デュポンと復帰したモローが踊ったサシャ・ヴァルツの『ロメオとジュリエット』

ワールドレポート/パリ

三光 洋
text by Hiroshi Sanko

Ballet de l'Opéra national de Paris パリ・オペラ座バレエ団

Sasha Waltz ¨ROMÉO ET JULIETTE¨ サシャ・ヴァルツ振付『ロメオとジュリエット』

2007年10月にガルニエ宮で世界初演されたサシャ・ヴァルツ振付の『ロメオとジュリエット』が再演された。
舞台上には客席に向かって斜めに二枚の巨大な床が重ねられている。貝の蓋が開くように、上の床が場面に応じて上下に動き、ジュリエットの寝室のバルコニーになったり、60度近い傾斜の壁面となったりする。装飾的なものは一切置かれていない裸の舞台だ。すべてがダンサーの身体と音楽、照明という動きのある要素によって表現されていた。
ベルント・スコツィヒの衣装も、白と黒を基調に、ベージュと青が入った趣味のよいもの。ヌレエフの振付でみられたようなイタリア・ルネッサンスの派手な衣装とは異なり、ダンサーの身体のラインや動きが手に取るように見えた。
オペラ座合唱団がプロローグで歌っている間に、キャピュレット家とモンテギュー家の戦闘、騒擾、君主による仲裁、と主人公二人を取り巻く状況が明快に描かれ、そのまま銀と黒の衣装による仮面舞踏会での出会いへと進んだ。ヴァルツの振付には乳母も登場せず、ティボルトとマキューシオの決闘場面もない。すべてが恋人たちの情念のドラマに凝集している。

主役二人は初演の同じエルヴェ・モローとオーレリー・デュポン。右手前から中央に走りぬけ、後方から駆け去る最初のシーンから、若いジュリエットの生きる喜びが周囲にあふれた。ロメオに自分から積極的に近づいて周囲から引き離して自分のほうに引き寄せる。低弦のトレモロが響くたびに、二人の距離が微妙に近づき、キャピュレット家の人々が遠ざかるところは、音楽に身体の動きがぴたりと重ねあわされ、振付の繊細さにはっとさせられた。
出会いの場面も絡みあう二人の指、ロメオの髪から肩へとなめらかにすべるジュリエットの指という細部に感情がそれとなく描かれていた。ベテラン照明家ダヴィッド・フィンの光がやわらかくダンサーの身体を包み込んでいった。

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© Opéra national de Paris/ Laurent Philippe

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© Abcdfefghijklmn Opqrstu VwxyzOpéra national de Paris/ Laurent Philippe

エルヴェ・モローはここしばらく舞台から遠ざかっていた。配役表を見ても、本当に舞台に現れるのかどうかという一抹の不安があった。
彼が姿を見せた時、ほっとした空気が周囲を流れた。上方をさっと見上げるだけで、颯爽とした若さが立ち込めた。ちょっと陰のある、きりっとした気品ある視線は今のパリ国立オペラ座のダンサーでは彼独自のものだろう。バルコニーでの別れの場面で、ジュリエットの乗った床がせり上がっていく時、精一杯に背伸びしたモローの長い指が少女の足にかすかに触れるところなど、微妙な身ごなしは比類がない。テクニックが優れているだけでなく、そこに独特の気品がある。

ただ、二枚のうちに上側の床が吊り上げられて壁となったところに、ロメオが上ろうとしてはすべり落ちるのを繰り返す場面はちょっと気になった。音楽が止まり、一人となったロメオが二人の仲を阻んでいる旧弊なキャプレット家や社会を象徴する壁に何度も何度も挑む作品の大きな鍵となるシーンだ。それだけ初演の時に見られた横溢するようなエネルギーにかげりが感じられたのが惜しまれる。
それでもカーテンコールに現れたデュポンの表情がしあわせそうだったこと。観客ばかりでなくパートナーである彼女こそモローの復帰を待っていたのだろう。
サシャ・ヴァルツによって主役二人の情念に的を絞った稀有の作品だけに、最良のコンビで再演が行われたことを心から喜びたい。また、この役にとどまらず、来シーズンは他の作品にも登場してもらいたいものだ。
(2012年5月17日 バスチーユオペラ)

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© Opéra national de Paris/ Laurent Philippe

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© Opéra national de Paris/ Laurent Philippe

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© Opéra national de Paris/ Laurent Philippe

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© Opéra national de Paris/ Laurent Philippe

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© Opéra national de Paris/ Laurent Philippe

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© Opéra national de Paris/ Laurent Philippe

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© Opéra national de Paris/ Laurent Philippe

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© Opéra national de Paris/ Laurent Philippe

音楽/エクトル・ベルリオーズ 劇的交響曲『ロメオとジュリエット』作品17(1839年)
ヴェロ・ペーン指揮パリ国立オペラ座管弦楽団
振付/サシャ・ヴァルツ
装置/ピア・マイアー・シュリーヴァー、トーマス・シェンク、サシャ・ヴァルツ
衣装/ベルント・スコツィヒ
照明/ダヴィッド・フィン
配役
ジュリエット/オーレリー・デュポン(メゾソプラノ、ステファニー・ドゥーストラック)
ロメオ/エルヴェ・モロー(テノール、ヤン・ブーロン)
ローランス神父/ニコラ・ポール(バス、ニコラ・カヴァリエ)

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