エルヴェ・モローとヴィラドムス、2人のアーチストが出会い、素晴らしいプロジェクトが誕生した

ワールドレポート/パリ

濱田琴子(在パリジャーナリスト)
text by Kotoko Hamada

「Stars in the Moonlight  月夜に煌めくエトワール 」

すでに公演概要が発表されたので、来年1月の公演を心待ちしている人もいるのではないだろうか。「Stars in the Moonlight 月夜に煌めくエトワール」はオペラ座のエトワール、エルヴェ・モローとピアニストのジョルジュ・ヴィラドムスの二人が出会い、企画し、実行しているダンスと音楽の公演「Luz de Luna」を日本のためにブラッシュアップ&パワーアッしたものである。ダンスに音楽はつきものだが、これは音楽も独立した芸術としてダンスと対等にプログラムに演目がのるという珍しいプロジェクト。今回、エルヴェとジョルジュが日本での公演の仲間に選んだのは、ドロテ・ジルベールとマチュー・ガニオ、そして若手ヴァイオリニストの三浦文彰。この豪華な顔ぶれがザイドルの詩「月に寄せるさすらい人の歌」からインスピレーションを得て月、夜、旅をテーマにした作品を踊り、奏でるとなれば、詩情あふれるロマンチックな時間を期待できそう。

魅力溢れるプログラムだ。例えば、この公演の座長の一人であるエルヴェ・モローは月をテーマにした3つのソロを披露する。「テーマは同じなのに、3名の振付家によるスタイルはそれぞれ異なる。3つの異なるヴィジョンをこうして同時に見せることができるのは、とても楽しみです」。こう語るエルヴェ。1つはすでに昨年のエトワール・ガラで初演されたイリ・ブベニチェク振付の「月の光」。これにはエルヴェが以前からいつかこの曲で踊りたいと願っていた、ドビュッシーの『月の光』が使われている。2つめはオペラ座芸術監督でありコレオグラファーとしても活動を続けるバンジャマン・ミルピエによる『月の光のかたわらで』。音楽はフィリップ・グラスの「エチュード5番」だ。3つめはラフマニノフ作曲「ヴォーカリーズ」を使ってエルヴェ自身が創作した『LUNA』。「月の光の中で男性が踊る、というイリの作品には自由や喜びがあるのに対して、ミルピエの作品は少し暗いヴィジョンです。詩人なりダンサーなり、一人の男が月を捕まえようと何度も試みるというもので、これは無理なことですよね。不可能を追求してるのです。3つめの『LUNA』。僕が自分用に振付けなければ、というときに、ジョルジュがラフマニノフの「ヴォカリーズ」はどう ? と提案してくれたのですね。

エルヴェ・モローとヴィラドムス、2人のアーチストが出会い、素晴らしいプロジェクトが誕生した

聞いてみたら、歌詞はなく、女性のソプラノが "ラララ〜ラララ〜ラララ〜ララ〜" と歌っているものでした。これを聞いたときに、"ああ、これは面白いぞ。月の声が詩人に話しかけている・・・。それで半月を映写した舞台で、僕のダンスと月の声が対話する、というアイディアが浮かんで、10日かけて創作しました」
彼はマチュー・ガニオとのデュオも踊る。オペラ座では同じ役に配されることが多いので、舞台を共にすることがないという。彼らにとって初めてのデュオの創作を、エルヴェはパトリック・ド・バナに依頼したそうだ。音楽はアルヴォ・ペルトの「鏡の中の鏡」。振付作品のタイトルは未定だが、オペラ座のエトワールの中でも容姿端麗かつ洗練された踊りで定評のあるエルヴェとマチューがこの曲にのせて踊るデュオ ! この世界初演創作を想像するだけでもわくわくするのでは ?
マチュー・ガニオがドロテ・ジルベールと踊る『トリスタンとイゾルデ』のパ・ド・ドゥも、日本では初演となる。エトワールとしてのキャリアも長く、年齢的には若くてもダンスにおいては円熟の域に達している二人が、世界有数のラヴストーリーを踊るとなれば、見逃せないだろう。これはジョルジオ・マンチーニが二人のために創作した、3つのパ・ド・ドゥをモノクロ映像でつないだ約1時間の作品。昨年末フローレンスで世界初演され、7月にイタリアのラヴェロで開催されたワーグナー・フェスティヴァルではオープニング作品として喝采を浴びている。上記作品に加え、ドロテ・ジルベールによる『瀕死の白鳥』のソロ、そしてエルヴェの振付けによるフィナーレも含めてダンスは7作品。舞台上ではジョジュジュ・ヴィラドムスと三浦文彰がダンスの伴奏を務めるのだが(『トリスタンとイゾルデ』のみ録音テープを使用)、彼らそれぞれの独奏があり、さらにデュオもあってと、まさにバレエと音楽のコンサートである。

