光と音楽と言葉によって生み出された神秘的空間、パイトの『ボディ&ソウル(肉体と魂)』が世界初演された

ワールドレポート/パリ

三光 洋 Text by Hiroshi Sanko

Ballet de l'Opara national de Paris パリ・オペラ座バレエ団

"Body and Soul" Crystal PITE『ボディ&ソウル(肉体と魂)』クリスタル・パイト:振付

10月26日から11月23日までガルニエ宮でカナダ人振付家クリスタル・パイトの新作『ボディ&ソウル(肉体と魂)』の世界初演が行われた。パイトは2016年秋、バンジャマン・ミルピエ前バレエ監督に招聘されて発表された54人のダンサーを使った35分の『ザ・シーズンズ・カノン』で一躍パリのバレエ界の寵児となった。
今回初演された『肉体と魂』は36人のダンサーが出演する1時間15分の3幕バレエだ。作品はパ・ド・ドゥが並んだ第2幕でショパンの「24のプレリュード」(1977年にマルタ・アルゲリッチが演奏したものの録音を使用)が流れ、第1幕と第3幕ではオーウェン・ベルトンのオリジナル音楽(効果音)が使用された。主題は人間界だけでなく、昆虫の世界をも含めたさまざまな共同体における「確執と絆」である。

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© Opéra national de Paris/ Julien Benhamou

最初の幕が開いて、ぼんやりとした薄明りが上から射すとフランソワ・アリュが立っていて、なにも置かれていない床にはオーレリアン・ウエットが横たわっていた。舞台上方から女優マリナ・ハントの声が聞こえてきた。
「左、右、左、右、左。右、左、右、左、右。指が触れるのは顎、額、胸、首、唇、腰」
フィギュア1とフィギュア2という名前を与えられたダンサーの動きが、振付ノートのように言葉になっている。繰り返しが多いパイト自身が書いた「台詞」を聴いていると、いつの間にかそのリズムの中に引き込まれていった。やがて、この「台詞」は次第に声が重なったり、エコーしてぼやけていった。白いシャツにネクタイというナンシー・ブライアントの衣装は現代を生きる私たちの日常を示唆しているようだった。作品の構成は第1幕では二人のダンサーによる第1、3、4、6、8場に対して10人による第5場と全員による第2場、第7場という対比によっていた。
前回の『ザ・シーズンズ・カノン』でもソリストを務めたフランソア・アリュやリュドミラ・パリエロが今回もソリストに起用されていたが、タケル・コストとオーレリアン・ウエット(第3場のデュオ)やマリオン・バルボーとシモン・ル・ボルニュ(第5場)といったコンテンポラリーで評価の高い若手が生き生きとした動きを見せてくれた。
しかし、クリスタル・パイトの振付で最もインパクトの強いのは、列を成した大勢のダンサーたちのグループの動きだったろう。沖から打ち寄せてくる波のように、一人のダンサーの情感を湛えた動きが隣のダンサーへと伝わり、全体が大きなうねりとなって舞台全体にエネルギーが放出された。ダンサーたちの重心やグループの進む方向が刻々と変化していく姿は、何度見ても見飽きない。その波動の中から、やがて一人、二人のダンサーが浮き出して集団から離れ、次のデュオへ移っていく。

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© Opéra national de Paris/ Julien Benhamou

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© Opéra national de Paris/ Julien Benhamou

第1幕の完成度が高かっただけに、後半の第2幕、第3幕の展開が休憩時間中、待ち遠しかった。
第2幕は一転して、音楽がショパンとなり、「24のプレリュード」のうちの14曲が流れた。アンサンブルもあったものの、ソロやデュオが目立つ幕となった。ダンサーの動きはクリスタル・パイトが25歳で祖国カナダを後にして5年間を過ごしたフランクフルト・バレエ団の振付家だったウイリアム・フォーサイスとパイトが「詩と人間味があふれている」と傾倒しているイリ・キリアンの影響がうかがえた。ソロではエロイーズ・ブルドン、ユゴー・マルシャン、ダニエル・ストークス、シモン・ヴァラストロといったダンサーが目に付いた。
この後、数分間で舞台に銀色や金色に照明によって輝く森の装置(パイトの夫、ジェイ・ガウワー・テイラー考案)が置かれ、それまでとは全く違う雰囲気に包まれた。
ダンサーたちは全身をラテックスの衣装で覆われた巨大な昆虫のような姿で現れた。このSF映画を思わせるような映像は最初の数分は視覚的に強烈な印象を与えた。しかし、しばらくすると、一人だけなまはげのような衣装をまとったタケル・コストが激しい所作で独自の存在感を見せたのを例外とすると、ダンサーたちの動きはヴィルチュオーソではあっても、作品の題名である「肉体と魂」を喚起するようなメッセージを感じさせることはなかった。
最後の幕に留保を付けたが、全体として見れば光と音楽(効果音)、「台詞」によって生み出された神秘的といってもよいような不思議な空間の中で、ダンサーの身体が他の芸術によっては表現できないものを追求した力作であることは誰にも否定できないだろう。

