オペラ座ダンサー・インタビュー:ヴァンサン・シャイエ

ワールドレポート/パリ

大村真理子(マダム・フィガロ・ジャポン パリ支局長)
text by Mariko OMURA

Vincent Chaillet ヴァンサン・シャイエ(プルミエ・ダンスール)

テンポラリー作品に多く配役されているイメージの強いヴァンサン。ガルニエ宮で6月22日から始まる『ラ・シルフィード』では、リュドミラ・パリエロをパートナーに初役でジェームスを踊る。

『天井桟敷の人々』のラスネール役がはまり役だった彼だが、今回の日本公演には参加せず。その間、オペラ座でシェルカゥイ/ジャレによる創作『ボレロ』を踊っていた。今季2012〜13年は自分にとって実り多いシーズンだと言う。その勢いの良い活躍ぶりを見ていると、次回のエトワール任命はヴァンサンでは? という噂がたつのも納得できる。目下は『ラ・シルフィード』の稽古のまっさい中だ。急に天候のよくなったパリ。稽古を終え、ポロシャツ、バーミューダという軽快な装いでインタビューに登場した。

Q:映像や鏡など舞台セットも話題になった『ボレロ』について話してください。

A:スタジオで長い時間をかけてクリエイトされた作品です。オペラ座が彼と仕事をしたのは、これが初めてのこと。シェルカウイの振付けによる身体言語をダンサーたちが自分のものにする時間が必要でした。
今回、オペラ座のダンサーが床のテクニックでここまでいったのは初めてだと思います。テレザ・ケースメーカーの『レイン』のときに、かなりこうしたことに接近しましたが・・。
それでまずスタジオでの仕事の時間が多くありました。僕たちの身体は、どういう方向にゆきたいのかを少しずつ理解してゆき、そうすると踊る喜びがやってきて・・。それから舞台稽古があったのですが、どたばたというか、この最初の舞台稽古はとても大変でした。というのも、多くのことに一度に取り組まなければならなかったからです。舞台のセットはとても素晴らしいと思います。でも、舞台の奥に鏡が立てられていると、自分の舞台上での位置確認が混乱してしまうのです。しかも鏡は舞台の傾斜とは逆に傾斜がついていたので、舞台に背をむけ鏡をみると、自分が舞台のほうに落ちる、というような気がしてしまい、乱されました。そしてステージ上へのビデオ投影。これによって床が動いているように思えてしまって・・。
スタジオの稽古で受けた感覚とは違うのだということを、ダンサーたちは受け入れる必要があったのです。これは難しい段階でしたね。1週間の舞台稽古で慣れるしかありません。でも、こうした危険に自分の身をおくというのは、価値のあることですよね。リスクを受け入れなければ、前進出来ませんから。

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『ボレロ』 Photo Agathe Poupeney / Opéra national de Paris

Q:どの辺りで受け入れ態勢ができましたか。

A:そうですね、ゲネプロのときでしょうか。僕は観客を前にすると、さまざまな問題が頭から離れ、混乱させられたことすら忘れてしまいました。舞台では15分ノンストップで回転し続ける。その疲労すらも忘れられますから。

Q:舞台上、ほぼ全員が常に同じように踊っていて、特にソリストとしての見せ場というのはない作品ですね。物足りなさやフラストレーションを感じませんでしたか。

A:いいえ。こうしたタイプの経験において、フラストレーションは全くありませんでした。全員といっても11名ですから、各自舞台上にスペースがありますし。それにリハーサルを重ねるごとに、グループとして団結していったので...。グループにあらゆる世代がミックスされていたのは、すごく興味深いことでしたね。オーレリー・デュポンやマリ=アニエス・ジロといった素晴らしい舞台経験を持つエトワールもいれば、まだ若いレティシア・ガロニもいて、というように、とても良いキャスティングでした。団結があり、グループ精神もあって、リハーサルもとても快適に進むことになりました。僕個人のことですが、ソリストとして再びグループの一員となって踊るというのは、時にはいいことだと思いました。なぜかというと、同胞愛のようなものがあって、一緒に踊る喜びがあり、そして他の人のエネルギーをもらうことができるからです。舞台上で自分を超えて、より先へとに進むるために、こうしたことが役立つのです。ソリストとして舞台にたつと周囲にコール・ド・バレエはいますが、こうしたことは感じられません。彼らは彼らで踊り、ソリストが一人で踊る一番難しいときには、彼らからのサポートはないのです。前に大勢の観客がいて、周囲をコール・ド・バレエに囲まれていても、ソリストが踊るときって一人なんです。今回はみんな一緒で、人間的にとても良い経験が出来ました。良い出会いがあり、美しい一体感を体験できました。

