夢幻の世界に誘ったトリシャ・ブラウン演出、ラモーの『ピグマリオン』

ワールドレポート/パリ

三光 洋
text by Hiroshi Sanko

Festival d'Aix en Provence エクサンプロヴァンス音楽祭

Trisha Brown Dance Company トリシャ・ブラウン・ダンス・カンパニー
Rameau ≪ Pygmalion ≫ Trisha Brown
トリシャ・ブラウン振付、ラモー『ピグマリオン』

フランスを代表するエクサンプロヴァンス音楽祭でトリシャ・ブラウンの「演出」によるラモーの『イポリットとアリシー』(抜粋)と『ピグマリオン』が上演された。ブラウンはすでにブリュッセルのモネ歌劇場で1998年にモンテヴェルディの『オルフェオ』(ルネ・ヤコプス指揮)でバレエ振付家によるオペラ演出の可能性を示し、注目された。(この舞台はエクサンプロヴァンス音楽祭でも再演されている。)
トリシャ・ブラウンは今回も18世紀のムニュエ、パッサカーユ、リゴードンといった典雅な宮廷舞踊を再現するのではなく、クラシック・バレエの土台となった当時のダンスの技法を踏まえながら、ラモーの音楽のリズムと曲想に見合った抽象的な現代のステップで振付けた。
ブラウンはインタヴューで「オペラの台本と音楽の意味をより強めるような振付を目指しました。この手法によって伝統的なオペラで使われている動きに新しい息吹を吹き込むとともに、声と台詞が筋を語っているのと同等あるいはそれ以上のレベルに振付を位置づけようとしました。所作の持つ視覚的、比喩的意味によって作品の語りの構造と感情的な内容を観客に伝えています」と語っている。

ラモー『ピグマリオン』 Photo (C)Elisabeth Carecchio

本来、歌とダンスが等しく重要なラモーの曲とあって、ダンサーだけではなく、ソロ歌手も踊りの輪に加わった。 前半の『イポリットとアリシー』(抜粋)が義理の息子への道ならぬ恋にさいなまれる王妃フェードルの苦悩、後半の『ピグマリオン』が自分が制作した理想の女性像がヴィーナスの奇跡により命を与えられた彫刻家の愛の喜び、という愛の二面が主題となっている。
『イポリットとアリシー』では、水墨画を想わせるブラウンがチョークで描いた曲線のデッサンを背景に王妃フェードル(カロリナ・ブリクシット)が悔悟の念を迸らせる場面の簡素な美が清冽な印象を与えた。『ピグマリオン』では「愛」に扮したソフィー・カルトホイザーがバロック演劇に特有の宙吊りで、空中を舞う場面の優雅な動きは見る人を夢幻の世界へと誘った。
抑制された無駄のない肌理の細かい振付が、クリスティー指揮による洗練されたラモーの音楽と一体となった公演と私には思えたが、批評家の評価は真っ二つに割れた。「愛の軽やかな眩暈(めまい)」と題した批評でフィガロ紙のアリアーヌ・バヴリエは「すべてが音楽の網の目から立ち現れ、目と耳と頭を同時に楽しませた。」と賞賛したが、ルモンド紙のルノー・マッシャールは「トリシャ・ブラウンはラモーの『ピグマリオン』を歪曲した」と酷評した。映画監督、舞台装置家、演劇畑の演出家がすでにオペラ演出の世界で広く活躍しているのに対し、バレエの振付家によるアプローチは未だに市民権を得るに至っていないようだ。
(7月19日 エクサンプロヴァンス音楽祭)

ラモー『ピグマリオン』 Photo (C)Elisabeth Carecchio

ラモー『ピグマリオン』 Photo (C)Elisabeth Carecchio

Photos:(C)Elisabeth Carecchio

指揮/ウイリアム・クリスティー
振付・演出・舞台装置/トリシャ・ブラウン
衣装/エリザベス・カノン
照明/ジェニファー・ティプトン
レザールフロリッサン管弦楽団・合唱団
歌手/ソフィー・カルトホイザー、カロリナ・ブリクシット、エマニュエル・ドゥ・ネグリ、エド・リヨン

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