:その時のロットバルト役は同年に入団したアクセル・マリアーノ。『ライモンダ』ではあなたが踊るジャン・ドゥ・ブリエンヌと対決するアブデラフマン役も彼が予定されていました。

A:ロットバルト役って難しいだろうと想像します。家庭教師であり、同時に白鳥に呪いをかけプリンスを罠にかける人物です。父親的であり友人の面もあり、王子とのまっこうからの対決があるのはかなり後になってからです。それに対してアブデラフマンは最初からジャン・ドゥ・ブリエンヌのライバルとして登場します。アブデラフマンはライモンダに対する意図を最初から露わにしていて、ジャンもそれをわかっています。このシンプルでクリアーな二人の関係に比べて、ロットバルト役はずっと曖昧ですよね。

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photo Julien Benhamou/ Opéra national de Paris

Q:同世代のダンサーと共に役を踊ることの利点はありますか。

A:ドロテやミリアムといった崇拝するダンサーと組むのとは違いますよね。彼女たちとの稽古で最初難しかったのは、''ああ、僕の腕の中にミリアム・ウード=ブラムがいるなんて!!!となってしまって、大胆になれない。『白鳥の湖』の最初のリハーサルは第二幕のパ・ド・ドゥからでした。彼女は床に伏せていて、僕がまず一方の手を彼女の体に、そしてもう片手を彼女に・・そこで僕は''パートナーがミリアムだなんて!!''とすっかり上がってしまって、その日のリハーサルはストレスに覆われて仕事になりませんでした。彼女は忍耐強く、僕を安心させてくれ、親切にしてくれましたけど・・。でも、同期のアクセルとは長年の知り合いので、やりやすかったと言えますね。他の相手だったらあえてしないようなこともできるので、こういう関係だと互いに役創りをより深められるといえるかもしれません。もっともミリアムやドロテのように経験のあるダンサーと一緒の場合は、たくさんの''こつ''を教えてもらえます。アクセルと僕はおたがいに初役なのでこうしたやりとりはないわけで、一緒に発見してゆくという関係となります。僕は早く昇級してしまったので、彼を含め同期のダンサーたちとちょっと距離ができてしまっていました。だからこうしてアクセルと一緒に仕事ができるようになって、とっても嬉しいです。

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photo Julien Benhamou/ Opéra national de Paris

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photo Julien Benhamou/ Opéra national de Paris

Q:12月、『ライモンダ』は踊らずじまいで残念でしたね。

A:リハーサルは毎日のようにしていて、最後のリハーサルは12月28日でした。確かに一度も公演はなかったけれど、舞台リハーサルでは衣装もつけたし、装置もあり、オーケストラが演奏して・・違いは観客がいないというだけ。だから一種フェイクの公演というか・・一種の究極があったわけなので、それまでの仕事は決して無駄には終わらなかったといえます。難しい役だったけれどこの役を稽古できたことは嬉しいです。基礎がすでにできてるので次の時すぐに役立てられます。近い内に『ライモンダ』がプログラムされることを期待しましょう。

Q:日本で踊るレンスキーについて話してください。

A:大好きなあのパ・ド・ドゥが踊れるんだ!と、この配役は本当に嬉しかった。でも実際に稽古が始まったら、絶対に自分は踊れるようになれない!!と思ったほどテクニックが難しくて・・・幸い初日の舞台ではうまく踊れたので安心できたけど。このパ・ド・ドゥには踊る喜びがあります。リハーサル期間が長くとられていたのもよかったですね。レンスキーという人物は僕の心に触れるものがあり、演じるのがうれしかった役です。ロマンチックで、傷つきやすく、短気で・・第2幕の終わりには絶望があります。レンスキー役がもたらす感動。僕は悲劇が好きで、この舞台では強い体験ができます。

Q:役創りはどのようにしましたか。

A:『椿姫』もそうしたように、作品に原作がある場合、まず最初にそれを読みます。なければバレエの概説なり、何かしら資料を読んで作品と人物についてまず学びます。『オネーギン』にはオペラもあれば、映画もあります。表現の違いはあっても物語、登場人物のキャラクターは同じなので、こうした複数の材料にインスピレーションを求めました。レンスキーってマッチョ? ロマンチック? センシブル? などと、より良く演じ、踊るために探りました。

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© Pele / Opéra national de Paris

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© Pele / Opéra national de Paris

