オペラ座ダンサー・インタビュー:オニール八菜
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ワールドレポート/パリ
大村 真理子(在パリ・フリーエディター) Text by Mariko OMURA
Hannah O'Neill オニール八菜(プルミエール・ダンスーズ)
2019年夏のル・グラン・ガラ2019で来日してから、半年が経過。オニール八菜がもうじきパリ・オペラ座のツアーで再び来日する。優美な踊りが評価されているのはもちろんだが、日本生まれということもあり美しい彼女に向ける日本のバレエファンの視線は熱い。1月31日からオペラ・ガルニエで、そして東京の文化会館で彼女が踊る『ジゼル』のミルタを見るのを待ちかねている人も多いことだろう。リハーサルの合間に、近況を語ってもらった。
12月24日の『白鳥の湖』photo Mariko Omura
Q:12月24日にオペラ・ガルニエの外の階段上で、『白鳥の湖』が踊られたことが世界的に話題となりました。どのような経緯があったのですか。
A:昨年末、年金制度改革を巡ってフランス中が大騒ぎとなっていました。オペラ座で働く私たちにも、この改革は大きく関わるものです。長い歴史をもつオペラ座が今と変わらず存続でき、そして私たちの世代だけでなく、それが次の世代にも続くように!というメッセージ。それを暴力的にではなく、オペラ座のダンサーとして最もふさわしい方法として、踊りと音楽で伝えよう、ということになったんですね。参加は自主制で、私はすぐに手をあげました。全部で28名の女性ダンサー、それにオーケストラの人だけでなく、技術者たちも協力してくれ、危なくないように階段上にリノリウムを敷く・・と。本当にこれが実現できるとわかったのは、当日の朝でした。シリル・ミティリアン(スジェ)とアントニオ・コンフォルティ(コリフェ)の二人が、このプロジェクトを何から何までオーガナイズしてくれたんですよ。
Q:リハーサルはあったのでしょうか。
A:はい。オーケストラがリハーサルをするからダンサーたちも、と声がかかって。オペラ座の舞台では生演奏で踊ることでよくありますけど、オーケストラ・ピットと舞台は近いといっても距離があります。それがこのリハーサルではまるで音楽の中で踊っているような感じがあって、終わった後、感動のあまりダンサー全員がボロボロ涙を流してしまいました。音楽の響き方が全然違うんです。
12月24日の『白鳥の湖』photo Mariko Omura
Q:屋外で踊ったのはこれが初めてでしたか。
A:いえ、ヴァルナのコンクールが屋外ステージでした。オペラ座の外で踊ってとっても気持ちよかったですよ。集まってくれた大勢の人を前に、オーケストラの団員も含めこうして仲間たちと一緒にオペラ座で働けるなんて夢のようだな、と思いました。踊っていてグループの団結のようなものが感じられ、心臓が爆発するかと思うくらいぐっと来ました。
Q:一人だけチュチュの上に何も着ずに肩を出して外で踊ったのは、白鳥のオデットだからですか。
A:あ、いえそういう意味ではなく、踊るからには本物の公演と同じように、と思ったからなんです。空をみたらお日様も出ていたし、大丈夫だろうって。寒さは全然感じなかった。ちょっと冷や汗をかいたくらい(笑)!!
