『天井桟敷の人々』の魅力的人物像をオペラ座の多彩なダンサーたちが踊った

ワールドレポート/パリ

三光 洋
text by Hiroshi Sanko

Ballet de l'Opéra national de Paris パリ・オペラ座バレエ団

Jose Martinez "Les Enfants du Paradis "
ジョゼ・マルティネス振付『天井桟敷の人々』

2008年に初演されたジョゼ・マルティネス振付の『天井桟敷の人々』が再演された。
原作のマルセル・カルネ監督の映画は19世紀前半のパリの「劇場」という場所に焦点を当てた。主人公のパントマイム役者バティスト、シェークスピア役者のフレデリック・ルメートルといった演劇人の日常と舞台とが一つになった生活が、オスマン男爵によるパリ改造以前の街とともに鮮やかに生きている。パントマイムという音のない世界が、劇場の呼び込み、物売り、といったさまざまな音があふれている中心にすえられ、その対比から言葉のない芸術の持つ独特の力が浮かび上がってくる。

「天井桟敷の人々」シャラヴォラとガニオ (C)Julien Benhamou / Opéra national de Paris

(C)Julien Benhamou / Opéra national de Paris

ジョゼ・マルティネスはガルニエ宮という劇場空間を最大限に使った。公演当日、入り口から大階段を上ると、トランペットの音が聞こえてきた。踊り場には道化の衣装をまとったダンサーたちが出迎え、握手したり、いっしょにカメラにおさまったりしていた。かつての見世物小屋の呼び込みを思い出させた。
大階段は前半と後半の間に置かれた休憩時間にはシェークスピアの『オテロ』からデズデモーナの死の場面を演じる「舞台」に変貌する。大階段とその下のフロアというT字型の空間は、「天井桟敷」の観客同様に、上から覗き込むように使われている。ヴァイオリンのソロをバックに、階段を巧みに使ったミテキ・クドーの清々しいデスデモーナはわずか十数分だが見ごたえがあった。この「劇中劇」の案内は第1幕が終わった時に、天井から降ってきたビラによって観客に知らされる趣向になっている。
カーニヴァルの喧騒の渦にヒロインのギャランスが消えていくフィナーレは、平土間中央の廊下からダンサーが退場する形で行われた。照明の効果もあって、観客自身が舞台に取り込まれたように感じられる仕掛けである。客席と舞台との敷居を取り払うことで、当時の観客と役者との身近な関係が再現した瞬間だった。
2008年の初演との違いは、パントマイムがかなりカットされていたことだ。しかし、前回も多くの批評家が問題視した、第2幕第1場のバレエ「ロベール・マケール」の初演の場面はそのまま残されていた。スカルラッティの音楽が延々とづづくアカデミックなクラシック・バレエはこれといった魅力がない。物語の展開にうまくはめ込まれていないことも、冗長な感じを強めた。

「天井桟敷の人々」マチュー・ガニオ (C)Julien Benhamou / Opéra national de Paris

(C)Julien Benhamou / Opéra national de Paris

70人もの出演者が着る三百を超える衣装はエトワールのアニエス・ルテステュが担当した。ルテステュは1840年代当時のモードをていねいに調べ、それを現在のダンサーの体型に合わせ、150点を創案した。
主役と劇中劇の役者たちには原色のカラーを使い、それ以外の群集にはパリ国立オペラ座のアトリエに保存されている衣装から150点を選んだ。白と黒を基調にしたエジオ・トフォルッティの装置との対照によって、出演者の多い作品でも主要人物が目立つように配慮されていた。

ダンサーではやはりギャランス役のイザベル・シアラヴォラの艶やかな演技と視線の妙が忘れられない。男性たちが主人公のバティストをはじめ、そろって追いかけながらとらえることのできない、自由奔放なヒロインがこれ以上似合う女性は稀だろう。その周囲を、抜け目のないシェークスピア役者ルメートルのカール・パケット、純情なナタリーにぴったりのミュリエル・ジュスペルギ、表と裏の二つの顔を持つラスネールの不気味さを巧まず感じさせたバンジャマン・ペッシュ、気品あるダンディ(伯爵)のクリストフ・デュケンヌとそれぞれのダンサーが持ち味を出した。
主人公のパントマイム役者バティストはマチュー・ガニオが力演した。それでいながら最後まで違和感が残ったのはダンサーの問題ではないだろう。映画の主人公といえば美男と決まっていた時代にあえて監督のカルネはジャン・ルイ・バローという三枚目を起用して、観客に強烈な印象を残した。ガニオが立っているだけでも絵になる美男であることが、ことにこの役に限ってはハンデになったのは皮肉としか言いようがない。
(2011年7月3日 ガルニエ宮)

「天井桟敷の人々」マチュー・ガニオ (C)Julien Benhamou / Opéra national de Paris

(C)Julien Benhamou / Opéra national de Paris

「天井桟敷の人々」イザベル・シアラヴォラ (C)Julien Benhamou / Opéra national de Paris

(C)Julien Benhamou / Opéra national de Paris

「天井桟敷の人々」マチュー・ガニオ (C)Julien Benhamou / Opéra national de Paris

(C)Julien Benhamou /
Opéra national de Paris

「天井桟敷の人々」イザベル・シャラヴォワ、クリストファー・デュケンヌ (C)Julien Benhamou / Opéra national de Paris

(C)Julien Benhamou /
Opéra national de Paris

「天井桟敷の人々」バンジャマン・ペッシュ (C)Julien Benhamou / Opéra national de Paris

(C)Julien Benhamou /
Opéra national de Paris

『天井桟敷の人々』ジャック・プレヴェールの台本とマルセル・カルネの映画にもとづく2幕バレエ
音楽/マルク・オリヴィエ・デュパン
振付/ジョゼ・マルティネス
翻案/ジョゼ・マルティネス、フランソワ・ルシヨン
装置/エジオ・トフォルッティ
衣装/アニエル・ルテステュ
照明/アンドレ・ディオット
ジャン・フラソワ・ヴェルディエ指揮 パリ国立オペラ管弦楽団
ギャランス/イザベル・シアラヴォラ
バティスト/マチュー・ガニオ
フレデリック・ルメートル/カール・パケット
ラスネール/バンジャマン・ペッシュ
ナタリー/ミュリエル・ジュスペルギィ
エルミーヌ夫人/カロリーヌ・バンス
伯爵/クリストフ・デュケンヌ
デスデモーナ/ミテキ・クドー

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