アルビッソンの『カルメン』デュポン&ブリヨンの新作『アナザー・プレイス』ほか、今シーズンの最後はマッツ・エックのトリプルビル
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ワールドレポート/パリ
三光 洋 Text by Hiroshi Sanko
Ballet de l'Opara national de Paris パリ・オペラ座バレエ団
"Carmen" "Another Place" "Bolero" Mats Ek
『カルメン』『アナザー・プレイス』『ボレロ』マッツ・エック:振付
ガルニエ宮の2018・19年シーズンの閉幕公演はマッツ・エック振付作品のトリプルビルで、6月22日から7月14日まで行われた。
マッツ・エックは70歳を迎えた2015年に最早新たな振付は行わないと発表し、2016年1月に本欄でも紹介したシャンゼリゼ歌劇場のトランサンダンスシリーズの「黒から青へ」と題した夕べでさよなら公演を行った。しかし、オーレリー・デュポンオペラ座バレエ監督の懇請を受けて、新作二本と1992年にストックホルムでクルべリー・バレエ団により初演された『カルメン』の三本の夕べを組んだ。
アマンディーヌ・アルビッソン © Ann Ray
公演は、初演ではエックの妻アナ・ラグーナが踊り、新しい自由な女性像によって当時の観客に衝撃を与えた『カルメン』で始まった。今回のガルニエ宮でのシリーズのカルメンはアマンディーヌ・アルビッソンとエレオノーラ・アバニャートの二人だった。当日は第1キャストのアルビッソンだった。床に向けてまっすぐにのばされた手、曲げられた足、といった独特の動きからエックの振付だとすぐわかる。ダンサーたちが大声を出すことで街頭の雰囲気を醸し出すという、バレエでの禁じ手も使われていた。扇を様式化した文様を使った装置はすっきりしていて効果的だった。衣装もカルメンの鮮烈な赤のドレスをはじめ、スペインらしい色調が使われた。
フロリアン・マニュネがあまりぱっとしない動きによって影の薄いドン・ホセの性格を的確にとらえ、ユゴー・マルシャンが大柄な身体を活かして闘牛士エスカミーリョに力強いイメージを与え、セヴリーヌ・ヴェスターマンに代わったミュリエル・ジュスペルギもミカエラらしい風情を漂わせた。
それだけに、アマンディーヌ・アルビッソンが振付家の指示に従ってきちんとした動きを見せたものの、宿命の女に欠かせない官能性が感じられなかったのが惜しまれた。舞台写真を見るだけでも、第2キャストのエレオノーラ・アバニャートの身体からはジプシー女の香りが立ち上っている。踊りも容貌も整って優雅なアルビッソンが役柄に合っていたかどうか、疑問が残った。オニール八菜が女性たちの一人として元気な舞台姿を見せてくれたことも付け加えておきたい。
© Ann Ray
© Ann Ray
ユゴー・マルシャン © Ann Ray
エレオノーラ・アバニャート(他日公演)© Ann Ray
©Ann Ray
ミュリエル・ジュスペルギ © Ann Ray
休憩後の後半はまず新作『アナザー・プレイス』で始まった。ステファン・ブリヨンとオーレリー・デュポンによる33分の長いパ・ド・ドゥがスタファン・シェヤが弾くフランツ・リストの「ピアノソナタイ短調」に乗って踊られた。女性が男性のめがねを拭いたり、男性が女性のお尻を嗅いだり、男性が舞台端から空のオーケストラピットに飛び降りたり(観客ははらはらして、平土間から立ち上がってのぞきこんだ人もいた)、さまざまな変化に富んだ場面が繰り広げられた。舞台は裸だったが、テーブル、途中からはじゅうたんが置かれ、男性がぐるぐる巻きになって姿を消し、その上に女性が飛び乗った。ブリヨンとデュポンが一つ一つの動きをていねいに演じ、二人の周囲に次第にそれとなく寂寥がにじみ出た。デュポンが引退後もトレーニングをつづけ、身体能力に衰えがないのは立派なことだが、女性のエトワールが数多い現状であえて出演したことに対して、初日には客席からカーテンコールでブーイングが飛ばされていた。
