オペラ座ダンサー・インタビュー:ヤニック・ビトンクール

ワールドレポート/パリ

大村真理子(マダム・フィガロ・ジャポン パリ支局長)
text by Mariko OMURA

Yannick Bittencourt  ヤニック・ビトンクール(スジェ)

穏やかな微笑みをたたえた、物静かな23歳。2012年1月、「Love from Parisエトワール」での来日が待たれる。

秀でたテクニックに加え、美しい肢体とプリンスの優雅に恵まれたダンサー。日本公演以降、間違いなくファンが増えることだろう。オペラ座のバレエ学校出身ではないヤニックにオペラ座に至るまでの道程、そして現在を語ってもらった。

Q:現在、『La Source(泉)』の公演が毎晩続いていますね。このバレエで踊ることの、何が気に入っていますか。
A:まず、何よりもクラシック作品であることです。ぼく、クラシック・バレエが好きですから。オペラ座での新しいクリエーションでクラシック作品というのは、とても珍しいことですよね。そして、コスチューム!

Q :クリスチャン・ラクロワのデザインは、とても美しいですね。あなたが配役されているコーカサスの一団の衣装は、踊りやすいですか。
A:正直なところ......少々重いですね(笑)。でも不快ではありませんし、アリュールを与えてくれるものです。そしてメークでひげをつけるので、ますますコーカサスの男らしく感じられます。なかなか面白いですよ、こうしてマッチョな男の役を踊ることって。キャラクター・ダンスの振付も力強いものですし...。

photo / Mariko Omura

photo / Mariko Omura

Q:『La Source』の舞台にたちながらコンクールの準備をしているダンサーも多いでしょうが、プルミエ・ダンサーのポストの空きがないので、男性のスジェたちは今年はコンクールがありませんね。それについて、幸いにも? それともあいにくと? のどちらの思いがありますか。
A :そうですね、コンクールがないということに満足してる部分も確かにありますね。すごいストレスに襲われるものですからね。 でも、その反面、残念だという思いもあります。なぜって、コンクールの準備をするは楽しいことなので。

2010年コンクールより Photo Sébastien Mathé / Opéra national de Paris

2010年コンクールより
Photo Sébastien Mathé / Opéra national de Paris

Q:昇級できる機会、ということでもありますね。
A :そうです。ぼくは2007年に入団してすぐにコリフェにあがり、それから2年後にスジェにあがりました。

Q:かなりトントン拍子といえますね。このスピード昇級が怖い、と感じたりはしませんか。

A :いいえ、満足していますよ。ぼくはバレエ団に入団したのが19歳なので、他のダンサーに比べると遅いのです。だから、こうして早くスジェまで上がれたことに満足しています。

Q:もし今年プルミエールに上がるコンクールがあったとしたら、何を自由課題に選んでいましたか。
A: 『マノン』、あるいはロビンスのヴァリアションなどと考えていました。 周囲はロマンチックな役やそうしたスタイルをぼくに合うと見ているし、実際ぼく自身もそう思うので、こうした作品がいいかなと思ったのです。ロビンスはクラシックで、それに高いソーなど テクニック的にもみせるべきものがあるので。

Q:得意なテクニックは? と質問されたら、どう答えますか。
A:そうですね、ソーやマネージュでしょうか。舞台の空間との関係性という点でも、好きですね。

Q:オペラ座のバレエ団のなかで、あなたが一番背が高いダンサーですか。
A:いいえ。大きい方の一人ではありますが、一番ではありません。184センチです。小さいときから年齢の割には背が高く、ダンスで長い腕や脚を扱うのは確かにちょっと大変でしたね。

Q:前シーズン、マクグレガーの『感覚の解剖学』でソリストとして舞台にたったときのことを話してください。
A: 第一配役でマチアス・エマンが踊った役を第二配役で踊りました。マクグレガーの動きは好きですね。オペラ座でのいつもの身体の動かし方とは全然違っていて。すでに、その前のシーズンで彼の『ジェニュス』で舞台にたっています。クリエーションのときには踊っていませんが、この作品は気に入っていたのでうれしかったです。

