ベジャール『火の鳥』 ニジンスキー、ロビンズ『牧神の午後』 歴史的傑作とシェルカウイ世界初演作

ワールドレポート/パリ

三光 洋
text by Hiroshi Sanko

Ballet de l'Opéra national de Paris パリ・オペラ座バレエ団

Maurice BEJART、 ¨L'Oiseau de feu¨、 Vaslav NIJINSKI 、 "L'Après-midi d'un faune"、 Jéröme ROBBINS « Afternoon of a faun »、 Sidi Larbi CHERKAOUI 、 Damien JALET « Boléro »
ベジャール振付『火の鳥』、ニジンスキー振付『牧神の午後』、ロビンズ振付『牧神の午後』、シェルカウイ/ジャレット振付『ボレロ』(世界初演)

最初は、1970年にパリ・オペラ座バレエ団のためにベジャールが振付けた『火の鳥』だった。ベジャールは1910年パリ初演の全曲版(約45分)ではなく、演奏時間の短い組曲を用い(22分)ている。そのために、「火の鳥を追った皇太子イワンが囚われている姫と騎士を救い出す」というフォーキンがロシア・バレエで振付けた筋は放棄されている。

青い照明が裸の舞台を照らし出す。灰色の作業服を着た民衆が特徴的なオーボエの旋律に乗って動き出す。不気味な雰囲気が周囲に漂ううちに、中央に光の輪が浮かび、コール・ド・バレエが動く。ストラヴィンスキーの音楽から広がる神秘、憂愁があたりを支配し、巧みな照明もあいまって地味な衣装のダンサーがロシア革命のパルチザンに乗り移っていく。
その輪の中から灰色の衣装を脱ぎ捨て、赤をまとったリーダー、火の鳥が姿を現した。3月に舞台復帰したマチアス・エイマンは全身から汗とともにエネルギーをほとばしらせた。闘いの果てに火の鳥は倒れる。ここで、舞台中ほどに設置されていた幕が左右に開いて、後ろに真紅の太陽と赤の衣装のダンサーたちが登場した。

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© Agathe Poupeney/Opéra national de Paris

アリステール・マダンの不死鳥が倒れたエイマンを抱き起こし、火の鳥が蘇り、全員の赤が舞ってフィナーレとなった。
あくまでもなめらかな動きのエイマンの生気あふれる演技にも関わらず、ストラヴィンスキーの音楽との一体感のある高揚に至らなかったのは、ベジャールのコンセプト自体の問題ではないだろうか。1968年革命の余韻が残っていた1970年という時代にはインパクトがあったテーマなのだろうが、ソヴィエトの崩壊した今からみると、フォーキンが描き込んだフォークロアの方が一世紀を経ても普遍性をもち続けているのではないかと思われた。

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© Agathe Poupeney/Opéra national de Paris

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© Agathe Poupeney/Opéra national de Paris

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© Agathe Poupeney/Opéra national de Paris

これに続いたのはニジンスキーとロビンズという全く異なるアプローチによる『牧神の午後』だった。まずニジンスキー。レオン・バクストの装置と衣装は何度見ても見事なもの。ニコラ・ル・リッシュは牧神にぴったりのシルエットと野性味にあふれている。ニンフの背後から髪をなでたり、ニンフが落としたショールを嗅ぐところでの欲望がありありと見える視線は生々しい。エミール・コゼットに代わったエヴ・グランシュタインのちょっと冷たい美貌もニンフにぴったりだった。このニジンスキーの作品は初演から一世紀を経過した今もその輝きを失っていない。

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「牧神の午後」ニジンスキー振付
© Agathe Poupeney/Opéra national de Paris


ニジンスキー振付から40年後に初演されたロビンズ振付ははるかにモダンな作品だ。バーのあるバレエスタジオを舞台に、ダンサーの男と女が描かれている。
静かに幕が上がると、バレエスタジオに男性がうつぶせに横たわっている。それだけで一幅の絵になっている。やわらかな光に包まれた抽象的な空間で男が見ているのは鏡に映った自分の姿だ。気品あふれるエルヴェ・モローだから、ナルシシスムそのものの世界が抵抗なくただただ美しい映像として受け入れられる。
後ろから入ってきたエレオノーラ・アバニャートは、男にキスされたほほに大事そうにそっと手を当てる。モローのまなざしは入ってきた女にすぐは注がれない。ダンサーのオブジェとなった身体と視線だけで、ドビュッシーが描いた欲望が昇華されたエロスとして観客の目にしみてくる。時計の針が止まってくれたら、と思わずにいられない洗練の極みの12分間だった。

