今日のダンスと能の伝統が渾然となったパリ・オペラ座バレエの『鷹の井戸』

ワールドレポート/パリ

三光 洋 Text by Hiroshi Sanko

Ballet de l'Opara national de Paris パリ・オペラ座バレエ団

"At the Hawk's Well" Hiroshi Sugimoto, Alessio Silvestrin
"Blake Works I" William Forsythe
『鷹の井戸』杉本博司: 演出 アレッシオ・シルヴェストリン:振付
『ブレイク・ワークスI』ウイリアム・フォーサイス:振付

ガルニエ宮の2019・20年シーズンの開幕公演は杉本博司演出、アレッシオ・シルヴェストリン振付の『鷹の井戸』とウイリアム・フォーサイス振付の『ブレイク・ワークス I 』のダブルビルだった。
日米を拠点に活躍してきた写真家杉本博司が演出した『鷹の井戸』には上演前、大きな期待が集まっていた。杉本は2018年にオーレリー・デュポンをダンサーにして撮影した映画『ブリージング』をパリ・オペラ座のインターネットサイト「La 3ème Scène」に発表している。

OPB-At-The-Hawks-Well--04---Hiroshi-Sugimoto-Hugo-Marchand--C-Julien-Benhamou.jpg

『鷹の井戸』photo/Julien Benhamou

OPB-At-The-Hawks-Well--05-Hugo-Marchand--c-julien-Benhamou.jpg

『鷹の井戸』photo/Julien Benhamou

今回の新作はアイルランドの神秘主義の詩人ウィリアム・バトラー・イェイツが能に触発されて書いた劇作『鷹の井戸』が原作だ。
あらすじは「ケルトの王子クーフリン(杉本博司の新作では若者)が不死の水が沸く井戸を訪れる。しかし、井戸を守っている鷹姫に惑わされ、結局神秘の水を飲むことなく死に向かって旅立つ」という、簡素で寓意性に富んだものだ。

今回の新作には三人のソロダンサー(鷹姫、若者、老人)と十二人のコール・ド・バレエが登場した。空のオーケストラピット(井戸)上に木の仮設舞台が配され、舞台奥からの橋掛かりにつながっている。舞台の後ろ側は白い半円形の半透明のスクリーンになっていて、ダンサーたちが通り過ぎると影絵になって見える。
リック・オーエンスがデザインした衣装はコール・ド・バレエは全員がユニセックスの黒服、ソリスト三人は照明を反射するラメを素材にした派手なもので、「スター・トレック」のようなSF映画を思わせた。
杉本博司が考案した照明はストロボを多用していて、しばしば強く目を射たが、後でよく見るとプログラムに「癲癇症の方には危険」という注が小さく付いていた。

OPB-At-The-Hawks-Well--1-c-Ann-Ray.jpg

『鷹の井戸』photo/Ann Ray

OPB-At-The-Hawks-Well--2--c-Ann-Ray-Tetsunojo-Kanze-c-Ann-Ray.jpg

『鷹の井戸』photo/Ann Ray

40分の作品はコール・ド・バレエのダンサーたちが照明を落とした舞台の背後に影絵になって映し出されるところから始まり、やがて長い白髪と顎髭を垂らしたオードリック・ブザールによる老人がソロを演じ、次いでアクセル・マリアーノが扮した若者が若さにあふれる動きを見せた。唯一巨大な羽をつけた赤い衣装であらわれたアマンディーヌ・アルビッソンが切れ味のよい動きで鷹姫に扮したが、演技はわずかな時間に限られていた。
振付を担当したのはかつてベジャールやフォーサイスのバレエ団で踊っていたアメリカ人アレッシオ・シルヴェストリンだった。「現在のダンスの多様性と能の伝統について考察を重ねた」とプログラムノートにはあり、最後の十分間だけ梅若紀彰が白いまばゆい照明の元で登場したが、唐突な感じは否めず、コンテンポラリー・ダンスに能を無理に接ぎ木をした印象は拭えなかった。
視覚的にきれいな場面があったものの、ダンスの作品として何らかの新しさや面白みが感じられなかったのは残念だった。

