エトワール昇格を決めたアバニャートが「死神に遣わされた美女」を鮮烈に踊った

ワールドレポート/パリ

三光 洋
text by Hiroshi Sanko

Ballet de l'Opera national de Paris パリ・オペラ座バレエ団

Roland Petit, " Le Rendez-vous " " Le Loup " " Carmen "
ローラン・プティ振付『ランデブー』『狼』『カルメン』

ローラン・プティは2011年7月11日に亡くなった。その数ヶ月前に『ランデヴー』『狼』『若者と死』の三作品が上演されているが、今回は『若者と死』に代わって『カルメン』が上演された。
28日の公演を見たが、前日に『カルメン』でエトワールに任命されたエレオノーラ・アバニャートが当夜は『ランデヴー』の世界一の美女を踊った。

プティは33年前にまだ11歳だったアバニャートの才能を見抜いて、三年後にオーロラ役に抜擢した。2シーズン前の公演で『若者と死』を踊ったアバニャートに「君がエトワールになるのをどれほど望んでいることか」ともらしたプティの念願が叶ったことになる。
マルセル・カルネの映画を思わせるパリの夜に、アコーデオンと歌がオーケストラと交互してコスマの音楽が流れる。相愛の子供たちや花売り、チラシ配りといった人々のありきたりの日常を背景に、若者が死神、次いで世界一の美女と出会う。
プティが組み立てた空間には詩情とリアリスムとが織り成され、何度見ても飽きさせない。
第3場になって、黒い衣裳に身を固めたアバニャートがさっと舞台右から現れた。ニコラ・ル・リッシュ演じる若者に注がれる視線は濃密そのものだ。エネルギッシュな若者とのパ・ド・ドゥでは、すらりとした肢体が強靭な鋼のようによくしなった。頬を寄せてきた青年を突きのける白い手の荒々しさ、相手ののどをナイフで掻き切る気迫に満ちた所作は怜悧な視線とあいまって、死神から遣わされた美女を体現した。客席から遅咲きの大輪の花のような新エトワールに熱狂的な喝采が送られたのも当然だろう。

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© Opéra national de Paris/ Julien Benhamou

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© Opéra national de Paris/ Julien Benhamou

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© Opéra national de Paris/ Julien Benhamou

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© Opéra national de Paris/ Julien Benhamou

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© Opéra national de Paris/ Julien Benhamou

これに続いた『狼』は戦後日本でも人気のあった劇作家ジャン・アヌイの筋によっている。
結婚式の当日に花婿がジプシー女と姿を消してしまう。途方に暮れた花嫁に野獣使いは花婿が狼に変身したと信じ込ませるが、花婿は次第に自分が本物の狼といっしょにいることに気づく。最初は震え上がったものの、やがて偽りにみちた人間にはない狼の真情に打たれた娘は心を奪われる。村人たちは狼を狩り立てて殺し、狼を守ろうとした花嫁もいっしょに死んでしまう。
この「ほろ苦い大人のための童話」をアマンディーヌ・アルビッソン(花嫁)とオードリック・ブザール(狼)というオペラ座バレエ団期待の若手が主役を演じた。

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© Opéra national de Paris/ Julien Benhamou

背の高いオペラ座のダンサーの中でも抜きん出て大柄なブザールは、昨秋プルミエ・ダンスールに昇格したばかりだが、ほとばしるエネルギーによって野性味たっぷりの狼を演じた。昇級試験で惜しくも2位に終わりプルミエ・ダンスーズへの切符を取りそこなったアルビッソンだが、抜擢された大役でのびやかさとともに、狼の手をつかんで逃げ去る場面では決然とした身のこなしを見せ、若さだけでない演技の幅を感じさせた。
すでにプルミエから60年近くが経過したが、カズーの装置による深い森の趣き、現代フランスを代表する作曲家アンリ・デュティユーが、青年時代に作曲した叙情味あふれる音楽とが一体となって飽きさせない作品である。

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© Opéra national de Paris/ Julien Benhamou

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© Opéra national de Paris/ Julien Benhamou