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「牧神の午後」ニジンスキー振付
© Agathe Poupeney/Opéra national de Paris

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「牧神の午後」ニジンスキー振付
© Agathe Poupeney/Opéra national de Paris

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「牧神の午後」ニジンスキー振付 © Agathe Poupeney/Opéra national de Paris
※本文記事と同じキャストではありません

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「牧神の午後」ロビンズ振付
© Agathe Poupeney/
Opéra national de Paris

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「牧神の午後」ロビンズ振付
© Agathe Poupeney/
Opéra national de Paris

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「牧神の午後」ロビンズ振付
© Agathe Poupeney/
Opéra national de Paris

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「牧神の午後」ロビンズ振付
© Agathe Poupeney/Opéra national de Paris

休憩後はシェルカウイとジャレが共作した『ボレロ』の世界初演だった。
人気女流装置家アリマ・アブラモヴィッチの考案により、舞台半ばに巨大な鏡が全面にわたって斜めに置かれ、ダンサーたちの姿が別の角度から映し出され、弧を描いている様子がどの席からもよく見えた。円形の輪の重なりが床に映写され、ダンサーたちの輪舞が白いガスに包まれる。非現実的でなかなか魅力的な映像だ。ダンサーは皆、顔に黒で隈取されて顔がわからないようになっていた。衣装はジヴァンシーの芸術ディレクターを務めているリカルド・ティッシが考案した骸骨の模様がプリントされた白の衣装。
最初はよかったのだが、ラヴェルの音楽は最後に向かって巨大なクレッシェンドになっている。同じ曲を使ったベジャールはこの音楽の特徴を活かして振付を構成していたのに対し、シェルカウイの舞台には時間が経過しても、これといった変化がなく、ダンサーたちは最初から最後まで回転し続けた。最初は目をひきつけた映像も時間の経過とともに空虚な空回りという印象を与える結果になった。

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© Agathe Poupeney/Opéra national de Paris

オーレリー・デュポン、マリ=アニエス・ジロー、ジェレミー・ベランガールといった優れたダンサーが揃っていただけに、メークによって誰が踊っているのかがわからないのも残念だった。
しかし、カーテンコールでは会場を埋めた観客からは大きな拍手とブラヴォーがかかり、世界初演は大きな成功をおさめた。 
(2013年5月25日プルミエ ガルニエ宮)

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© Agathe Poupeney/
Opéra national de Paris

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© Agathe Poupeney/
Opéra national de Paris

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© Agathe Poupeney/
Opéra national de Paris

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© Agathe Poupeney/Opéra national de Paris

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© Agathe Poupeney/Opéra national de Paris

『火の鳥』(パリ・オペラ座バレエ団により1970年10月31日初演)
音楽/ストラヴィンスキー(「オーケストラのための組曲」1919年) 
振付/モーリス・ベジャール
衣装/ジョエル・ルースタン
照明/ロジェ・ベルナール
配役
火の鳥/マチアス・エイマン
不死鳥/アリステール・マダン
『牧神の午後』
音楽/クロード・ドビュッシー(「牧神の午後へのプレリュード」1894年)
振付/ヴァスラフ・ニジンスキー(1912年)指導/ギレーヌ・テスマー
衣装・装置/レオン・バクスト
配役
牧神/ニコラ・ル・リッシュ
ニンフ/エヴ・グランシュタイン
『牧神の午後』
音楽/ドビュッシー(「牧神の午後へのプレリュード」1894年)
振付/ジェローム・ロビンズ(1953年) 指導/ジャン・ピエール・フローイッシュ
装置・照明/ジャン・ローゼンタール
衣装/イレーヌ・シャラフ
照明/ペリー・シルヴェー
ダンサー/エレオノーラ・アバニャート、エルヴェ・モロー
『ボレロ』(世界初演)
音楽/モーリス・ラヴェル(1928年)
コンセプション/シディ・ラルビ・シェルカウイ、ダミアン・ジャレット、マリアナ・アブラモヴィッチ
振付/シディ・ラルビ・シェルカウイ、ダミアン・ジャレット
装置/マリアナ・アブラモヴィッチ
衣装/リカルド・ティッシ
照明/ウルス・シェーネバウム
ダンサー/オーレリー・デュポン、マリ=アニエス・ジロー、アリス・ルナヴァン、ミュリエル・ズスペルギ、レテツィア・ガローニ
ジェレミー・ベランガール、ヴァンサン・シャイエ、マルク・モロー、アレクサンドル・ガス、ダニエル・ストークス、アドリアン・クヴェ
演奏/ヴェロ・パーン指揮 パリ・オペラ座管弦楽団

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