From Osaka -大阪- ルテステュ引退公演を彩った3組のエトワールによる『椿姫』の華麗な競演

ワールドレポート/パリ

三光 洋
text by Hiroshi Sanko

Ballet de l'Opéra national de Paris  パリ・オペラ座バレエ団

John Neumeier "La Dame aux Camélias" ジョン・ノイマイヤー振付『椿姫』

パリ・オペラ座の新シーズンがジョン・ノイマイヤー振付の『椿姫』で始まった。1995年からオペラ座バレエ団のトップに18年間にわたって君臨したブリジット・ルフェーブル(1944年生)舞踊監督の最後のシーズンとなる。
この『椿姫』では2014年秋までに引退する3人の女性エトワールがそろってマルグリットを踊った。
アニエス・ルテステュは10月10日の最終日に、イザベル・シャラヴォラは来年3月に『オネーギン』のタチアナ役で、オーレリー・デュポンは来年秋の『マノン』で引退する。演技力と美貌を兼備した三人の競演となったのはノイマイヤーがアレクサンドル・デュマ・フィスの小説と劇作をていねいに読み込んで作り上げたヒロイン、マルグリット・ゴーチエが女性ダンサーにとって最も踊りたい役の一つとなっているからだろう。

ヒロインが23歳で結核により亡くなり、その遺品を売り払う競売の場面で始まる。ノイマイヤーの作品が何度足を運んでも見飽きないのは、19世紀半ばのパリ社交界を細部まで緻密に再現したユルゲン・ローズの華やかな衣装と装置も大きく貢献している。
最初の競売場で召使いのナニーヌはリボンの付いた麦藁帽を床から拾い上げる。この帽子は第2幕のパリ郊外の田舎でマルグリットがかぶる。アルマンと過した幸福の頂点を象徴している。また喪服姿の召使いが胸に抱いていて、国外から駆けつけたアルマンに手渡す日記帳は、第3幕で死の床に就いたヒロインが最後まで想いをつづった形見である。場面転換の間に右手の袖前に立ったアルマンが食い入るように読むのがこの日記で、幕が上がると日記に記された場面が蘇り、アルマンも過去に引き戻される。

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© Opéra national de Paris/ Julien Benhamou

マルグリットとアルマンの組み合わせはアニエス・ルテステュとステファン・ビュリヨン、イザベル・シャラヴォラとカール・パケット、オーレリー・デュポンとエルヴェ・モロー。全員がエトワールだったが、人物の役作りには各人の個性が発揮されていた。
ルテステュは最終日の演技を見ることができた。177cmの長身から若い恋人アルマン・デュヴァルに投げかける視線は包みこむようにやわらかく優しい。第2幕パリ郊外の田舎でピクニックする場面では、少女のようなあどけなさと落ち着いた大人の女性との二つの顔を見せてくれた。しなやかな仕草、表情、ちょっと傾けた首といった考え抜かれた細部が、マルグリットというヒロインに命が吹き込んでいる。第3幕の恋人のアルマンが若いオランピアとシャンゼリゼを連れ立っているのをじっと見つめるシーンでは、ベンチの端にかかった指先の強張りに、やりきれない想いが明快に描かれていた。抜群の演技、こぼれるような優雅さに魅了されなかった観客はいないだろう。「マルグリットは生涯最高の役です。踊る役ではなくて、俳優が踊っているのです。ノイマイヤーは一つ一つのパに言葉のメッセージを託しています。」という発言が文字通りに実現していた。
相手役のステファン・ビュリヨンは安定したリフトでルテステュをもり立てていたが、20歳のアルマンの自分でも抑制し切れない、ほとばしり出るような激情は感じられなかった。そのためか、ヒロインが一人、書き物机に向かって日記にペンを走らせる場面など、ルテステュの演じるマルグリットの姿が孤独そのものに感じられ、見ていて胸を突かれた。

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© Opéra national de Paris/ Julien Benhamou

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© Opéra national de Paris/ Julien Benhamou

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© Opéra national de Paris/ Julien Benhamou

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© Opéra national de Paris/ Julien Benhamou

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© Opéra national de Paris/ Julien Benhamou


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© Opéra national de Paris/ Julien Benhamou

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© Opéra national de Paris/ Julien Benhamou

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© Opéra national de Paris/ Julien Benhamou


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© Opéra national de Paris/ Julien Benhamou

一方、イザベル・シャラヴォラは2009年4月にクランコ振付の『オネーギン』でタチアナを踊ってエトワールに昇進しているように、悲劇のヒロイン役で評価が高い。「ロシア人の上半身とフランス人の膝を持った理想的な身体を持つダンサー」とロシアのベテラン・バレエ評論家ヴィクトル・ヤナトフが賞賛する肢体だけでなく、表情豊かな視線が多くを語っている。今回も冒頭の競売場にアルマンが駆け込んできた直後に、背景を白い日傘を差して通り過ぎる時にちらりと愛人のほうに投げかけた、あどけなさを残しながら娼婦の色気を湛えたまなざしにはっとさせられた。ヴァリエテ座で『マノン・レスコー』上演中の劇中劇でも、黒の扇子を手にして、時折、ちらりとアルマンのほうを見やるシャラヴォラの大きな瞳は、ヒロインの心をまざまざと映し出していた。
ミリアム・ウルド・ブラームが演じる可愛らしいマノンの転落していく姿に、いたたまれなくなって席を立ったところで始まるソロでみせた、ショパンのピアノ旋律に乗ったしなやかな上半身の動きもまた忘れがたい。アルマン役のカール・パケットはパートナーとしての抜群の安定性があり、シャラヴォラの演技を際立たせるのに貢献していた。留守に父が訪問してヒロインが心ならずも別れを告げた手紙を読んでからの、全身からほとばしる激情に駆られたソロと舞台を往復してパリのヒロインの寝室前に駆け込むところの若々しい姿は、二十歳の恋する青年にぴったりだった。

