オペラ座ダンサー・インタビュー:イザベル・シアラヴォラ

ワールドレポート/パリ

大村真理子(マダム・フィガロ・ジャポン パリ支局長)
text by Mariko OMURA

Isabelle Ciaravola  イザベル・シアラヴォラ(エトワール)

プリミエール・ダンスーズ時代に創作に携わった『天井桟敷の人々』。今年5月、名古屋・東京での公演で、ダンス、演技ともに高い評価を得たガランス役を日本のバレエファンに披露する。
2009年春に『オネーギン』を踊り、マチアス・エイマンと共にエトワールに任命されたイザベル。2014年2月、その思い出深いタチアナ役でアデュー公演を行う。カウントダウンの始まった引退だが、すでに彼女はダンサー以外の活動を徐々に始めている様子だ。

Q:アデュー公演まで後1年。引退年齢となる42歳の誕生日(2014年3月)前というのは珍しいのではないですか。

A:そう。これにはちょっと説明が必要ね。最初、オペラ座は私の引退に2014年7月の『ノートルダム・ド・パリ』を考えていたの。私はローラン・プティの作品は好きだわ。この作品も素晴らしいし、私には初役となる。でも、それほど感動的なアデューにはならないに違いない・・・こんな私の気持ちに対して、ブリジット(・ルフェーヴル芸術監督)が2月の『オネーギン』を提案してきたの。確かにちょっと早いけれど、この好機を逃すのは惜しいわって、思って決めたことなの。なぜって、この作品で私はエトワールに任命されたでしょ。この作品には感動があるし、演じる面でもとても強いものがある。これでアデューをするのが私にはふさわしいと思ったの。特別なものでしょう、引退公演って。私、この決定にはとても満足しているわ。他のダンサーもそうでしょうけど、悲劇のバレエでアデューをしたいと願っていて・・・。そうすると、オペラ座だと『椿姫』か『マノン』か『オネーギン』ということになるでしょう。アニエス(・ルテステュ)が今年の9月に『椿姫』でアデュー。(省略)そして『マノン』はというと後のことだけど、オーレリー(・デュポン)がこれでアデューをすることが決まっていて・・・・。

Q:その特別の日のパートナーはもう決まっていますか。

pari1302b_03.jpg

Photo Michel Lidvac

A :『オネーギン』を最初に踊ったのはエルヴェ(・モロー)とでした。二回めの時はマチュー(・ガニオ)とでしたけど、アデューは誰と踊るのかまだ決まっていません。

pari1302b_01.jpg

「オネーギン」Photo Michel Lidvac

pari1302b_02.jpg

「オネーギン」Photo Michel Lidvac

Q:最近、ダンスウエアのデザインを始めたそうですね。どのようなきっかけですか。

A:ポルトガルでブランドを持つオーナーが私の舞台を見て、1種のコラボレーションを提案してきたの。彼のブランドイメージにとって良いことなので、もし私がそれに興味あるのなら、と。ダンスのことなら良く知ってるし、これは天からの贈り物だわって、この提案をすぐに引き受けたのよ。

Q:ウエアのアイディアを提供する、といった仕事なのですか。

A:とんでもない。それ以上で、ミリ単位まで拘った仕事をしてるのよ。もっとも、それは私はそうしたいからなのだけど。ダンサーって毎日鏡の中の自分をみて仕事をするでしょう。私は、どちらかというとおしゃれ好きな。レオタードにせよ何にしても自分が美しいと感じられることがウエアでは大切なことだと考えているの。自分を美しいと思える快適感があると、ダンスをするのに自由が感じられるから。ウエアが窮屈だったり、何かしっくりこない時って、自分への自信がなくなってしまって・・。それって私だけのことかもしれないけれど。現在41歳。年齢を重ねたおかげでウエアを着る機会も増えたわけで、何が自分に向いているかがわかってるの。以前から、自分用にダンスウエアを特別オーダーもしているくらいだったのよ。

Q :どんなタイプが好みなのですか。

A:フェミニンで洗練されたものね。1着の中に素材がミックスされているのが好きだわ。楽屋の引き出しには稽古で着るウエアがいっぱい詰まっているけど、例えばライクラだけ、というようなのは一着ももってないの。私が今回デザインしたウエアはBallet Rosa par Isabelle Ciaravolaというブランド名で、このためにライクラ、ビロード、レースの3種を使ったレオタードを考えたのよ。それに手の甲が隠れるまで長いレースの袖のウエアもあれば、背中の部分にレースをはめこんだものも。色は肌色、赤、ブルーなどもあって、レオタードやショートパンツ型オールインワンなど21種類デザインした中には、ダンスだけでなくちょっとしたパーティにも役立ちそうなのもあるわ。