Q:これまでの最高の舞台経験といえますか。
A :そうですね。エトワールと同じ役を踊るというのは初めてのことでしたから。でも、『ロメオとジュリエット』ではパリスとベンヴォリオの2役に配役されて、これもうれしかったことです。コール・ド・バレエでもあったので、仕事量はたくさんありましたけどね。

Q:演じることは楽しめますか。
A:演技を要求される役というのは初めての体験でしたけど、簡単ではなかったですね。この作品の過去の舞台のビデオを見て、物語や演技についてずいぶんと勉強をしたんです。マキューシオやロメオとの関係などという点からも、演じるという面ではベンヴォリオの役がより楽しめました。

「感覚の解剖学」 Photo Anne Deniau / Opéra national de Paris

「感覚の解剖学」
Photo Anne Deniau / Opéra national de Paris

Q:スジェになって仕事の幅が広がったのですね。
A:そうなんです。コリフェとスジェって、とっても違いがあるんです。オペラ座のスジェはちょっとした役に配されるようになるので、他のカンパニーでいうところのドゥミ・ソリストに相当しますね。ソリストとして舞台にたてるのは、ダンサーにとっては喜びです。

Q:スジェになると主役の代役に選ばれることも多いですね。
A:そう、仕事量も増えるんです。ときにチャンスに恵まれれば、舞台にたてるということになりますが。代役というのは舞台にたてる機会もあるのでうれしいことでもありますが、フラストレーションを感じなくもないです。『La Source』では主役のジェメルの代役です。うれしいことですけど、同時に恐ろしくもあります。なぜって、それほど稽古の時間がとれないからです。でも、この役の仕事ができることには満足ができます。『La Source』でナイラ役の代役はシャルリーヌ・ギゼンダネでしたけど、レティシア・ビュジョルが怪我で降板したので彼女は舞台に立つことになりました。代役というのは、踊れたらうれしいけど、その裏には誰かが踊れなくなったということがあるので、手放しでは喜べないという...気持ち的にちょっと複雑です。

Q:『シンデレラ』でも代役ですね。時にルフェーヴル監督は代役にも公演の機会を与えることがあるようですが。

A :今のところ『シンデレラ』ではその予定はありません。でも、何が起きるかわからないので、いつ舞台にたつことになってもいいように準備します。頭の中で、舞台にたつことになるんだと想定して。そうしていれば、現実となった場合、テクニック的にも精神的にも準備万端というわけです。規定のリハーサルだけでは十分ではないので、時間のあるダンサーにお願いして、ぼくの稽古につきあってもらっています。例えば昨日はクリストフ・デュケンヌにお願いして、『La Source』の稽古をしました。こうしておけば、突然舞台に! ということになっても、安心できますから。

Q:ジェメルの役は好きですか。
A :はい、すごく好きです。この役にはまさにぼくの好きなテクニックがいっぱいですからね。空間を満たす高いソー、マネージュが続くのです。

「ロメオとジュリエット」 Photo Julien Benhamou / Opéra national de Paris

「ロメオとジュリエット」
Photo Julien Benhamou / Opéra national de Paris

Q:舞台に出る前に怖じ気づくようなことはありますか。
A :『感覚の解剖学』『ロメオとジュリエット』など、確かに舞台に出る前はあがりました。でも、舞台で踊るのがうれしいのでストレスというのではありません。ところが、コンクールは最悪ですね。踊ることではなく、独特な雰囲気が重くのしかかってきて...。一度舞台にたってしまえば、自分の力の限りを尽くすだけなので、本当に、舞台に出るまでのことですが。

Q:ダンスの世界にはどのように入ったのですか。

A :両親ともダンサーで、父はクエヴァス伯爵のバレエ団で踊っていました。二人ともブラジル人ですが、ぼくはスイスで生まれました。母が再婚相手のダンサーとスイスでバレエ学校を開き、ぼくはダンスの世界に生まれ、育ったといえます。

