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オペラ座ダンサーインタビュー:ナイス・デュボスク

ワールドレポート/パリ

大村 真理子(在パリ・フリーエディター) Text by Mariko OMURA

Naïs Duboscq ナイス・デュボスク(コリフェ)

2017年に正式入団するや、カドリーユで『オネーギン』のオリガ役に抜擢されたナイス・デュボスク。以来、配役に恵まれて、次々と新しい作品にノンストップでチャレンジしている。前シーズンの締めくくりのシンガポール・上海ツアーでも大活躍だった。目下は『杉本博司/ ウイリアム・フォーサイト』の公演で舞台に立つ一方、年末公演の『ライモンダ』のリハーサルの開始を待ちながら、11月6日に行われるコール・ド・バレエ昇級コンクールに向けて、稽古に励んでいる。スジェの空席は3席。どんな結果となるだろうか。

コール・ド・バレエの中でもとりわけ配役に恵まれ、多忙を極めるダンサーである。現在の活躍ぶりを見ていると、極めて順調なバレエ人生を送っているように思えるが、意外にもカンパニーの入団試験を2度失し、期間限定契約を2年続けた後に入団したという。すぐれたテクニックと演技力、さらに強い精神力の持ち主というだけでなく、バレリーナというイメージにぴったりの美貌と華奢な容姿を備えた彼女。来年2月のオペラ座来日公演で、舞台姿を日本で初披露するのを楽しみに待とう。

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ナイス・デュボスク
photo Julien Benhamou/ Opéra national de Paris

Q:ダンスを習い始めたきっかけから始めましょう。

A:なぜダンスか、というと母が若いときに趣味でよく踊っていたということがあります。私の3歳の頃に親友がダンスを習っていたので、私も彼女のように習いたくって、ということも言えます。最初は身体能力の目覚め的なレッスンからパリ市内で学び始めました。その後、郊外に引っ越して通ったバレエ教室で出会ったナターシャというダンス教師が私の可能性を見出して・・・彼女からとってもたくさんのことを学び、コンクールなどへと彼女によってプッシュされたんです。

Q:3歳で習い始め、ダンスの何が気に入りましたか。

A:身体を使うことでしょうか。ものすごくアクティブな子供だったせいかもしれません。でも、もっと何か直感的・・・頭でどうこうではなく、心から来るものでした。

Q:オペラ座バレエ学校には低年齢で入学したのですか。

A:いえ、14歳のときでした。学校の生徒として認められるかどうかという研修があり、その結果第四ディヴィジョンに編入できたのです。実は12歳のころに一度入学試験を受けたけど、私、当時、ちょっとずんぐり気味の体型でした。その後、縦長に延びたのだけど・・・(笑)。それで、まったくオーディションに引っ掛からなかったんですね。でも、決して私は諦めない ! 2度目のトライで学校に入ることに成功できました。最初の1年はナンテールの寮で過ごし、その後は両親が住む郊外のル・ヴェジネから通いました。いつもずっと学校にいるということにうんざりしてしまったので・・・。

Q:第四ディヴィジョンで入ってからは順調でしたか。

A:はい。第一ディヴィジョンまで落第なしに進みました。でも最初の入団試験に受からず、それで第一ディヴィジョンを再び1年。そして、2回めの入団試験・・・これまた失敗でした !(笑)。2015年に期間限定の契約を得て、それを2年。2017年に正式にカンパニーに入団できました。ここに至るまで、けっこう苦労したんですよ。でも、この仕事への愛情、情熱というものを確認できたので、こういった行程があってよかったと思っています。オペラ座バレエ団が心から好きなので、入団がきまったときは幸せという以上の気持ちでした。

Q:なぜオペラ座バレエ団に心惹かれたのでしょう。

A:オペラ座のプチ・ラのルポルタージュですね。繰り返し繰り返し、これを何度もビデオで見ました。オペラ座のバレエ学校で自分も学びたい ! そう思って見ていたんです。このルポを見たことで、例えば『白鳥の湖』『くるみ割り人形』といったバレエ作品にも興味をかきたてられました。

Q:模範とするダンサーはいましたか。

A:私がダンサーとしてずっと憧れていたのはオーレリー・デュポン。それからシルヴィ・ギエム・・・これってみんなのアイドルという感じだけど、私が学校に入った当時、有名なダンサーはこの二人しか知りませんでした。

