パリ・オペラ座ダンサー・インタビュー:マチュー・ガニオ

ワールドレポート/パリ

大村 真理子(在パリ・フリーエディター) Text by Mariko OMURA

Mathieu Ganio(マチュー・ガニオ)エトワール

12月上旬、『Mathieu Ganio vu par Michel Lidvac』(LE QUAI/MICHEL DE MAULE刊/ 49ユーロ)と題された1冊が発売された。ダンスを撮影し続けて45年という写真家ミッシェル・リドヴァックが撮影した、マチュー・ガニオ自身の意見も反映されて選ばれた200点近い舞台写真が収録されている。彼の14年間のエトワールとしてのキャリアを辿ることができる豪華本ではあるが、オペラ座のレパートリーからの33作品の美しい舞台写真は、バレエファンたちにステージの感動を蘇らせるものだ。オペラ座のブティック、パリ市内の書店で販売されている。

オペラ座の今年の年末公演はオペラ・ガルニエで『椿姫』、オペラ・バスチーユで『シンデレラ』である。過去に両作品とも踊っているマチューだが、今回は『椿姫』に配役された。ファースト・キャストでパートナーは、初役でマルグリット・ゴティエ役に取り組むレオノール・ボーラックだ。エトワールとすでに長いキャリアを持つ彼だが、新しい作品に配役されるだけでなく、踊りこなれた作品も新しいパートナーを迎えることで、新しい冒険を続けている。日本での公演も今年は3回。1月に日本で初めて『トリスタンとイゾルデ』を踊り、夏はワールド・バレエ・フェスティルにドロテ・ジルベールと参加し、さらにステュットガルト・バレエ団のジャパンツアーにゲスト出演し、バレエ団のエリザ・バデネスと『オネーギン』を踊った。昨年同様、2018年も彼にとって実り多い年だったようだ。

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photo Svetlana Loboff/ Opéra national de Paris

Q:出来上がった本を手にとった時、どう感じましたか。

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『Mathieu Ganio vu par Michel Lidvac』の表紙

A:すごくうれしかったですね。写真のリサーチやセレクション、レイアウトの相談などといった準備にけっこうな時間をかけた規模の大きなコラボレーションでしたから。そうして完成した本を手にしたときは、誇らしく感じたし、それに感動もありました。このように立派な作品を持てることができたのは、とても幸運なことだと思います。

Q:この本はどんな経緯で生まれたのですか。

A:本に序文を寄せている、作家クリスチャン・ドゥメ=ルヴォウスキのアイディアで始まったプロジェクトでした。ある時、 僕の本を作りたいのだけど、と彼からコンタクトがあって、とっても驚いたんです。なぜって僕は彼を知らなかったし、それにマリ=アニエス・ジロやドロテ・ジルベールたちのように僕はメディアで紹介されているわけでもなく、ダンスの世界の外で特に何かをしてるわけではないので・・。それだけに彼が僕にこうして興味を持ってくれたというのは、うれしいことですね。

Q:ミッシェル・リドヴァックだけの写真で構成するというのも、クリスチャンのアイディアだったのですか。

A:クリスチャンが最初に考えたのは僕のダンスの写真集ということでした。でも複数のカメラマンの写真をまとめるより、ミッシェルの写真だけで、と話し合いを初めてすぐに決まったのです。というのも、つい先ごろも『椿姫』の通し稽古の撮影に来ていたように、ミッシェルは僕のキャリアをずっと追ってくれている写真家です。本を見るとわかりますけど、僕の学校公演の『コッペリア』も彼は撮影しています。それに僕の記憶にはないけれど、小さな頃に母と舞台を一緒にした『マ・パヴロヴァ』の写真も彼は撮っているんですよ。

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カメラマンMichel Lidvacと

Q:ミッシェルの仕事を意識したのは、いつ頃ですか。

A:ダンサーとしてポートレートなどの必要を感じたときに、イザベル・シャラヴォラ(オペラ座エトワール、2014年引退)が、ミッシェルを推薦してくれました。カドリーユかコリフェの頃だったかな。それで彼が僕のポートレートや僕とイザベルの二人を撮影し、そんなことから彼は僕が踊る時に舞台を撮影しに来るようになって・・・。彼は僕がエトワールに任命された2004年の『ドン・キホーテ』の舞台も、写真に残してくれているんですよ。