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© Opéra national de Paris/ Julien Benhamou

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© Opéra national de Paris/ Julien Benhamou

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© Opéra national de Paris/ Julien Benhamou

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© Opéra national de Paris/ Julien Benhamou

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© Opéra national de Paris/ Julien Benhamou

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© Opéra national de Paris/ Julien Benhamou

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© Opéra national de Paris/ Julien Benhamou

オーレリー・デュポンは2010年2月に同じ役で見たが、今回はパートナーがエルヴェ・モローに変わった。最初に父の手紙で急遽競売場に駆け込んでくるところから、モローの息は弾み、永久に失われたヒロインの真情への悔恨がただ立っているだけで伝わってきた。女中から手渡されたマルグリットの日記帳をむさぼり読むまなざしには、青春そのものの情念が燃えて、わずか一年の短かった幸せな日々がまざまざと蘇り、その後のフラッシュバックへと自然に導かれた。繊細さと激しさの両面を持つモローを前にしたデュポンの瞳に、ヒロインの喜びと悲しみが鮮やかに描き出された。二人の一体となった演技からは愛情のよろこびと哀しみとが周囲に漂って、これまで見た中での最高の組み合わせとなっていた。カーテンコールで舞台中央に戻ってきたデュポンの目から涙があふれ頬を濡らし、ヒロインの短い生を文字通り呼吸した余韻が色濃く漂っていた。

最後になるが、この物語は実話である。原作者デュマ・フィス(バレエにはアルマンとして登場する)は20歳だった1844年に、同年齢の高級娼婦のマリー・デュプレシス(マルグリットのモデル)と出会い、愛人となるが翌年8月には別れている。

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©Opéra national de Paris/ Julien Benhamou

1847年にデュマ・フィスが北アフリカ旅行から父の手紙で元愛人の病気を知ってパリに戻ったのは、その死から一週間後である。享年23歳の若さだった。その翌年に発表されたのが小説『椿姫』が大成功をおさめ、4年後の1952年にヴォードヴィル座で初演された悲劇『椿姫』も人気を集めた。ノイマイヤーはこの小説と悲劇の両方を読み込み、かつ原作者の伝記も忠実に踏まえてバレエを創作している。デュマ・フィスがマリーと別れた翌年に、アナイス・リエヴェンヌというヴォードヴィル座の若い女優を愛人にしているが、ノイマイヤーはバレエにオランピアとして登場させているのがその好例だろう。この時代にパリのサロンで流れていたショパンの音楽が一貫して背景に流れ、舞台のダンサーたちの身体を支えるとともに、観客を19世紀中葉のパリに誘っている。いずれにせよ今回の『椿姫』公演は輝きのあるエトワールたちの競演による華やかな開幕シリーズだった。

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© Opéra national de Paris/ Julien Benhamou

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© Opéra national de Paris/ Julien Benhamou

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© Opéra national de Paris/ Julien Benhamou

(2013年9月23日、30日、10月10日 ガルニエ宮)

『椿姫』
音楽/フレデリック・ショパン
振付・演出/ジョン・ノイマイヤー(1978年)
衣装・装置/ユルゲン・ローズ
照明/ロルフ・ヴァルター
リハーサル責任者/クロード・ド・ヴュルピアン
演奏/ジェイムス・トゥグル指揮 パリ・オペラ座管弦楽団
ピアノ演奏/エマニュエル・シュトロセール、フレデリック・ヴェッス・クニッター
配役/9月23日、30日、10月10日の順 
マルグリット・ゴーチエ=イザベル・シャラヴォラ/オーレリー・デュポン/アニエス・ルテステュ
アルマン・デュヴァル=カール・パケット/エルヴェ・モロー/ステファン・ビュリヨン
デュヴァル氏(アルマンの父)=ローラン・ノヴィス(客演)/ミカエル・ドナール(客演)/ミカエル・ドナール(客演)
[プロローグ パリのアパルトマン]
プリュダンス・デュヴェルノワ=ノルヴェン・ダニエル/ヴァランティーヌ・コラサント/ノルヴェン・ダニエル
公爵=サミュエル・ミュレーズ/ローラン・ノヴィス/ローラン・ノヴィス
ナニーヌ(マルグリットの召使い)=カリーヌ・ヴィラグラッサ/クリスティーヌ・ペルツァー/カリーヌ・ヴィラグラッサ
N伯爵=シモン・ヴァラストロ
ピアニスト=フレデリック・ヴェシ・クニッター
[第1幕 ヴァリエテ座]
[バレエ「マノン・レスコー」の登場人物]
マノン・レスコー=ミリアム・ウルド・ブラーム/エヴ・グリンスタイン/エヴ・グリンスタイン
デ・グリュー=ファビアン・レヴィヨン/クリストフ・デュケンヌ/クリストフ・デュケンヌ 
マノンに言い寄る男=ニコラ・ポール、アレクシー・ルノー、マチュー・ボット/ヤン・シャイユー、ファビアン・レヴィヨン、ヤン・サイーズ/ニコラ・ポール、アレクシー・ルノー、フランチェスコ・ヴァンタッジオ
[舞踏会の招待者]
オランピア=エヴ・グリンスタイン/レオノール・ボーラック/レオノール・ボーラック
ガストン・リユー=クリストフ・デュケンヌ/ニコラ・ポール/ヴァンサン・シャイエ
マルグリットに言い寄る男=アルノー・ドレフュス、ピエール・レティフ、フランチェスコ・ヴァンタジオ 他
[第2幕]田舎
[第3幕]シャンゼリゼ

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