オペラ座ダンサー・インタビュー:マリーヌ・ガニオ

ワールドレポート/パリ

大村真理子(マダム・フィガロ・ジャポン パリ支局長)
text by Mariko OMURA

Marine Ganio マリーヌ・ガニオ(コリフェ)

この夏、東京でフローリアン・マニョネと『タイス』を踊る。

溌剌とした動き、繊細な脚さばき、見事な跳躍、表情豊かな演技...舞台上にフレッシュな魅力を振りまく彼女は、コール・ド・バレエにあっても抜き出るように観客の眼をひきつける。7月半ばまでオペラ座で『リーズの結婚』があるが、その合間を縫って、現在、ローラン・プティ振付の『タイス』の稽古に勤しんでいる。パートナーは夫フローリアン・マニョネ(オペラ座プルミエ・ダンスール)、そして指導するのはプティのミューズだった母ドミニク・カルフー二だ。8月19日、ゆうぽーとで開催される「第一回ショソン・ドール国際コンクール・イン・トーキョー」決勝日に、彼女はその成果をゲストダンサーとして披露する。

Q:この夏、「第一回ショソン・ドール国際コンクール・イン・トーキョー」が開催され、その決戦日に『タイス』のパ・ドゥ・ドゥを踊るそうですね。

A:小さいときから両親が踊るのを見ていたこともあり、また、これは本当に素晴らしいパ・ドゥ・ドゥなので、いつか私も踊れたらって、ずっと心ひかれていました。それで、今回東京で踊る機会があるということで、迷わず『タイス』を選んだのです。ダンスが美しいというだけでなく、幼い頃の思い出が蘇るという感傷的な面もあります。今回はフローリアンがパートナーなので、ぜひとも『タイス』を踊りたいという気持ちが強かったですね。というのも、これは誰がパートナーでもいいというパ・ドゥ・ドゥではないので。

Q: 彼とパ・ドゥ・ドゥを踊るのは、これが初めてですか。

A:いいえ、過去に一度だけガラで踊ったことがあります。『ロメオとジュリエット』のバルコニーの パ・ドゥ・ドゥでした。

Q:今、過去に『タイス』を踊ったカルフー二さんと、稽古を重ねているところですね。3年前、オペラ座の「若きダンサーの夕べ」で『パピヨン』を踊ることになったとき、自分なりの『パピヨン』にしたいからと、あえて過去にそれを踊ったカルフー二さんの指導を受けなかったと記憶しています。

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『Le Papillon』
Photo Agathe Poupeney / Opéra national de Paris

A:はい、確かに。でも、今回は状況が違います。『タイス』はローラン・プティの作品です。それを継承するのにこれ以上適切な人物は、母以外にいません。彼女と稽古をするのは、当然のことだと思うのです。母は私に継承することに満足し、また、私が彼女と同じバレエを踊りたいと希望したことにも大変満足しています。

Q:最近はフローリアン、そしてお兄さまのマチュー・ガニオさんともオペラ座の舞台上で一緒のことが増えていますね。こういう場合、一人の時より心強いですか。
A:あいにくと彼らと一緒の日は、ストレスでいっぱいになってしまうんです。彼らが上手く踊れるようにとか、いろいろ心配で心配で(笑)。この仕事って、何が起きてもおかしくないので、つい注意深くなってしまって・・・。自分のこと以上にストレスを感じてしまうので、踊る彼らを舞台裏で見守る、というほうがずっと好きです。よくマチューは自分が踊らない日に私を見に来てくれるのですが、それはとてもうれしく、彼の精神的な支えはすごく心強く感じます。安心できるんです。でも、コリフェに上がってから、私も出演回数が増えているので、彼らと一緒の舞台が増えることがあっても減ることはありません。だから、このストレスには慣れなければなりませんね。

Q:舞台でストレスを感じるタイプですか。

A:ガラでパ・ドゥ・ドゥを踊るというときなどは、確かにありますね。舞台で踊れることが嬉しくてストレス・ゼロというタイプのダンサーもいるようですけど・・・。でも、例えばガラで踊る『ラ・シルフィード』は回を重ねたので、今はストレスがありません。そして、オペラ座でコール・ド・バレエの時のストレスは、徐々に減ってきています。