Q:デザインする上で、ブランド側からの制約がありましたか。

A:フォルム、色、素材を私が決めるのだけど、あなたが好きでも、これでは売れない! などといわれることはなかったわ。私、このコラボレーションで気に入ったのは、彼がこうして私のいうことに耳を貸してくれること。私のアイディアのウエアを自分で実際に試着してみて、背中のファスナーがあと1センチ長いほうが着脱が楽だ、というような訂正も受け入れてくれるの。私は自分で良いと認められない品のビジネスはできず、ハートがあっての仕事。人間的な信頼関係がオーナーとの間にあるので、とてもうれしいわ。自分の名前を貸すだけのアンバサダー的仕事だったら、私にはできない。今回は広告写真のモデルもしたし、1型ごとにタチアナ、ジゼルといった名前もつけて・・。この仕事はいわば私には自分のベビーのような存在よ。

pari1302b_04.jpg

Photo Michel Lidvac

pari1302b_05.jpg

Photo Michel Lidvac

pari1302b_06.jpg

Photo Michel Lidvac

pari1302b_07.jpg

Photo Michel Lidvac

Q:これは定年後の仕事として考えていますか。

A:年に1回新しいコレクションの発表があるのだけど、こうして続けていけたら、うれしいわね。クリエーティヴィティを必要とする仕事が自分は好きだということが、よくわかったの。一人ではウエアを作るなんて勇気はないけれど、今回はブランドが縫製工場も持ち、宣伝広告もしてくれるという幸運があったので。もっとも、ウエアのデザインに限らず、他のこともいろいろしているのよ。アンドレイ・クレムとDVD『Sur les pointes avec une Etoile Isabelle Ciaravola』を製作したの。彼が講師で私が生徒という設定のポワントワークのレッスンのDVDなので、これは日本でも販売されるのではないかしら。

Q:オペラ座の外での仕事は他に何がありますか。

A:私、2年前から講習会で講師もしているの。これは少しばかり有名になった私の名前のおかげね。とても気に入っている仕事で、プラハや、それにこの夏には北海道でもクラスを持つのよ。アマチュア向け、プロ向けとレヴェルはいろいろ。

Q:将来について不安はないですね。

A:先の保証は何もないけれど、こうして未来を自分で組み立て始めてるといえるかしら。きっと、私、幸運の星に恵まれているんでしょうね。いつだって、良い雰囲気の中で仕事ができて・・アンドレイとのDVDも、そうだった。オペラ座では収録があっても自分で見ることができないけれど、このDVDでは自分でチェックもでき、とってもフレンドリーな環境で仕事ができたのよ。自分が品物扱いされたり、利用されたりするのは嫌いだわ。私の少しは有名な名前、私の経験が役にたつのが好きなの。講習会を始めたとき、最初、自分が踊ったソロの指導なら簡単だろうって思ったの。でも、そこからクラシック全般のレッスン、ポワントだバーだ・・と次々と幅が広がっていって。アナトミーや呼吸の仕事も含めているの。教師として、そして生徒の立場になって準備をするので、これはもう、すごい量の仕事なのよ 。1時間の講習と1時間半のでは、することも違うでしょう。資料も用意すれば、リサーチもするし・・。オペラ座での仕事でも、初役のときは、過去のいろいろな配役のビデオをみて、ああこれはいい、コピーではなく自分用に応用してみよう、とかするように、講習の準備も同じようにしています。幸い、毎回講習を受けてくれてる生徒もいるの。良い反応があるということで、とてもうれしいわ。

pari1302b_08.jpg

今月はスペインで講習会を受ける人を選ぶオーディションという仕事もあるのよ。希望者が多い講習会なので。これも興味深いことね。私は自分からドアをノックしてゆくタイプではなく、こうして向こうから物事がやってくるの。今、とても良い星の下にいるって思えてるわ。

Q:オペラ座では今シーズンのスタートは、怪我で降板となってしまいましたね。

A:ええ、あいにくと。12月の「フォーサイス/ブラウン」で舞台復帰しました。トリシャ・ブラウンの『オー・コンポジット』には、運命的というか、ちょっとした裏話があるのよ。この作品で最初の舞台にたったのは、自分からこれを踊りたいとブリジットにお願いをしたからなの。足首の怪我で8か月休んだ後、まだポワントでは踊れない状態の時期があって、例えば「ローラン・プティの夕べ」でも、それゆえにとても踊りたかった『若者と死』は無理で、『ランデヴー』だけを踊って・・・。で、ブラウンのこの『オー・コンポジット』は以前に見てどんな作品か知っていたのね。ドゥミポワントで動きもソフト、あの音楽もいいし、全体にポエティクな雰囲気。それで試してみたくなって、ブリジットの許可をもらったというわけなの。怪我の後でなんとなく手探りの状態だったけど、これを踊ることで安心感が得られたわ。そして、昨年12月の『オー・コンポジット』は右手の手術の直後というわけね。この作品の衣装は左腕の前腕にサポーターのようなものをつけるのだけど、私は右腕につけて傷跡を隠していたのよ。

