シェルカウイ、マルコ・ゲッケ、リドベルクによる、コンテンポラリー・ダンスのトリプルビル

ワールドレポート/パリ

三光 洋 Text by Hiroshi Sanko

Ballet de l' Opéra national de Pari パリ・オペラ座バレエ団

"Faun" Sidi Larbi CHERKAOUI, "Dogs Sleep" Marco GOECKE , "Les Noces" Pontus LIDBERG
『牧神』シディ・ラルビ・シェルカウイ:振付 『犬の眠り』マルコ・ゲッケ:振付 『結婚』 ポンチュス・リドベルク:振付

2月5日から3月2日までパリ・オペラ座バレエ団はコンテンポラリー・ダンスのトリプルビルを取り上げた。

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© Opéra national de Paris/Ann Ray

一作目はシディ・ラルビ・シェルカウイ振付の『牧神』だった。ニジンスキーの振付との大きな違いは、登場人物が牧神とニンフの二人に絞られていることだ。(ジェローム・ロビンズ振付では男女二人のダンサー)薄闇の中で牧神役のマルク・モローが踊り出し、やがてドビュッシーの音楽が途切れてニンフ役のジュリエット・イレールの姿が現れると共に、照明が明るくなって背景に森の映像が浮かび上がった。そして時折、森の木々の周囲には蛍を思わせる小さな光が舞っていた。これ以後、ニティン・ソーニン作曲の東洋風の音楽とドビュッシーの「牧神の午後への前奏曲」とが交互に流れた。
二人のダンサーはうねるような曲線を描きながら惹かれ合い、相手にそっと触れ、身体を重ね合わせたり、絡み合ったりして、官能的な雰囲気が周囲に広がっていった。しかし、二人のダンサーの熱の入った踊りにも関わらず、シェルカウイの振付からはニジンスキーやロビンズの作品で感じられた濃密な感じはもう一つ感じられなかった。それはやはりドビュッシーの音楽が中断され、全く趣向の異なる音楽が挿入されたことで、音楽が喚起するインパクトが薄れるとともに、作品としての統一感が失われてしまったからだろう。

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© Opéra national de Paris/Ann Ray

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© Opéra national de Paris/Ann Ray

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© Opéra national de Paris/Ann Ray
(写真は当日公演の写真ではありません)

二作目は1972年ヴッパタール生まれのドイツ人振付家マルコ・ゲッケの新作『犬の眠り』だった。手や腕を病的に震わせたり、腕をねじる動作が繰り返される。シェルカウイのなめらかな動きとは正反対でぎくしゃくしているのが特徴だ。他の振付家にはない動きが目新しいことは確かだが、見ていて美しいものではなく、次第に気持ちが滅入ってきた。舞台は終始薄い闇に包まれ、ダンサーの顔もはっきりとは見えない。舞台の下方には霧が立ち込めて、ダンサーの足やつま先はほとんど見えない。手や腕をはじめとする上半身の動きを集中的に見させようとしているようだった。武満徹、ドビュッシー、ラヴェル、サラ・ヴォーンと多様な音楽が使われていたが、音楽とダンサーの動きとの間にはこれといった関連はなかった。照明や霧の効果もあいまって独特の不可思議な世界が生まれていた。ダンサーたちが時として変な声を出したり、鳥の羽ばたく音が聞こえたりし、最後は「ゆっくり眠りなさい Dormez bien !」という言葉が聞こえて終わった。

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© Opéra national de Paris/Ann Ray

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©Opéra national de Paris/Ann Ray

(写真は当日公演の写真ではありません)

最後に演じられたのはストラヴィンスキーのバレエ音楽『結婚』をバックにした、スウェーデンの振付家ポントゥス・リドベルクの新作だった。リドベルクはロシアの婚礼ではなく、同性愛カップルも登場させることで、21世紀のカップル像を描こうとした。多くの男女が入り乱れ、シュニッツラーの戯曲『輪舞』のように、次つぎに別の相手との新しい組み合わせが生まれていった。相手を追いかけたり、出会いからカップルが生まれたり、やがて別れが訪れたりと目まぐるしかったが、若手ダンサーたちのはつらつとした演技に対して観客からは大きな拍手が送られた。その中でタケル・コストが他のダンサーとはちょっとテンポの違う動きによって不思議な存在感を放っていたのが目に付いた。
(2019年2月18日 ガルニエ宮)

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© Opéra national de Paris/Ann Ray
(当日公演の写真ではありません)

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© Opéra national de Paris/Ann Ray

『牧神』
音楽 ドビュッシー 「牧神の午後への前奏曲」(1894年)
追加音楽 ニティン・ソーニン
振付 シディ・ラルビ・シェルカウイ(2017年9月21日パリ・オペラ座バレエ団レパートリー入り)
衣装 フセイン・シャライアン
照明 アダム・カレ
ダンサー ジュリエット・イレール、マルク・モロー
『犬の眠り』
音楽 武満徹「弦楽のためのレクイエム」(抜粋)、ドビュッシー「ノクターン」第2楽章「祭り」、ラヴェル「高貴で感傷的なワルツ」第2楽章、サラ・ヴォーン「パリの春」
振付 マルコ・ゲッケ
装置 トーマス・ミカ(マルコ・ゲッケのプランによる)
衣装 マルコ・ゲッケ、ミカエラ・スプリンガー
照明 ウド・ハーバーランド
ダンサー エミリー・コゼット、エロイーズ・ブルドン、セ・ウン・パク、フロリアン・マニュネ、マルク・モロー、アルチュス・ラヴォー、ファビアン・レヴィヨン
『結婚』(世界初演)
音楽とテキスト ストラヴィンスキー(1923年)
振付 ポントゥス・リドベルク
装置・衣装 パトリック・キンモンス
照明 ベルトラン・クーデルク
歌手 ソプラノ マリアンヌ・クルー  アルト コルネリア・オニチユー テノール トマ・ムサール バス アンドリー・グナチウク
ピアノ エレナ・ボネ、ミシェル・ディトラン、ヴェッセラ・ペルフスカ、ジャン=イヴ・セヴィエット
マチュー・ロマーノ指導 アンサンブル・アエデス合唱団
ダンサー オーレリア・ベレ、リディ―・ヴァレイユ、オーレリアン・ウエット、アントワーヌ・キルシャー、タケル・コスト、ジュリアン・ギユマール
カロリーヌ・バンス、ロクサーヌ・ストヤノフ、セヴリーヌ・ヴェスターマン、アワ・ジョアニデス、ニノン・ロー、ソフィア・ロゾリニ
ダニエル・ストークス、イヴォン・デュモル、シモン・ル・ボルニュ、ジョルジオ・フーレス、チュン・ウィン・ラム、イサック・ロペス=ゴメス
ヴェロ・ペーン指揮 パリ・オペラ座管弦楽団

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