ロビンズへのオマージュ、『ファンシー・フリー』『ダンス組曲』『牧神の午後』『グラス・ピーシズ』が踊られた

ワールドレポート/パリ

三光 洋 Text by Hiroshi Sanko

Ballet de l'Opéra national de Paris パリ・オペラ座バレエ団

Hommage à JEROME ROBBINS ≪ジェローム・ロビンズへのオマージュ≫
"Fancy Free", "A suite of dances", "Afternoon of a faun", "Glass Pieces" JEROME ROBBINS 『ファンシー・フリー』『ダンス組曲』『牧神の午後』『グラス・ピーシズ』 ジェローム・ロビンズ :振付

10月29日から11月14日までガルニエ宮で「ジェローム・ロビンズへのオマージュ」と銘打った4本立て公演が14回行われた。ロビンズ(1918・1998)の生誕百周年と没後20年を記念したシリーズには、エトワールとプルミエール・ダンスールも参加してようやく本格的なパリ・オペラ座バレエ団のシーズンがスタートした。

10月29日と30日には冒頭にロビンズがオペラ座のダンサーたちを振付けている場面をまとめた記録映画が上演され、次いで今年没後150年を迎えたベルリオーズのオペラ『トロイ人』からの行進曲が流れる中、デフィレが行われた。
デフィレでは今年大晦日のヌレエフ振付『シンデレラ』で引退するカール・パケットとマチアス・エイマン、ドロテ・ジルベールに大きな拍手が送られた。寂しかったのはパリに不在のマチュー・ガニオと7月に日本で怪我をしたオニール八菜の姿が見えなかったことだろう。オニール八菜は現在順調にリハビリを進めており、年明けのスペイン公演から復帰する予定だ。

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『ファンシー・フリー』© Opéra national de Paris / Sébastien Mathé

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『ファンシー・フリー』© Opéra national de Paris / Sébastien Mathé

最初の演目はロビンズが最初に振付けた『ファンシー・フリー』。 第2次世界大戦中の1944年のことである。マンハッタンの街路にあるバーで休暇中の海兵隊員三人がビールを飲んでいい気分になる。折から通りかかった二人の若い女性を競って口説こうとする。バーンスタインのジャズ調の音楽を使ったミュージカルタッチのしゃれた作品で、『ウエスト・サイド・ストーリー』を思わせる軽快なテンポが特徴だ。パリ・オペラ管弦楽団を指揮したワレリー・オフシアニコフの棒が冴えて、ダンサーに貴重なエネルギーを与えていた。
このシリーズを二晩見ることができたのは幸運だった。三人の海兵隊員としてはマチュー・コンタ、アドリアン・クーヴェーズ、アクセル・マリアーノの組(11月11日)に若々しい新鮮さは感じられたものの、芸達者なカール・パケット、男性的な色気を感じさせたステファン・ブリヨンに舞台狭しと跳ね回ったフランソワ・アリュの破格のエネルギーが加わったベテランの組(10月29日)に一日の長があった。異なる個性がそれぞれ表情豊かに、絶えず雰囲気が変わる音楽にぴったりと寄り添って、ユーモアと洒脱さにみちあふれたロビンズの処女作が84年の歳月を経ても魅力を失っていないことを見せてくれた。

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『ファンシー・フリー』© Opéra national de Paris / Sébastien Mathé

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『ダンス組曲』© Opéra national de Paris / Sébastien Mathé

これに続いた『ダンス組曲』は一転して、何もない舞台に一人チェリストが座り、バッハの『チェロ組曲』に乗って男性のソロとなった。ロビンズがミハエル・バリシニコフのために1994年に振付けた作品である。パリ・オペラ座ではマニュエル・ルグリ、ニコラ・ル・リッシュといったダンサーが観客の記憶に残っている作品だが、今回マチアス・エイマン、フランソワ・アリュ、ユゴー・マルシャン、ポール・マルクの4人が踊った中で、エイマンとマルシャンを見た。
長身を生かしたマルシャンの演技もすてがたかったが、しなやかで敏捷なエイマンの身体からかもしだされる優雅さは、より一層バッハの音楽と一体となっていた。惜しまれたのはチェリストのソニア・ヴィーダー=アタートンが楽譜と首っ引きで演奏したことで、この作品本来の妙味であるダンサーとチェロ奏者の対話が希薄になってしまったことだった。

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『牧神の午後』© Opéra national de Paris / Sébastien Mathé

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『牧神の午後』© Opéra national de Paris / Sébastien Mathé

三つ目の『牧神の午後』はアマンディーヌ・アルビッソン、ユゴー・マルシャン(10月29日)とミリアム・ウルド=ブラーム、オードリック・ブザール(11月11日)の二組で見た。(残念ながら見られなかったのはレオノール・ボーラック、ジェルマン・ルーヴェの若手エトワールの組み合わせである)
ニジンスキーの古代ギリシャを装置や衣装で表現した世界とは一味違って、同じドビュッシーの音楽を使いながら、ロビンズでは現代のバレエスタジオの男女に置き換えられている。
ウオーミングアップをしながら自分の身体に見とれる男性ダンサーのナルシズムが、マルシャンの視線からは明瞭に感じられた。しばらくして、右奥から女性パートナーがさっと入ってくるが、アルビッソンが冷ややかな色香を見せ、最初は自分にのみ向けられていた視線がやがてマルシャンの視線と絡み合っていった。観客の目には見えない架空の鏡はマルシャンだけでなくブザールにも感じられたが、後者はより野性的で、ロビンズよりもニジンスキーの振付にぴったりではないかと思われた。一方、ウールド=ブラームの内面的でそれとなく欲望を感じさせる繊細な演技は、この作品によく合っているように感じられた。