休憩後の後半は『カルメン』。第1場タバコ工場、第2場リリヤス・パスティアの居酒屋、第3場寝室、第4場密輸業者の倉庫、第5場が闘牛場 とビゼーのオペラとほぼ同じ展開だが、G.トミー・デセールの編曲が有名なメロディーを羅列しただけのため、場面によっては状況との齟齬があるのがちょっと気になった。第3場のカルメンの寝室でアルルの女の間奏曲が流れるのは場違いだろう。
それでも全体としては、ダンサーの動きによってドラマを明快に展開していくプティの振付に引き込まれた。特に印象に残ったのはヒロインに焦点が当たる二つの場面だった。
まず、第3場のカルメンの寝室。白い壁の前にベッドが置かれ、端にはギターがある。柔らかなオーレリー・デュポンの身ごなしからは清潔な色香が漂う。対するカール・パケットはきりりとした決然たる表情で、田舎出身の伍長というよりは貴族の将校といった雰囲気だ。

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© Opéra national de Paris/ Julien Benhamou

ドン・ホセとしてはちょっと立派過ぎないだろうか。しかし、気持ちがぴったりと重なり合った二人の恋人としては魅力的で目が離せなかった。
もう一つはフィナーレだ。中央に赤い柵、その奥の観客席からは仮面たちが顔をのぞかせている。ヒロインの黒いヴェールを右手から登場したホセがさっと取り除ける。このわずかな所作だけで、カルメンを取り戻したいというホセの意思が明快に示された。ここからはすれ違ってしまった二つの感情のせめぎあいがデュポンとパケットが交わす視線に集約され、そのドラマに釘付けにされた。ヒロインが崩れ落ち、黒の帽子が後方からたくさん投げ込まれると、カルメンの命とともに照明がさっと消えた。
(2013年3月28日 ガルニエ宮)

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© Opéra national de Paris/ Julien Benhamou

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© Opéra national de Paris/ Julien Benhamou

『ランデヴー』
筋/ジャック・プレヴェール
オリジナル音楽/ジョセフ・コスマ
振付/ローラン・プティ(1945年) ルイジ・ボニノ指導
舞台幕/パブロ・ピカソ
装置/ブラッサイ
衣装/マヨ
照明/ジャン・ミッシェル・デジレ
リハーサル担当/ヤン・ブロエックス
配役
世界一の美女/エレオノーラ・アバニャート
若者/ニコラ・ル・リッシュ
死神/ステファーヌ・ファヴォラン
身体障害者/ユゴー・ヴィオレッティ
花売り娘/ペギー・デュルソール
娘たち/クレール・ガンドルフィ、ジェニファー・ヴィゾッキ
チラシ配り/サミュエル・ミュレ
相愛の子供たち/ソフィー・マイユー、アントニオ・コンフォルティ、ルイーズ・デュクルー、ガスパール・ジレ
少年たち/フロラン・メラック、アレクシー・サラミット、アクセル・アルヴァレーズ、ニコロ・バロシーニ
歌手/パスカル・オーバン
アコーデオン奏者/アントニー・ミレ
『狼』
筋/ジャン・アヌイ、ジョルジュ・ヌヴー
オリジナル音楽/アンリ・デュティユー
振付/ローラン・プティ(1951年) ルイジ・ボニノ指導
装置・衣装/カゾー
照明/ジャン・ミッシェル・デジレ
リハーサル担当/ジャン・フィリップ・アルノー
配役
花嫁/アマンディーヌ・アルビッソン
狼/オードリック・ブザール
ボヘミア女/カロリーヌ・ロベール
花婿/アレクサンドル・ガス
野獣使い/マチュー・ボット
母/モー・リヴィエール
『カルメン』
筋/プロスペル・メリメの短編小説による
音楽/ビゼー 
音楽編曲/G.トミー・デセール
振付/ローラン・プティ(1946年) ルイジ・ボニノ指導
衣装・装置/アントニー・クラヴェ
照明/ジャン・ミッシェル・デジレ
リハーサル担当/ジャン・フィリップ・アルノー
配役
カルメン/オーレリー・デュポン
ドン・ホセ/カール・パケット
エスカミーリョ/アレクシー・ルノー
夜盗の頭たち/カロリーヌ・バンス、アリステール・マダン、アクシム・トマ
ヤニス・プースプーリカス指揮 コロンヌ管弦楽団

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