『アナザー・プレイス』のラストは、舞台奥の扉が解放されて、後方のフォワイエ・ド・ダンスが姿を現し、二人が華麗な空間に目をやっている印象的な場面だった。
ステファン・ブリヨン © Ann Ray
© Ann Ray
© Ann Ray
オーレリー・デュポン、ステファン・ブリヨン © Ann Ray
ニコラス・エック © Ann Ray
その後、数分間の間に舞台中央奥に浴槽が置かれた。最後の『ボレロ』。「デフィレ」はラヴェルの音楽のリズムに合わせて、マッツ・エックの弟のニクラス・エックが桶を手にして、水を袖から浴槽まで往復して運ぶ。周囲には二人、三人、それ以上の人数でかたまったダンサーたちが行き来しているが、ニクラス・エックの演じる老人はそれに気を取られることなく、淡々と単調な「作業」を繰り返し続ける。人間の仕事が規則的な繰り返しに過ぎないこと、その営みの儚さが肌で感じられる舞台となった。最後には水が一杯になった浴槽に老人がドボンと飛び込んで終わった。
こうした場面を見ていると、かつてホセ・マルティネスが母親を演じたガルシア・ロルカの戯曲による『ベルナルダの家』やニコラ・ル・リッシュが主役を演じ、テレビやソファー、冷蔵庫を使って日常生活を活写した『アパルトマン』、ヒロインが精神病院に入る『ジゼル』、2015年1月にスウェーデン王立バレエ団の引越公演で木田真理子がヒロインを演じた『ジュリエットとロメオ』といったエックの作品が脳裏に蘇ってきた。
最後のカーテンコールでは客席をうめた観客と出演ダンサーから振付家に暖かい拍手が送られた。
(2019年6月23日 ガルニエ宮)
© Ann Ray
© Ann Ray
© Ann Ray
© Ann Ray
『カルメン』(レパートリー入り)(1992年ストックホルム・ダンス会館でクルベリー・バレエにより初演)
音楽 ビゼー、ロデオン・シェチェドリン
振付 マッツ・エック
装置・衣装 マリー=ルイーズ・エクマン
照明 ユルゲン・ヤンソン
振付助手 アナ・ラグーナ
リハーサル指導 ラフィ・サディ、ポンペア・サントロ
配役(6月23日)
カルメン アマンディーヌ・アルビッソン
ドン・ホセ フロリアン・マニュネ
エスカミーリョ ユゴー・マルシャン
M(ミカエラ) ミュリエル・ジュスペルギ
中隊長 オーレリアン・ウエット
ジプシー アドリアン・クーヴェーズ
エヴ・グランステン、オニール八菜、カロリーヌ・バンス、オーレリア・ベレ、イダ・ヴィイキンコスキー、ヴィクトワール・アンクティル、レティツィア・ガローニ、ニノン・ロー、アクセル・イボ、ダニエル・ストークス、マチュー・コンタ、イヴォン・ドゥモル、アレクサンドル・ガス、ミカエル・ラフォン、ジュリアン・ギユマール
『アナザー・プレイス』(世界初演)
音楽 フランツ・リスト「ピアノソナタロ短調」
振付 マッツ・エック
装置・衣装 ペダー・フレイユ
照明 エリック・ベルグルント
ピアノ スタファン・シェヤ
振付助手 アナ・ラグーナ
ダンサー オーレリー・デュポン、ステファン・ブリヨン
『ボレロ』(世界初演)
音楽 ラヴェル
振付 マッツ・エック
装置・衣装 マリー=ルイーズ・エックマン
照明 エリック・ベルグルント
振付助手 青山真理子
ダンサー
マチュー・ボット、アレクサンドル・ボッカラ、アリス・カトネ、ヤン・シャイユー、ニクラス・エック、ジョルジオ・フーレス、レティツィア・ガローニ、マリオン・ゴーチエ・ド・シャルナセ、シャルリーヌ・ギーゼンダンナー、アントワーヌ・キルシャー、イサーク・ロペス=ゴメス、フロラン・メラック、アクセル・マリアーノ、アントナン・モニエ、マルク・モロー、カロリーヌ・オズモン、ファヴィアン・レヴィヨン、ソフィア・ロゾリーニ、ロクサーヌ・ストヤノフ、ニコラウス・テュドラン、リディー・ヴァレイユ、セオフー・ユン
演奏 ジョナサン・ダーリントン指揮 パリ国立オペラ座管弦楽団
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