オペラ座ダンサー・インタビュー:クリストフ・デュケンヌ

ワールドレポート/パリ

大村真理子(マダム・フィガロ・ジャポン パリ支局長)
text by Mariko OMURA

Christophe Duquenne クリストフ・デュケンヌ(プルミエ・ダンスール)

入団23年目の実力と若々しい青年の風貌を併せ持つ。4月は『ロメオとジュリエット』でベンヴォリーオ役を好演。

『ロメオとジュリエット」のファースト・キャストでベンヴォリーオ役を踊ったクリストフは、表情豊かに、生き生きとロメオの親友役を演じてみせた。別キャストで同役に配された若手ダンサーにはとても歯のたたぬ、作品に深みを与える役者ぶり。1週間後に舞台を控えたロメオ役の稽古に忙しいところ、インタビューに応えてくれた。

Q:ロメオ役を最初に踊ったのは、今から10年前のことですね。

A:ええ。『ロメオとジュリエット』はぼくにとって、大変特別な作品なんですよ。もともと踊る予定ではなかったのですが、ニコラ(ル・リッシュ)が怪我をし、バンジャマン(ペッシュ)も・・ということで、ぼくが代役となり、その結果、3週間で猛稽古をして舞台で踊る! ということになったんです。
当時ぼくはスジェでしたが、ジュリエットはエトワールのエリザベット・モーラン。彼女と素晴らしい舞台を共にできました。公演を見た人からも良かったといってもらえ、ぼくにとって最高の思い出といえるものです。

クリストフ・デュケンヌ (C)Michel Lidvac

(C)Michel Lidvac

Q:その大抜擢は怖くありませんでしたか。
A:全然! 人生で一度でもロメオを踊れるという貴重な機会です。うれしくてうれしくて・・・。ヌレエフのこのヴァージョンは振付がとても難しくて肉体的にも疲れます。でも演劇的な要素の強いバレエで、人物像も素晴らしく、とにかくロメオを踊れることに満足だったので、それ以外のことは何も思いませんでした。その後、2005年にレティシア(ピュジョル)、カリーヌ・アヴェルティとも踊っています。レティシアのジュリエットはエリザベット・モーランに通じるものがあります。今回、彼女はロメオ役のマチュー(ガニオ)と、大変息のあった舞台をみせてますね。母親になった彼女は、ダンサーとしての円熟味を増してるように思います。

Q:4月30日の舞台では、誰があなたのジュリエットですか。
A:ミリアム(オードブラム)です。彼女にとってジュリエットは初役なので、ぼくは一種継承をしてるという感じがあります。これは経験のあるぼくの役目だと思うんです。エリザベットはぼくがロメオの初役の際に、多くを教えてくれました。今度はぼくの番というわけです。若いダンサーが役を体得するのを助けるというのは、ぼくには新しい仕事ですね。ミリアムとはいろいろ話をし、意見を交わしています。例えばバルコニーのシーンは幸せだけがあるけれど、寝室のパ・ド・ドゥは違う。大公にヴェローナを去ることを命じられたロメオは、これでジュリエットに会えるのが最後になるかもしれないという思いがあり、夜が永遠に続くようにと願っている。だからステップの重いディテールがそうした気持ちを描いていて・・・というように彼女に説明しています。心理面、感情面が振付に、しっかりと描かれているです。

