マルティネズとル・リッシュが鮮烈なマッツ・エクのダンスを踊った

ワールドレポート/パリ

三光 洋
text by Hiroshi Sanko

Ballet de l'Opéra national de Paris
パリ・オペラ座バレエ団

Mats Ek "La Maison de Bernarda", " Une sorte de・・・" マッツ・エク振付 
『ベルナルダの家』『一種の・・・』

幕が上がるとバッハが響き渡った。右手前に置かれた亡き夫の胸像の前にベルナルダと五人の娘、召使いの女が一人づつ前に進み出ては頭を垂れた。
大きなテーブルと数脚の椅子、布を被された家具が一つ、という簡素な装置により、外部に対して閉ざされた女性だけの家のがらんどうに近い寒々とした空間が目の前に広がっている。「黙れ」(Silence !)という言葉が登場したベルナルダからまず発せられた。
胸像を飾っているのだから豊かな家庭だが、厳格なカトリックの教義に従って8年間の喪に服しているベルナルダと娘たちは黒づくめの衣装をまとっていて、生活は質素そのものだ。
音楽が一変してギターが鳴り出し、マリ・アニエス・ジロの演じる召使いが現れてぱっと舞台が明るくなった気がしたが、ベルナルダが彼女を手荒く扱い、再び重苦しい雰囲気が支配した。
しばらくすると、音楽を突き抜けて聞こえてきたのはテーブルの周囲に集まった娘たちとベルナルダの祈りだとわかる。ほとんどわめいているようにも聞こえる。誰もが孤独と退屈に押しつぶされそうになっている。

『ベルナルダの家』マリ・アニエス・ジロ (C) Agate Poupeny/Opéra national de Paris

(C) Agate Poupeny/Opéra national de Paris

『ベルナルダの家』 ジョゼ・マルティネズ、シャルロット・ランソン (C) Agate Poupeny/Opéra national de Paris

(C)Agate Poupeny/Opéra national de Paris

美しい末娘(シャルロット・ランソン)一人だけが周囲に対して反抗する。チューリップを髪に挿して花の付いた青のワンピースで踊る。残りの四人と召使いがうらやましそうに眺めているが、そのうちよってたかってワンピースを剥ぎ取ってしまう。醜い長女の婚約者と目されている若い男(ステファーヌ・ブリヨン)が姿を現すと、末娘以外の四人はその横に座ろうと椅子を奪い合い、わめきちらす。

男の残した緑のショールに皆が手をふれ、においを深々と嗅ぐ。抑圧された性欲は娘たちの脚の震えにありありとうかがえる。
マッツ・エクはベルナルダを男性に演じさせた。高圧的な母親の無法な圧制を強調するためだろう。ジョゼ・マルティネズは冷ややかな視線としゃちこばった動きでベルナルダの専横ぶりをはっきりさせる一方で、娘たちから男のショールを奪い取ったり、後半、上半身裸になって家具を開けて中の十字架上から取り出したキリスト像を手に恍惚として踊り、グロテスクな側面もあますことなく表現した。

男を愛した末娘はベルナルダの杖を折り、まもなく首をつって母の築いた牢屋から「解き放たれる」。ベルナルダが祭壇の前に崩れ落ちるところで静かに幕が降りた。
エクは1936年6月19日にスペインの劇作家フェデリコ・ガルシア・ロルカが書きあげた最後の戯曲『ベルナルダ・アルバの家』を身体によって表現した。ロルカは強権的な宗教と母親による自由の抑圧とそれへの反抗とを、1930年代のアンダルーシアの小さな村を舞台に描いたが、それは劇作家自身が生きた歴史そのものでもあった。ロルカはちょうどその2ヵ月後の8月19日にフランコ派の兵士たちによって38歳で銃殺されている。演劇を学んだマッツ・エクならではの明快で劇的な緊迫感にあふれる舞台だった。わずか55分とは思えない動きと叫びによる密度の濃い時間が流れ、強い衝撃により圧倒された。

『ベルナルダの家』ジョゼ・マルティネズ (C)Agate Poupeny/Opéra national de Paris

(C)Agate Poupeny/Opéra national de Paris

『ベルナルダの家』ジョゼ・マルティネズ (C) Agate Poupeny/Opéra national de Paris

『ベルナルダの家』ジョゼ・マルティネズ (C) Agate Poupeny/Opéra national de Paris

『ベルナルダの家』 ジョゼ・マルティネズ、リュドミラ・パリエロ、クレールマリ・オスタ、オーレリー・バレ、アメリー・ラムルー (C)Agate Poupeny/Opéra national de Paris