Q:演じる上で難しさを感じたシーンはありましたか。

A:リハーサルの初期はまずテクニックに集中します。パートナーとの仕事、ソロ、ピルエット、ジャンプ・・・そうしたテクニックの仕事が終わると、演技面に入るのですが、僕は自分の感情を表に出すのが難しいタイプなので、稽古でも内側から出すことに苦労します。僕は内気で引っ込み思案なせいでしょう。頭の中にあってもなかなか外に出せない。『オネーギン』に限らず、コーチしてくれるクロチルド・ヴァイエ、ヴィヴィアンヌ・デクチュール、クロード・ドゥ・ヴィルピァンといった人たちは僕の性格をよくわかっているので、外への表現ができるようにとプッシュしてくれるんです。

Q:レンスキーはどのような若者でしょうか。

A:彼はオリガに夢中です。だからオネーギンと彼女の間に起きていることが理解できない。怒りがあり、絶望があり、その怒りを抱えたまま悲しみがあり・・とたくさんの感情が大波のように続きますから、演じていて面白いですね。多くを考える必要がありますけど、これを舞台で踊るのは最高です。こうした感情の変化を表現するのに、クランコの振付はとてもよく構成されているのでテクニックをマスターしておけば流れで踊れるんですね。そして、ただただ素晴らしいとしかいいようのないチャイコフスキーの音楽。これを役立たせると、感情表現が楽になるんです。

Q:レンスキーからみて、オルガはどんな女性でしょうか。

A:彼女もレンスキーを心から愛しています。明るく、快活、すこしばかりお気楽ですね。第二幕では自分の楽しみを優先させ、それが引き起こす結果についてまで考えが及ばず・・・。若いんですね。社会の規則、とかそうしたことがわかってない。もっとも今の時代でも、若い時代は楽しみがまず先ですよね。

Q:オネーギンに決闘を挑む気持ちは理解しやすかったですか。

A:これは視点次第ですね。レンスキーを踊るということを知った上で原作を読みましたが、当時の社会のコードによると、この彼のリアクションは途方もないことには感じられず、正当な行為に読めました。彼が手袋をオネーギンに投げたとき、それが周囲の人は理解しがたい行為に思えても、若く、衝動的行動に走りがちな性格の彼にとっては自然な流れです。毅然とした態度を示し、自分の選択、決定に責任をとる用意はできているという態度で、僕は役に信憑性を与える必要があります。

Q:この作品でどこが特に好きな場面ですか。

A:自分が踊るということからいうと、第二幕の最後、レンスキーのヴァリアシオンがあり、そこにオリガとタチヤーナがやってきて・・・最後は命を落とすにしても、この部分が好きです。でも作品でいうなら、第三幕のパ・ド・ドゥです。これはあらゆるダンス作品の中で、最も美しいパ・ド・ドゥの1つです。オネーギン役ですか? いつかは踊ってみたいけど、その日がくるかどうか・・。というのも、僕はどちらかというと性格的にレンスキー・タイプなので。それにオネーギン役はパートナーとの関係が重要。もし踊れるとなっても、もっとパ・ド・ドゥの経験を積み、人間的にも成長してからと、ずっと後のことでしょう。

Q:来日公演のため目下リハーサルの真っ最中ですね。何かエピソードはありますか。

A:2018年に僕もパートナーのナイスも初役で取り組んだとき、何度やっても第一幕で一箇所二人の足がぶつかってしまう箇所があり、ぶつからないような方法をみつけて問題を解決しました。それで舞台ではすんなり出来たのに、今またリハーサルが始まったら、同じ場所でまた二人で足をぶつけてしまうんです。これはイラつくけど、笑ってしまいます。でも初回に長期間の稽古があったおかげで、役は忘れませんね。忘れがたい経験ができ、音楽がかかるとすべてが戻ってきます。ソリストとなってまだ初期の時期なので、ずっと初役が続いています。だから、こうしてすでに踊った役、しかも素晴らしい経験ができた役に再び取り組める機会があるというのは嬉しいことです。