Q:彼の写真家としての仕事について、どのように見ていますか。

A:彼ならではのスタイルがあり、写真から放たれる独特の雰囲気があります。 ダンスの写真家としてのキャリアが長く、大勢の偉大なダンサーたちの舞台を過去にたくさん撮影しています。彼の写真のアーカイブは信じられないほどの凄い内容ですよ。彼にダンスの経験があるのかは知りませんが、ダンスの通です。シャッター・チャンスも心得ていて、ソーを始めとした動きのベストの瞬間を彼はしっかりと捉えてくれます。ダンス、そしてダンサーへのレスペクトがあるので、表情、そして足のポジションにも目を光らせて写真を選んでくれます。

Q:キャリアをまとめた1冊を見て、何か思うことはありましたか。

A:完成した本を見た時ではなく、準備中にありました。過去に踊った作品を思い出し、写真を見て選ぶという作業は、自分のキャリアを振り返る機会となりました。

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『Mathieu Ganio vu par Michel Lidvac』より

Q:ノスタルジーを感じましたか。

A:もう二度と一緒に踊れないパートナーについて、確かにノスタルジーを感じましたね。彼女たちと過ごした素晴らしい時間、稽古で協力しあったことや共に踊った舞台の思い出・・・彼女たちへの強い思いがあり、それから驚きもありました。ミッシェルは僕が踊ったすべてを撮影しているわけではないにしても、彼が撮影した写真を見直して、これほどの作品を踊るチャンスに恵まれていたのか !  これほどヴァリエーションに富んだレパートリーを踊っていたのか !  と驚かされました。1つの作品が終わると、次の作品にとりかかって、また過去の作品を踊りなおして、という日々の中では、こうしたことに気がつく余裕がなかったので・・・。

Q:この本は踊ったすべての作品が含まれているわけではないのですね。

A:はい。あいにくと僕の日本での公演をミッシェルは一度も撮影していませんし、オペラ座でのリハーサルにしてもカメラマンが入れる時に僕が配役されてないこともあったり、僕が踊る時に彼の都合が悪かったりして・・。でも大部分の作品は撮影されていて、ここに収められているので満足しています。もし僕が踊ったすべてのバレエを彼が撮影していたら、1冊にはまとめきれなかったでしょうね。この本のための写真のセレクションは、膨大な量からなので本当に大変だったんですよ。それに選んだ写真から、さらに多くを減らす必要があって・・。『マノン』『オネーギン』などはスタジオの稽古から含めて彼は撮影してるので、それだけで本が1冊作れるくらいの材料があるんですよ。

Q:それは新たな本のアイディアといえませんか。

A:もし誰かが興味を持ってくれて実現したら、それは嬉しいことですね。

Q:デヴィッド・ホールバーグが自伝を出版したそうですが、あなたにはいかがですか 。

A:僕のダンスの道のりは、特別に変わったものではないので、本に書くに値するほど興味深いものとは思いません。とりわけ人の興味をひくとは思わないし、それに僕は本を書くほどの文才がないから、誰か作家に助けてもらわなければならないでしょうし・・・。今の時点では自伝というのは、考えたことがありません。もっと後になってからは、わかりませんけど。それに、もしかすると、書きたいという欲が僕に生まれるかもしれないし。

Q:今月はガルニエ宮で『椿姫』の公演です。新しいパートナーと踊ることはどのような作用がありますか。

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「椿姫」photo Svetlana Loboff/ Opéra national de Paris

A:最初、難しいだろうってなって実は思ってたんです。『椿姫』は過去のパートナーたちと本当に素晴らしい体験をしていて、舞台の上でも舞台の外でも息のあうパートナーたちと踊った思い出があるので、この作品について良い思い出を保ち続けたいと願っています。この作品のパ・ド・ドゥはパートナーとの間にたくさんのやりとりがあり、気のあうパートナーでないと難しい。今回のパートナーにレオノールだと決まったときに、彼女のことはよく知らないし、それに彼女はまだ若いのでパートナーの自分が年寄りにみえてしまうのも嫌だななどと、いろいろと心の中で思うことがありました。このようにリハーサルが始まる前は上手くゆくだろうかって不安があったのだけど、嬉しい驚きが待っていたんです。彼女と僕はとっても気があうことがわかりました。彼女はとても仕事熱心。とても優しくて、とても知的な女性なんです。ダンスだけという暮らしではなく、彼女は日常のことにもしっかりと目を向けていて、人間的にも興味深い女性です。レオノールと踊ることによって、僕はこの作品を初めて踊ったときのようなモティヴェーションを再び見出し、新しい息吹を感じ、まったく新しい物語を生きているという気がしています。過去の良い思い出は一生涯忘れることはないけれど、でも彼女をパートナーに得て、新しいことを美しく描くことができている。そう感じています。

