死者によるバレエ『3人のソナタ』他、ベジャール・バレエがオペラ座公演
- ワールドレポート
- パリ
掲載
ワールドレポート/パリ
- 三光 洋
- text by Hiroshi Sanko
Béjart Ballet Lausanne
ベジャール・バレエ・ローザンヌ
Maurice Béjart : Sonate à trois, Webern Opus V, Dialogue de l'ombre double, Le marteau sans maître
モーリス・ベジャール振付『3人のソナタ』(1957年)、『ウエーベルン作品第5番』(1966年)『2重の影の対話』(1998年)、『主なき鎚』(1973年)
モーリス・ベジャール振付・演出『3人のソナタ』
ベジャール・バレエ・ローザンヌのパリ国立オペラ座での引越公演が18年ぶりに行われた。
『3人のソナタ』は、ジャン・ポール・サルトルの実存主義演劇『出口なし』にモーリス・ベジャールが触発されて、1957年にベジャールが主宰していたエトワール・バレエ団によりエッセンで初演された作品である。その時はベジャール自身がガルサン役をつとめ、ミッシェル・シニューレ(エステル役)、タニア・バリ(イネス役)が共演した。パリ国立オペラ座バレエ団のレパートリーに入ったのは1986年でモニック・ルードリエール、シルヴィ・ギエム、ジャン・イヴ・ロルモーが踊った。
3つの黒い椅子と閉まった扉と天井が上方からの照明に浮かび上がる。光でシンプルな装置が作る閉鎖された空間が、男と女性二人の計三人の死者が閉じ込められた部屋を象徴している。鏡のない出口のない部屋では、自分の姿は他の人間を介さない限り見えない。原作はサルトルが「他人は地獄である」というテーマを演劇によって表現しようして試みた作品で、実存主義が流行した時期にはしばしば上演されたが、今では舞台にかかることは少ない。
ピアノ二台と打楽器によるバルトークの音楽は沈黙からスタートし、夜の闇を表している。女性のうちの一人が男性に近づくともう一人が割って入り、女性二人がいっしょにいると、今度は男性が二人を引き離そうとする。劇作品では男性は徴兵忌避で銃殺されたジャーナリスト、女性は同性愛相手とガス心中したイネスと嬰児を殺したあと肺炎で死んだエステル、という具体的な人物像が与えられている。しかし、ベジャールのバレエは一切そうした側面には触れない。振付家はパントマイムの手法ではなくクラシックバレエの技法だけを使って、互いに語りあいながらも、相手のメッセージを受け止めることのできない死者たちの虚無を、叙情性をそぎ落とした音楽にぴったりと寄り添った身体の抽象的な動きだけで、まざまざと感じさせた。
モーリス・ベジャール振付『ウエーヴェルン作品第5番』
青の照明を背景に白の衣装の男女によるパ・ド・ドゥが、舞台上の弦楽四重奏団の奏でるウエーベルンの音楽をていねいになぞっていく。1966年3月26日に20世紀バレエ団のマリー・クレール・カリエとジョルジュ・ドンによりブリュッセルのモネ王立歌劇場で初演された。パリ国立オペラ座バレエ団のレパートリーに入ったのは1967年には、ジャックリーヌ・ライエとジャン・ピエール・ボヌフーによって踊られた。
ダリア・イヴァノヴァとポール・クノブロックの二人の流れるような身体の動きに、まず目を奪われた。二人の動きは沈黙と音の境界が作るウエーベルンの特殊な音空間に、一切の不純物のないダイヤモンドのような精緻さをもって刻まれていく。ソロの部分でイヴァノヴァが踊りながら、男性の方に走らせる視線も印象的だった。
「様式と雰囲気とを洗練させること。テクニックと音楽の緻密さを一体にし、心情とダンスのロマンチスムを重ね合わせること。ヴァリエーションの間で急がず、「サスペンス」をもってゆっくりと身体を移動させること」というベジャールが初演に際して、ライエに送ったメモが文字通り実現したようなダンスと音楽が溶け合った舞台。息をひそめて見守っていた客席から割れるような拍手が送られた。
モーリス・ベジャール振付『二重の影の対話』
前半の最後はフランス現代音楽の巨匠、ピエール・ブーレーズ作品の題名をとった『二重の影の対話』だった。この作品は1998年5月27日にローザンヌのエスパス・オデュッセイで、ベジャールの後継者ジル・ロマンとクリスティーヌ・ブランによって初演されている。ベジャールとブーレーズは20世紀後半にダンスと音楽ということなる分野ながら、ともに今までにないものを求めて新たな地平線を切り開いていった。1962年のザルツブルク芸術祭で聴いたブーレーズ指揮『春の祭典』の衝撃はベジャールの念頭を去ることがなかったという。
「二重の影」はポール・クローデルの戯曲『繻子の靴』に登場するドンニャ・プルエーズと彼女の影である守護天使を指している。それをブーレーズは舞台上のクラリネット奏者の演奏と、録音された演奏との対話によって表現した。ブーレーズの音楽を耳と頭だけではなく、全身で感じたいというのがベジャールの望みだったが、アラン・ダミアンの自在なクラリネットの音に瞬間ごとに反応するカテリナ・シャルキナとオスカール・シャコンにより、音楽と身体の対話となっていた。尻尾を振る二頭のライオンのぬいぐるみと、クラリネット奏者との鬼ごっこが緊迫したダンスと好対照で、和やかな雰囲気を醸し出していた。
モーリス・ベジャール振付『主なき鎚』
ピエール・ブーレーズの代表作『主なき鎚』は時として能の音楽を思わせる。特にフルートは日本の横笛の音色に近い。6人の奏者と女性歌手(コントラルト)に対して、ベジャールは6人の半裸の男性ダンサーとエヴ役のバレリーナを配している。ベジャールは振付にあたって、ブーレーズが触発されたルネ・シャールの詩を何度も読み返した。もちろん、ベジャール自身が語っているとおりダンサーの動きは抽象的で、あらゆる解釈は見る人の自由にゆだねられている。
後年、三島由紀夫を主人公に据えた『M』(1993年)や『ザ・カブキ』(1986年)を制作したベジャールが日本文化を体感したのは、ブーレーズ作品の振付がきっかけだったのかもしれない。
エブ役のエリザベト・ロスは、歌舞伎の黒子に似た衣装をまとった男性たちにリフトされて登場する。黒子に操られたエブの動きは人形浄瑠璃を思わせる。フルート、ギター、女声という組み合わせの音楽とエブ、打楽器と男性たちとが交互になる構成で、音楽とダンスとの一体化が図られている。最後は男女が大きな布に包み込まれ、周囲に男性たちが横すわりになったところで幕となる。
4つの作品を通じて、現代音楽の最高の演奏とそれに符号する卓越したダンサーたちとが音と身体という異なった芸術表現を、完璧に収斂させた緊張感に快い興奮を感じた忘れがたい時間だった。
(2010年2月5日 パリ・オペラ座ガルニエ)