オペラ座ダンサー・インタビュー:ミュリエル・ジュスペルギィ

ワールドレポート/パリ

大村真理子(マダム・フィガロ・ジャポン パリ支局長)
text by Mariko OMURA

Muriel Zusperreguy ミュリエル・ジュスペルギィ(プルミエール・ダンスーズ)

ケースマイケルの『レイン』終了後は、6月末からジョゼ・マルチネーズ『天井桟敷の人々』で好評だったナタリー役を再演する。

『リーズの結婚』では陽気でお茶目なリーズを演じ、『カリギュラ』では暴君を包み込むフェミニティと非現実存在の軽さを持つ月を踊ったミュリエル。入団以来17年、着実に確実にキャリアを築いている姿が好ましい。このインタビューは『レイン』のリハーサルの合間に行われた。ニュース・キャスター顔負けの爽やかで透明感のある声。しっかりと明解に話すが、口調はあくまでもソフトで耳に快適。彼女の話し方は、彼女のダンスに似ていると言えそうだ。

ニコラ・ル・リッシュ振付「カリギュラ」 Photo Laurent Philippe

「カリギュラ」Photo Laurent Philippe

Q:『レイン』の初日まで、もう1週間もありませんね。リハーサルはどのように進んでいますか。
A:今日の午後から、いよいよ舞台でのリハーサルです。昨日、初めてスタジオで作品全体を通しで踊ったところなのよ。この作品では10名のダンサーが舞台にほぼ出ずっぱりなんです。1時間10分と短いバレエですけど、とても激しいもの。ずっと踊ってるというわけではないのですが、それでも大量なエネルギーを要求されます。実は、このことについて、昨日通しで踊ってみて、気がついたところなの。部分部分を稽古してたときは快適そのものだったけど、こうして通しで踊る場合、いかにクオリティを失うことなく、エネルギーを上手く最後まで保てるかを考えなければ、と思ってるところです。

「レイン」のリハーサル。前から2人め。 Photo Agathe Pouponey / OPERA NATIONAL DE PARIS

Photo Agathe Pouponey /
OPERA NATIONAL DE PARIS

Q:ケースマイケルの作品を踊るのは、初めてですか。
A:ええ。オペラ座で彼女の作品をぜひ、とずっとブリジット(ルフェーヴル芸術監督)は願っていたと言っていました。ただケースマイケルはベルギーで彼女が率いるローザスの仕事もあるし、オペラ座の方もスケジュールがつまっていて・・・。今回やっと、ということなんです。まず3日間、ダンサーのオーディションがありました。ケースマイケルと彼女のカンパニーのダンサー数名が来て、オーディション参加のダンサーに作品の振付を教えてくれたんです。その結果、配役が2組決まりました。2組が毎晩、交互に舞台に立ちます。代役がいないのはいささか危険なことではありますが、ごく少数しか選ばれなかったということには、とても刺激を受けます。

Q:あなたが踊るシンシアとはどんな女性ですか。
A:この作品に物語があるから、役名があるというのではないんです。シンシアというのは、この作品の創作ダンサーの一人なんです。このバレエでは7名の女性と3名の男性ダンサーが舞台にたちますが、それぞれが創作ダンサーの名前をもらっているんです。オーディションに際し、踊る私たちと創作ダンサーとの間にケースマイケルは共通点を見出そうとしたと思いますね。体型というよりも、エネルギー・レヴェルとか、肉体的クオリティという面で、です。

最初の一週間、この作品の創作に関わったダンサー全員がベルギーから来て、私たち各人に教えてくれたんです。そう、私はシンシアと仕事をしたわけです。これは素晴らしい体験でした。彼女はシンシアのパートの踊りの特性を私に教えてくれて・・・まるで二人して一緒に何かを縫い上げているような感じでした。

Q:振付の特徴はどのようなものですか。
A:これはグループのバレエなんです。ですからヴィジュアル面で、とても強い印象を残すものだと思います。ダンサーは自分自身でありながら、グループの一員として踊ります。誰かがこの動きをしたら、私は次のこの動きに入る、というように、ダンサー間のコネクションが鍵を握ってる作品なんです。動きを変える場合にも、他の人の動きに従って、というように、アンサンブルであることがとても大切。自分だけについて考えているわけにはゆかず、他の人についても同時に考える必要があって、これは自分自身について考え直す良い機会にもなりますね。

