元エトワール、ベラルビ監督によるストラヴィンスキー3作品、カピトル歌劇場

ワールドレポート/パリ

三光 洋
text by Hiroshi Sanko

Ballet du Capitole de Toulouse トゥールーズ・カピトル歌劇場バレエ団

¨Pulcinella¨ by Nils Christe, "Symphonie de psaumes" by Jiri Kylian, "Les Noces" by Stijn Celis
『プルチネッラ』ニルス・クリスト振付、『詩篇交響曲』イリ・キリアン振付、 『結婚』スティン・セリス振付

パリ・オペラ座バレエ団の元エトワール、カデル・ベラルビが今年8月にトゥールーズの名門、カピトル歌劇場バレエ団のダンス監督に就任した。その初めてのシーズンが10月24日から始まった。フランスの歌劇場バレエ団としてはコンテンポラリー・ダンスで独自のレパートリーを誇るリヨン国立オペラ・バレエ団があるが、クラシック・バレエではカピトル歌劇場バレエ団はパリに続く第二の位置にある。
ベラルビ新監督はシーズンの演目を昨年度までの4演目から6演目に増やし、35人のダンサーが舞台に上がる機会を増やすとともに、自らの振付による『奇妙な隣人Etranges Voisins』(世界初演、12月5日から9日)と『海賊』(5月16日から19日)を上演する。その他もフォーサイス、プレルヨカージュ、インバル・ピントの現代作品に、ブルノンヴィルの『ナポリ』や『リーズの結婚』といったクラシックも並んで、よくバランスのとれたプログラムである。

開幕公演にはイゴール・ストラヴィンスキーの音楽による三つのバレエ作品が選ばれた。まず、『プルチネッラ』。もっとも1920年5月20日にバレエ・リュスがオペラ座で初演したピカソの装置と衣装を使ったレオニード・マシーン振付ではなく、1987年11月4日にアムステルダムでスカピーノ・バレエが初演したオランダ人振付家ニルス・クリストの作品である。クリストは1949年ロッテルダム生まれで1974年にネーデルランド・ダンス・シアター(NDT)に処女作を発表してデビューした。1979年のケルン振付コンクールで『クワルテット』が第1位に選ばれている。パリ・オペラ座バレエ団、イングリッシュ・ナショナル・バレエ、ウィーン国立歌劇場バレエなどで作品を発表し、現在世界の66のバレエ団のレパートリーに78作品が入っている。
『プルチネッラ』の衣装と装置を担当したトム・シェンクは、左右に幕で民家を表し、舞台後方に壁を配置した。ピカソほどぱっと人目を惹く色彩はないが、白の洗濯物がずらりつ吊り下がった小さな広場は簡素にしてひなびた趣があり、ナポリの下町らしい雰囲気が漂った。イタリア民衆劇コメディア・デ・ラルテの主人公であるプルチネッラは甲高い声でまくし立てるのが特徴だが、クリストの振付ではそれが目まぐるしいほどの所作によって表現されている。周囲の女性たちからもてはやされているドン・ファンであるプルチネッラ、その許婚者ピンピネッラは白い仮面を被っている。仮面によって顔や視線での表現が妨げられているにもかかわらず、プルチネッラ役のニコラ・ロンボーとピンピネッラ役のマリア・グチエレーズの二人の迅速な所作と身振り手振りによって、恋愛感情のやりとりが明快に表現され、客席から手に取るように感じられた。それに主人公に恋する娘二人や嫉妬する若者二人、魔術師といった多様な人物が舞台を所狭しと飛び回り、活気にあふれていた。

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Photo:© David Herrero

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Photo:© David Herrero

このコメディに続いたのは対照的に静謐さの漂う『詩篇交響曲』だった。
まず闇の中に、二つの端に置かれた8脚の祈祷台が照明にくっきりと浮かんだ。この正方形に仕切られた空間に男女8組16人のダンサーたちが最初から最後まで留まる。一切の入退場はない。床は緑青、背景にずらりと天井からつるされたアラビア絨毯のモザイクは紺紫の光を当てられ、神秘的な雰囲気があたりを包み、あたかも教会の内部にいるかのように感じられた。聖書に基づくストラヴィンスキーの音楽には『「われらが主」への祈り』が合唱によって歌われるが、同時に音楽が身体に働きかけてくるかのようだ。
背景のアラビア絨毯の幾何学模様に照応したダンサーの整然とした動きから、時おり、ダンサー個人の感情があふれ出してくる。単調な日常の繰り返しから、ふと稀有な瞬間が立ち現れてくるかのようだ。
他のダンサーたちが舞台端に背を向けて立っている中で、中央に残った男性と女性が相手への思いを身体の揺れと交差に託す。全体の一体感と個々のダンサーの個性とが微妙な均衡に溶け合い、緊迫した時間の果てに、ほのかな余韻と情念の軌跡が日没後の残光のように漂った。
この作品はネーデルランド・ダンス・シアターの監督に就任したイリ・キリアンが、28人の団員の個性を生かしながら、統一性のあるバレエ団を生み出そうとして考案した。ベラルビがカピトル歌劇場バレエ団との作業の出発点に選んだのは正鵠を得ている。