「ロメオとジュリエット」 左はティボルト役のステファン・ブリヨン (C)Michel Lidvac

「ロメオとジュリエット」 左はティボルト役のステファン・ブリヨン (C)Michel Lidvac

「ロメオとジュリエット」(C)Michel Lidvac

Q:ベンヴォリーオを踊るとき、ロメオ役も知っているということは強みになりますか。とりわけ第三幕のロメオとベンヴォリーオのパ・ド・ドゥにおいて、どうでしょうか。
A:そうですね。でも、ぼくはベンヴォリーオ役を1998年、2001年、2005年にすでに踊っていて、この役については熟知しています。先ほど継承について話しましたが、これまた同じで、ぼくがロメオ役の公演でベンヴォリーオを踊るヤニック・ビタンクールにこの役について伝えることができるんです。とりわけこのパ・ド・ドゥはタイミングが難しい。仮死とは知らず、ロメオにジュリエットの死をベンヴォリーオは告げますね。心の底からの絶望の叫びにつかれ、ロメオはのけぞるように後ろに大きく何度も身を投げます。
それをベンヴォリーオが受け止めるのですが、ロメオ役のダンサーは後ろが見えませんから、ぼくが細心の注意を払う必要があります。危険ですし、力も要ります。ロメオ役のマチュー(ガニオ)は、信じてるよ、といってくれます。ここでは本当に信頼関係が大切なんです。このパ・ド・ドゥ、好きですね。感情の盛り上がりがあって、すごく劇的で、きれい。

Q:ベンヴォリーオはどんな性格の青年ですか。
A:少々コミカルな面もありますが、戦闘を好まない平和主義者です。でも、友人のマキューシオが殺されたときは、"君のために殺されたんだ。さあ、復讐を"とロメオに強いるように、友情に忠実でもあります。それだけに、ロメオにジュリエットの死を告げるときには悲しみに心を痛め、彼の悲しみをどう救ってあげていいのかわからない・・・。さまざまなエモーションがあり、ベンヴォリーオの人物像はとても豊かなんです。

Q:自分に似ていると思う部分がある役ですか。
A:そうですね。ぼくも争いごとは嫌いですし、平和主義といえます。不幸な人を見るのが、ぼく、辛いんです。でも自分に似ていない役を踊るのも、興味深いことですよ。昇級コンクールで二回、『ノートルダム・ド・パリ』のフロロを踊っていますが、これはダークな人物ですよね。自分に似てない役というのは、別人になりきるという純粋に演じる面白みがあります。実は今回、本当はティボルド役を踊ることになっていたのです。尊大で、自信たっぷりな男で、どこか不吉な匂いがするという・・思いもしない自分を探ってみることになり、ティボルト役もきっと楽しめたことでしょう。
ダンスでは、言葉の代わりに身体で表現しますね。『ロメオとジュリエット』はこの点で、特に興味深い作品なんです。あいまいなウイ、ノンではだめ。観客に物語を理解してもらうには、正確な身体の動きをしなければなりません。ぼくは頭の中でテキストを読むように演じます。それによって正しい動きが生まれるんです。

「ロメオとジュリエット」マチュー・ガニオ(ロメオ役)と (C)Michel Lidvac

「ロメオとジュリエット」マチュー・ガニオ(ロメオ役)と (C)Michel Lidvac

「ロメオとジュリエット」(C)Michel Lidvac

Q:ヌレエフ作品を踊るのは好きですか。
A:はい。昨年末は『白鳥の湖』がありました。大人になりかける年齢で、自分がどうなのか、どうなるのか、と苦しむ王子ですね。『くるみ割り人形』はドロッセルマイヤーとプリンスの2面、というように、ヌレエフの作品は男性の心の動きを作品にとりいれています。テクニックを超えて、主人公の心理面を伝えることが大切なんです。従って、ダンサーにとってチャレンジとなります。『ライモンダ』のジャン・ドゥ・ブリエンヌ役は、獣的なアブディラムに比べ、人物的に語るものがありません。でも、テクニック的には大変に凝ったものなので、アーティスティックな面でのサポートがない分、逆により難しい役なんですよ。

Q:今後踊りたい作品は何ですか。
A:ぼくはすでにたくさんの作品を踊っています。そうですね、ヌレエフ以外では、マクミランの『マノン』のデ・グリユー役をぜひに、と願っています。
そして『オネーギン』でしょうか。『ジゼル』はドロテ・ジルベールとイタリアで踊っていますが、オペラ座でも機会があれば、うれしいです。この3つですね。