Q:ダンスを職業にしようと思ったのはいつ頃ですか。

A:オペラ座のバレエ学校に入った時でしょうね。なぜここにいるのかと考えたとき、それは自分の最大限の情熱をこの芸術、ダンスに捧げたいと思ったからなので。それ以前は夢という程度で、自分がそれを実現できるとは理解できていなかった。学校に入って、バレエに専心しなければ、本当に自分がしたいことならチャンスを逃すようなことがあってはならないって・・・強い精神力が必要とされますね、この仕事は。直感的に始めたことだけど、続けて行けるメンタルも備えていないと好きなだけじゃ到達するのが大変です。障害がとにかくいっぱいあって、ときに本当に辛いということもありました。失敗もたくさんあったし・・・自分の中でメラメラと燃える炎というか、そういうのがなかったら、きっと途中で放棄していたと思います。

Q:これまでダンスをやめようと思ったことはありますか。

A:いえ、あ、でも学校の第一ディヴィジョンの2年目で入団試験に再び失敗したときに、ちょっと・・・。自分は卒業してもすぐに入団できないのに、ボーイフレンドも含めて友だちはみんなすんなりとカンパニーに入っていって、と。そのときは自問自答しましたね。2回失敗し、これは辛すぎないかって。でも期間限定契約を得てカンパニーで踊るようになって、ここにはどのような生活があるのか、バレリーナの人生ってどういうものか、というのを見て、自分もその中の一員になりたいって強烈に思ったんですね。

Q:期間限定契約時代も舞台で踊る機会はたくさんありましたか。

A:はい。私の初舞台はバランシンの『テーマとヴァリエーション』でした。開演直前に代役の私が踊ることになって、それはうまくゆきました。その後、『ラ・バヤデール』『ブラームス・シェーンベルグ・カルテット』などが続きました。

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「オネーギン」photo Cristophe Pele/ Opéra national de Paris

Q:2017年に入団してすぐ、カドリーユで『オネーギン』のオリガ役に配役されました。

A:はい。正式入団した最初の年に・・・これはオーレリー・デュポン芸術監督のおかげですね。小さいときから目に星を輝かせてエトワール・ダンサーたちが踊るのを見ていた私が、いきなり ! と、最初は配役されたことが信じられませんでした。すごくうれしかったけれど、なんだか非現実的に思えて・・・でも思ったんです、このぼーっとした状態から地に足をつけなくっては、って。感動に飲み込まれてしまってはならない、この役をしっかり引き受けなくては、このチャンスを失することがあってはならない、って。『オネーギン』は小さいときには一度も見たことがないバレエだったので、いきなり自分が配役されたと知って、あわてて本を読んだり、いろいろな配役のビデオを見ました。視覚化の仕事をし、レンスキー役を踊るパートナーのポール・マルク、そしてリハーサルをみてくれたヴィヴィアンヌ・デクチュールと稽古をたくさんしました。彼女との仕事はとても役に立つ素晴らしいものでしたね。リハーサルはとても良い感じに進みました。

Q:この役は技術だけでなく演技も重要ですね。

A:はい。でも、人物に入り込むといった仕事がもともと大好きなんです。オリガ役の後には『椿姫』でオランピア役、そしてエドゥアール・ロックのおかげで『イヨランタ/くるみ割り人形』でちょっとクレージーな母親役を踊りました。前シーズン、本当に異なる種類の仕事に恵まれていますね。シンガポール・上海ツアーでは、クリスタル・パイトの『The Seasons' Canon』でマリー=アニエス・ジロが創作したダンサーだったパートを踊っています。 すごいリハーサルの量でしたけど、これらの機会を得られて幸運でした。学校の卒業公演でもベジャールの『ドン・ジョヴァンニ』で演技力を求められる役を踊る機会があり、これは今でも素晴らしい思い出です。

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「オネーギン」 ポール・マルクと photo Christophe Pele/ Opéra national de Paris

Q:オリガというのはどういう人物だと考えましたか。

A:世間知らずでまだ幼い面があり、少しお気楽で、あまり深く物事を考えないという女性ですね。ちやほやされるのが好きで、男性から評価されていると感じたがっていて、それで姉が恋するオネーギンにも・・・。それが悲劇の引き金になってしまうのですね。レンスキーに決闘をあきらめさせようとするシーンなどは、感情面でとても強いバレエです。この役を演じるのが毎回楽しみでした。