「レイン」のリハーサル Photo Agathe Pouponey / OPERA NATIONAL DE PARIS

Photo Agathe Pouponey /
OPERA NATIONAL DE PARIS

振付はクラシック・バレエと違って重心がずっと下なので、これは私たちにはいささか大変です。男性3名の踊りがあるのですが、途中から女性も加わって全員で、となるんですが、これが私には一番きつい部分。幸いローザスのダンサーたちは、とても教え上手なのです。テクニックの説明をするのに、いかに身体を傷めずに踊るかも教えてくれました。

Q:オペラ座のダンサー用にアレンジはされないのですね。

A:いいえ、創作に忠実に私たちは踊ります。もっとも彼女のカンパニーのダンサーではなくオペラ座のダンサーが踊るとうことは、たとえ振付がまったく同じでも、別のものが生まれることになりますね。私たちは彼らよりクラシックのベースがあります。同じようにはできません。昨日、彼らは私たちの通し稽古を見て、すでに知っているカンパニーの『レイン』ではなく、別のクオリティが作品にもたらされたと、とても喜んでいました。

Q:現代作品に多く配役されていることについては、どう思っていますか。
A:ソリストになってから、クラシックとコンテンポラリーの舞台数のバランスがとれるようになりました。でも、コール・ド・バレエ時代は、確かにコンテンポラリー作品が多かったですね。ブリジットが毎回オーディションを受けるダンサーの中に私を入れてくれるんです。こうして機会をもらえるのは、チャンスですよね。うれしいことにオーディションがあると、毎回コレオグラファーが私を選んでくれて・・。キリアン、プレルジョカージュ、マッツ・エック、ピナ・・・オペラ座にきたコレオグラファーの全員と仕事をするチャンスに恵まれています。彼らから直接教わることができるのは、素晴らしいことです。互いの間に交流が生まれますし、それにコレオグラファーによっては創作ダンサーとは異なるのだからと、私に振付を合わせてくれることもありますから。

ジョン・クランコ振付「オネーギン」 Photo Sébastien Mathé

Photo Sébastien Mathé

Q:クラシックとコンテンポラリーのどちらが好きかと尋ねられたら、どう答えますか。
A:それは難しい質問だわ。コンテンポラリーとクラシックと両方が踊れる贅沢が、このカンパニーにあるのだから、どちらかというのは選べません。

Q:コンテンポラリー作品以外、オペラ座では何を踊っていますか。
A:古典大作はコール・ド・バレエ時代にいちおうすべて経験しています。ソリストになってからはエトワールの役となると別ですけど、『ジゼル』のペザントのパ・ドゥ・ドゥ、『ライモンダ』のクレマンス、『オネーギン』のオルガ、『パキータ』のパ・ドゥ・トロワ・・。また『リーズの結婚』のリーズ、ニコラ・ル・リッシュの『カリギュラ』ではリューヌも踊っています。そうね、クラシックをもっと踊れたらと、思いますね。

Q:ソリストとして多く踊るようになると、グループの仕事に戻るのが難しいと言っていた、エトワール・ダンサーがいました。
A:私の場合、難しいとは感じませんね。それどころか、むしろエキサイティングなことだと感じています。

ソロを踊るといっても、舞台は自分だけをみせる場所ではありません。私はそもそもチームの仕事が好きなんです。ソリストだってチームの一員です。自分の周囲に誰がいて、何をしてるかを知るのは大事なことです。それは、グループに溶け込むことの役に立つと思っています。