OPB-At-The-Hawks-Well-01---c-Ann-Ray-Hugo-Marchand.jpg

『鷹の井戸』photo/Ann Ray

OPB-At-The-Hawks-Well-02-c-Ann-Ray--Tetsunojo-Kanze-Hugo-Marchand.jpg

『鷹の井戸』photo/Ann Ray

OPB-At-The-Hawks-Well--03--c-Ann-Ray-Ludmila-Pagliero.jpg

『鷹の井戸』photo/Ann Ray

休憩後はウイリアム・フォーサイスが2016年に振付けた『ブレイク・ワークスI』だった。フォーサイスは今回の再演にも来仏し、再度指導を行った。ジェームス・ブレイクの軽い曲に乗って、のびやかなユゴー・マルシャン、息の良く会ったレオノール・ボーラックとフロラン・メラック(「カラー・イン・エニーシング」)、長足の進歩を遂げつつあるビアンカ・スキュダモアといったダンサーたちが生き生きと舞台を飛び回って、わずか30分間ながらようやくダンス公演を見ることができた。
(2019年10月2日 ガルニエ宮)

OPB-Blake-Works-01--c-Ann-Ray-Jeremy-Loup-Quer-et-Florent-Melac--c-Ann-Ray--3341.jpg

『ブレイク・ワークスI』photo/Ann Ray

OPB-Blake-Works-03---c-Ann-Ray--Sylvia-St-Martin.jpg

『ブレイク・ワークスI』photo/Ann Ray

OPB-Blake-Works-02--c-Ann-Ray-Marion-Barbeau-et-Florent-Melac.jpg

『ブレイク・ワークスI』photo/Ann Ray

OPB-Blake-Works-04---c-Ann-Ray-Paul-Marque.jpg

『ブレイク・ワークスI』photo/Ann Ray

OPB-Blake-Works-I--c-Ann-Ray.jpg

『ブレイク・ワークスI』photo/Ann Ray ※当日の写真ではありません

『鷹の井戸』(世界初演)
原作 ウイリアム・バトラー・イェーツ『鷹の井戸』(戯曲)
演出・装置・照明 杉本博司
オリジナル音楽 池田亮司
振付 アレッシオ・シルヴェストリン
衣装 リック・オーエンス
ヴィデオ 徳山友長
配役(10月2日)
鷹姫 アマンディーヌ・アルビッソン
若者 アクセル・マリアーノ
老人 オードリック・ブザール
能役者 梅若紀彰

『ブレイク・ワークス I』
音楽 ジェームス・ブレイク
振付・装置 ウイリアム・フォーサイス
衣装 ウイリアム・フォーサイス ドロテ・マーグ
照明 ウイリアム・フォーサイス タニア・リュール
配役(10月2日)
「フォレスト・ファイヤー」 レオノール・ボ―=ラック、ビアンカ・スキュダモア、ホヒュン・カン、ユゴー・マルシャン、ポール・マルク、フロラン・メリック他
「プット・ザット・アウェイ」
シルヴィア・サン=マルタン、カミーユ・ボン、アントワーヌ・キルシャー
「カラー・イン・エニーシング」
レオノール・ボーラック、フロラン・メリック
「アイ・ホープ・マイ・ライフ」
レオノール・ボーラック。ホヒュン・カン、ユゴー・マルシャン、フロラン・メラック、その他の全員
「ウエーヴズ・ノウ・ショワーズ」
エロイーズ・ジョックヴィール、フランチェスコ・ムーラ、アンドレア・サーリ、ビアンカ・スキュダモア 他
「ツゥー・メン・ダウン」
ユゴー・マルシャン、ポール・マルシャン、アントワーヌ・キルシャー 他
「フォーエヴァー」
ホヒュン・カン、フロラン・メラック

記事の文章および具体的内容を無断で使用することを禁じます。

ページの先頭へ戻る