Q:ジヴァンシーのクリエーティブディレクターであるリカルド・ティッシによる衣装も話題でしたね。

A:素晴らしいものでした。リカルドとともに仕事をする良い機会も得られましたし。
舞台セットをデザインしたマリーナ・アブラモヴィッチも、たくさんの個人的経験をぼくたちに話してくれたんですよ。照明のユルス・ショーンバームを含め、このプロジェクトでは、何か新しいことをするんだ! という参加者全員の強い願望がありました。なんとなく僕たちは1つの泡の中にいるという感じで、普段オペラ座でしていることとの外にいるというように思えていました。

Q:昨年はマリー=アニエスのクリエーション『スーザパランス』で、トゥシューズを履いての舞台でしたね。

A:オーララー! これはもうチャレンジそのものでしたね。でも、もし、危険に身を置くということでいえば、マリ=アニエスも未知の領域を探検するという危険に挑戦したといえますね。
実際、オペラ座の歴史において、これが初めて公式に男性ダンサーが舞台上でポワントで踊ったことになるのです。本当に大きなチャレンジでした。これを果たすため、僕たちは可能な限りを尽くしました。動きのクオリティについて、とても多くを研究したんですよ。ポワントで女性のテクニックを追求するのではなく、女性とは異なる動き方をみつけること、男性がポワントで踊ることによって、どんな新しいことをもたらすことができるのかといった・・・。
アカデミックなクラシック・バレエを再現するのではなく、トゥシューズによって新しい男性ダンサーのテクニックをクリエートすること・・。

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『スーザパランス』 Photo Julien Benhamou / Opéra national de Paris

Q:トゥシューズは男性用を特注したのですか。

A:いえ、僕のサイズは45ですが、バレエ専門店でみつけました。男性ダンサーの中には舞台のためではなく、足首を強くしたり、ク・ドゥ・ピエのためにトゥシューズを履く人もいますから・・きっとそれでこうしたサイズがあったのでしょう。だから数はそんなになくって、ちょうどリハーサル、舞台に足りるくらいでした。1足は1〜2日しかもたないんだって、稽古を始めてからわかりました。男性は女性より体重がありますから、足にはかなりな重さがかかりますよね。

Q:トゥで立つのは簡単でしたか。

A:最初は痛かったですね。始まってしばらくしたら、リハーサルルームで男性も女性も、はさみ、コットン、絆創膏などをとりだす光景が見られて、おかしかったですよ。互いに傷や爪の変形トラブルなどを見せ合って・・そうすると、爪治療にはココに行くと良いとか、おすすめの薬を教えられたり、女性ダンサーたちがアドヴァイスをたくさんくれました。
トゥシューズでの初日はコミックでしたよ。ちゃんと立てず、すぐにこけてしまって・・。でもマリ=アニエスが徐々に引き締めにかかり、その結果が何かを完成する、というところに至れました。トゥシューズに加えてのチャレンジは、リノリウムの床です。この素材は鏡の効果があり、滑るんです。マリ=アニエスの狙いは、スライドのテクニックです。これは追加の落とし穴でしたね。でも、わかるでしょう。このように滑りやすい床でも、僕たちは必ず成し遂げるんです。ダンサーのキャパシティとは、適応力です。2〜3週間で新しい種々の拘束や障害に適応することです。それによって興味深い結果を生み出すことができるんです。新しいことに怯えず、自分を適応させ、危険を冒して新しいテクニックに挑戦するのが、今日のダンサーです。

Q:クリエーションに参加することは好きですか。

A:好きです。創作には僕たちダンサーも関わります。特にマリ=アニエスの時は、彼女が僕たちにベースとなるアイディアをくれ、後は僕たちに自由がありました。彼女が僕たちのアイディアを採用したり、しなかったり、少し変更をしたり。そして、最後に彼女がまとめるという方法でクリエートされたんです。

Q:どんな作品を踊るのかが見えないことについて、不安はないですか。

A:構いません。経験することが大切なのです。クリエーションというのは、僕たちオペラ座のダンサーにとって、日常から抜け出せる、という面があります。日常の仕組みから逸脱するという。ダンサー同士、あるいはコレオグラファーと、創作参加の楽しみは出会いや交換です。創作の場には常に混じり解け合って・・・というものがありますね。期待、願望があり、限られた期間でという時間的制約があります。こういう時って、何かしら興味深いものが生まれるもの。いつも堂々たる結果ということではないにしても、その過程が面白いのです。新しいことにチャレンジすることが、好きなんです。

