一つの時代を鮮烈に浮かび上がらせたポール・ティラーのパリ公演

ワールドレポート/パリ

三光 洋
text by Hiroshi Sanko

Les Etés de la danse Paris  第8回パリ夏季ダンスフェスティヴァル
Paul Taylor Danse Company ポール・ティラー・ダンスカンパニー

Paul Taylor "AUREOLE","BIG BERTHA","BELOVED RENEGADE", "MERCURIC TIDINGS","CLOVEN KINGDOM","SYZYGY","COMPANY B"
ポール・ティラー振付『光の環(オーリオール)』『バーサ大砲』『愛されたアウトロー』『マーキュリック・タイディングズ』『割れた王国』『朔望』『カンパニー・B』

2005年に創設されたパリ夏季ダンスフェスティヴァルが第8回を迎え、アメリカのポール・ティラーダンスカンパニーとアルヴィン・エイリー・アメリカン・ダンスシアターが招聘された。まず、最初に12年ぶりのパリ公演となったポール・ティラーダンスカンパニーがシャイヨ国立劇場で10公演を行い、13演目を披瀝した。
6月24日はまず1962年初演の『光の環(オーリオール)』で始まり、男性2名女性3名の5人のダンサーが素足で踊った。ヘンデルの流麗な音楽に乗ってやわらかな動きが大きく空間を掴んでいく。ダンサーはしばしば袖から退場したが、すぐ逆の袖から登場して次の動きが始まるので、この意外性に富んだ「遊び」には最後まで目を離せなかった。5部の構成だが曲目が変わるだけで筋はなく抽象的ではあるがきれいな残像が残った。

これに続いた『バーサ大砲(ビッグ・バーサ)』は1970年の作品だ。両親と娘というアメリカの中流家庭が遊園地ルナ・パークに遊びに来る。「ビッグ・バーサ」は第1次大戦でパリとベルギーのリエージュ攻撃にドイツ軍が使った大砲の通称で、舞台では手回し風琴の名前になっている。この遊戯具が突然勝手に動き出し、家族三人が驚愕する模様がブラックユーモアあふれる巧みなマイムとダンスで描かれ、客席が沸いた。

pari1208b03.jpg

© Paul B. Goode

休憩後のフランシス・プーランクの宗教曲『グロリア』を使った『愛されたアウトロー』は2008年初演の作品だ。「愛されたアウトロー」とはアメリカの詩人ウオルト・ホイットマン(1819・1892)のことである。
日本でも早くから広く読まれたホイットマンは、民主主義とアブラハム・リンカーを賞賛し、自ら看護兵として南北戦争に参加している。この国民詩人へのオマージュとして詩人の代表詩集「草の葉」からインスピレーションを受けたポール・テイーラーが振付けた作品だ。
戦争中に傷病兵を看護したり、横たわった兵隊が死にゆく姿を詩人に扮したミヒャエル・トゥルノヴィッチがのびやかな長身で描きあげた。テイラーは詩人の生涯をたどりながら、愛国者としての側面だけでなく、愛と官能の礼賛者としての側面をダンサーたちの身体によって前面に押し出した。フロワーにリラックスして横たわった複数の男女のペアが、お互いを見つめ合うい、やさしく相手の脚や肩を手でなでたり、首を抱いて頬に接吻する。ベテラン照明家ジェニファー・ティプトンによる黄昏の光もダンサーたちのシルエットをきれいに浮かび上がらせ、愛の喜びが皮膚で感じ取れるようだった。

pari1208b15.jpg

© Paul B.Goode

pari1208b16.jpg

© Paul B.Goode

6月27日のプログラムは『割れた王国』(1976年初演)で始まった。イタリアのバロック作曲家アルカンジェロ・コレッリの典雅な旋律に乗って優雅な舞踏会がスタートするが、アフリカ風リズムの現代曲(コーウエル曲)が途中で割り込んでくる。それにしたがって、盛装した男女の内側に潜む獣性が明るみに出ていく。全く異なる二つの側面を瞬時に切り替えるダンサーたちの見事な技術と表情の変化には驚かされたが、アングロサクソン風のこうしたユーモアはフランス的な感覚からは遠い。英米の観光客たちが熱狂的な拍手と口笛で迎えたのと、ちょっと白けた感じのフランス人の観客との落差が目に付いた。
次は1987年初演の『朔望』。天文学で2つの天体の黄経度の差がO度ないし180度になること----太陽と月と地球が一直線に並ぶような現象----これをダンサーの身体によって舞台で表現しようという試みだ。ダンサーたちは惑星のように自転し、目まぐるしい動きを見せる。なかなか気の利いた思いつきだが、それで振付家が何を観客に伝えようとしたのかまでは捉えられなかった。
最後は『カンパニーB』(1991年初演)。アンドリューズ・シシターズの歌うゆったりした曲をバックに、アメリカの1940年代の男女が戯れている。背景には銃を手にした兵隊たちが姿を見せ、第二次大戦に突入しようとしているアメリカの雰囲気が手に取るように伝わってきた。日本人としてちょっと気持ちの重くなったにせよ、感傷的なメロディとゆったりとした中にも一抹の不安が過ぎっていくようなダンサーの表情と身体の動きだけで、一つの時代を鮮烈に蘇らせたポール・ティラーの手腕には脱帽せざるをえなかった。音楽は録音を使用していた。
(2012年6月24日、27日 シャイヨ国立劇場)

pari1208b05.jpg

© Tom Caravaglia

pari1208b09.jpg

© Paul B. Goode

pari1208b07.jpg

© Paul B. Goode

pari1208b06.jpg

© Tom Caravaglia

pari1208b12.jpg

© Paul B. Goode

pari1208b13.jpg

© Paul B. Goode

ページの先頭へ戻る