エルヴェ・モロー (C)Takeda Masahiko

ジョルジュ・ヴィラドムス (C)ann-ray

ジョルジュ・ヴィラドムス

ジョルジュ・ヴィラドムス

ジョルジュ・ヴィラドムス (C)ann-ray

ジョルジュ・ヴィラドムス (C)ann-ray

ドロテ・ジルベール (C)James Bort

ドロテ・ジルベール (C)James Bort

マチュー・ガニオ (C)Michel Lidvac

マチュー・ガニオ (C)Michel Lidvac

三浦文彰 (C)Kotaro Yokomizo

三浦文彰 (C)Kotaro Yokomizo

日本でしか見られない素晴らしい「月夜に煌めくエトワール」の背景にある、エルヴェとジョルジョの出会いを紹介しよう。2011年にスイスで開催されたサマー・フェスティヴァルに遡る。ジョルジュの弾くピアノに自分と同じ芸術的ヴィジョンを見いだし、二人の世界を向かい合わせたら面白いことができそうだと感じたエルヴェ。彼はまたジョルジュが設立した慈善団体を支援したいという気持ちがあり、こうしてダンスと音楽のコンサートという慈善公演「Luz de Luna」が誕生したのだ。昨秋ニューヨークのカーネギー・ホールで彼らはヴァイオリニストを加えて初公演を行い、今春にはチェロ奏者ゴーティエ・カプソンと元オペラ座エトワールのイザベル・シアラヴォラを迎えて公演を開催している。
ピアニストのジョルジュはまだ日本ではあまり知られていない名前だろう。今回が初来日とあって、彼はこの公演を心待ちしている。才能はもちろん、容姿にも恵まれた彼は日本でもこれを機会に大勢のファンを獲得するのではないだろうか。メキシコのデュランゴに1985年に生まれた彼がピアノを弾き始めたのは、15歳のときとそれほど早くない。14歳で父親を亡くした時に、自分の内にある感情を表現することが必要となり、その手段としてピアノと 出会った。音楽が彼の心を大きく広げてくれたという。現地でピアノレッスンを受け、本格的にピアノを学ぶべく18歳のときにスイスのローザンヌに移った彼。優秀な成績で卒業をし、さらに芸術修士号も獲得。現在はコンサート・ピアニストとして、スイスを本拠地に活動中である。その一方で、2012年に設立した 財団Crescendo con la Musica Fondationのためのチャリティ活動にも精を傾けているのだ。ジョルジュの話を聞いてみよう。
「母はメキシコで孤児院の子供たちの面倒をみていて、亡くなった父は外科医で大勢を助け・・・両親から引き継いだのでしょうか、誰かのためになりたいという気持ちが、常に僕にはありました。他人、とりわけ子供が苦しむのを見るのが耐えられない。メキシコには路上に子供がたくさんいます。スイスにピアノを学びにきたときにもショックがありましたが、5年後にメキシコに戻ったときにはもっと大きなショックがありました。5歳くらい幼い子供が物乞いしている姿を見て、何かしなくては ! って、思ったのです。メキシコの貧困というのはアフリカの貧困とは違って、アイデンティティの貧困というのかな、物を欲しさに密売やら犯罪といった危険な道に簡単に走ってしまう。でも、当時僕ははまだ学生。一生懸命学び、そしてローザンヌのコンセルヴァトワールで職を得た2週間後に、メキシコ大使館に行って財団を設立するアドヴァイスをもらったんです」 メキシコの貧しい子供たちがクラシック音楽を学べる機会を提供するための財団。思い立って実現するまではハイスピードだったけど、彼は何一つ疑問を抱かず、5年後はどうだ、とかいったことも考えず。
何かを変えたいという一心で、" 今出来る最高のことをする んだ ! "  と猛進したそうだ。「既存の学校に声をかけて、歌や楽器を貧しい子供たちが学べるクラシック音楽のクラスを創ってもらいました。僕が楽器を提供する、教授へは僕が支払うといったのです。一種のコラボレーションですね」。今年6月、ピアノ、バイオリン、チェロなどスイスで彼が集めた100点近い楽器がメキシコの学校に発送された。それらの空輸の費用ももちろん提供者をみつけて。財団設立当時は彼のコンサート・ピアニストとしての公演の売り上げを財団に寄付していたが、一人の力ではなかなかというところに、エルヴェが支援を申し出たというわけである。「若いのに偉いな、って彼の活動に感銘を受けました。僕も何か社会活動をしてみたいと思ってたところでもあり、それで財団の発展のために協力したいと、彼に申し出たんです」とエルヴェ。こうして「Luz de Luna」が誕生したというわけだ。

『トリスタンとイゾルデ』(C)James Bort

『トリスタンとイゾルデ』(C)James Bort

『月のかたわらで』

『月のかたわらで』

公演を重ね、何度もやりとりをするエルヴェとジョルジュは、今や深い友情で結ばれている。芸術的にも共通するものがあり、二人は稽古にもさほど時間を必要としないそうだ。ジョルジュはそれまで未知だったダンスの世界へと、エルヴェによって導かれることになった。「しかも、それがエルヴェのような類い稀なダンサーを介して、というのは素晴らしいことですよね。ぼくたちピアニストって、普通はピアノの前で一人きりなのですが、こうして彼と舞台を共にできるのはとてもうれしいです。僕たちピアニストはコンサートで速いスピードで演奏しがちなので、そうならないようにダンサーを見ながら演奏をしています。でもダンスがあまりにも美しいと見惚れてしまって、集中するのが難しいんですよ(笑)」。
舞台上で互いに影響を与えあうことは、とても快適であるとエルヴェももちろん喜んでいる。このように人間的にも芸術的にも尊重し合う二人が企画した「月夜に煌めくエトワール」。
これほど魅惑的なプログラムの公演は、彼らの本拠地ヨーロッパでも開催されたことがないといっていいだろう。日本のバレエファン、音楽ファンはなんて幸運なのだろう!

『ルナ』

『トリスタンとイゾルデ』(C)James Bort

『月の光』

『月のかたわらで』

Stars in the Moonlight
月夜に煌めくエトワール


1月10日(日)18時〜
1月11日(月・祝)15時〜
Bunkamuraオーチャードホール
チケット発売日 9月5日

1月13日(水)19時〜
愛知県芸術劇場コンサートホール
チケット発売日 9月26日

1月14日(木) 
フェスティバルホール(大阪)
チケット発売日 9月26日

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