Q :『ラ・シルフィード』も新しいことですね。

A:これはスコットランドが舞台の作品で、『ボレロ』『スーザパランス』などとは、まったくの別物ですね。10年近く前最初のコンクールで、『ラ・シルフィード』のソロを踊ったことがあるだけで、今回が初役です。
この作品も僕にとっては、素晴らしいチャレンジですね。このバレエを復元したピエール・ラコットと、毎日スタジオで一緒に仕事できるのはうれしいことですし、大切なことです。そしてクリエーター・ダンサーのギレーヌ・テスマーもスタジオにいます。彼女は作品の詳細に微細に通じていて、踊る上、演じる上でのコツもすべて知っています。この二人が語ることは値千金。聖餅を受け取るような感じです。現存のコレオグラファーからの直接の継承というのは、なんと素晴らしいことでしょう。それによって進化できますね。過去のコレオグファラーの作品だと、このほうがいいのでは、とかいったことは僕たちには決められません。そうするとではオリジナルに忠実にしておきましょうとなります。残念ですよね。ダンスは進化し、時代とともに進んでいるのですから。

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『マーラーの第三交響曲』Photo Laurent Philippe /Opéra national de Paris

Q:その役を踊るダンサーによっても、ちょっとした変更が必要なこともありますね。

A:そうです。ラコットは音楽性という点では厳しいというか、このステップはこの音符でと、ととても明解です。でもそれ以外のこと、例えば、振付でいえば、ああ、それは君により向いているね、ではそれでいこう、というように柔軟なんですよ。30年以上前に彼が復元したものに、しがみついていないんです。フレンチ・テクニックの作品なので、この役を踊ることは僕にはとても大切なことなんです。

Q:では、配役される以前から、この作品を踊りたいと思っていたのですね。

A:はい。実は最初は配役されてなかったんです。でも、オペラ座では変更というのはよくあること。思ってもいなかったので、僕にはとてもうれしいサプライズでした。オペラ座のディレクションからの提案がラコットに受け入れられ、踊れることになったのです。満足しています。上手くゆくことを祈っています。

Q:ジェームスという人物についてどう解釈していますか。

A:まだ若い男性で、そしてそう、いささかナイーブといっていいでしょうか。なぜって、理想の女性、夢の中の女性を欲しがっているのですから。雲の上に漂ってるという感じ。でも、同時にとても感情豊かで、それほど彼は現実離れしてるわけでもないんです。第一幕ではエフィーと結婚の約束という地に足のついた日常と、シルフィードという2つの世界の間で心がいったりきたりしています。でも第二幕ではシルフィードを追って、自分の夢を生きることにします。現実、安全、物質といったことを考えず、狂気に従うというのは美しいですね。最後にはすべてを失うのですが、このように人物の中に変化があるのは演じるアーティストとして興味深いです。

Q:『天井桟敷の人々』のラスネールの悪役ぶりが印象的だったゆえに、ジェームス役が想像しがたいのですが。

A:この仕事で面白いのは、まさにそこなんです。こうした役の幅広さがあるのが、このオペラ座で仕事をするチャンスといえるんです。マキャベリックな殺人者、夢見るジェームス、スペインの血気盛んでちょっとコミックなバジリオというように・・。テクニック以前に、まずこうした役を演じるのが僕には大いなる喜びです。役作りに精力を傾けることが、楽しいのです。僕、ダンサーになる前、俳優になりたかったんです。舞台上で演じたいというように、僕のもともとの動機は舞台でした。

Q:では劇場には今もよく行きますか。

A:ええ。でも、今年は僕にとって良いシーズンというか、たくさんの公演があるので、普段より外出頻度が低いです。その代わり映画は見ていますけど。僕、舞台の上で行われるスペクタクルというのに心触れられるんです。コンサートも含めてです。アーティストが自分の才能を舞台で繰り広げるというスペクタクルって、魔法のようですよね。