Q:これまでで最も舞台上で喜びを感じたのは、どの作品ですか。
A:たくさんあるので、これも難しいわ。もし1つというのなら、キリアンの『ベラ・フィギュラ』ですね。まず、キリアンとの出会い。これはとても貴重なものです。そして、私はこの作品の中で、とても特殊な立場だったんです。
他のダンサーはカップルだけど、私だけは一人。そしてバレエの中でずっと上半身裸でした。彼は私が私自身の中にもってるものをさらけ出すことを、期待したんです。今でも忘れられないことがあります。稽古場で彼とたった二人。彼が私に彼にむかって即興の動きをするようにと、言ったんです。私がまるで彼に話すかのようにと。もちろん声を出さず、身体の動きだけで、彼に向かって何かを表現するようにと。キリアンが真向かいにいて、さあ、私に語りかけてと・・・。最初はお互いに距離がありましたが、最後には特別な関係が築き上げられたと思っています。とても強烈な時間でした。私、まだ若くって、コリフェでしたから、それまでたいしたことを踊ってなかったのに、キリアンのような振付家に選ばれたことは、とても誇れることです。自分自身がとても楽しめたという作品でいうなら、『リーズの結婚』でヒロインを踊ったときですね。これは女優的演技が求められる作品で、リーズの生きる喜びというのを踊るのは、すごく快適でした。

イリ・キリアン振付「ベラ・フィギュラ」 Photo Icare

Photo Icare

Q:どんなきっかけでダンスを始めたのすか。
A:家族、親せきににダンス関係者がいたわけではないんです。小さい時に、学校の放課後のお稽古ごとにと、母がダンスを選びました。私はスペインとの国境のバスク地方の生まれなんですが、そこにあったキャロル・アルボ(元エトワール。現在はオペラ座バレエ学校の教師)のママがバレエ学校で始めたんです。キャロルも夏には教えに来ていました。習い始めてすぐにダンスは気にいりました。とりわけコスチュームをつけての年末の舞台公演! 始めて2年めでオペラ座のバレエ学校に入学しました。16歳で入団するまで6年間在学しましたが、最初は家族と離れてるのが寂しくて泣いていたんですよ。

イリ・キリアン振付「輝夜姫」 Photos Anne Deniau / Opéra national de Paris

Photos Anne Deniau / Opéra national de Paris

イリ・キリアン振付「輝夜姫」 Photos Anne Deniau / Opéra national de Paris

Photos Anne Deniau / Opéra national de Paris

Q:学校時代の一番の思い出は何ですか。
A:学校の公演。衣装をつけ、メークをし、オーケストラの音楽にあわせて、物語を演じて・・・。興奮しました。舞台で踊るって、一種の麻薬ね。ちょっと離れると、恋しくなる。

Q:舞台で上がるということはないのですね。
A:一旦舞台に出てしまえば大丈夫なのですが、その前はひどく上がっています。でも、それはポジティブなことなんです。というのも、上手く踊りたいという思いからくるものだから。私はパーフェクショニストなので、すべて上手くゆきますようにって、思うだけに・・。もし、舞台に出るのが怖くないとなったら、その方が逆に不安になってしまうでしょう。ますますひどくなってるけど、上がることについては受け入れるしかありません。

Q:ガルニエの舞台傾斜を最初に経験したとき、どんな感じでしたか。
A:学校でも傾斜のあるスタジオで稽古をするので、公演のときにはまるで気になりませんでした。この傾斜が怖い!と思ったのは、入学して、最初の「デフィレ」です。「デフィレ」は、最初に一人の低学年の女生徒が身体を横に倒してるところから立ち上がってスタートするでしょう。私、この傾斜のせいで、リハーサルのときに立ち上がれなかっんです。ステージは下りの傾斜だけど、スタートはフォワイエ側からなので傾斜が反対。私、どう頑張っても、どうしても身体を起こすことができなくって・・(笑)。怒られたわ。仕方ないって、その次に出るグループに回されてしまったの。これは忘れられないことですね。一人で先頭に!というので、私、すごく自慢だったのだから。