Q:『椿姫』のオランピアはどのような女性として踊りましたか。

A:オリガと違って、世間知らずというのとは反対。自分に自信があって抜け目がない女性ね。彼女は自分が男性の気に入ることがわかっていて・・・。私にはオルガの人物に自分を重ねるほうが、オランピア役より楽でした。オルガはいささか軽薄とはいえポジティブで陽気で明るい女性。オランピアは胸に一物があり、計算高い女性ですから。『オネーギン』を書いたプーシキンによると、オルガは誰からも愛される女性で、誰もが彼女から愛されたいと思うという女性・・・少しばかり甘やかされてもいますね。

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「椿姫」photo Svetlana Loboff/ Opéra national de Paris

Q:オリガ役はバレエのテクニックという点ではどうでしたか。

A:高度なテクニックが要求される踊りです。それにオルガに配役されたのは、本格的なパ・ド・ドゥはこれが初めて、という時期でしたから。でも、本当にすべて順調だったんですよ。ポールとは学校時代からの知り合いなので、信頼できます。彼のおかげで私も自信を得られて、それまでにない大役だというのに、舞台に出て行くときに初めてストレスを感じなかったくらいで。自分のすることがしっかりとわかっていて、自分でもびっくり。いつもは常に不安でストレスに襲われるのに、このときは本当に心穏やかでした。

Q:『イヨランタ/くるみ割り人形』でのエドゥアール・ロック体験を話してください。

A:アルチュール・ピタが振付ける部分の母親役はエミリー・コゼットが踊り、エドゥアール・ロックが振付ける部分では私が母親役でした。かつてアリス・ルナヴァンが踊った役ですね。とっても奇妙でしたね、この役は。とても特殊な動きなので、なかなか冷静になれなかった。彼と仕事ができるのはとっても嬉しいことだったのに、振りを覚えるのがとにかく難しくって・・・。これはものすごいスピードの小さな動きの連続で踊りで、スムーズではなくぎくしゃくとしたムーヴメント。鼻や口を手で触れるといった、オペラ座で日頃しなれた動きが混じっているし。20分のビデオを動きごとに学んで行きました。一旦動きを覚えたところで、今度はそれを猛烈なスピードで行うという仕事をして・・・家にいるときも、くり返し稽古する始末でした(笑)。でもこれを舞台の上で踊るのは、最高に好きな仕事でした。

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「イヨランタ/ くるみ割り人形」photo Julien Benhamou/Opéra national de Paris

Q:クラシック作品だけでなくコンテンポラリー作品にも配役されるのですね。

A:はい。ロックの前には、ガルニエ宮のパブリックスペースで踊られたジェームス・ティレの ''奇妙な生き物''の作品に参加しています。コンテンポラリー作品、もっと踊りたいですね。このティエレの仕事は興味深く、何よりも現存するコレグラファーと直に仕事ができるのが素晴らしい。彼らが求めているものを私たちに直接伝えてくれるというのは・・・。今はフォーサイスの『Blake Works 1』の公演中なんですが、彼とシーズンのはじめに会って、彼が望むことを彼本人の口から聞くことができたのは最高でした。創作者が亡くなっているクラシック・バレエではそれは不可能なことですからね。アジアン・ツアーの時にすでにこの作品を踊っていますけど、稽古にフォーサイス自身は不在で、リヨネル(・ドラノエ/ バレエ・マスター)がフォーサイスの指示で指導してくれました。それも面白い仕事だったけれど、やはり今回のようにフォーサイス自身が目の前にいて、動きの最後の最後まで行け、決して動きを止めてはいけない・・・より大きな動きを、といった言葉に従ってリサーチの仕事をすることは、すごく興味深いものでした。舞台上で快適に感じ、自分が美しいと感じ、リラックスして、というのが彼の希望でした。私たちが舞台で今している仕事に満足してくれていると思います。ちょっと悲しかったのは、クリスタル・パイトには『The Seasons' Canon』のオーディションで一度会っただけで終わったことです。もちろん一度でも会えたのはうれしいことですけど。シンガポールに出発する前に、マリー=アニエスが踊った役の稽古があった時期は彼女に他の仕事が入っていたので、私は彼女のアシスタントと仕事をしました。人物像をつくりあげるのに多いに役立ちましたけど・・・彼女と直接仕事をしたかったと残念に思っています。今オペラ座で創作が進んでいるクリスタル・パイトの新作にも参加したかったですね。