Q:これまでに舞台上で最も喜びを感じられた作品は何ですか。

A:喜びといっても、いろいろあって・・・。例えばラスネール、あるいは『ロメオとジュリエット』のティボルトといった役。強い個性があり、その人物に入り込むにはたくさんの自己投資が必要とされる役ですね。こうしたタイプに加え、『ア・ソート・オブ』にせよ『アパルトマン』にせよ、マッツ・エックの作品ですね。幸いにも両方を踊る機会があり、後者ではとりわけテレビのソロが踊れて・・。テレビのソロ。他にもまだたくさんありますね。ピナ・バウシュの『春の祭典』といった、強さが美しさになる作品。疲労が超越される喜びがこの作品にはあります。『ドン・キホーテ』もそう。これは僕にとって初の三幕大作。肉体的にとてもきつい作品ですが、バジリオという人物に最初から最後まで入り込むこと、テクニックのチャレンジもあり、素晴らしいチャレンジとなりました。この仕事を果たせたことに、とても満足しています。サシャ・ヴァルツの『ロメオとジュリエット』では、とても強烈な時間を過ごせました。メラニー・ユレルがパートナーでした。この作品ではロメオを演じて舞台に立つというのではなく、自分自身が舞台上にいるという感じがありました。役に自分をあわせるのではなく・・・こうしたことが可能なのは現存の振付家からの素晴らしいギフトといっていいでしょう。

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©『ドン・キホーテ』
Photo Julien Benhamou / Opéra national de Paris

Q:踊ってみたい作品は何ですか。

A:なぜかわかりませんが、ずっと踊りたいと夢見ているのは『白鳥の湖』なんです。それから・・スタジオでパートナーやリハーサルコーチ、あるいは創作において振付家と、または舞台で観客と、というように、僕は人間同士の交わし合いや出会いに惹かれています。僕が一番興味をもってるのは、人間的かかわり合いです。人間との出会い。これです。ですから、またクリエーションに参加できたら、うれしいですね。そうした幸運がこのオペラ座にはあります。オペラ座でのチャンスといえば、仕事の幅広さですね。今シーズン、僕の舞台を振り返ってみましょう。マリ=アニエスの創作、フォーサイスの『イン・ザ・ミドル・サムワット・エレヴィテッド』、それと同時に『ドン・キホーテ』のバジリオがありました。そしてイリ・キリアンの『輝夜姫』、ヌレエフ・ガラがあり、『ボレロ』、『ラ・シルフィード』。仕事の幅の広さ、これはとても気にいっています。

Q:来シーズンのプログラムの中では、何を踊りたいと期待していますか。

A:年末に『眠れる森の美女』がありますね。ヌレエフのヴァージョンの第二幕には、プリンスのとても美しいソロがあります。美しい、そしてとても長いソロです。この作品は100パーセント、ヌレエフのスタイルなので、これを踊って彼のスタイルを突き詰められたら、と思います。試してみたいですね。これと同時に『ル・パルク』があって、これもまた踊れたらうれしい作品の1つです。勅使河原三郎のクリエーションもありますね。彼の作品はまだ踊ったことがないので、興味をそそられます。そして、シーズンの最後の『ノートルダム・ド・パリ』では、ぜひともフロロを! なぜって、長いこと悪役を踊ってないので。僕は顔つきがハードで見た目が特殊なので、こうした役が自分には似合うと思うんです。1シーズンに1度くらい、こうした強いキャラクターを演じられたらいいですね。

Q:できれば避けて通りたいという役はありますか。

A:具体的には特に思いつきませんが、テクニックだけで何も語ることのない役。パーソナリティのない役・・・これは難しいですね。たとえバレエとして美しくても、語ることがない役で、動きのための動き、というダンスには惹かれません。テクニックのデモンストレーションというのは、やる気が湧きません。

Q:そうした例として、『ライモンダ』のジャン・ドゥ・ブリエンヌを挙げるダンサーが少なくありません。この作品はアブディラム役が面白いのではないでしょうか。

A:ジャン・ドゥ・ブリエンヌには確かに惹かれませんね。退屈な人物です。でも、アブディラム。これが踊れたらいいですが、当面この作品の上演は予定されてませんね。ああ、1つ良い役があります。『ラ・スルス(泉)』のモズドック。これは創作に参加した作品ですが、初日は踊ったものの怪我で降板することになってしまって・・。コーカサス人の親分という強いパーソナリティ、クラシックのテクニックとキャラクターダンスの要素が素晴らしく融合した振付・・

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『イン・ザ・ミドル・サムワット・エレヴァイテッド』
Photo Anne Deniau / Opéra national de Paris

