闇と光で構成された意欲的で詩情溢れる舞台、勅使川原三郎『闇は黒馬を隠す』

ワールドレポート/パリ

三光 洋
text by Hiroshi Sanko

Ballet de l'Opéra national de Paris パリ・オペラ座バレエ団

aburo Teshigawara "Darkness is hiding black horses" 勅使河原三郎:振付『闇は黒馬を隠す』 Trisha Brown "Glacial Decoy" トリシャ・ブラウン:振付『グラシアル・デコイ』Jiri Kylian "Doux Mensonges" イリ・キリアン:振付『優しい嘘』

秋のガルニエ宮は前半が勅使河原三郎の『闇は黒馬を隠す』の世界初演とトリシャ・ブラウンの『グラシアル・デコイ』、休憩後がイリ・キリアン振付の『優しい嘘』という三つの作品が並んだ現代プログラムだった。

まず、『闇は黒馬を隠す』。配役表を見ると三人いるはずのダンサーがオーレリー・デュポンとジェレミー・ベランガールの二人になっている。黒馬役のニコラ・ル・リッシュが怪我をし、さらに代役のマルク・モローも故障したためだった。題名は同じでも、三人による公演とは違ったものになっていた可能性が大きい。
幕が上がると、何も置かれていない裸の舞台は闇に閉ざされている。床からは間欠泉のように白い煙が断続的に噴出す。刻々と変わる照明によって白い衣装のデュポンと黒のベランガールの姿が見えたかと思うと、再び闇に沈む。
黒と白の対照が作り出す空間には、河の流れや馬の疾駆する蹄の音のような効果音が流れる。勅使河原自身による音楽は雅楽を思わせる部分もある。

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© Opéra national de Paris/ Agathe Poupeney

墨で描かれた山水画を思わせるように視覚的にきれいな映像を背景に、ダンサーの動きもやわらかな、ゆったりした部分があるかと思うと、突然激しい痙攣するようなものへと変化したりする。全体としては二人のダンサーのうち、デュポンは穏やかな光を思わせ、馬のたてがみのような髪型のベランガールは不気味な闇を体現し、陽と陰を象徴しているかのような印象を与えた。最後はデュポンが跪き、床に横たわったベランガールの口の背後から白い煙があたかも馬の息のように立ち上る映像で暗転した。
色を一切排除し、闇と光で構成された空間に、ダンサーの抽象的な動きだけで身体表現の可能性を追求した、意欲的で詩情にあふれた作品だった。

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© Opéra national de Paris/ Agathe Poupeney

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© Opéra national de Paris/ Agathe Poupeney

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© Opéra national de Paris/ Agathe Poupeney

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© Opéra national de Paris/ Agathe Poupeney

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© Opéra national de Paris/ Agathe Poupeney

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© AOpéra national de Paris/ Agathe Poupeney

一方、ポスト・モダン・ダンスの旗手トリシャ・ブラウンによる『グラシアル・ドコイ』は写真家ロバート・ラウシェンベルクへのオマージュである。舞台後方のスクリーンに4コマの白黒写真が映写され、写真のシャッター音ととこに一コマづつずれていく。タイトルに副題として「沈黙の中の作品」と付記されているように、シャッター音以外には何の音も音楽もないのが特徴だ。
フロリダで撮影された写真は雑然とした日常の断片で、これといった脈絡は一切ない。古代ギリシャ風の長い白服をまとった5人の女性ダンサーの動きは、繰り返しが多い。ローランス・ラフォンとカロリーヌ・ロベールをはじめとする若手女性がはつらつとした動きを見せたが、実験的な作品に戸惑った観客が多かったようで、拍手はまばらだった。

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© Opéra national de Paris/ Agathe Poupeney

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© Opéra national de Paris/ Agathe Poupeney

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© Opéra national de Paris/ Agathe Poupeney

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© Opéra national de Paris/ Agathe Poupeney

休憩後はイリ・キリアンがパリ・オペラ座バレエ団のために振付けた『優しい嘘』だった。楽器の伴奏なしの「グレゴリオ聖歌」、ジェズワルドとモンテヴェルディの「マドリガル」をレザール・フロリッサンの歌手たちがポール・アグニューの指揮で歌った。前半が沈黙の世界だっただけに、ダンサーと同じ衣装をまとった卓越した音楽家による歌がすがすがしく感じられた。この歌をバックにエレオノーラ・アバニャートとヴァンサン・シャイエ、アリス・ルナヴァンとステファン・ビュリヨンという二組のカップルが迫り出しに乗って舞台上と地下とを往復する。『オペラ座の怪人』を思わせる地下の場面はカメラによって同時に舞台後方のスクリーンに映写された。

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© Opéra national de Paris/ Agathe Poupeney

キリアンは勅使河原と同様に光と闇の対比を使いながら、その対比を歓喜と苦悩という男と女の感情レベルでのやり取りに重ねた。男と女は近づいて一体となるかと思うと遠く離れていく。舞台上のシーンが抽象的で天上を思わせた一方、地下の映像はおどろおどろしい情念が感じられ、男性(ビュリヨン)が暴力で女性(ルナヴァン)に襲い掛かり、床に押さえつけるシーンまで登場した。光を感じさせたアバニャートとシャイエのカップルと影のあるルナヴァンとビュリヨンのカップルが好対照を描き、変化に富んだ動きと構成がきれいな映像と一体となって誰にも楽しめる作品となっていた。
(2013年11月14日 ガルニエ宮)

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© Opéra national de Paris/ Agathe Poupeney

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© Opéra national de Paris/ Agathe Poupeney

『闇は黒馬を隠す』
振付、音楽、装置、衣装、照明/勅使河原三郎
効果音/ティム・ライト、大石あきら
補助音楽/ダニエル・バーク「Illusion of Safety」
音楽は録音を使用
ダンサー/オーレリー・デュポン、ジェレミー・ベランガール

『グラシアル・デコイ』ーー沈黙の中のダンス
振付/トリシャ・ブラウン(1979年作品、2003年パリ国立オペラ座レパートリー入り)
写真、装置、衣装/ロバート・ラウシェンベルク
照明/ブヴァリー・エモンズ
ダンサー/ローランス・ラフォン、カロリーヌ・ロベール、レテツィア・ガローニ、ジュリエット・イレール、藤井美帆

『優しい嘘』

振付/イリ・キリアン(1999年5月20日パリ・オペラ座初演)
音楽/グレゴリー聖歌、カルロ・ジェズアルド「マドリガル」第6巻の第4・17曲
クラウディオ・モンテヴェルディ「マドリガル」第2・3巻より
装置と照明/ミヒャエル・シモン
衣装/ジョーク・ヴィッサー
ソプラノ/モード・グニダーズ
ソプラノ/ハンナ・モリソン
コントラルト/リュシル・リシャルド
テノール/シーン・クレイトン
バリトン・バス/リザンドロ・アバディ
コントラルト(グレゴリー聖歌)/ステファニー・ルクレール
テノール(グレゴリー聖歌)/マルシオ・ソラレス・ホランダ
バリトン・バス(グレゴリー聖歌)/ジュリアン・ネイエ
ポール・アグニュー指揮レ・ザールフロリッサン
ダンサー/エレオノーラ・アバニャート、ヴァンサン・シャイエ、アリス・ルナヴァン、ステファン・ビュリヨン

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