Q:彼女の解釈によって、新しいマルグリットの面を見出したということはありますか。

A:それは彼女に限ることではありません。パートナーの誰もが皆それぞれ自分の個性をマルグリットに吹き込んで踊っていますからね。僕は毎回自分の前にいるマルグリットに順応させて踊っているのです。

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「椿姫」photo Michel Lidvac/ Opéra national de Paris

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「椿姫」photo Svetlana Loboff/ Opéra national de Paris

Q:過去においては年上のパートナーと踊ることが多かったのが、最近では逆のケースが増えていますね。

A:自分より若いダンサーと踊ることによって、これまでとは異なる視点を僕は得ることができるんです。これは面白いですよ。心配していても、結果としては新しい体験を楽しんでいる。過去に踊った作品を新しい若いダンサーたちと踊ることに、今やすっかり準備ができています。今のオペラ座には僕より若く、才能溢れる女性ダンサーたちが大勢います。彼女たちはダンサーのキャリアという面だけでなく、一人の女性としての生活においてもとてもモダーン。こうした若い同僚たちと、ダンス以外のことでも語る機会を持てるのは快適な時間となりますからね。

Q:今年は新しいパートナーだけでなく、外のカンパニーで踊る機会もありましたね。

A:はい。オペラ座から出て行き、よそのカンパニーで踊るというのは常に豊かで実り多い経験となります。他国の文化、習慣と違うやり方、別の仕事の仕方といったことに自分を付き合わせることになって面白い。これはオペラ座、そして他所のカンパニーについて良い面、悪い面を知る機会でもあります。さらに生活そのものについても、それは言えます。他所のカンパニーで深みのある経験をすることは、アーティストとしての自分にもたらしてくれることがとても多い。ダンスへの愛と喜びが増すばかり、と言えます

Q:過去にも他所のカンパニーで全幕作品を踊っていますね。

A:はい、デンマークでは『エチュード』。マリインスキーでは『ドン・キホーテ』、そして『ジゼル』ですね。『ジゼル』はミハイロフスキーでも。それに日本でも・・。

Q:東京で公演のあったシュツットガルト・バレエ団の『オネーギン』では、まずシュツットガルトで稽古を積んでから、カンパニーと一緒に訪日したそうですね。

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「オネーギン」photo Hidemi Seto
パートナー エリザ・バデネス(シュツットガルト・バレエ団)

A:はい。このカンパニー、僕は大好きです。バレエ団のダンサーもスタッフも僕を歓待してくれました。親切な人ばかり。シュツットガルトの街はとても感じが良くて、気持ち良く滞在ができました。パリに比べると小さな街で、なにかと便利です。滞在したのは10月末で過ごしやすい気候で、公園も美しい時期で・・・。ガラに参加するときはパリから出かけて行って、舞台で踊って、すぐにパリに戻るという滞在となるけれど、今回はバレエ団の人たちともゆっくり話をする機会にも恵まれ、ホテルと稽古場との行き来の中で、自分なりのちょっとした習慣も生まれたりして良い滞在ができました。

Q:シュツットガルト・バレエ団のレパートリーには、『オネーギン』以外にもオペラ座と同じ作品がありますか。

A:はい。『椿姫』ですね。それから、ヴァージョンは違うけれど『白鳥の湖』とか・・。シュツットガルト・バレエ団に関わらず、最近は大きなカンパニーではどこも同じような作品を踊るようになっていて、レパートリーのグローバリゼーションが見られますね。もし再びシュツットガルト・バレエ団に招かれることがあったら ? もちろん喜んで行きます !!

Q:『オネーギン』でパートナーを務めたプリンシパルのエリザ・バデネスと、機会があったら踊ってみたいと思う作品はありますか。

A:うーん、わかりません。特に何かというのではなく、僕は彼女のことは人間的にとても好きだし、パートナーとして信じらないほど素晴らしいダンサーなので、もし彼女が何かのバレエで僕を必要だというのなら、躊躇うことなく僕は踊りに行きますよ !!