Q:フォーサイスの『Woundwork 1』を踊る喜びは何でしたか。

A:私、彼を崇拝しています。人間的に寛大で、また私たちが持つ最大限の力を発揮できるようにプッシュしてくれるんです。私はアカデミックなダンサーではないので、例えば『白の組曲』や『エチュード』などきっちりと正確なポジションを要求されるといささか欲求不満に陥ってしまいます。自由が必要なタイプ。この『Woundwork 1』では空間いっぱいに体を使うという3次元の仕事を、フォーサイスは私たちにさせました。毎回が実験的で、毎回同じであってはならないと。もちろん動きのシェーマは同じですが、毎回私たちが自分の体から取り出す最大限の表現が異なってることを要求されたんです。他の彼の作品に比べてスピードは速くないけれど、体を斜めにも動かし、体のすべてを使うというのは、とても疲れる仕事でした。オペラ座の私たちは彼の振付をいつも踊ってるわけではないので、なれてないでしょう。悲劇を踊って心理的に疲れ果てる、というのではなく、15分の作品でもこれは身体的に本当に疲れるものでした。最初、コーチと稽古を始めていたのだけど、彼は着くなり、年齢にも関わらず早速、自分で踊ってみせて・・素晴らしいわ。そして私たちをプッシュし、プッシュし、そしてあるところで、"あ、それだ"となって・・・その瞬間、すごい満足感が得られたわ。こうして自分を超えさせれくれる振付家と仕事をできるって、素晴らしいことね。

Q:今期の後半はどんな作品が待っていますか。

A:今年は『ジゼル』のシドニー・ツアーから始まって、3月はローラン・プティの『ランデヴー』があるわ。同時にプログラムされている『カルメン』もぜひ踊りたいと願っているの。上層部にこれは伝えてあるので、後は配役を待つのみね。過去に何度かあったコンクールで、この寝室のソロも居酒屋のソロも踊ってるほど好きなのよ。ガラでは踊っているけど、オペラ座ではこの3月の機会を逃したら、もう踊れないので・・・。4月にはノイマイヤーの『マーラー交響曲第三番』。2009年にエルヴェ(・モロー)と踊ったので、今回も彼と踊るのではないかしら。まだ配役を待ってるところなのでわからないけれど、彼の復帰は本当にうれしいわ。復帰後の彼とはガラで『ランデブー』『カルメン』を踊っているけど、オペラ座ではまだなの。

pari1302b_09.jpg

「マーラー交響曲第3番」Photo Michel Lidvac

pari1302b_10.jpg

「マーラー交響曲第3番」Photo Michel Lidvac

Q:その後来日ですね。『天井桟敷の人々』の創作で、何か思い出はありますか。

A:2008年のことだけど、とても昔のことに感じるわ・・。ガランスはとても良い役。創作の際、映画を細かく分析して、ガランスという人物について研究したことを今でも覚えています。作品のクリエーションで難しいのは、過去がないので、参考となるビデオがないことなの。この作品では映画が素晴らしく役立ったけど、振付のジョゼ(・マルチティネス)が希望することを尊重しつつ、自分なりのガランス像を築き上げるのはなかなかたいへんな作業でした。ヒューマニティ溢れる彼と仕事をするのはとても好き。彼流のユーモアがこの作品にもあって、映画の有名な台詞を上手く振付に盛り込んでいますね。映画の組み立てに忠実なクリエーションだわ。大勢の登場人物がいて、オペラ座の創作バレエとしては革新的といえるのではないかしら。アニエス(・ルテステュ)によるコスチュームも素晴らしい。自分が美しいと思える衣装というのは、とても大切よ。もっとも私には衣装だけでなく、音楽も大切な要素なの。音楽にインスパイアーされて踊るから。例えば、『オネーギン』の音楽の強さといったら信じられないくらい。アーチストとして、そこに体を委ね重ね合わせるという感じに踊るの。『天井桟敷の人々』の音楽はいろいろなミックスがされていて、私のパ・ド・ドゥの音楽はすきだわ。映画的で軽くって。 

pari1302b_11.jpg

Photo Michel Lidvac

pari1302b_12.jpg

Photo Michel Lidvac

pari1302b_14.jpg

Photo Michel Lidvac

pari1302b_13.jpg

「天井桟敷の人々」Photo Michel Lidvac

Q:映画の名台詞を踊るときに思い浮かべたりしますか。

A:私、映画でガランス役を演じたアルレッティの身振りを取り込んでるの。例えば、バティストを自分の部屋に誘うシーンがバレエでもあるでしょ。服を脱いで、ベッドカバーで体を覆って戻ってくると、バティストが部屋から消えてしまっていて、"おやま、なんて事なの!" という場面。ここでアルレッティと同じジェスチャーをしているのだけど、映画を見ていない人にはわからないわね。日本の観客に、劇場にくる前に映画をみることをお勧めするわ。私も演じる者として、再演前には映画を見直します。