Q:ダンスはどのように始めたのですか。

A:偶然からなんです。いつも身体を動かして、踊っているという子供で、リズム教室にも通っていました。僕はロレーヌ地方のメスの出身ですが、そこに10歳から14歳のグループ、15歳から20歳のグループ、そして大人のグループというアマチュアのコーラス隊があり、母がそれに属してたんです。彼女は最年少グループの演劇も手伝っていて、週末になると、そこに僕も連れて行ってくれました。4歳のころのことです。
おそらく、このときでしょう、舞台というものに目覚めたんです。ステージ、舞台裏、出し物の準備といったことを見て、とても刺激されました。それで自分でも寸劇を考えて・・・家に扮装用の衣装を詰めたトランクがあって、毎日自分で一人舞台をやっていました。ソファに祖父母たちを座らせて・・・。彼らを退屈させてたんでしょうけど、僕は多いに楽しんでいました。さいごにブラヴォー、ブラヴォーって言ってもらえて。そうこうするうち「こうしたお遊びは終しまい! 僕は真剣にダンスを学びたい」と。
それで両親は僕をジャズダンス教室に連れて行きました。今は好きですが、そのときはジャズダンスが好きになれず、何もわかってないくせに、「僕は本当のダンスが学びたいんだ!」って。

こうしてクラシック・バレエ教室に通い始めたわけです。ソランジュ・ゴルヴィンヌの生徒だった女性が教師で、彼女の教え方、人柄が素晴らしかったんです。僕はまだ6歳で、週に1度という程度のレッスンでしたけど、良い雰囲気ですぐにクラシック・バレエが気に入りました。オペラ座やら、5つのポジションなんて何一つ知らなかったんですよ。彼女のおかげで、上達したという向上心がわいて、週に1時間が、2時間、3時間・・・となって。じきに彼女の息子の一人と同じクラスに上がり、男同士仲良くもなり、また良い意味のライヴァル意識もあって・・。あるとき、先生が自分の教室からオペラ座のバレエ学校に入った生徒がいる。もし興味あるならって、『enfant de la danse』のビデオカセットを渡されました。クロード・ベッシーがナンテールに学校を移したときのものです。この映像の中で繰り広げられることにすっかり心奪われてしまって、「これこそが僕のしたいこと、こここそが僕に場所」と。まったく未知の世界なのに、どうしてもそこに行くのだ! となりました。

Q:寮に入ることなど怖くなかったですか。

A:いいえ。とにかくその学校に入りたいという気持ちでいっぱいでしたから。入学してから、オペラ座を知り、バレエの公演を初めて見て、それから、エトワールとかいろいろと知って・・・.アカデミックなフレンチ・スタイルを学びました。入学すると、僕と同じ教室の出身だったのでアレクサンドラ・カルディナルがプティット・メールとなって僕を支えてくれました。10歳半で入学した当初は寮生活は不自由ではなかったですが、14歳くらいになると自由が欲しくなりましたね。クロード・ベッシー校長はとても厳しくって、音楽も聞けない、テレビも見られない、バースデーパーティも禁止で。厳しかったですね。僕はルベルな面がまったくないので権威に従えますけど、生徒によっては才能があればわがままも通ると考えている子供もいました。僕はそれほど自分に才能あるとは思えず、自分なりの場所におさまって勉強を続けました。

Q:ダンスをいつ職業にしようと決めたのですか。

A:学校にはいった10歳半のときに。それに必要とされることがまだ当時はわかっていませんでした。学校では辛いこともあるし、失望があったり、挫けたりと・・でもそれを乗り越えて最後まで残った生徒は、踊りたいという願望が強い子供たちです。職業についての疑問は、僕の場合、入団し、この仕事の現実に直面したときに生まれました。ナンテールの学校は劇場と離れていることもあり、一種の幻想がありました。ところが、入団したらこうなんだろうなあ、と思っていたことと全然違って驚きばかり。今ならごく当たり前のことと理解できることですけど・・・。

Q:具体的にはどういったことですか。

A:カンパニーの新人は後ろに控え、他の人たちが踊るのをみて・・。舞台に出たくても、他に大勢いるので舞台ではすぐには踊れない・・・。カンパニー内で自分の場所をみつけ、ここが自分の家と気楽に感じられるようになるまで、時間がかかるものです。僕は3年くらいかかりました。

Q:舞台に上がる直前に何か特別にすることはありますか。

A:特別なことはないのですが、舞台に上がるまでにすることを最初の公演から最後まで同じにします。例えば何時にメークして、何時に...というゲネプロのときの時間割りを、公演中の一種のルーチンのように最後の公演までキープするのです。縁起担ぎというのではなく、ただ、こうすることで安心できるからです。

Q:食事には気を使っていると思います。どのような朝食をとりますか。

A:とてもフランス的です。パン・オ・ショコラ(笑)・・・朝なので、自分に許しています。買いに行く余裕があれば焼きたてのバゲットにバター、ジャム、そしてヌテラ(チョコレートペースト)・・・これもいけませんね(笑)。でも、11時から16時が仕事時間なので、ランチタイムはそれから、それまで保つには必要なんです。バナナ、キウイなどのフルーツをとることもあります。飲み物はお茶。日本茶ですよ!