Q:シュツットガルト・バレエ団の仕事を見て、オペラ座と比べることもありましたか。

A:オペラ座バレエ団は150名強のとても大きな組織です。シュツットガルト・バレエ団は60名程度。規模が異なるので、比較は難しいですね。例えばパリからニューヨークに行くと、ああニューヨークはこれがいい、パリはこれがいいとなるけれど、だからといってパリはニューヨークになれないように、2つのカンパニーについても同じことがいえます。

Q:今年の世界バレエフェスティバルではプログラムのAとB、そしてガラまでと初のフル参加でした。1つのプログラムだけの参加の過去と、何か違いを感じましたか。

A:いいえ。ダンサーには同じ顔ぶれもいるけれど、毎回が決して同じ構成ではなく、回ごとに異なることなので・・・。世界バレエフェスティバルというのは部分参加でもフル参加でも、良い経験ができることには変わりがない貴重なものなんです。

Q:最終日のガラの後のファニー・ガラでは、『眠れる森の美女』の祝宴のシーンのパロディを国籍異なるダンサーたちが、一丸となって見事に作り上げていましたね。

A:そうなんです、僕たちの共通言語はダンスです。それが面白いことなんです。それが素晴らしいことなんです。国も異なるダンサーたちで、バレエを学んだ学校も違うし、各人にそれぞれ踊り方があって、スペシャリティも違うし・・・それでもバレエという同じ言語を持ち、同じことに皆で笑いあえ、自分たちの仕事に同じ視線を向けていて・・・。世界バレエフェスティバルというのは、そうしたことを実践し、確認する機会なんですね。最後のファニー・ガラは、元気になれますよ。その前にあるガラ公演はかっちりと構成されていて、けっこう長い。それに人々が夏休みという時期に僕たちは海外に長期滞在をして、仕事をし続けていて・・・ファニー・ガラではそうしたことから精神的に解放されて、大笑いできます。それにこの準備は、ダンサーたちが互いに近づきになれる機会でもあります。アイディアを交換しあい、一緒に何かを作り上げるというのは、''行って踊って帰る''という普段のガラ公演とはまったく別のことなんです。

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「椿姫」photo Svetlana Loboff/ Opéra national de Paris

Q:2018年は3回来日しています。珍しいことではないでしょうか。

A:おそらく過去にも、そうした年があったように思いますが、1つの国へ1年の間に3回でかけてゆくというのは滅多にないことですね。だけど悲しいことに、たとえ回数多く行ったにしても、いつも同じような場所を行き来しているだけ、と感じています。滞在は余暇のためではなく、時間も限られてるのですから・・。訪れるといいと勧められた場所があっても、仕事で移動する範囲の近くなら可能だけど、ちょっとしたレストランを発見するか、せいぜい展覧会かという程度にいつも終わるのです。東京、日本を発見するという機会にはまだ恵まれていません。

Q:早くも今シーズン最後の「マッツ・エック」プログラムに配役されたことが発表されています。

A:これは、選ばれたことがまず嬉しいですね。というのも、カンパニー全員が参加する大規模なオーディションの結果なのだから。僕は『カルメン』のためのオーディションで、どの役になるかはわからないにしても、その中のどれか1つの役のプロフィールに僕が当てはまる、ということなんですね。この作品はオーディションの前にビデオを見たけれど、舞台は見たことがありませんが興味深い作品です。マッツ・エックと仕事をするのはこれが初めて。ダンス界の天才です。とても要求が厳しいだろうと予測しているし、リハーサルも長時間だろうなと思っています。でも、リハーサル・スタジオでコレグラファーとやりとりをする。これが僕たちの仕事ですから、とても楽しみ。それにアナ・ラグラとも仕事ができる機会なので、待ち遠しいですね。

Q:新しいスタイルに取り組むことへの恐れはありますか。

A:オーディションの結果で配役されるということの利点は、コレグラファーが責任を負う、ということです。ダンサーを信頼して選び、そのダンサーが自分が思う役を出来ると判断しているのですから。もちろんそうして選ばれた僕たちダンサーはコレグラファーに、自分たちはすべてを捧げます。コレグラファーの確信があり、ダンサーがベストを尽くす。こうした結果として良いステージが生まれるわけです。

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