Q:将来踊りたいと願っているバレエ作品は何ですか。

A:絶対に踊りたいのは『ロメオとジュリエット』、それから『白鳥の湖』。白鳥の動きが好きだし、ストーリーの悲劇性も好き。この2作品が一番大きな夢です。

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「オネーギン」photo Cristophe Pele/ Opéra national de Paris

Q:『椿姫』のヒロイン役は多くの女性ダンサーが憧れる役です。

A:あ、もちろん私もです。マルグリット役が踊れることになったら、これは信じられないことですね。この悲劇の物語、深みのある人物像・・・成熟を必要とする役なので、私はまだ若すぎますね。『オネーギン』のタチアナ役もいつか踊れたら素晴らしいと思うけれど、それ以上に悲劇性が高く、美しい物語の『椿姫』のマルグリットに惹かれます。こうした役を待ちながら、コンテンポラリー作品も平行してどんどん踊っていきたいですね。

Q:コンテンポラリー作品で仕事をしたいコレグラファーは誰ですか。

A:ホフェッシュ・シェクター。彼がオペラ座で創作し、8人の女性が踊った『The Art of Not Looking Back』がすっごく気に入ったんです。どういったらいいかしら・・・彼女たちがすごくパワフルで、各自強い個性を放っていて、すごく好きでした。ピナ・バウシュの作品も踊ってみたいけれど、これから先に彼女の作品がオペラ座で踊られることがあるのかどうか・・・。

Q:次回のコンクールは11月6日です。自由曲に何を踊るか決めましたか。

A:自由は『ドン・キホーテ』のビジョンのヴァリエーションを踊るつもりです。でも課題曲がまだ発表されていず、万が一課題曲がこれに似ているようなら、『ラ・バヤデール』のニキヤのヴァリエーションにするかもしれません。いずれにしても自由曲はクラシック作品から選びます。

Q:コンクールやその他のことでコーチしてくれるダンサーはいますか。

A:はい。マリーヌ・ガニオがいつも私の仕事をみていてくれます。それからジャン=ギヨーム・バールも。グレゴリー・ガイヤール(スジェ)もすごく私を助けてくれているんですよ。もちろんクラス・レッスンのコーチたちも、ものすごく私の成長に力を貸してくれています。

Q:セバスチャン・ベルトーは正式入団前のあなたを彼の創作『ルネッサンス』の16名のダンサーの一人に配役していますね。

A:はい、彼もすごく助けてくれています。この夏はオペラ座ではなく外部の公演で彼の創作『ユートピア』にも参加しました。スイスの山で開催されたフェスティバルでのことで、こういったユニークな環境で踊るのは初めてということもあり、素晴らしい体験ができました。空間に浮かぶような場所で、舞台の周りを階段席の観客が囲むという・・・丸いステージなのでどこが正面でどこが後ろかという自分の居場所の確認に混乱しそうになって・・・。しかもパ・ド・ドゥもあったので、空間の中でパートナーを見つけるのも苦労しました。でも、おかげで通常以上に周囲に目を見張らせて、他のダンサーの動きに気を配ることになりました。ダンサーは合計6名。女性はロクサーヌ・ストヤノフ、キャロリーヌ・オスモンと私。男性ダンサーはミカエル・ラフォン、グレゴリー・ドミニャック、そして私のパートナーのヤニック・ビタンクールです。彼は素晴らしいパートナーなので、一緒に踊れて幸運でした。セバスチャンのおかげでこの土地を訪問でき、しかもディオールのマリア・グラツィア・キウリのコスチュームで踊れることができました。まるでセカンドスキンのようにとっても踊りやすいコスチューム !  しなやかなタイツに全身を覆われてるような感じで、とても自由に動くことができました。山中に建つタワーの中で踊るのにコスチュームの植物モチーフがピッタリ似合っていて、自分が風景の中に溶け込むようで・・・。

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「オネーギン」ポール・マルクと photo Christophe Pele/ Opéra national de Paris

Q:コスチュームというのはダンサーにとって重要な要素ですね。

A:はい。その中で快適に感じられないことには、舞台の上で快適感を得るのが難しいですから。他の人々に見せるために、まずは私自身が自分の体を気持ちよく感じられないことには。観客が期待しているのは、舞台上で快適に感じて自由に踊る体から放たれる喜びですから、そういう意味でもコスチュームはとっても大切です。シニョンが崩れてしまうのではというような心理的な不安があってはならないので、ヘアスタイルも同じように重要です。