Q:以前からの願望だった兄妹一緒のパ・ドゥ・ドゥは、2011年1月のイヴェンと「ダンサー・コレオグラファー」でミリアム・カミオンカが二人のために振付けた『Près de toi』で叶いましたね。

A:これは本当に素晴らしい経験でした。喜びそのもの。これに限らず、また彼と一緒に踊る機会があれば、と願っています。

Q:兄妹のパ・ドゥ・ドゥというのは、演目を選ぶのが難しいかもしれませんね。例えば、ジョゼ・マルティネーズの『スカルラッティ パ・ドゥ・ドゥ』などでしょうか。

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『Près de Toi』マチュー・ガニオと
Photo Gala Reverdy

A:そうですね。兄妹なので、愛情もののパ・ドゥ・ドゥは確かに不可能です。でもそれは物語がというより、振付の問題でしょう。『マノン』や『ロメオとジュリエット』などは確かに難しいけれど、例えば『ラ・シルフィード』の中には踊れるものがあると思いますよ。プティの『レダと白鳥』もいいかもしれません。とにかく兄とまた踊れる機会があったら、本当にうれしいです。フローリアンとはこうした問題がなく、『ロメオ』でも何でも踊れます。でも、特に踊りたいのは、プティの『アルルの女』や『プルースト』などです。

Q :好きなコレオグラファーは?と聞かれたら、答えはローラン・プティですか。

A:彼は私の子供時代にとても重要な存在で、本当に彼のことが好きでした。彼との思い出もいろいろあります。私は母に彼が振付けたパ・ドゥ・ドゥを踊るのをみるたびうっとりとし、それが、私の指標にもなってるのです。ダンスをしたい! という思いを私が持ったのは、ここからなんです。母と同じことがしたい! と。もちろん他にも好きな振付け家はいるし、どんな作品にもノンといわないけれど、もし選べるのであれば、プティの作品へと自然と私の気持ちは向かいますね。

Q:ダンサーの道を選んだのは、母親が踊るのを見て、ということですね。

A:はい、母が踊るのを見て、母への崇拝がダンスへの情熱にトランスフォームされた、といっていいでしょう。母への賛美が基本にあるのは間違いありません。母に似たい、自分も同じように踊りたい、と思ったのです。

Q:ダンサーの暮らしは大変そう! とは思わなかったのですね。

A:大変なのは、小さい時から母を通じてわかっていました。いろいろな拘束があることや、努力が必要なことなど。でも、情熱があり、喜びがあって。母の努力する姿を私は見ています。情熱が原動力となると、努力をすることを受け入れられるのだと知りました。情熱をもって生きられる人って、最近は少なくなってるというか、情熱はあっても、人々は仕事とは別のところで実践したりしてるでしょう。でも、私の場合は情熱が仕事になってます。だから、私、思ったことがないんですよ、仕事に行くって。オペラ座に行く、と思ってるだけで。確かにそれで生計をたててるから、仕事ではあるけれど...。

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© Abcdfefghijklmn Opqrstu Vwxyz

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© Abcdfefghijklmn Opqrstu Vwxyz

Q:もし将来子供ができたら、自分と同じような子供時代を与えたいと思いますか。

A:母のツアーについて旅をしたり、確かに素晴らしい子供時代を送りました。でも、母が留守がちだったことがとても辛かったので、そんな思いは自分の子供には味合わせたくありません。なるべく一緒の時間をすごすようにしたいです。旅に多く出られない、自分のダンサーとしてのキャリアが少しばかり制限される、ということになっても、それは仕方ないこと。子供の成長をみずに終わるようなことは、可能な限り避けるでしょうね。

Q:今年からコリフェになって、何か大きく変わったことがありますか。

A:私、コリフェになる前から、配役される機会に恵まれていたんです。カドリーユ時代でも、ダンサーが不在となったり、怪我をしたりということで、舞台にでる機会がよくありました。だから、今コリフェとなって配役されてるバレエも、すでにカドリーユで経験してるものが多いんです。何が変わったかというと、たとえ代役でも、徐々に良い役に配役されるようになってると感じています。コリフェとしては本当に良い配役に恵まれている、チャンスを与えてもらえている、という意識があります。 