Q:では、好きかどうかとは考えもせずにダンスを始めたのですね。
A :とんでもない。もちろん考えましたよ。彼らがダンスをぼくに強いることこはなくって...。だから、ぼくがダンスをはじめたのは3、4歳とかではなく、9歳になってからです。それまで、いろいろなことをしました。フィギュアスケートやアーテスティックな体操とか。でも、放課後に親の学校で公演をみる機会があって、舞台にたつのっていいなあ、と。クラシック・バレエで母が振付けた小品とかでしたが、そういうのを見て、ぼくも舞台にたちたい!(笑)というわけで、ダンスを習い始めました。

Q:オペラ座のバレエ学校ではまったく学んでないのですね。

A:いいえ。実は13歳のとき、2カ月ほど学校にいました。でも耐えられずにスイスに帰ったんです。ダンスをするならオペラ座で、ということがぼくの頭にはあったので来たのですが・・。家族と離れていることができなくって。

Q:そうしてスイスに戻ったとき、自分のダンス人生はスイスで終えるのだと考えましたか。
A:ええ、そんな風に思いましたね。それでスイスに戻って両親のもとでダンスを続けていたのですが、15歳のときにオペラ座の学校に戻ったんです。というのも、もう一度頑張ってみよう、と思ったので。9月から始め、ガルニエでのデモンストレーション(公開クラス)にも出て。でも、やっぱり駄目で、12月にスイスに戻りました。デモンストレーションにはとても満足しましたが、家族と離れていることができなくって...。オペラ座はぼく向きじゃない、スイスにいよう! って。でも、その後ローザンヌ・コンクールのスカラシップでロンドンのロイヤル・バレエ・スクールで学ぶことになったんです。

Q:ロンドンではどれくらい続きましたか。
A:今度は上手く行きました。雰囲気がオープンで、学校と住いが別の場所にあって、夜は9時までに戻っていればよいというように自由もありました。 だから放課後は散歩をしたりできて...。もちろん最初は家族から離れているのは辛く感じましたけど、もうその頃は17歳にもなっていましたし 。

「ロメオとジュリエット」 Photo Julien Benhamou / Opéra national de Paris

「ロメオとジュリエット」
Photo Julien Benhamou / Opéra national de Paris

Q:学校教育はスイスで終えたのですね。
A:はい。スイスの普通の学校で学びました。ぼくの母国語はポルトガル語ですが、ここでの言語はスイス・ドイツ語です。 オペラ座の学校にいったとき、フランス語は上手く話せなかったんです。それも学校が続かなかったことの理由でしょうね。ロンドンでは、その点もうすこし気が楽でしたね、英語が少し話せませたから。

Q:ロンドンの後、オペラ座に入団したのですか。

A:いえ、まだその前があります。ロンドンで学校を終えた後、アメリカン・バレエ・シアターの契約ダンサーになって、ニューヨークに4カ月滞在したんです。4カ月単位の契約で、更新したければできたのです。でも、ぼくの夢はオペラ座。それでバレエ団の外部コンクールを受けて入団した、というわけです。2007年のことです。

Q:オペラ座バレエ学校で学んでいないことについて、どう思っていますか。
A:自分の経歴には満足しています。ロンドン、ニューヨークに暮らし、多くのことを見聞できたのですから。ダンスのスタイルという点でも、ロンドンで学んだことはそれほどオペラ座の学校で習うこととはかけ離れていません。確かにここのほうが腕の仕事とか多く学ぶようですが、仕事をする上で問題は何もありません。

「シルヴィア」アマンディーヌ・アルビッソンと Photo Agathe Poupeney / Opéra national de Paris

「シルヴィア」
アマンディーヌ・アルビッソンと
Photo Agathe Poupeney / Opéra national de Paris

Q:世界中、どの町が一番すきですか。
A:うーん、わかりません。しいてあげるなら、生まれ育ったスイスですが...。そのときに自分がいる場所が、ぼくは好きなんです。快適に感じられるのです。自分の国籍すらあまり気にしていず、いわばコスモポリタンだと思っています。