Q:今年はバレエ学校設立の300周年にあたりますが、学校時代のどんな思い出がありますか。

A:300年ってすごいわね。学校時代に悪い思い出は1つもなく、寮生活も含め、素晴らしい2年間でした。コルシカ島からバレエダンサーとしてのキャリアを試しにパリにやってきたのですが、オペラ座バレエ学校に入学するオーディションの年齢は過ぎていたので、コンセルヴァトワール経由で入ったんです。島育ちの私にとって、オペラ座のバレエ学校といったら夢のまた夢。接近不可能という存在だったのに、そこに入ってアーテスティックな雰囲気に囲まれて過ごした2年間となれば、素晴らしいものでしかないでしょう。その上、海外ツアーもあって・・・。エジプトや日本へ行ったのよ。17〜18歳の頃で、当時の私には日本なんて遥か彼方の国だったのに、ダンスのおかげで行くことができたわけね。この時に、日本の観客とダンスへの愛が分かち合うという喜びを味わいました。劇場の外で待っていてくれて、有名でもなく、まだ生徒に過ぎない私がしたことを日本の人は気に入ってくれたんだわ! って・・・。

Q:学校時代の同期では誰が今も団員ですか。

A:私の第一ディヴィジョン時代に一緒で今も団員なのは、マリー=アニエス・ジロ、エマニュエル・ティボーがいます。

Q:以前踊りたい作品として『ボレロ』をあげていましたが、今も変わりませんか。

A:今は、オペラ座の残された時間内で、自分が喜びを得られる作品をできる限りたくさん踊りたいって願っているだけ。すでに『マノン』『椿姫』『オネーギン』、それに『ロメオとジュリエット』も踊ることができて・・『ロメオとジュリエット』は39歳にして初役。まだ足首が痛む時期で、ヌレエフ作品を踊るのはたいへんだったわ。でも、最後のジュリエットが自害するときの音楽は、私の人生の一部となってるほどの音楽なの。悲しいときに『マノン』の第二幕のパ・ド・ドゥ、『ロメオ』の最後の音楽をよく聞いていた時期があって・・。こうした作品が踊れたので、とても満足しているの。予定されてる作品の中で踊りたいのは、今シーズンの最後の『ラ・シルフィード』、来シーズンの最後の『ノートルダム・ド・パリ』。どちらも踊ることが決まっています。

pari1302b_15.jpg

「マノン」Photo Michel Lidvac

pari1302b_16.jpg

「マノン」Photo Michel Lidvac

Q:オペラ座のレパートリー以外では何かありますか。

A:『スパルタカス』。これは音楽ゆえになのよ。このパ・ド・ドゥのハチャトリアンの音楽は、子供の時に母がよく聞いていた思い出のある曲。映画『うたかたの恋』でこの曲が使われていて、母はこの映画が大好きだったので・・。

Q:引退後、どこかのガラで踊れる可能性もあるのではないでしょうか。

A:それは私の秘めたる希望ということね。でも、これもそうしたいからって、私からは行動しないわ。他のことと同じで、誰かが私を探しにくるのを待っているの。

<<7つのショート・ショート>>

1. 好きな香り:ラヴェンダー。エッセンシャルオイルに混ぜて使っている。
2. 好きな女優:一人だけあげるなら、そのオーラ、その個性、その美しさゆえ『風と共に去りぬ』のヴィヴィアン・リー
3. 好みのファションブランド :グッチやアルマーニなどイタリアンブランド
4. 舞台に上がる前にすること:口の乾きを防ぐためキャンディをなめる。トゥシューズのゴムを15回くらい確認する。リフレッシュスプレーを脚にかける。お祈り。
5. プチ・アンファン の数:オペラ座の団員内では6名。
6. 性格の特徴:感情的に脆い、と同時に精神的に強い。
7. 集めている品:そのスピリチュアリティゆえに天使もの。ただし集まりすぎて置き場がないのでストップ。現在の楽屋の壁には天使が描かれている。かつてはエリザベット・プラテル、その後はクレールマリ・オスタが使っていたこの楽屋で最後を迎えたくて、クレールマリの引退を待って昨年8月に入った。

pari1302b_17.jpg

Photo Michel Lidvac

ページの先頭へ戻る