Q:2008年の入団の前に、契約団員の時代がありますね。

A:はい。合計で7年のキャリアになります。でもオペラ座では24歳なら、みな、こういう計算になりますよ。

Q:この7年の経過は早く感じられましたか。

A:特に長いと感じたことはありません。私は契約団員を3年経験していて、これは誰もが経過するコースではないですね。でも、このことは、私にとって幸いしてるといえます。小さいときから、私、よく言われたのは、「彼女は成功するわよ。なぜって母親が・・父親が・・・」と。 でもこの3年のおかげで、はっきりと言えることがあります。ここに至るまで決して簡単ではなかったけれど、私は自分自身の仕事と、忍耐力でここまで来ることができたんだ、と。当時は辛かったかもしれないけど、今はそれに値する場にいるのだと。誰のおかげでもなく、自分の力で、正当に今のこの場所にいるといるということを言えます。もう誰も、両親のおかげね、とも兄のおかげね、という眼で私をみないでしょう。そう思うと、順調に進めなかったことを、うれしく思います。それに、そのおかげで、自分に舞い降りてくることを存分に味わうことも覚えました。何事も得るためには、たくさん仕事をしなければならないと学びました。契約団員、来シーズンはどうなるのだろう、という不安がいつもありました。

Q:今はもうそうした不安からは解放されましたね。 

A:努力を続けることにかわりなはないけれど、今はコンクールで失敗しても、それは残念で悲しい、ということで、オペラ座の団員であることはかわらない。それは契約団員のときとは違う。入団してカドリーユで最初のコンクールのとき、私、ほとんどストレスを感じなかったんですよ。もちろんステージで踊るストレスはあっても、このコンクールがもたらすことはプラスのことしかない。上がったら幸運、だめでも翌年上がる努力をするにしても、メゾンにいることには変わらないのだから、と。

Q:オペラ座内で特に親しいダンサーはいますか。

A:私にはプティット・メールがいません。誰かアドヴァイスをくれるとしたら、私には母がいますから。親しいというのではなく、大変よく面倒をみてくれるのはクレールマリ・オスタです。ずっと私の仕事を追っていてくれて、彼女に負うものはとても大きいですね。最初彼女のほうから声をかけてくれて、すぐに良い関係が築けたんです。彼女は時間を惜しまず私の指導をしてくれて・・・引退後もそれを続けてくれるといってくれました。その以前はギレーヌ・テスマールがコンクールの時に助けてくれ、彼女も大切な存在です。

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Concours
Photo Sébastien Mathé / Opéra national de Paris

Q:ロマンティック・バレエが好きということですが、カール・パケットのグループのガラで踊った『ドンキホーテ』では、生き生きした、とてもチャーミングなキトリでした。

A:これを踊るのは、私が選んだことではないのです。もともと他のダンサーが踊ることになっていたのだけれど、彼女が怪我をしてしまって。それでカールから誘われたときに、出来る! と感じたので引き受けたんです。素晴らしいチャンスでした。いつかオペラ座で踊ることができるかもしれないけど、それは待たなければならないので、このガラでは思いっきり楽しみました。シルフィードやジゼルとはまったく異なるタイプだけど、キトリも私の性格の一部に重なるところがあるので、とても気に入っています。今はとにかく、いろいいろなスタイルをなんでも試してみたいですね。素晴らしいのは、さまざまなタイプの人物になりきることなんです。

Q:『オネーギン』『マノン』『リーズの結婚』などの舞台のコール・ド・バレエのダンサーたちの中で、表情豊かなあなたの演技がとても印象的でした。

A:物語を紡ぐソリストが舞台の前にいて、私たちは彼らの後ろにいます。ソリストが、もし自分には関係のない、という人々に囲まれてたら、とっては辛いと思うんです。観客にもそうですね。例えば、ソリストがコール・ド・バレエをみたら、こちらもソリストを見るようにする、と。ソリストのために、出来る限り私も物語の中の人物であるように努めています。自分と一緒に物語を紡いでいる人がいる、ということはソリストにとって助けになるはずです。もし、私のそうした仕事を眼にとめてくれたのなら、うれしいです。