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© Opéra national de Paris/ Julien Benhamou

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© Opéra national de Paris/ Julien Benhamou

クリスタル・パイトは1970年12月15日カナダで生まれた(48歳)。4歳から踊りはじめたが、クラシック・ダンスに留まらずクラケット・ダンス、ジャズ・ダンス、さらに演劇、歌、フルートも試みた。17歳でヴァンクーヴァーのブリティッシュ・コロンビア・バレエ団(1986年創立Ballet BC)でダンサーとしてだけでなく、振付も始めた。2002年には独立カンパニーKidd Pivot(公式サイトはhttps://kiddpivot.org)を創設している。Ballet BCに在籍中から、群舞の動きに特に興味を持っていた。25歳だった1996年から5年間フランクフルト・バレエ団に在籍し、敬愛するウイリアム・フォーサイスの元で踊りながら「身体の先端部分で起きていること」に関心を寄せて振付を続けた。自分で書いたテキストがダンサーよって発せられて「音楽」として作品に欠かせない構成要素となったのもフォーサイスの影響だろう。フォーサイス以外にはイリ・キリアンに傾倒しているが、欧州のバレエ評論家にはピナ・バウシュの片鱗もうかがえるという指摘をする人もいる。しかし、こうした先達の影響だけに留まらず、『ザ・シーズンズ・カノン』での「自然界の創造性」、今回の『肉体と魂』での「共同体における確執と絆」、ロイヤル・バレエ団で初演された『フライト・パターン』での「移民の危機」といった自分自身が最も関心を抱いた大きな主題を身体の動きによって表現し、独自の世界を切り開いてきたのがパイトという振付家の特徴だろう。「なぜダンスによって表現しなければならないのか。他の芸術手段ではできない、ダンスでなければ表現できないこととは何なのだろうか」ということを振付家としていつも自分に問いかけている。
彼女の振付作品ではすでに『ザ・ステイトメント』が2019年6月から7月に、アソシエート・コレグラファーを務めているNDT(ネザーランド・ダンス・シアター)の引越公演で名古屋と横浜で上演されている。
なおパイトは2020年2月から一年間のサバティカル・イヤーに入る。どんなに優れた芸術家も、休みのない創造活動を続けていけば、いつかは想像力が枯渇してしまう。今回の大作『肉体と魂』の完成を一つの区切りとして充電するのは賢明だろう。パイトは次にどんな舞台を作ってくれるのだろうか。
(2019年10月30日 ガルニエ宮)

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© Opéra national de Paris/ Julien Benhamou

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© Opéra national de Paris/ Julien Benhamou

『肉体と魂』(世界初演)3幕バレエ
オリジナル音楽 オーウェン・ベルトン
追加音楽 ショパン「プレリュード」(第1幕はヴェッセラ・ぺロフスカ演奏、第2幕はマルタ・アルゲリッチ演奏) テディ―・ガイガー「ボディー&ソウル(身体と魂)」
振付とテキスト クリスタル・パイト
声 マリナ・ハント
装置 ジェイ・ガウワー・テイラー
照明 トム・ヴィッサー
衣装 ナンシー・ブライアント
配役(10月30日)
第1幕
第1場 フランソワ・アリュ、オーレリアン・ウエット
第2場 ダンサー全員
第3場 タケル・コスト、オーレリアン・ウエット
第4場 リュドミラ・パリエロ、リディー・ヴァレイユ
第5場 フランソワ・アリュ、シモン・ル・ボルニュ 他8名
第6場 マリオン・バルボー、シモン・ル・ボルニュ
第7場 ダンサー全員
第8場 ミュリエル・ジュスペルギ、アレッシオ・カルボーネ
第2幕
プレリュード第1番 (プロローグ)
プレリュード第2番 エロイーズ・ブルドン、アクセル・イボ、アレクサンドル・ガス、ジュリアン・ギュイマール
プレリュード第4番 レオノール・ボーラック、ユゴー・マルシャン
プレリュード第6番 リディー・ヴァレイユ、ミカエル・ラフォン
プレリュード第7番 ダンサー全員
プレリュード第8番 レオノール・ボーラック、ユゴー・マルシャン、エレオノール・ゲリノー、アドリアン・クーヴェーズ
プレリュード第9番 ミュリエル・ジュスペルギ、アレッシオ・カルボーネ および ダンサー全員
プレリュード第12番 ダニエル・ストークス、シモン・ヴァラストロ
プレリュード第13番 エレオノール・ゲリノー、アドリアン・クーヴェーズ、アントナン・モニエ
プレリュード第14番 ダンサー全員
プレリュード第15番 ミュリエル・ジュスペルギ、アレッシオ・カルボーネ およびダンサー全員
プレリュード第18番 ダンサー全員
プレリュード第20番 ユゴー・マルシャン および ダンサー全員
プレリュード第24番 リュドミラ・パリエロ、フランソワ・アリュ
第3幕
マルク・モロー、レオノール・ボーラック、リュドミラ・パリエロ、マリオン・バルボー、エロイーズ・ブルドン、オニール八菜、アントナン・モニエ、タケル・コスト およびダンサー全員

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