Q:エレエフ作品のコスチュームはコルセットでしなやかとは言い難い。

A:はい。でも彼の作品では、四肢を大きく広げるといった動きではなく、例えば『ユートピア』のように四肢を屈曲させたり、重心を移動したり、腰をずらして体をかしげる、といった動きは求められないのでコルセットでも問題なく踊れます。

Q:自由時間には何をしますか。

A:映画を見たり・・・例えば昨日はウディ・アレンの新作を見ました。でも私の好みは韓国のスリラー映画なんですよ。友達と過ごす時間も楽しいですね。すごく仲良しのダンサーたちのグループがあって、彼らとオペラ座の外でも一緒にいろいろと・・・パーティとかで盛り上がって、踊ったりして楽しんでいます。オペラ座とは別世界で、解放感が味わえる時間です。こうして二つの異なる世界を持てるのはよいことだと思います。後は読書をしたり、劇場に行ったりしたり。最近アパルトマンを購入したので、その工事やインテリアのことを考えたりも・・・。

Q:他のダンスカンパニーの舞台を観に行くことがありますか。

A:劇場はダンスより、演劇作品を見に行くことが多いですね。舞台を見ながら、俳優たちがいかに演じるのか、何が好きで何が好きじゃないか・・・とか、なぜこの俳優は自然に感じられないのだろうか、なぜこの女優はまるで役柄そのものに見えるのだろう、あまり控えめすぎるのはだめだな、といったように見ています。ダンスも演劇性が大切で、役柄を演じるためにこんな観察をしてしまいます。演技は生まれもっての才能というのもあるかもしれないけれど、突然できることではないので、訓練しておかなければ・・・。

Q:外部ではどういったガラで踊りますか。

A:2年くらい前から、アンシダンス・コレグラフィックに参加することが多いですね。踊る作品は主宰しているイヴォン(・ドゥモル)とジェニファー(・ヴィゾッキ)が決めます。もしどうしても踊りたいという作品があれば、私からお願いするでしょうけど、今のところは・・・。よく踊るのは『白鳥の湖』のパ・ド・ドゥ。パートナーはトマ・ドキールです。『ヴェニスのカーニヴァル』やイヴォンの創作も踊ります。ユージェニー・ドゥリオン(カドリーユ)が2018年に作ったIndépendance (アンデパンダンス)というグループが中国でガラを開催したときは、ボーイフレンドのイザック(・ロペス・ゴメス)と『白鳥の湖』を踊りました。このグループはエジプトでも公演があって、カイロのダンサーと一緒にコラボレーションをしました。そのときはグレゴリー・ガイヤール(コリフェ)が作品を創作し、さらにダンサー各人がクラシックのパ・ド・ドゥも踊るというプログラムでした。

Q:機会があればガラに参加するようにしているのですか。

A:はい。なぜってガラは経験を積むのに素晴らしい機会ですから。パ・ド・ドゥを踊ることに慣れる機会だし、観客に接する機会でもあって素晴らしいです。

Q:外部の仕事としては、ジュエラーのショーメのムーヴィーにも出演していますね。

A:はい。バッグやジュエリーの広告とかファッション撮影とか、時々しています。せっかく声をかけてくれるのだから・・・。ショーメはグレゴリー・ガイヤールが私の名前をキャスティングに加えてくれて、ビデオを送った結果、マルク・モローと二人で出演することになったんです。グレッグ(グレゴリーの愛称)が素晴らしい振付をしてくれて、1日がかりの撮影でしたが面白い仕事でした。

Q:これまで来日経験はありますか。

A:プライヴェートで東京、京都、奈良、広島、宮島などを旅しただけです。学校では私がいた時代は日本へのツアーはなかったので、仕事で行くのは来年の2月が初めてとなります。とっても楽しみです。

Q:来日中、時間あったら何がしたいですか。

A:ツアーの間は時間がないと思うので、終わった後1週間くらい日本に残って旅をしてみたいですね。友人が白い砂浜の楽園のような素晴らしい島があるって教えてくれたのだけど、3月はきっと島に行くシーズンじゃないでしょうね。東京にはまだまだ見るべきところがたくさんあるので、東京での滞在を続けるかもしれません。

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