Q:あなたはコール・ド・バレエの先頭にたって舞台に登場することが、よくあります。ばかげた見方かもしれませんが、小柄であることの特権のように思えました。

A:小柄であることがコンプレックスで辛い時期もありました。でも、これは利点なのだと最近は思っています。背を伸ばすことはできないのだから、受け入れなければ。これは欠点ではなく、私の特性。自分の持ち札を最大限活用しなければ、と考えています。大切なのは、観客が毎回同じ人物ではなく、違う人物を見いだすことです。

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『リーズの結婚』Photo Michel Lidvac

それに大柄な女性ダンサーはパートナーの幅がかぎられますけど、小柄だとパートナー選びに苦心しません。私はどんな男性とも組めます。これも私の利点ですね。例えば背の高いフローリアンと今回『タイス』を一緒に踊ります。私のために彼はいつもより多く屈む必要があるので、確かに彼には最初は大変。でも、それも習慣の問題で稽古をするうちに、慣れることです。

Q:今シーズンはガラ公演が多かったですね。

A:ガラはオペラ座のスケジュールゆえに、引き受けられない場合もあります。公演がなくても、私たちはオペラ座の仕事を優先するので、リハーサルが続く期間に、ガラに参加することで怪我の可能性がある場合は断ります。そう、今シーズンは多く参加できました。 舞台でソリストとして踊れるのは、うれしいこと。オペラ座でソリストたちがすることを、自分もしたい、と常に夢見ているのですからね。そうした役へのアクセスが得られ、経験も増やせる。ガラは自分を豊かにするとても良い機会なんです。

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『Le Papillon』
Photo Agathe Poupeney / Opéra national de Paris

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『リーズの結婚』右から二人目
Photo Michel Lidvac

Q:ガラで組むダンサーは決まっていますか。

A:いいえ、たくさんのパートナーがいます。一番最初のパートナーはマチアス(・エイマン)でした。そらから、ダニエル(・ストークス)、ピエール・アルチュール(・ラヴォー)、ファビアン(・レヴィヨン)、アクセル(・イボ)など。パートナーと組んで、演目を公演主催者に自分たちから提案することもあります。

Q:この7年間のキャリアで、オペラ座で一番楽しめた舞台は何ですか。

A:特にこれというはなく、すべて楽しんでいます。もっとも、来シーズンの『ラ・シルフィード』は私が入団して以来初めてなので、これは特別に心待ちしています。とても好きな作品です。

Q:コール・ド・バレエの場合、代役を稽古して舞台が終わることもありますね。

A:はい。でも私はまだ若いし、もし順調に上に上がれることがあれば、いつか踊れるものです。単に時間の問題。それに、たとえ舞台で踊らずに終わったにしても、過去に稽古したことは記憶しているわけですから、舞台で踊らずに終わっても、無駄な仕事をしたわけではないのです。もちろん、その成果をみるために稽古をしたら舞台ですぐに踊りたい、という気持ちは当然ありますけれど・・。契約団員時代を経験したおかげで、与えられることはどれも心から尊重するようになりました。自分に与えられるものはどれも存分に享受するようにしています。

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『ラ・バヤデール』
Photo Agathe Poupeney/ Opéra national de Paris

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『ラ・バヤデール』
Photo Agathe Poupeney/ Opéra national de Paris

<<10のショート・ショート>>

1 . プティ・ペール:マルセイユ時代にお願いしたルイジ・ボニノ。
2 . 宝物:夫、家族。
3 . ペット:猫(雑種)。
4 . 余暇の過ごし方 :生活そのものを楽しむ
5 . ダンス以外に考えられる仕事:若い時は弁護士になりたかった。子供好きなので、子供の権利を守る司法の仕事や、あるいは保育所の運営など・・恵まれない子供が少しでも幸せに感じられるための何か。
6 . 朝一番最初にすること:シャワー。
7. 気分転換法:物事を相対的にみる質なので、私の人生は、その一瞬前に思ったほど悪いものじゃないのだ、と考える。これで、嫌なことはすぐに忘れられる。
8 . ナンテールの学校時代の最高の思い出: マダム・ズンボと過ごした第2ディヴィジョン時代。
9 . この夏、東京でぜひ行きたい場所 :アナ・スイのブティック(パリで売っていない化粧品が充実している)。 
10 . お気に入りの香水:機会に応じて使い分けている。ダンスのときはラルチザン パフュームのVerte Violette。レストランでディナーに行く時は、ゲランのLa Petite Robe Noireというように。 

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