マーサ・グレアムの『アパラチアの春』他の初期作品と晩年の大作『春の祭典』を上演、ガルニエ宮

ワールドレポート/パリ

三光 洋 Text by Hiroshi Sanko

Martha Graham Dance Company マーサ・グレアム舞踊団

"Appalachian Spring" "Ekstasis" "The Rite of Spring " Martha GRAHAM 、"Lamentation variations " Bulareyaung PAGARLAVA Nicolas PAUL Larry KEIGWIN
『アパラチアの春』『エクスタシス』『春の祭典』マーサ・グレアム:振付、『ラメンテーション・ヴァリエーションズ』ブラレヤング・パガルラヴァ、ニコラ・ポール、ラリー・ケーグヴィン:振付

パリ・オペラ座の新シーズンは1984年にヌレエフが招聘したマーサ・グレアム舞踊団の引越公演で始まった(1991年にも招聘されている)。1926年にニューヨークでマーサ・グレアム(1894・1991)が創設したアメリカで最も古いダンス・カンパニーである。1991年に創設者が亡くなってからは紆余曲折があり、一時は活動を停止していたが、2005年に芸術監督に就任したジャネット・アイルバーにより、現在は安定した活力のある団体となっている。

9月3日から8日まで『エクスタシス』『ラメンテーション・ヴァリエーションズ』『春の祭典』の3作品が6日間とも上演された上に、前半3日間はバーバーの音楽を使った『心の洞窟』(1946年作品)、後半3日間はコープランドの音楽を使った『アパラチアの春』(1944年)が加わった。
最終日9月8日の夕べは、第2次世界大戦中に初演された『アパラチアの春』でスタートした。幕が上がると、ジャン・ローゼンタールの照明による抜けるような紺碧の空が広がった。舞台左手に家、右手に柵という装置は美術家として広い範囲で活躍した日系アメリカ人、イサム・ノグチ(1904・1988)によるものだ。家は枠だけ、柵だけで耕作地を暗示したすっきりとしたシンプルな作りだ。20世紀アメリカを代表する作曲家の一人アーロン・コープランド作曲のオリジナル音楽がゆったりと流れて、村のすがすがしい朝の空気が感じられる。

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『アパラチアの春』© Opéra national de Paris/ Brigid Pierce

ここに農民の新郎・新婦(シャルロット・ランドロー。初演時にはマーサ・グレアム自身が踊った)、つばの広い帽子を被ったクエーカー牧師(初演時にはマース・カニンガムが踊った)と4人の女性信徒が登場した。家の壁にそっと手を触れる夫のそれとない仕草からは、新しい生活を始める喜びが自然に伝わってくる。後からついてきた妻が庭に出た夫に駆け寄ってから、家に入って(枠だけで扉もないが、違和感は一切ない)柱をなでてから座る。シャルロット・ランドローの可憐な表情と夫(ロイド・メイヤー)に向ける信頼のこもった視線から二人の固い結びつきが感じられた。ロイド・メイヤーはきりっとした表情と精力に満ちあふれた身ごなしと踊りで、家庭を築いていこうとする夫の意志をはっきりと示した。ちょっと謎めいた雰囲気でパイオニアの女性を演じたレスリー・アンドレア=ウイリアムズとよく揃った四人の女性信徒を導く牧師役のロイド・ナイトも人物像を明快に表現して、作品に奥行を与えていた。
信徒の女性たちは両手をカスタネットのように合わせて音を立てたり、祈りを捧げたりする。マーサ・グレアム振付の動作は人の日常的な仕草を取り入れる一方、片腕を延ばしきりもう一方の前腕を直角にする、膝を両手で抱える、といった型によって、クラシック・バレエとは別のヴォキャブラリーを創り出している。コープランドの変化に富んだ音楽にぴったりと寄り添い、ソロ、デュオ、アンサンブルが巧みに織りなされた振付は場面の展開がよどみなく、見ていて自然にパイオニア精神に導かれた、厳しい中にも希望に満ちる理想化されたアメリカの姿が鮮やかに描き出されていた。

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『エクスタシス』
© Opéra national de Paris/ Benoite Fenton

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『エクスタシス』
© Opéra national de Paris/ Benoite Fenton

次は1933年にマーサ・グレアムが踊って初演されたソロ作品『エクスタシス』で、ゲスト・スターとしてオーレリー・デュポンが登場した。この作品は録画されたことはなく、一時は再演不可能と思われていたが、2016年になって元舞踊団プリンシパルのヴィルジニー・メセーヌが、残された写真数枚とグレアムの手記をもとに「再創造」した。

グレアムは「肩と腰との関係に着目」してこの短いソロを考案した。ジャージーと呼ばれる体にぴったりして伸び縮みする袋状の衣装を身に着けた、オーレリー・デュポンが闇に浮かび上がった。オーレリーがちょっと腰を突き出したり、前脚を上げると身体の動きに抗した衣服の内側の身体が微妙に形を変えていく。微妙な動きがくっきりと目に映り、人間の身体が持つ表現の可能性がいかに広いかを改めて考えさせられた5分半だった。同舞踊団のダンサーが踊ったヴィデオ映像に比べると、オーレリーの演技はエロスよりも優雅さが前面に出ていた。

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『ラメンテーション・ヴァリエーションズ』
© Opéra national de Paris/ Benoite Fenton

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『ラメンテーション・ヴァリエーションズ』
© Opéra national de Paris/ Benoite Fenton

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『ラメンテーション・ヴァリエーションズ』© Opéra national de Paris/ Benoite Fenton

