父と娘の隠された結びつきに迫るプレルヨカーユの『白雪姫』
- ワールドレポート
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掲載
ワールドレポート/パリ
- 三光 洋
- text by Hiroshi Sanko
Theatre national de Chaillot
シャイヨ国立劇場
Angelin Preljoca j: Blanche Neige
アンヨラン・プレルヨカーユ振付『白雪姫』
昨年の欧州バレエ界のヒット作は何と言ってもプレルヨカーユの『白雪姫』だった。2008年9月にリヨン・ビエンナーレで初演されて以来、すでに昨年12月16日のカン劇場(フランス・ブルターニュ地方)で100回公演に達し、15万人の観客を集めた。12月から1月にかけてのパリ・シャイヨ国立劇場のクリスマス公演に続いて、台湾、ギリシャ、レバノンと海外公演が続く。1月21日にはプレルヨカーユ自身がカメラを手に撮影したDVDが発売された。(MK2製作)
プレルヨカーユによると「客席からは見えない部分を撮影した。ダンサーに近づくのが撮影の魅力」だという。
近年、プレルヨカーユは『Empty moves』『 Eldorado』と抽象的な作品を手がけたきた。ルーティーンに落ち込まないために、また「物語を語りたい」という欲求から『白雪姫』を振付けた。
プレルヨカーユの『白雪姫』はウオルト・ディズニー流の「よい子のためのエンターテイメント」ではない。お伽噺に秘められた生々しい人間の欲望を正面から見つめた作品となっている。
異性の親と子供との関係は多くの芸術家が古代から取り上げてきた主題だ。最も有名なのはそれと知らずに父王を殺害し、母である后と結婚してしまったギリシャのエディプス王だが、プレルヨカーユによれば白雪姫はその逆のケース、娘と父親との隠された結びつきが物語を解く鍵になっているという。
これは、前半の舞踏会の場面で、王と白雪姫が高い椅子から踊り手たちを見下ろしているところにはっきりと象徴されている。通常は幼女とされる白雪姫は「性に目覚めるころ」の少女に設定されている。舞踏会で男性が差し出した赤いマフラーに残った香りを白雪姫が嗅ぐ動作に少女の欲望が象徴的に、しかし、はっきりと示されている。父娘の絆を断とうとするのが王妃であるのは言うまでもない。こうして、王妃が王子と白雪姫が踊っているところに猫の怪獣二匹と侵入する。
プレルヨカーユの舞台を特徴づけていることに、音の扱いがある。パリ国立オペラ座バレエ団のために創作した『ル・パルク』がそうだったが、今回も3種類の音が使い分けられていた。マーラー、付加音、沈黙である。(『ル・バルク』ではフランスの宮廷音楽、付加音、沈黙)この音の変化が、ドラマにめりはりをつけ、バレエの雰囲気そのものを瞬時にして転換させている。また、照明により踊る空間を次々に変えることで、流れるように円滑な場面転換が行われている。
人間の身体を直視してきたプレルヨカーユだけに、細かい動きも見逃せない。姫が死んだと思い込んだ王子が「死体」とのデュオを演じる場面での、弛緩した白雪姫の身体は、逆に王子の絶望を浮き彫りにしていた。白雪姫のドレスがまくれ上がり、脚がずべてあらわになることから生まれる生々しいエロスもこの振付家ならのでものだろう。王子の自虐的な動きがその印象を一層強める結果になっていた。その後、仮死状態にあった白雪姫が目覚めるところでは、最初に肩が痙攣する。
グリムの原作に忠実であることを、一番明瞭に見せたのはやはり最後の場面だ。
金の粉が降り、王が見守る中、婚礼の舞踏会というハッピーエンドで終わるのではなく、王妃がまっかに焼けた靴を履かせられ、狂い踊るところで幕が降りる。物語の隠されたヒロインは、年齢を重ねても異性を誘惑し続けることに執念を燃やす王妃というナルシストの女性だったのである。
(2010年1月6日 シャイヨ国立劇場)