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『牧神の午後』© Opéra national de Paris / Sébastien Mathé

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『牧神の午後』© Opéra national de Paris / Sébastien Mathé

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『牧神の午後』© Opéra national de Paris / Sébastien Mathé

最後は単純な音型の繰り返しを特徴とする作曲家フィリップ・グラスの音楽をバックに数多いダンサーたちが歩いたり、跳ねたりしながら交錯する中で、時々ソロのヴァリエーションが立ち現れてくる『グラス・ピーシズ』だった。若手のコール・ド・バレエがエネルギーにあふれる動きで非常にモダンな作品に生気を吹き込んだ。リュドミラ・パリエロとオードリック・ブザール(10月29日)、ローラ・エケとステファーヌ・ブリヨン(11月11日)は、いずれも完成度の高い踊りを見せ、甲乙つけがたかった。
性格の異なる4つの作品が並んだ充実した公演は1970年代からパリ・オペラ座をしばしば訪れたロビンズが、オペラ座バレエ団の貴重な遺産となっていることを改めて思い起こさせた。

(2018年10月29日、11月11日 ガルニエ宮)

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『グラス・ピーシズ』© Opéra national de Paris / Sébastien Mathéz

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『グラス・ピーシズ』© Opéra national de Paris / Sébastien Mathé

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『グラス・ピーシズ』© Opéra national de Paris / Sébastien Mathéz

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『グラス・ピーシズ』© Opéra national de Paris / Sébastien Mathé

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『グラス・ピーシズ』© Opéra national de Paris / Sébastien Mathéz

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『グラス・ピーシズ』© Opéra national de Paris / Sébastien Mathé

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『グラス・ピーシズ』© Opéra national de Paris / Sébastien Mathé

『JEROME ROBBINS 「IN HIS OWN WORDS」』(記録映画)
『デフィレ』音楽 ベルリオーズ『トロイ人』第1幕から行進曲(1863年)
構成 アルベール・アヴリーヌ、セルジュ・リファール
『ファンシー・フリー』(レパートリー入り)
音楽 バーンスタイン「ファンシー・フリー」(1944年)
装置 オリヴィエ・スミス
衣装 カーミット・ラヴ
照明 ジェニファー・ティプトン
舞台アドヴァイザー ノエミ・バーガー 
ダンサー(10月29日)
エレオノーラ・アバニャート、アリス・ルナヴァン、オーレリア・ベレ、ステファーヌ・ブリヨン、カール・パケット、フランソワ・アリュ、アレクサンドル・カミアート
(11月11日)
エヴ・グランスタイン、ミュリエル・ジュスペルギ、ロクサーヌ・ストヤノフ、マチュー・コンタ、アドリアン・クーヴェーズ、アクセル・マリアーノ、フランチェスコ・ヴァンタジオ

『ダンス組曲』
音楽 ヨハン・セバスティアン・バッハ『チェロ組曲』(1717・1723年、抜粋)
衣装 サント・ロカスト
照明 ジェニファー・ティプトン
チェロ独奏 ソニア・ヴィーダー=アタートン
ダンサー マチアス・エイマン(10月29日)、ユゴー・マルシャン(11月11日)
『牧神の午後』
音楽 ドビュッシー『牧神の午後への前奏曲』(1894年)
装置 ジャン・ローゼンタール
衣装 イレーヌ・シャラフ
照明 ジェニファー・ティプトン
ダンサー アマンディーヌ・アルビッソン、ユゴー・マルシャン(10月29日)、ミリアム・ウールド=ブラーム、オードリック・ブザール(11月11日)

『グラス・ピーシズ』
音楽 フィリップ・グラス 『グラス・ピーシズ』(1981年)と『アクナーテン』(1983年)からの抜粋
装置 ジェローム・ロビンズ、ロナルド・ベーツ゚
衣装 ベン・ベンソン
照明 ジェニファー・ティプトン
ダンサー (10月29日)リュドミラ・パリエロ、ステファン・ブリオン、エロイーズ・ブルドン、アクセル・イボ、ロクサーヌ・ストヤノフ、ファビアン・レヴィヨン、ファニー・ゴルス、フロリモン・ロリユー (他)
(11月11日) ローラ・エケ、ステファーヌ・ブリヨン、シャルリーヌ・ギーゼンダンナー、シモン・ヴァラストロ、カロリーヌ・ロベール、ファビアン・レヴィヨン、セヴリーヌ・ヴェスターマン、セバスチャン・ベルトー (他)

ワレリー・オフシアニコフ指揮 パリ・オペラ座管弦楽団

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