シューベルトの音楽によりそい細やかな感情の移ろいを鮮やかに描いた、プレルジョカージュの『冬の旅』

ワールドレポート/パリ

三光 洋 Text by Hiroshi Sanko

Transce en Danses トランサン・ダンス・シリーズ

Ballet Preljocaj プレルジョカ―ジュ・バレエ団
"Winterreise" Angelin Preljocaj 『冬の旅』アンジュラン・プレルジョカージュ:振付

シャンゼリゼ歌劇場で行われているトランサン・ダンス・シリーズの2019・20年シーズンの開幕公演は、アンジュラン・プレルジョカージュ振付の『冬の旅』だった。(10月3日から5日)

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© Jean-Claude Carbonne

シューベルトがヴィルヘルム・ミュラーの詩に付けたリート曲集『冬の旅』は、いつもプレルジョカージュの机の引き出しにあり、いつか振付けたい曲を記した秘密のリストに入っていた。ミラノ・スカラ座のバレエ監督エレオノーラ・アバニャートから2019年1月公演のために新作を作ってほしい、という依頼があった時、プレルジョカージュはこの音楽に向き合う時期が来たと感じた。(ちなみにアバニャートは12月23日にガルニエ宮でのプレルジョカージュ振付『ル・パルク』(庭園)を踊ってパリ・オペラ座バレエを引退する)
振付家は「スカラ公演の後、自分のバレエ団でも上演する」という条件で引き受けた。
2018年末のミラノでの振付作業は、クリスマス公演『くるみ割り人形』の合間を縫って行われた。そのため、動きの素材を作り、それを組み立てて、記譜し、さらに変化を加える、という創作の作業が全部で24曲あるリートの1曲あたりわずか二日間というきわめて短時間で行われた。この急ピッチの作業の中、アイディアが次々に浮かび、プレルジョカージュは熱に浮かされたような状態になったという。
今回公演は、自分のスタイルに通暁しているプレルジョカージュ・バレエ団のダンサーたちと、たっぷり時間をかけて細部を磨き上げた。この夏にはモンペリエ・ダンスフェスティヴァル(7月1日から3日)、9月後半にはエクサンプロヴァンスで披瀝されてからのパリ公演となった。ちなみに装置と衣装はスカラ座公演で制作したものが使用された。

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© Jean-Claude Carbonne

幕が上がると舞台上のダンサーたちの間に観客に背を向けた歌手(バス・バリトンのトーマス・タッツェル)が立ち、オーケストラピットの中にピアノ・フォルテ奏者のジェームス・ボーガンが座り、第1曲「おやすみ」(Gute Nacht)が薄闇の中から静かに流れ始めた。
照明を極端に落とした舞台一面には灰色の「雪」が撒かれている。黒い服の男たちが盛り上がった「雪」の中から恋人の女性を掘り出した。フィナーレでは、シルフィードのような白い服をまとった恋人が男性の体を同じ雪に横たえる。
恋人を失って漂泊の旅に出る主人公に擬せられた歌手は、舞台から降りてピアノ・フォルテの横で歌い、12人のダンサーたちが主人公の思い出を舞台上で表現していった。
<表現>と言ってもプレルジョカージュはミュラーの詩句が語る物語ではなく、シューベルトの音楽から受け止めた印象を身体によって視覚化しようと試みたという。そのため、第13曲「郵便」、第20曲「道しるべ」を除くと、「菩提樹」や「手回し風琴師」といった詩句で目立つ要素は見える形になっては登場しない。その中にあって第15曲「からす」で6人の女性ダンサーが主人公(に擬された男性ダンサー)を取り囲み、腕をしなやかに上下させて鳥がはばたくかのような動きを繰り返すうちに、男性ダンサーの身体も少しづつのびやかになって動きだし、墓場への旅の同行者を見出したよろこびが伝わってきた場面は忘れがたい。
数箇所では曲の終わったところで、ダンサーが動いて、一つの楽想が終わり、新しい音が訪れるまでの沈黙に委ねられた作曲家のメッセージを形にしようとしたところもあった。
『冬の旅』は通常、死への旅としてとらえられ、どの曲にも死の影があるとされるが、プレルジョカージュは冬よりは秋のイメージを曲から汲み取った。かすかな希望が垣間見られたかと思うと、間もなく跡形もなく消えていく、といった律動が音楽には内包されているという受け止め方のようだ。床に敷かれた黒い「雪」をダンサーたちが手ですくって宙に放り投げると、照明の光に照らされて数秒の間、銀色に輝きながら舞ったものの、やがて地面に落ちて黒い塵に戻ってしまうのは、人間の命の象徴のように目に映った。

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© Jean-Claude Carbonne

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© Jean-Claude Carbonne

ダンサーの動きは実に多様で、ゆったりとしてロマンチック・バレエを思わせる動作があるかと思うと、黒い「雪」の上を素足で滑ったり、口に指を入れるというコンテンポラリー・ダンスの独特のヴォキャブラリーが見られた。また動きが多様なだけでなく、ソロ、デュオ、トリオ、グループとダンサーの組み合わせも曲ごとに変わっていった。こうしたさまざまな要素は季節の移り変わり、男女の感情のうつろいを細やかに描き出した。照明も当初の薄闇から、明度が少しづつ上がっていって、23曲「三つの太陽」では黄色と赤の大きな円盤が舞台をまぶしく照らした。

音楽、装置、衣装、照明と一体となったダンサーの動きが「言葉のない詩」となった舞台の一コマ一コマは、今も鮮やかに脳裏に刻まれている。
(2019年10月4日 シャンゼリゼ歌劇場)
※写真は他日公演のものです。

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© Jean-Claude Carbonne

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© Jean-Claude Carbonne

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© Jean-Claude Carbonne

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© Jean-Claude Carbonne

『冬の旅』(2019年1月24日ミラノ・スカラ座バレエ団により世界初演)
音楽 フランツ・シューベルト
振付 アンジュラン・プレルジョカージュ
装置 コンスタンス・ギッセ
照明 エリック・ソワイエ
衣装 アンジュラン・プレルジョカージュ

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© Jean-Claude Carbonne

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