Q:ダンスを職業にしようとなぜ思ったのですか。
A :わかりません。特に考えませんでした。ごく自然に、ですね。

Q:ダンサーとしてどのように健康管理をしていますか。
A: タバコもアルコールもたしなみませんし、特にこれといっては。バランスがとれた食事を心がけようとは思っていますが、チョコレートとか甘いものが好きなので、なかなか難しいんです。

Q:今朝の朝食は何でしたか。
A :朝は必ず紅茶を飲みます。朝は砂糖なしの紅茶です。今朝はマドレーヌを食べました。あまり朝は食べないんです。昼食はオペラ座の食堂で食べます。食堂は便利でいいですね。

Q: 日本語も少し話せると聞いています。今回が初来日ではないのですね。
A:初めて行ったのは2010年3月のオペラ座ツアーでです。同じ年の夏に、新国立劇場でのガラでオペラ座のミホ・フジイと『パスティチオ・ロマンティコ』を踊りました。これはジャン=ギヨーム・バールがぼくたちのために創作してくれた作品なんですよ。あいにくと、その後はこれを踊る機会がないのですけど...。

Q:来年の一月の公演では、あなたを含む男性ダンサー3名による『オーニス』が珍しいので楽しみです。
A:オペラ座の公演「若いダンサーの夕べ」で、ダニエル・ストークス、アクセル・イボ、ミカエル・ラフォンが踊ったとき、この作品にひかれました。あまり見かけないタイプの作品ですし、すごく快適そうな踊りに見えました。音楽もいい。

Q:この公演では、あなたはアマンディーヌ・アルビッソンと『シルヴィア』を踊っていますね。
A:ええ。演技を要求されるパ・ド・ドゥでした。それまでこの作品を知らなかっので、DVDを見て研究しました。新しい作品を踊るとき、ビデオやDVDなど過去の何かが残ってるなら、それを見るように努めています。そうそう、東京ではシャルリーヌと『小さなドガの踊り子』も踊るんですよ。ダンス教師の役ではなく、アボネの役です。これまでぼくが踊った役とは違うものので、チャレンジです。パンジャマンが選んだのですが、きっと良い経験となるでしょうね。この公演ではクラシック作品も踊るので、ぼくがクラシック・ダンサーであることを見てもらう機会となるでしょうし、また『オーニス』によってぼくの別の面もみてもらえると思います。この公演に参加できるのは、とってもうれしいです。

Q:東京で時間があれば何をしたいですか。
A: 一昨年は浅草の大きなお寺には行きましたけど、まだまだ、あちこち見てみたいですね。一度、仕事ではなく、休暇で日本に滞在してみたいと思っています。北海道や沖縄とか行ってみたいんです。富士山に登った友だちがいて、ぼくも登る機会があったらいいなと思っています。

「シルヴィア」 Photo Agathe Poupeney / Opéra national de Paris

「シルヴィア」
Photo Agathe Poupeney / Opéra national de Paris

Q:和食は好きですか。
A:はい。自宅でも和食を作るほどです。カツ丼が好きで、何度も試しています。作り方はインターネットで。炊飯器も持っていますよ。一度ですが、うどんも粉からうちました(笑)。

<<10のショート・ショート>>

1.プティ・ペール、プティット・メール:いません。
2.最高の舞台:『感覚の解剖学』『ロメオとジュリエット』。
3.休日の喜び:家でのんびりすること。でも、散歩も好き。
4.パリで好きな地区:オペラ座界隈、シャトレ界隈など。
5.性格の主立った特徴:メランコリック。
6.夢のバカンス地:モルジブ。
7.ダンサー以外に考えられる仕事:見当もつかない。
8.学校で好きだった学科:物理。
9.好きな飲み物:わからない....甘い飲み物。
10.昨日の小さな幸せ:早く目覚め、窓をあけて外の景色を眺めて、のんびりしたこと。(その後インターネットで日本のテレビ漫画『One Piece』を見た)

「感覚の解剖学」 Photo Anne Deniau / Opéra national de Paris

「感覚の解剖学」
Photo Anne Deniau / Opéra national de Paris

 

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