身体の動きと絵筆の動きを一致させ、美しい色彩が彩ったカールソン振付『シ−ニュ』

ワールドレポート/パリ

三光 洋
text by Hiroshi Sanko

Ballet de l'Opéra national de Paris パリ・オペラ座バレエ団

Carolyn CARLSON/Olivier DEBRE, ¨Signes¨
カロリン・カールソン振付、オリヴィエ・ドゥブレ装置・衣装『シーニュ』

フランスの画家オリヴィエ・ドゥブレ(1920・1999)の描いた7枚の絵にカロリン・カーソンが触発されて制作した作品『シーニュ』(1997年初演)がバスチーユ・オペラで再演された。カールソンの振付ノートに「色とりどりの7つの朝」と書かれているように、「微笑というシーニュ」「朝のロワール河」「ギランの山」「バルト海の僧侶たち」「青のエスプリ」「マドゥライの色彩」「シーニュの勝利」という7つの場面からなる作品である。この7つの場面はドゥブレの7つの絵に対応している。
『シーニュ』はフランス語で「記号」という意味で日常的に使われる言葉である。
ドゥブレは記号の原点に微笑があると考えた。作品もこうして「微笑という記号」で始まった。
巨大な画布のかけられた舞台にエミリー・コゼットとエルヴェ・モローの二人が姿を現す。ドゥブレの筆のタッチとダンサーの動きとが重なって、「動く絵画」といってよい不思議な世界となっている。「果てしないムーブマン(動き)が微笑を描き、内面の動作となる」(カールソン)。モローの青とコゼットの黄色という色彩が鮮やかに目に飛び込んできた。

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© Opéra national de Paris/ Agathe Poupeney

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© Opéra national de Paris/ Agathe Poupeney

第2画「朝のロワール河」では早朝の陽光を思わせるオレンジの照明に包まれた中を、船の帆のような三角形が舞台を右から左へと移動していく。群舞は「出会いのエネルギーと内面の喜び」の表現だという。
第3画「ギランの山」(ギランは想像上の地名)は青の線が上から下に流れ、ちょっと中国の山水画を思わせた。コゼットのドレスの白、モローのコートの濃紺と対照的な色彩だが、カールソンが意図した「女性の微笑という神秘、そのはかない呼びかけ」が実際に振付によって実現していたかどうかはちょっとわかりにくかった。
第4画の「バルト海の僧侶たち」では、黒の僧服と赤とのコントラストが目に飛び込んできた。「男性のエネルギー、禅の詩」が黒の衣装をまとった男性たちの激しい動きに託されていた。

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© Opéra national de Paris/ Agathe Poupeney

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© Opéra national de Paris/ Agathe Poupeney

第5画「青のエスプリ」は7つのうちで最も成功した場面だった。水を想起させる青を背景にしたモローとコゼットのデュオは、水辺の男女の戯れだろうか。「愛の仕草と不在、もろさと強さ」がダンサー二人のあくまでも優しい所作によって表出し、最後は横たわったコゼットを置いてゆったりとモローが立ち去り、後には詩的な余韻が漂っていた。
第6画「マドゥライの色彩」は標題通りに真紅、橙、青や緑と多彩なカラーが特徴的だ。「太陽を引き裂く欲望、微笑の影に隠された狂気」がゆったりと床になった女性たちや半裸の男性たちの激しい動きで象徴的に表現された。
フィナーレの「記号の勝利」は「生と死、真実、人間存在、再生」を白と黒の衣装のダンサー全員が描き出す。最後は最初と同じ黄色の衣装に戻ったコゼットが回り続けるところで暗転した。
1時間25分という短い上演時間ながら途中で長さが感じられたのは、ルネ・オーブリの「音楽」がリズムの変化に乏しい、甘ったるいBGMに過ぎなかったからだろう。
フランス語では絵筆のタッチと身体の動きは、いずれもムーブマンという単語で表される。この二つの世界をぴたりと重ねたカールソンのコンセプトと色彩豊かな絵、衣装、照明が一体となった視覚面は見事で、客席からはダンサーとともに舞台に姿を見せた70歳のカールソンに大きな拍手が送られていた。
(2013年7月4日 バスチーユ・オペラ)

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© Opéra national de Paris/ Agathe Poupeney

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© Opéra national de Paris/ Agathe Poupeney

『シーニュ』
振付/カロリン・カールソン(1997年パリ・オペラ座)
衣装・装置/オリヴィエ・ドゥブレ
音楽/ルネ・オーブリ
照明/パトリス・ブゾンブ
音楽は録音を使用
ダンサー/エミリー・コゼット、エルヴェ・モロー
ヴァンサン・コルディエ、オーレリア・ベレ、アドリアン・クーヴェーズ、他

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