濃密なスペイン情緒と豪華な装置、ガニオ、ジルベールが踊った『パキータ』

ワールドレポート/パリ

三光 洋
text by Hiroshi Sanko

Ballet de l'Opera national de Paris
パリ・オペラ座バレエ団

Pierre Lacotte PAQUITA  ピエール・ラコット改訂振付『パキータ』

金管楽器のファンファーレではじまるエドワール=マリー=エルンスト・デルデヴェーズ(1817・1897)作曲の序曲が終わると薄布幕が上がった。奥に架け橋と滝の見えるスペインのサラゴズに近い「雄牛の谷」が現れる。切り立った岩の下に広がる荒涼とした谷底が第1幕の舞台となる。絵を描いた布とはりぼてという装置は、1846年パリ・オペラ座初演当時のものを綿密な考証に基づいて復元していて、レトロな魅力たっぷりだ。
左手には、この未開の地で1795年の5月5日に山賊に暗殺された、デルヴィリ伯爵と夫人、娘を追悼した大きな大理石が建てられている。伯爵の兄弟であるデルヴィリ将軍と将軍の息子リュシアンとその祖母を、地方長官のドン・ロペス・ド・メンドーザと妹のドニャ・セラフィーナが迎える。賓客をもてなすための村の大きな祭りが始まる。

『パキータ』 (C)Agathe Poupeney / Opera national de Paris

装置も手がけたルイザ・スピナテッルリによる色鮮やかな衣装がカスタネットの響きとともに、スペイン情緒を印象付けた。
ドン・ロペスは妹のセラフィーナをリュシアンと結婚させようとしていて、二人が踊る。ここでマチュー・ガニオが礼儀正しく振る舞いながらも、相手に気のないことをそれとない物腰と相手に焦点の結ばない視線でさりげなく表現した。
ついで、右手奥にジプシーの一団がテントを張り、やがてヒロインのパキータが登場する。1846年の初演では名花カルロッタ・グリジ(1819・1899)が踊った。テオフィル・ゴーチエは「繊細な肌、紺碧の瞳、金髪の姿は赤いバラの花束に混じった一本の白バラだ。ムーア人の血はこの小さな青い血管には一切流れていない。」と熱狂した。

『パキータ』ドロテ・ジルベール、マチュー・ガニオ (C)Agathe Poupeney/Opéra national de Paris

当夜のヒロインはドロテ・ジルベール。きびきびとした動きと余裕たっぷりの表情は、切なげなリュシアン(ガニオ)の視線を引き付けてやまない。タンブリンを手にした華やかなスペイン舞踊は異国情緒をいやでも盛り上げる。
一方、ステファン・ファヴォロンの首領はヒロインに目をつけ、彼女がリュシアンと互いに惹かれあうのを目の当たりにして嫉妬の炎を燃やすのを、劇画的といってよいほど誰にもわかりやすい表情と演技で見せ、場面の緊張感を高めた。パキータが大事にしている貴族の肖像が入ったロケットを盗み取るところは本物のジプシーはだしの巧みさだった。

白服にワインレッドのジレというかわいらしい衣装でパキータが舞台前方に現れ、ロケットがないことに気づいて一瞬深い悲しみを見せるが、気丈にもすぐ気を取り直して踊る場面の表情の変化も鮮やかだった。
リュシアンはこれといって性格づけがされていない。それだけにダンスの技量以外のプラスアルファが求められる。ガニオのきゃしゃな、いかにもフランスの優男らしい立ち振る舞いは甘いマスクとともに、気品ある貴公子の役にぴったりだった。
この三人のパントマイムの演技力にも長けたダンサーのおかげで、第2場のブルジョワ館でのリュシアン暗殺未遂の場面も緊張の糸が途切れず、バレエ・パントマイムならではの展開を楽しむことができた。
扇子を手に、カスタネットの入った音楽をバックにしたパキータの踊りはこの場面で特に目を引いた。

休憩後の第2幕は、舞台奥に大階段を配した豪華な装置によるサラゴス長官の宮殿で繰り広げられる。ここで、まずリュシアンを暗殺しようとしたドン・ロペスが逮捕される。命を救ってくれたパキータにリュシアンが結婚を申し込むが、パキータは格式違いの結婚による彼の将来を案じてその場を去ろうとする。その時、壁にかけられていた将校の肖像画がパキータのロケットの肖像と一致することに気づき、彼女がジプシーに誘拐された娘であることが判明し、二人は結ばれる。ここで物語は終わるが、その後にマリウス・プティパが付け加えたディヴェルティスマンとなり、主役二人のパ・ド・ドゥ、かわいらしい子供たちのポロネーズ、グランパが華やかに展開する。
このバレエ・パントマイムはバレエ・ブランに続いて当時パリで流行したスペイン趣味を色濃く反映した作品だが、一時はすっかりレパートリーから外れていた。19世紀フランス・バレエにくわしい振付家のピエール・ラコットが残された数多くのパと楽譜をもとに、様式を尊重しながら丹念にニュアンスを2001年に復元したものである。筋の単純なメロドラマだが、19世紀のパリやロシアと同様に、21世紀のパリの観客も独自の色彩を持った作品として暖かく迎えていた。
(2010年10月25日 ガルニエ宮)

『パキータ』ドロテ・ジルベール、マチュー・ガニオ (C)Agathe Poupeney/Opéra national de Paris

『パキータ』マチュー・ガニオ (C)Agathe Poupeney/Opéra national de Paris

『パキータ』マチュー・ガニオ (C)Agathe Poupeney/Opéra national de Paris

『パキータ』 (C)Agathe Poupeney/Opéra national de Paris

Photos:© Agathe Poupeney/Opéra national de Paris

台本/ポール・フーシェ、ジョゼフ・マジリエ、音楽/エドアール・マリー・デルドヴェーズ、ルドヴィッヒ・ミンクス、アダプテーションと改作振付/ピエール・ラコット(2001年プルミエ)、原振付/ジョセフ・マジリエ、マリウス・プティパ
衣装と装置/ルイザ・スピナテッルリ、照明/フィリップ・アルバリック
フィリップ・フイ指揮 パリ国立オペラ管弦楽団

パキータ/ドロテ・ジルベール、リュシアン・デルヴィリ/マチュー・ガニオ、イニーゴ/ステファーヌ・ファヴォラン、 ドン・ロペス/エリック・モナン、ドニャ・セラフィーナ/エヴ・グリンスタイン、将軍、デルヴィリ公爵/リチャード・ヴィルク、公爵夫人/ ジュリエット・ゲルネーズ、パリ国立オペラ座バレエ
団、パリ国立オペラ座バレエ学校生徒

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