Q:稽古のとき、香りを身につけますか。

A:僕が好きなのは、スズランとか、百合など白い花の香り。アルジェ通りにブティックを持つフランシス・クルクジャンという香水師がつくる香りを使っています。彼、とてもバレエ通なんですよ。彼のベストセラーはユニセックスのアクア・ユニヴェルセルといって、フレッシュでとても軽い香り。毎日稽古場で大勢の人と接触するし、パートナーもいることだし、あまり強い香りはつけられませんが、この香りには清潔感もあるので・・。

Q:昨日はどんなうれしいことがありましたか。

A:昨日は『ラ・シルフィード』の稽古がありました。リュドミラと初めて第二幕を通しで踊ったんです。これができて満足しています。終わったあと、ちょっとグロッキーでしたけど、これをできて自信が持てました。そして仕事の後、昨日は天気もよかったので自転車で家まで帰って・・ちょっとした自転車でのパリ散歩は快適でした。

Q:公演後、どんな言葉が最高の褒め言葉でしょうか。

A:感動です。観客を感動させることができたら、とてもうれしいことです。ブラヴォー、素晴らしい、といった言葉にはもちろんお礼をいいますが、僕が本当にうれしいのは、観客を感動させることができたと確信できる言葉です。特に踊り終わったあと、アーティストというのは自己批判しがちなので。

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『イン・ザ・ミドル・サムワット・エレヴァイテッド』Photo Julien Benhamou

Q:時間があるとすること、あるいは趣味は何でしょう。

A:今シーズンは公演が多くて時間がなかったけど、書くことが趣味です。一人のときに、小説を書きます。まだ完成していないし、内々に書いているので誰にも見せていません。それに今オペラ座でキャリアを築いてる最中で、初役はあるし、演技者としての仕事もあって、夜、小説を書くイマジネーションへのエネルギーがないという状態です。僕は言葉、文章にたいへん重要性をおくタイプ。もちろん読書しますよ。まだ第二のキャリアという先のことはわかりませんが、もし舞台でなければ、書くことで何か成功したいと思います。

Q:現在プルミエ・ダンスールの中で、最もエトワールに近いという声があります。

A:そうしたことは僕にはわかりません。でも、考えますよ。若い時、このキャリアを始めたときに、エトワールというタイトルは頭にあるものです。それに伴う犠牲とかはあまり考えずにね。僕たちを前進させ、何事にもモティヴェーションを与えてくれるのがこの肩書きです。
もっとも、それはエトワールになるということではなく、エトワールに許される自由のことです。ダンスにおける自由。ここではプルミエ・ダンスールになるとソリストとして踊れる自由がありますが、最高の自由はエトワールにあります。入団したての頃、このタイトルについてはあまり考えませんでした。というのも、僕の世代にはすごい才能の持ち主がたくさんいて・・・例えばジョジュアとか。僕は彼がエトワールになることが見えていました。それで考えてなかったのですが、役がもらえるようになり、ソリストになると・・・前を見るのは人間として自然なことですよね。エトワールになるというのは、僕自身にもよるし、上層部にもよるし、多くの基準にもよります。カンパニーを代表するのですから、とてつもなく大きな責任を負うことなので、怖かったんですよ。

Q:では、今すでに準備はできてるといえますか。

A:1〜2年前までは違いましたが、最近ではやってみようじゃないか、という気持ちになっています。本当に最近のことです。ある段階を経なければ・・とりわけ『ドン・キホーテ』を昨年末に踊り、最初の3幕ものをこなし、これによって、僕の頭でブロックしていた歯止めが外れた、という感じです。時に自問自答しすぎてしまうものですね。今は本当に願っています。期待しています。もっとも、たとえエトワールになれなくても、プルミエ・ダンスールで大いに満足なんですよ。エトワールの役につけるのですから。

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『イン・ザ・ミドル・サムワット・エレヴァイテッド』Photo Julien Benhamou

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