Q:フランスの年金受給者の一人として踊ったわけですね。パリ暮らしはどれくらいになりますか。
photo Julien Benhamou/ Opéra national de Paris
A:オペラ座で8年半が経過しました。私、1月8日に27歳になったんですよ。海外にいるときに恋しく感じるのは、パリの友達や行きつけのレストラン、それに自分のアパルトマン。パリは私のホームだと感じています。パリに着いた当初はフランス語がゼロ。でも今はまったく問題なくなって、それにわからないことがあったらわかりやすい言葉で言って、と聞き返したりできます。最初はそれすら無理だった。言葉の面で楽になったのは3年くらいしたころだったでしょうか。
Q:『ジゼル』を初めて見たときの記憶はありますか。
A:はい、覚えています。東京のスターダンサーズ・バレエ団の公演でした。4〜5歳で、確かもうバレエを習い始めていたと思います。ジゼルを踊ったのが小山久美さん。今、バレエ団の総監督ですね。母が彼女と仲良しなので、私も小さいときからよく知っていて。舞台の上で知っている人が踊るのを見るのって楽しいですよね。でもこのバレエ、子どもには長いので、1幕目はああ楽しいって見ていたのに、2幕目はちょっと寝ちゃった、という記憶があります。
Q:主人公ジゼルはいつか踊りたいと願う役でしょうか。
A:ジゼルを踊りたいという気持ちが芽生えたのは、プロになってから。この10年くらいですね。ジゼルって『白鳥の湖』の白鳥とは別で、バレリーナの主役というイメージが私の中で強いんです。ジゼルの思いというか、あの脆いキャラクターをやってみたいんですね。1幕と2幕の違いがすごく素敵な作品。あの違いをバランスよく出来るバレリーナって素晴らしいなって・・。キャラクター的には私とは違うけど、踊りのタイプとしては私に合っているように思います。
Q:正気を失うシーンはどう見ていますか。
A:あれって女優のような仕事ですよね。やってみたいけれど、ちゃんとコーチをしてもらって踊りたい。以前、全幕をマリインスキー劇場で踊ったことがあるのですけど、ヌレエフ版ではなくって。だから、ぜひオペラ座で踊りたいという気になりました。私が入団してから『ジゼル』がオペラ座で踊られたのは2016年の春で、私がプルミエール・ダンスーズに上がった年です。コール・ド・バレエは体験しておらず、初の配役がミルタでした。オペラ座のミルタというとマリ=アニエス・ジロのイメージがとっても強いので、最初に配役された時、パニックというか、ええ、こんなの無理!!と思ってしまって。私はけっこう飛べるのでテクニック的には問題ないのですけど、このキャラクターが自分にできるのだろうかって・・・。それで他のダンサーのミルタを見たり、自分なりにどうできるのか研究し、最終的にとっても楽しめました。
photo Svetlana Loboff/ Opéra national de Paris
Q:どのような女性をミルタにイメージしましたか。
A:ウィリス(精霊)の女王さまなのですけど、ミルタもジゼルと同じような運命をたどった女性です。だから最初の登場のシーンで傷ついている面、傷を知る女性であることを見せたい。悪意のある女性ではないんですね、彼女って。可哀想な大勢のウィリスたちの母親役というかリーダーのような感じ。男性に対する恨みを彼女の後ろにいるウィリスたちも、そして自分でも抱えていて・・・。だからヒラリオンに対し、パワーを発揮します。自分が想像するミルタと、実際に舞台で見せなければならないミルタが違うんです。
Q:それはどういう意味でしょうか。
A:私は身体にボリュームがないので、重さを見せる必要があります。身体の前で手の平を上にして両腕を交差するときとかも。そうじゃないと軽くって、ミルタではなくジゼルになっちゃう感じがあって・・・。それはコーチたちにも、よく言われることなんです。意地悪でなければいけないとは思わないのだけど、上半身の使い方や視線でウィリスの女王らしい責任や威厳を表現しなければなりません。この役、踊るのは楽しいですよ。2016年に初めて踊った後、また踊れたらなと思ってました。
Q:これまでに踊った中で、また踊りたいと願う作品は他にもありますか。
A:『ラ・バヤデール』のガムザッティですね。この役はテクニック的にとっても難しい。だから、まだ若いうちにあと1〜2回は踊りたいです。この役も最初は難しかったけれど、一度踊ってみたら、ああ、できる、って。彼女、強い女性だけどプリンセスですよね。私、そのプリンセスというところが好き(笑)。
『ラ・バヤデール』
photo Little Shao/ Opéra national de Paris
『ラ・バヤデール』
photo Little Shao/ Opéra national de Paris
Q:シーズン2019〜20の仕事始めは、開幕ガラで踊ったセルジュ・リファールの『ヴァリエーション』でした。