『ベルナルダの家』 (C) Agate Poupeny/Opéra national de Paris

『ベルナルダの家』ジョゼ・マルティネズ シャルロット・ランソン (C) Agate Poupeny/Opéra national de Paris

『ベルナルダの家』ジョゼ・マルティネズ (C)Agate Poupeny/Opéra national de Paris

『ベルナルダの家』(C)Agate Poupeny/Opéra national de Paris

後半はがらりと雰囲気が変わって『一種の・・・』。奇妙な題だが、戦後ポーランドを代表する作曲家ヘンリック・ゴレッキの音楽を聴いた時に沸いてきたイメージをマッツ・エクが身体によって表現したものだという。ゴレッキの音楽は金管楽器が炸裂したり、遠くから鐘の音が響いてきたりする特異なものだが、エクの舞台にも騒々しい場面と静かな場面とが交互に現れる。
ニコラ・ル・リッシュとノルヴェン・ダニエルのカップルが演じたプロローグとエピローグの舞台はオーケストラピット部分だけが使われ、背後には黄色の間仕切りが下りている。

『一種の・・・』 (C)Agate Poupeny/Opéra national de Paris

(C)Agate Poupeny/Opéra national de Paris

ボルドー色のワンピースにローヒールのニコラ・ル・リッシュが平土間の一列目左の座席に座っていた男装のノルヴィン・ダニエルと踊りだす。女は男のヒールを手にして、それをグラスに見立てて「中身」を飲み干し、それから丁寧に洗う。男は女を「守る」ために大型スーツケースの中に閉じ込める。男がスーツケースを手にして退場すると、間仕切りが引き上げられると、壁が現れる。その上に色とりどりの風船が現れ、やがて一つ一つ破裂し、代わってしかめ面の顔が次々に姿をあらわす。それから、多くの男女がお互いを求め合って、息の切れるまで叫び声を挙げて駆け回る。
風船は衣装の下に隠され、妊娠した腹部、胸、お尻、男性器を暗示するが、いずれも舞い上がって消えるか、つぶれてしまう。不条理な夢とも現実ともつかない世界がいくつものカップルによって織り成されていく。
最後は金管楽器のクレッシェンドを合図に全員が床を転げ廻った後、いったん音楽が止み、間仕切りが降りて、最初の男と女が姿をみせ、服をとりかえ、やさしく接吻する。横になった男がいびきをかき始めるところで幕となった。
(2011年4月22日 ガルニエ宮)

『一種の・・・』ニコラ・ル・リッシュ (C)Agate Poupeny/Opéra national de Paris

『一種の・・・』ダニエル (C)Agate Poupeny/Opéra national de Paris

『一種の・・・』 (C) Agate Poupeny/Opéra national de Paris

『一種の・・・』 (C)Agate Poupeny/Opéra national de Paris

『一種の・・・』 (C)Agate Poupeny/Opéra national de Paris

『一種の・・・』 (C)Agate Poupeny/Opéra national de Paris

『一種の・・・』ミテキ・クドー バンジャマン・ペッシュ (C)Agate Poupeny/Opéra national de Paris

『一種の・・・』 (C) Agate Poupeny/Opéra national de Paris

『一種の・・・』ミテキ・クドー (C)Agate Poupeny/Opéra national de Paris

『一種の・・・』(C)Agate Poupeny/Opéra national de Paris

『ベルナルダの家」フェデリコ・ガルシア・ロルカの演劇にもとづく1幕バレエ 
音楽/バッハとスペインの伝統音楽
振付/マッツ・エク
装置・衣装/マリー・ルイーズ・エクマン
照明/ヨルゲン・ヤンソン
ベルナルダ/ジョゼ・マルティネズ
召使いの女/マリ・アニエス・ジロ
長女/リュドミラ・パリエロ
障害のある娘/クレールマリー・オスタ
若い娘/シャルロット・ランソン
双子の娘1/オーレリア・ベレ
双子の娘2/アメリー・ラムルー
男/フテファーヌ・ブリヨン
技術者/アンドレイ・クレム

『一種の・・・』
音楽/ヘンリック・ゴレッキ
振付/マッツ・エク
装置・衣装/マリア・ゲーバー
照明/エレン・リュージェ 
第1のパ・ド・ドゥ/ノルヴェン・ダニエル、ニコラ・ル・リッシュ
第2のパ・ド・ドゥ/ミテキ・クドー、バンジャマン・ペッシュ

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