Q:来シーズンは『泉』でヌーレッダに配役されていますね。狩人ジェミルの愛を拒み続ける、強い性格の女性役というのはあなたには珍しいように思えます。
A:たしかに私は一見ソフトなタイプに見えて、成熟か初かといえば後者のほうの印象を与えるかもしれませんね。この作品を創作するジャン・ギヨーム・バールは私のことを、とても良く知っているんです。入団したての私を彼は自分のグループにいれてくれ、私がすることをよく見ていてくれました。とりわけ、コンクールですね。カルメンやマノンなど、興味ある役を私は自由課題に選んでいましたので、彼は私の中に強い女性象も見ているのでしょう。今回の配役が彼によるものと思えば、私には納得できます。とても満足です。この作品の稽古を始めるのが、今から待ち遠しいですね。新しい季節を新作で始められるのは、とても快適。クリスチャン・ラクロワがデザインする衣装の布とか、少しばかり見る機会がありました。舞台装置も素晴らしいみたいで・・・。
『レイン』の衣装はドリス・ヴァン・ノッテンが担当で、これはとても簡素なものです。カットもとてもシンプル。しなやかで動きやすい素材で、ヌードカラー、ピンクなど色もとてもきれい。今日の午後はいよいよ衣装をつけてリハーサルするので、楽しみです。

トリシャ・ブラウン振付「Glacial Decoy」 Photo Icare

Photo Icare

トリシャ・ブラウン振付「O Zlozoni/ O Composite」 Photos Sébastien Mathé

Photos Sébastien Mathé

Q:バレエを辞めようと思ったことは、これまでにありますか。
A:今後もずっと、と願ってることなのですけど、幸い怪我や病気がないんです。ラッキーでしょう。私の身体はこの仕事を続けられるのか、他のことをするべきか、というような疑問を持つ必要なしにここまで来ました。クラシック作品、コンテンポラリー作品の両方を踊っても、私の身体はショックに耐えられるんです。こうして舞台を満喫できてる以上は、最後まで続けようって思います。体が許す限りは、舞台を続けたいんです。

Q:オペラ座では子供のいる女性ダンサーが少なくないですね。
A:私もいつかは、と思っています。でも、これは自分でプログラムできることではないので・・・。出産のために休むことは、キャリアの点ではまったく気になりません。オペラ座ではありがたいことに、出産以前と同じ条件で出産後も仕事が続けられることです。休暇前がプルミエール・ダンスーズなら、プルミエール・ダンスーズとして復帰でき、レパートリーもそのままです。出産後、肉体的には復帰は大変なことだろうと思います。もっとも身体は記憶してるし、普通の女性より筋肉質で、運動経験があるので・・。出産によって、仕事を離れてみられるようになるのは良いことです。ただ、休暇によってレヴェルも下がってるだろうし、体重の増えた身体で出なければならないので、クラス・レッスンを受けるのは精神的に強くないと辛いことだろうと想像しています。

Q:なぜ踊るの? と尋ねられたら、どう答えますか。

A:自己表現の最高に美しい方法の1つだから、と。身体に話させて、観客に語りかけられるとは、素晴らしいことです。そして、外には見せないようにですが、肉体的に自分の限界を超える努力をすることも好きなんです。

<<10のショート・ショート>>
1.プティ・ペール:バンジャマン・ペッシュ。入学した時、上級生の彼がとても優しくしてくれた。
2.プティット・メール:キャロル・アルボ。
3.趣味:料理。家に人を招くのも好きだし、夜、パートナーと二人だけでも料理をする。人に喜んでもらえるのは嬉しいし、気分転換にもなる。
4.昨日の小さな幸せ:作品を通しでリハーサルし、それが私たちを指導してくれたダンサーたちが気にいったこと。
5.大いなる野望:野望というより願望として、家庭を持つこと。そして、ダンスと同じくらい情熱を傾けられる仕事をみつけられること。
6.ダンス以外に考えられる職業:人道的支援の仕事。
7.この夏のバカンス:未定。おそらくトスカーナ地方。そして実家のあるバスク地方。いずれにしても、太陽のある場所へ。
8.他人からみた自分の性格の良い面:忠誠、忠実。
9.自分で思う自分の性格の悪い面:自分に自信が持てないこと。これは周囲の人には不愉快で、イラつかせることだとはわかってるものの・・。
10.自由時間にすること:ダンス以外のことをして、頭の中の風通しをよくする。それにより、身体も自然とほぐれると思う。

楽屋にて。 同室は同じくプルミエール・ダンスーズのエレオノーラ・アバニャート。 photo Mariko Omura

photo Mariko Omura

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