A:初めて踊る作品で、古臭いね、って踊るみんなで言ってたんです。でも舞台で踊っていて、とっても楽しめました。古いバレエなので昔の時代のバレリーナになりきった感じに踊ってみたんですね。他のことを何も気にせず自分だけのことを考えて踊って・・・楽しかった!女性ダンサー6名のコスチュームはシャネルによるもので、微妙にフォルムや花がそれぞれ違っていて、私は自分のコスチュームがとても好きでした。というのも、私はLaboの百合の香水を使っているんですけど、私のコスチュームの花が偶然にも百合だったのです。
Q:クリスタル・パイトの創作『Body and Soul』。これはどのような体験でしたか。
A:3年前に『The Seasons' Canon』を経験したダンサーたちの話から、彼女の作品を踊ってみたいと思っていました。コンテンポラリー作品の振付家はダンサーのヒエラルキーをとっぱらって創作しますね。コール・ド・バレエはやらない、ということもできます。でも、チャンスを自分でなくすのも残念なので、コール・ド・バレエとして参加しました。あいにくと創作にあまり時間がなく、彼女はストレスがあったのでしょう。時間が限られている中で先に進めるためにダンサーのセレクションに一人一人の可能性をじっくり探らず、配役が進められていって。となるとどうしてもコンテンポラリーを踊れ慣れているダンサーにチャンスがあるわけです。この点がとても残念でした。参加したことに後悔はしていませんが・・・。ホフェッシュ・シェクターと『The Art of Not Looking Back』の仕事をしたときは、彼の要請でリハーサルに時間がたっぷりとってありました。これも全員が一緒に踊るグループ作品でしたけど、新しいテクニックを習うという点でみな一緒に出発し、作り上げてゆくことができました。一緒に学んでいるという感じがありました。パイトの創作では明日はゲネプロという段階になっても最後の最後まで振付のない部分があって、ダンサー全員が舞台上で頑張ったんですね。この時は創作に参加してよかった、と思うことができました。
Q:前シーズンはレオン&ライトフットのコンテンポラリー作品を踊っていますね。
A:『Sleight of Hand』。大変は大変でしたけど、舞台上の高いタワーの上で踊るのは楽しいことでした。初めて上がったときは、あまりの高さにびっくりしましたけど、上半身だけで踊るという新しい体験ができたんです。観客からは見えませんが下半身は固定されていて、ウエストにベルトを巻かれ、そこから四方にしっかりと固定されてました。上半身だけで踊るといっても、私の上半身や腕はとっても華奢。パートナーのステファン・ブリヨンからパワーを送ってもらっていた、という感じがありました。
『Sleight of Hand』
photo Agathe Poupeney / Opéra national de Paris
『Sleight of Hand』
photo Agathe Poupeney / Opéra national de Paris
Q:12月の『ライモンダ』の公演が軒並みキャンセルとなったことについて、どう感じていますか。
A:とても残念です。2か月近くリハーサルを重ねたというのに、舞台がなくって。観客を前に踊れないのは寂しいことです。12月中、いつあるかわからない公演に備えてリハーサルは続けていましたけど、自分たちだけの世界にいて外界とのコンタクトがないという感じ。過ごしにくい1か月でした。母もパリに来ていたのですけど公演がない日が続いたので、12月24日に一部とはいえ『白鳥の湖』がみられて嬉しかったと言っていました。ずっと踊れずにいた私たちもその思いは同じ。久々に人前で踊れたのがこの時で、ああ、人前で踊るのが私たちの仕事なんだ、ってつくづく思いました。
『白鳥の湖』
photo Ann Ray/ Opéra national de Paris
Q:日本公演まであと1か月ちょっとですね。前回の滞在で何か発見はありましたか。
A:日本に行くとまず懐かしい場所に行きたいと思い、時間的余裕があれば新しいことを探索するという感じでしょうか。昨年の夏はあまり時間もなく・・・美味しい和菓子はたくさんいただきました。あ、根津美術館に初めて行きました。素敵な場所ですね。
Q:今回は『ジゼル』だけのために来日するのですね。
A:はい。オペラ座バレエ団のツアーにソリストとして参加するのは、これが初めてなんですよ。ミルタは素敵な役ですし、公演数も複数なので、踊るたびに少しづつ変わって行くかもしれないというのも楽しみです。今リハーサルが始まって一週間半がたったところですけど、2016年に踊った時の自分は若かったなぁと感じています。ミルタの踊りはほとんどジャンプなので身体的にけっこうシンドイですけど、今回やっていてそれほど感じない。踊り方が大人になった、と感じているんです。無駄なエネルギーを使わない、無駄な疲れがない・・・経験のおかげでしょうね。こうした僅かなことから、ダンサーとしての自分の成長を感じています。
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