Q:踊る機会がなくても悔いのない作品はありますか。
A:踊りたいと思ってた『白鳥の湖』『くるみ割り人形』『ロメオとジュリエット』の3作品はすでに経験ずみなので・・・。素晴らしいキャリアだと思っています。もちろんぼくが仕事をきちんとしてることもありますが、チャンスという要因も大きいですよね。『ドン・キホーテ』は踊っていませんが、自分がこの役に向いてると思わないので、惜しいとは思いません。

Q:2006年のコンクールでプルミエ・ダンスールに昇級したときの、自由曲には何を選びましたか。
A:『椿姫』が課題で、自由曲はジェローム・ロビンズの『アザー・ダンス』です。ロビンズ作品は大好きです。非常に音楽的。『イン・ザ・ナイト』はエトワールにとっても夢のレパートリーですが、ぼくは、これを踊れるチャンスにも恵まれました。それにぼくが入団当時は毎年のように創作があり、よく彼がオペラ座に来ていたんです。ぼく、彼が好む10名くらいのダンサーの一人だったんです。彼から、スマイリー! って呼ばれていました。

Q:ダンスを始めたきっかけは何ですか。
A:姉とバレエ教室に通い始めたのが、7歳のときです。水曜の午後は授業がないので、何かお稽古事を、と両親が考えたからです。母の知り合いの子供がダンスを習ってるというので、うちの子も・・・と。先生はオペラ・コミックのダンサーで、オペラ座のダンサーになった人をけっこう育てている人でした。

Q:ダンスはすぐに好きになりましたか。
A:はい。音楽にのせて踊るというのが、とても気に入りました。教室にはピアニストがいて、『白鳥の湖』『眠れる森の美女』といった古典名作の曲をたくさん弾いてくれて・・。

「椿姫」デ・グリユー役 (C)Michel Lidvac

「椿姫」デ・グリユー役
(C)Michel Lidvac

とにかく、音楽の魅力にひきつけられんです。それに先生にも恵まれました。ぼく、彼女が大好きだったんです。彼女もぼくの力を伸ばそうとしてくれました。

Q:オペラ座の学校には何歳のときに入学したのですか。

A:先生がぼくには素質があるから、オペラ座の学校を試すべきだというので、9歳のときに試験を受けました。最初は身体と健康のチェック。次がテクニック。それから研修期間があり、生徒となりました。当時はまだ5年制でしたので、第五ディヴィジョンからです。

「ライモンダ」 (C)Michel Lidvac

「ライモンダ」
(C)Michel Lidvac

Q:どのような学校時代でしたか。
A:ぼく、7年間いたんですよ。幼くして入った上に、第四、第三と順調にあがって・・・他の第三ディヴィジョンの生徒は14~15歳というのに、ぼくはまだ11歳。若すぎるからと、第三ディヴィジョンを3年することになりました。当時、ガルニエ宮の中に学校があったので、コール・ド・バレエのレッスンを覗いたり、公演を見たり、と毎日を楽しんでいました。ロゼラハイタワー版の『くるみ割り人形』や『ライモンダ』『眠れる森の美女』の公演にも、参加しました。舞台にたつ喜び。これは、素晴らしいことです。クロード・ベッシーはとても厳しかったので、つぶされないように精神的に強くある必要がありました。でも高い要求がクオリティを生むのですからね。オペラ座、それはクオリティですから・・・。

Q:他にはどういった思い出がありますか。
A:ぼくが最終学年の1987年に、ナンテールに学校が引っ越しました。そして1988年にはニュ-ヨーク・ツアーがありました。壊れかけたような場所に宿泊。『2羽の鳩』『祭りの夜』の2演目に加え、オペラ座カンパニーとの「デフィレ」があり、それにイヴェット・ショヴィレ、マーゴット・フォンテーンなどが出るガラも・・。

著名な素晴らしいダンサーばかりなので、ぼくたち生徒は大興奮でした。当時一緒だったのは、ニコラ・ル・リッシュ、ジョゼ・マルティネズ、ジャン・ギヨーム・バール、クレールマリ・オスタ・・。彼らとは、みんな一緒にその後、入団しました。ぼくは16歳でした。

