『くるみ割り人形』の理想のカップル、ドロテ・ジルベール&マチュー・ガニオ
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掲載
ワールドレポート/パリ
- 秀 まなか
- text by Manaka Shu
Ballet de l'Opera National de Paris
パリ国立オペラ座バレエ団
Rudolf Nureyev : Casse-Noisette
ルドルフ・ヌレエフ振付『くるみ割り人形』
単なる偶然に過ぎないのだが、なぜか、ルドルフ・ヌレエフ振付の『くるみ割り人形』はストライキを呼び込む。レパートリーの広いパリ・オペラ座バレエにしては珍しく2年振りと、早いサイクルでの冬の風物詩の到来となったのだが、よりにもよって、年末のパリでは、一部公共交通機関の団体交渉が続行中。また、あの悲劇が繰り返されるのだろうか、と、まるで2幕冒頭のクララのように、2年前の悪夢が脳裏に思い浮かぶ。
前回2007年の再演の際には、年金法案に反対する大規模なストライキのせいで、初日から中止に追い込まれる事態に陥った。第1キャストのニコラ・ル・リッシュ、レティシア・ピュジョルは1回も踊れず、その後も毎日昼過ぎまで上演の可否が決まらない。結局、2週間近く、やきもきさせられたのである。
そんな不安をよそに、今年の公演は、12月11日に全20回公演の幕が無事に上がった。それは、第1キャストのドロテ・ジルベールの強運のおかげかもしれない。彼女は、2007年11月19日、衣裳なし、メイクなし、冒頭の1景のみの装置で、ストライキの最中に強硬上演された公演で、クララ役を見事に踊り切り、エトワール昇格を掴み取った実績を持つ。当時、マニュエル・ルグリに引っ張られる形で踊っていた初役だったが、今回は2度目。エトワールとしての貫禄が滲み出て、相手役のマチュー・ガニオをリードする余裕すら見せていたのである。
周知の通り、ヌレエフ版の『くるみ割り人形』のパは忙しない。一音に、3つから5つのパが入っているので、歩く暇を与えないのだ。だから、ダンサーたちはパを踏むことに必死になり、クララの王子に対する憧れ、思春期特有の不安を表現する以前に撃沈していく羽目になる。
たとえば、2007年に登場した面々、ジェレミー・ベランガール、ミリアム・ウルド=ブラーム、ノルウェン・ダニエル、ステファン・ファヴォラン、マティルド・フルステ、ジョシュア・オファルト、ボリショイ・バレエからの客演したスヴェトラーナ・ルンキナがそうだった。今年の公演で言えば、メラニー・ユレル、クリストフ・デュケンヌだ。2年前とは打って変わって、相当踊り込んだ跡が見えたが、残念ながら、ドラマを語るまでには至らなかった。
その点、見るからに少女そのものの初々しいジルベールは、天性の音楽性と、キレの良い足捌きで、クララが成長する過程を浮き彫りにし、最後のグラン・パ・ド・ドゥでの、成熟した女性への変貌を描いてみせた。それも、自然の流れで。特に演技を考えなくても、クララになれてしまうとジルベール自身が語っているように、ヌレエフ版の『くるみ割り人形』のパは、ストーリーテラーなのだ。恐ろしく複雑なパを物ともせずに踏めて初めて、観客をクリスマスの夢に酔わせることができるのである。
もちろん、クララが憧れるドロッセルマイヤー/王子の存在も重要だ。マチュー・ガニオについては今さら説明する必要もないだろう。舞台に立っているだけで観客の目を奪う天性の華、王子そのものの容姿、非の打ちどころのないバットゥリー、頼もしくなったサポート力、茶目っ気溢れる演技など、美点を挙げたらキリがない。敢えて難点を挙げるとすれば、美し過ぎる容姿が邪魔をして、眼帯をしていても、足をひきずっていても、高齢のドロッセルマイヤーにはとても見えないことと、パをあまりに淡々と完璧にこなしてしまうために、ジルベールが見せたような<ヌレエフ特有のパの粘り>が少々足りなかったことぐらいだろうか。とはいえ、ジルベールとの相性も良く、現時点でのオペラ座の『くるみ割り人形』の理想的なカップルと言える。
ジョシュア・オファルトのチャイナ、アクセル・イボ、マロリー・ゴディオンのフリッツとスペイン、ワルツの芯を踊ったエロイーズ・ブルドンなど、目を見張るダンサーは多いが、特筆ものは、カール・パケットのアラブだ。彼のアラブを見る機会は多く、かれこれ10回以上見ているだろうか。2000年、2007年、2009年と『くるみ割り人形』の再演のたびに、完成度を上げ、今ではアラブといえばパケット以外に考えられないほどのレベルに仕上がっている。大晦日にエトワールに昇格したことで、今後『くるみ割り人形』が再演されても、彼がアラブを踊る機会はまずないだろうという事実は至極残念に思えてくるくらいだ。
ケヴィン・ロデスの献身的な指揮に引っ張られたコロンヌ管弦楽団も心地良い演奏をした本公演は、まさに、観客に贈る、オペラ座バレエからのクリスマス・プレゼントであった。