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Photo:© David Herrero

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Photo:© David Herrero

休憩後は『結婚』。バレエ・リュスが1923年に初演したニジンスカ振付ではなく、2002年モントリオール初演のスティン・セリス振付である。セリスは1964年生まれのベルギー人で、アントワーペン王立ダンス学校で学び、フランドル・オペラ・バレエ、ジュネーブ・グランテアトル・バレエ団などで踊った。97年にマッツ・エクに振付家として招待され、2004年から07年にベルン・バレエ団芸術監督を務めた。
振付家となってから、装置もアントワーペンで学んだセリフは、舞台上に木のベンチを四つ置いた。作品はちょっと奇抜なウエディングドレスを着た女性12人による、ストラヴィンスキーの荒々しいリズムの乗った足踏みで始まった。途中で天井からシャンデリアが二つ降りてきて祝宴になる。燕尾服の男性たちにも女性にもロシアの民族的な部分は削ぎ落とされ、男女に分かれた12人のグループによる群舞が中心となっている。男の黒と女の白が交錯したり、左右に分かれて別の動きを示したり、一見簡素だが多様な所作が音楽の変化に応じて組み合わされ、変化に富み構築され、見た目にもすっきりときれいな舞台となっている。
お互いに相手をほとんど知らずに結婚させられるロシア農民の男女と、飲んだり踊ったりの祝宴出席者との対比によって、伝統的な結婚の不条理を鋭くついたニジンスカとは一味違う。ローカルカラーを排し、男性と女性との差異を前面に出して、現代の結婚を問い直すというセリスのアプローチは斬新で、舞台から目を離せなかった。
世界の主要歌劇場から引っ張りだこの若手指揮者ツゥガン・ソフィエフはカピトル管弦楽団、同合唱団からストラヴィンスキーのリズムと豊かな表情を余すことなく引き出し、ダンサーたちの身体と音楽とがぴたりと寄り添った秀逸な夕べだった。
ベラルビ・バレエ監督の下、フランス人だけでなく、スペイン、日本、イタリア、カザキスタン、ブラジル、アルメニアなど多国籍のダンサーが一体となったカピトル歌劇場バレエ団の将来に期待が集まっている。
(2012年9月25日 カピトル歌劇場)

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Photo:© David Herrero

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Photo:© David Herrero

"Stravinski et la danse "『ストラヴィンスキーとダンス』
『プルチネッラ』

音楽/ストラヴィンスキー
振付/ニルス・クリスト
衣装・装置/トム・シェンク
照明/ケース・ティブス
メゾソプラノ/オリガ・サヴォヴァ
テノール/ヴァシリー・エフィモフ
バス/ゲナディ・ベズベンコフ
配役 プルチネッラ/ニコラ・ロンボー
ピンピネッラ/マリア・グチエレーズ
フルボ/ダヴィット・ガルスティアン
フロリンド/ヴァレリオ・マンジアンティ
シヴィエッロ/ジュリアン・インス
プリュデンツァ/ガエラ・プジョル
ロゼッタ/ローレン・ケネディ
魔術師/ジェレミー・レディエ
タルタリア/ヘンリック・ヴィクトリン
その妻/ヌリア・アルテアガ
博士/ウラディミール・バニコフ
その妻/エステル・フルニエ
『詩篇交響曲』
音楽/ストラヴィンスキー
振付/イリ・キリアン
装置/ウイリアム・カッツ
衣装/ジョープ・ストクヴィス
照明/ジョープ・カボールト
『結婚』 
音楽/ストラヴィンスキー
振付・装置/スティン・セリス
衣装/カトリーヌ・ヴォフレ
照明/マルク・パラン
歌手 父親/ゲナディ・ベズベンコフ
母親/オリガ・サヴォヴァ
男の許婚者/ヴァシリ・エフィモフ
女の許婚者/アナスタジア・カラギナ
演奏/トゥガン・ソフィエフ指揮カピトル歌劇場管弦楽団、同合唱団

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