Q:これまでダンスを辞めたいと思ったことはありますか。

A:一度もありません! ぼく、幸運なことに体の故障がほとんどないんです。膝のトラブルで、2~3年前に半年休んだくらいで・・。怪我が多いと、精神的に参ってしまうだろうと思います。ダンスと偶然に出会い、怪我もなくここまで来て、ぼくは本当に運がいい。誰もがこうしたチャンスを得られるものではないからね。もちろん、自分自身でも怪我のないように努力しています。ストレッチをたくさんしますし、食事にも大変気を使っています。アルコールもたばこもたしなみません。健全そのものの生活。この健康が続きますように! って、祈っています。ダンスという、自分がしていることにとても満足。幸運ですよね、情熱を傾けられる仕事を持てるのは。ぼく、舞台上で本当に幸せなんです。今年で23年目ですが、年齢より若く見えるとよく言われます。それは子供の心を持ち続けてるからじゃないかな・・。ダンスがもたらしてくれることです。自分が踊るだけでなく、他の人が踊るのをみることでも、ダンスに常には心が震わされます。

Q:オペラ座での次の舞台は何ですか。
A:ジョゼ・マルティネズの『天井桟敷の人々』です。ぼくが踊る伯爵役は、最初は影の薄い存在なんです。でも、ある瞬間、ガランスにすべてを与え、それでも彼女の気持ち自分ではなくバチストにあるということで、狂気に襲われ、舞台上で大声で叫びますね。ずっと物静かに控えていた彼のこの狂気は、興味深いものです。劇中劇を伯爵が見るシーンでは、ぼくは劇場内の桟敷に座るんですよ。こうした劇場の使いかたは、ジョゼの素晴らしいアイディアです。幕間には大階段で劇中劇がくりひろげらますね。それを見る観客は、バレエ作品の中の観客ということにもなって・・・楽しめると思いますよ。

「天井桟敷の人々」 (C)Michel Lidvac

「天井桟敷の人々」
(C)Michel Lidvac

ヌレエフ版「眠れる森の美女」 (C)Michel Lidvac

「眠れる森の美女」
(C)Michel Lidvac

キリアン振付「ステッピング・ストーン」 (C)Michel Lidvac

「ステッピング・ストーン」
(C)Michel Lidvac

<<10のショート・ショート>>
1.プティ・ペール:いません
2.プティット・メール:ノエラ・ポントワです。『くるみ割り人形』の公演で一緒だったのですが、その最終日に勇気をふりしぼってお願いしました。
3.趣味:TVでテニスの試合を見ること。映画、演劇鑑賞も好きです。最近の映画では『Morning glory』『the company men』を楽しみました。
4.昨日の小さな幸せ:ロメオ役の稽古があり、リハーサル・スタジオにこもっていました。その上、扉に指を挟む怪我をしてしまって。でもぼくはコップの半分の水を見て、半分しかないというのではなく、まだ半分ある! と思うタイプ。怪我は世間の他の不幸に比べれば小さなものだし、晴天続きで快適ですし・・・。
5.自分の性格で誇れる面:いつも微笑んでるね、といわれます。楽観主義なのでしょう。人間が好きで、周囲の人が幸せなら、ぼくも幸せです。
6.ダンス以外に考えられる職業:幼くして自分の道をみつけたので、他のことは考えたことがありません。学校の授業で数学が好きだったので、その関係の仕事か、あるいは子供が好きなので先生か。
7.ストレス解消法:一人の時間を持つこと。リハーサルなど身体を使った後は入浴。37~40度のお風呂に入り、体の緊張をほぐします。ついで、4~5分、15度くらいの冷たいお風呂で、体を再生させます。
8.夏のバカンス先:少しばかりコルシカで過ごし、その後、まだ決定ではないのですが、タイのプーケットを考えています。
2.大いなる野望:人生最大の願いは、踊りたい役を踊ることで、それはすでに叶えられています。
10.引退後について:ダンスの教師。そして、ときどきは自分の踊った役について次世代のダンサーに継承する機会も欲しいですね。ダンスの世界にいながら、今より自分の時間があるというのが理想です。

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