Q:スジェからプルミエに上がって、何が変わりましたか。

A:大きな変化はコール・ド・バレエはせず、ソリストの役だけ踊るということです。それによって突然、リハーサルの時間帯が変わり、一緒に仕事をするグループも変わって・・・。オペラ座にはダンサーのグループが2つあって、突然それまでのグループとは別のグループに移された、という感じがありました。それでアクセルも含めプルミエにあがる以前のダンサーたちのグループから離れ、彼らとは舞台リハーサルですれ違う程度となってしまったのです。ダンサーのもう1つの人生へと。これはシーソーのように激しい変化でした。それまではコール・ド・バレエの楽屋だったので40名くらいが一緒だったけれど、今は一人の楽屋です。コール・ド・バレエとは仕事内容も時間帯も違うし、レンスキーのような役の前には昼寝も必要だったけれど、40名の楽屋では騒音もあってそれも難しい。以前ジョジュア・オファルトが使っていた一人の楽屋がもらえて僕はラッキーですね。

Q:プルミエの次はエトワール。無言のプレッシャーを感じますか。

A:正直なところ、わかりません。プルミエール・ダンスールの次の段階がエトワールなので、もちろん夢みるし、そのために可能な限りの努力はします・・・といっても、夢の夢です。もっともオペラ座での僕の夢は、良い配役に恵まれ、大役を踊るということ。つまり夢の一部はすでに実現しています。幸運にもスジェにあがって以来、エトワールの役を踊れているんです。レンスキー、ジークフリート・・・。
エトワールというタイトルか、大役への配役かというチョイスを迫られたら後者を選びますよ。偉大なタイトルがあっても大役が踊れなければ、意味ないですからね。数多くの役を踊ることが夢の第一部。ここに至れ、とても幸せです。タイトルは夢の第二部・・これは急いでいません。僕、まだ22歳ですから。

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「四つの気質」photo Svetlana Loboff/ Opéra national de Paris

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「四つの気質」photo Svetlana Loboff/ Opéra national de Paris

Q:どちらかというとクラシック作品に配役されることが多いですね。

A:はい。コンテンポラリー作品は少ないです。ノイマイヤーの『大地の歌』、フォーサイスの『Blake Works 1』、アンヌ・テレサ・ドゥ・ケースマイケル作品、それにマルコ・ゲッケの『Dogs Sleep』くらいでしょうか。これは面白い経験ができました。コンテンポラリーって最初はあまり気乗りしないのに、最終的にはステージを楽しんでいます。もっとも興味はそそられても、42歳になったら今のようには踊れないでしょうから当面はクラシック作品にエネルギーを投入していきたい。クラシックから徐々にコンテンポラリーへと比重が移って行くのが一般的ですね。

Q:建築物に興味があるのでしたね。

A:ずっと興味を持っています。もしダンサーじゃなければ、建築家になろうとしたのじゃないかな。パリは街中に素晴らしい建築物がたくさんあって、驚くばかりです。ノートルダム寺院の災害は、当時の建築構造を研究する良い機会でした。電気もクレーンもコンピューターもない時代に、どのようにあの見事な寺院を人間が作りあげることができたのだろうか、って。300年がかりの建築物が火事が起きるまで無傷で来たのだから、再建は当時の構造をリスペクトして欲しいと願っています。あの超人的仕事が台無しにされてしまうのは、あまりにも惜しいので・・・。もっと時代を遡れば、ピラミッドにも驚かされますね。神秘の世界だ。ルーヴル宮殿、ヴェルサイユ宮殿・・・でも、こうした歴史的建造物でなくても、たとえば僕の楽屋の向かいに見える19世紀の建物、それに 最近の新しい建築物にも興味をひかれています。

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「ファンシー・フリー」photo Sébastien Mathé/ Opéra national de Paris

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「ファンシー・フリー」photo Sébastien Mathé/ Opéra national de Paris

Q:2017年の来日公演には参加しましたか。

A:いいえ、僕はこのときオペラ・バスチーユでバランシンの『真夏の夜の夢』があったので居残り組でした。日本へは学校時代の2009年に『スカラムーシュ』で行きました。バレエ団に入団以来、これが初の訪日公演の参加なんです。11年ぶりの東京での新しい発見を楽しみにしています。でも僕は後半の『オネーギン』だけのために日本に行くので、自由時間はほとんどないみたいです。東京の信じられない建物も見てみたいし、また古い建物と新建築が隣り合わせる光景にも興味あります。そう思ってガイドに印をつけてはいるけど、日本で最初にするのは、日本に引っ越してしまい長いこと会っていないフランスの友達と時間を過ごすこと。見学はその後時間があったら・・。僕、和食好きなんです。パリでデリバリーしてもらうのはスシ、マキ、ミソ、エダマメ、ヤキトリ程度に限られていますから、ツアー中にいろいろ知らない和食を発見してみたいとも思っています。

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