3番目には2016年に芸術監督のジャネット・アイルバーが、2001年9月11日事件の15周年を機会に立ち上げたプロジェクトから生まれた「ラメンテーション・ヴァリエーション」から3作品が上演された。このプロジェクトは、1930年にマーサ・グレアムがコダーイの音楽をバックに踊ったソロ作品『ラメンテーション』によって触発された短い作品を、現代の若手が振付けるというものである。今までに15の作品が生まれたが、この公演ではオペラ座のダンサー、ニコラ・ポールによる新作が他の二本とともに発表された。

マーサ・グレアムが踊った『ラメンテーション』が最初に映写されたが、このソロはキリストが磔になった十字架の下での聖母マリアの嘆きを主題にしている。ニコラ・ポールは中世英国のリュート奏者ジョン・ダーランド(1563・1626)の音楽を使い、3人の女性ダンサーを光と影のコントラストを強調した照明に速いテンポで浮き上がらせた。

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『春の祭典』
© Opéra national de Paris/ Benoite Fenton

休憩後の後半は、長寿だったマーサ・グレアムが89歳の高齢で振付けた大作『春の祭典』だった。ストラヴィンスキーが作曲した音楽によるニジンスキーの『春の祭典』は、オペラ座の重要なレパートリーとなっている。また、ピナ・バウシュの振付やモーリス・ベジャール振付の同じ作品があるが、グレアムは1930年代にニューヨークでレオニード・マシーン振付で生贄を何度も踊ったこともあったという。そうした経験もあってか、グレアムの『春の祭典』は1984年初演でありながら、原初の儀礼が持つ素朴な側面が前面にでている。台本もニジンスキー振付の最初の版を元にしている。

墨絵風の背景の前に後ろ向きにシャーマンが立ち、黒いパンツだけの男性たちが8人に女性が8人が登場する。シャーマンが中央に立った生贄の女性に足から首まで縄を巻いていく場面は古代の儀礼をそのまま再現したかのようだ。
コール・ド・バレエは男女が交互に踊るが、しばしば左右対称に配置されていた。長い白と黒のマントを羽織ったシャーマン役のベン・シュルツが途中でマントを脱ぐと、筋肉質の半裸の身体が現れた。力強く存在感あふれるシュルツとペジュ・チエン=ポットの可憐で健気であるとともに誇り高い生贄とのデュオが、作品の軸になっていた。ピナ・バウシュ作品の強烈なインパクトとは違って、祭りのダイナミスムと儀式の荘重さ、死の舞踏という多様な要素が盛り込まれたスペクタクルに仕上がっていた。

四つの性質の異なる作品によって、20世紀アメリカのモダンダンス界に君臨したマーサ・グレアムの足跡をたどることのできる貴重な夕べだった。
(2018年9月8日 ガルニエ宮)

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『春の祭典』
© Opéra national de Paris/ Benoite Fenton

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『春の祭典』
© Opéra national de Paris/ Benoite Fenton

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『春の祭典』©Opéra national de Paris/ Ani Collier

『アパラチアの春』
(1944年10月30日 ワシントン・コングレス図書館コールリッジ・オーディトリアム初演)
音楽 アーロン・コープランド
振付・衣装 マーサ・グレアム
衣装 イサム・ノグチ
照明 ジャン・ローゼンタール
<ダンサー>
妻 シャルロット・ランドロー
夫 ロイド・メイヤー
プロテスタント牧師 ロイド・ナイト
パイオニアの女性 レスリー・アンドレア=ウイリアムズ
信徒たち ソー・ユング・アン、ローレル・ダリー・スミス、マルツィア・メモリ、アンヌ・スーダー

『エクスタシス』
(1933年5月4日 ニューヨーク、ギルド・シアター初演、新ヴァージョンは2017年2月14日 ニューヨーク、ジョイス・シアター初演)
音楽 レイモン・ヒューメット「Interludi meditatiu VII」
振付・衣装 マーサ・グレアム
照明 ニック・ハング
<ダンサー>オーレリー・デュポン

『ラメンテーション・ヴァリエーションズ』
マーサ・グレアム振付(1930年初演)
音楽 ゾルタン・コダーイ
ブラレヤング・パガルラヴァ振付のヴァリエーション(2009年初演) : マーラー「さすらう若人の歌」(Lieder eines fahrenden Gesellen)から「愛しい人の二つの青い瞳」(Die Zwei blaue Augen von meinen Schatz)
ニコラ・ポール振付のヴァリエーション(世界初演) : ジョン・ダウランド「Lachrimae Aitiquae」
ラリー・ケーグヴィン振付のヴァリエーション(2007年初演) : ショパン「ノクターン嬰へ長調作品15の2」
振付 ブラレヤング・パガルラヴァ、ニコラ・ポール、ラリー・ケーグウィン
衣装 ジェニファー・オドネル
照明 ビヴァ―リー・イーモンズ、イ=チュン・チェン(ニコラ・ポール作品のみ)
コンセプト ジャネット・アイルバー
<ダンサー>
ブラレヤング・パガルラヴァ振付のヴァリエーション :ソー・ヤング・アン、アリ・メジック、ロレンゾ・パガーノ、ベン・シュルツ
ブラレヤング・パガルラヴァ振付のヴァリエーション : マリツィア・メモリ、アンヌ・スーダー、レスリー・アンドレア・ウイリアムズ
ラリー・ケーグヴィン振付のヴァリエーション :全員

『春の祭典』
音楽 ストラヴィンスキー
振付 マーサ・グレアム
装置 エドワード・T・モリス
衣装原案 マーサ・グレアム、ハルストン
衣装 パイラー・ライモスナー
照明 ソロモン・ヴァイスバード
新公演コンセプト ジャネット・アイルバー
ダンサー
生贄 ペジュ・チエン=ポット
シャーマン ベン・シュルツ 他
演奏 クリストファー・ラウントリー指揮 パリ・オペラ座管弦楽団

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