デュポンとシアラヴォラのマノン、オファルトとガニオのデ・グリューが競演

ワールドレポート/パリ

三光 洋
text by Hiroshi Sanko

Ballet de l'Opéra national de Paris パリ・オペラ座バレエ団

Kenneth MacMillan " L'Histoire de Manon " ケネス・マクミラン振付『マノン』

ケネス・マクミランはセシル・オーブリー主演(アンリ・ジョルジュ・クルーゾー監督・1948年)の『情婦マノン』と、そのリメークのカトリーヌ・ドヌーブ主演(ジャン・オーレル監督・1971年)の『恋のマノン』(原題Perverse Manon)という二本の映画を観て強 い印象を受けた。そして有名なアヴェ・プレヴォーの原作小説『シュヴァリエ・デ・グリューとマノン・レスコーの物語』(1731年)に立ち返り、新たにバレエのあらすじを考案。1974年に、英国ロイヤル・バレエ団がコヴェントガーデンでアントワネット・シブリーとアンソニー・ダウエルの主演により初演した。

初演に際して、装置と衣装を依頼されたニコラス・ジョージアディスは、プッチーニのオペラ『マノン・レスコー』の音楽を使うことを提案したが、当時、コヴェントガーデンのレパートリーに入っていたオペラの音楽は著作権が切れていたために、マクミランはマスネの音楽を利用することにした。編曲を担当したのはヒッチコックの映画音楽も作曲したことのあるレイトン・ルーカス。彼はディアギレフのバレエリュスのダンサーでもあった人だった。ルーカスはマスネのオペラ・コミック『マノン』の楽譜ではなく、ほかの舞台音楽と交響曲から場面と人物の心理に合った部分を抜き出して、モザイクのように組み立てた。中でも最も効果的に使われているのは「エレジー(悲歌)」の哀切なメロディである。

pari1206a01.jpg

© Opéra national de Paris/ Anne Deniau

第1幕第1場の二人の出会いで場での一目惚れのパ・ド・ドゥ、第2幕マダムの夜会でデ・グリューがマノンに二人で逃げようと懇願するパ・ド・ドゥ、それに第3幕第3場のフィナーレ近く、死を目前にしたマノンが二人の思い出を夢見る場面という3つのクライマックスで演奏され、激しい愛には最初から破局が秘めていたことが音楽によって示唆されている。

1990年、マクミランのバレエ『マノン』がパリ国立オペラ座でレパートリーに入入れられる時、作曲家のマスネの子孫から訴訟がおこされた。それは「マスネ作曲のオペラ・コミック『マノン』とバレエとが同じ題名で混同されるおそれがある」という理由だった。そのため、パリ国立オペラ座バレエ団が上演するのは『マノン』ではなく『マノンの物語』である。プッチーニも同じ題材でオペラを作曲したが、マスネと重ならないようにとの配慮で『マノン・レスコー』との題を選択している。
また、パリ・オペラ座バレエ団でこの作品を上演する際、騎士デ・グリューを踊ることになっていたジャン=イヴ・ロルモーは、一度だけリハーサルを休んだ。これに怒ったマクミランはロルモーを役から外し、マニュエル・ルグリを起用したという。相手役のマノンはモニク・ルディエールだった。

pari1206a03.jpg

© Opéra national de Paris /
Laurent Philippe

3幕7場、二度の休憩を含めて2時間45分という大作だが、時間の経過を感じさせなかった。それは振付家が誰にもわかるように、観客へのわかりやすさを最大限に留意したからだろう。冒頭のマノンの兄レスコーが一人でいるところに、浮浪者の群れが入ってくる。男性ダンサーたちの演じる浮浪者、紳士たち、女性ダンサーによる女優、娼婦、高級娼婦、召使いたちといった群舞が、色とりどりの衣装と変化に富んだ装置とともに巧みに時代の雰囲気を伝えている。(時代は原作から少しずらして革命前のフランスに設定されている。)アドリアン・クーヴェーズ(5月2日)、ユゴー・ヴィリオッティ(5月8日)がいずれも巧みなマイムと切れの良い動きで浮浪者の頭を演じ、ミュリエル・ジュスペルギがからっとした陽気なレスコーの愛人役を溌剌と演じて印象的だった。主役以外の脇役たちの活き活きとして踊りが、舞台全体に躍動感を与えていた。
こうした背景からマノンとデ・グリューのカップルにマノンの兄レスコーという三人の主役が、丁寧に描きこまれている。

本を手にしたデ・グリューとマノンが鉢合わせして一目ぼれするシーンや寝室の場面、アメリカに送られる港、沼沢地での最後、とヒロインは様々なドラマティックな局面で活躍する。オーレリー・デュポンが演じたマノンは、まばたきやちょっとした首をかしげる仕草に、純潔な少女と聖人の女性との境界にいるヒロインのそこはかとない色香を感じられた。そのパートナーのややぎこちない純情な青年を真摯に演じたジョシュア・オッファルトのカップルもなかなかよかった。しかし、息がぴたりと合っていたのはイザベル・シアラヴォラとマチュー・ガニオの組み合わせだった。出会いの場面で二人かちらりちらりと相手を見やる濃密な視線の交錯。椅子に座っているだけでも、周囲にぱっと華やぎが広がった。デ・グリューと離れていても、ちょっと裾をたくしあげるだけで濃厚な色香が漂う。
また、ジェレミー・ベランガール(5月2日)とヤン・サイーズ(5月8日)の兄レスコーとその愛人のカップルは、当初からそれとなく周囲に悪の影を落として、終末の大いなる悲劇を招く適切な伏線となっていた。

なお、今回の公演最終日の5月13日は、エトワールのクレールマリ・オスタがマノンを夫のニコラ・ル・リッシュを相手に踊る引退公演だった。終演後、オスタの長年の功績に対してレジョン・ドヌール勲章が送られた。
(2012年5月2日、8日 ガルニエ宮)

pari1206a17.jpg

© Opéra national de Paris /
Laurent Philippe

pari1206a04.jpg

© Opéra national de Paris /
Laurent Philippe

pari1206a05.jpg

© Opéra national de Paris /
Laurent Philippe

pari1206a07.jpg

© Opéra national de Paris /
Laurent Philippe

pari1206a09.jpg

© Opéra national de Paris /
Laurent Philippe

pari1206a10.jpg

© Opéra national de Paris /
Laurent Philippe

pari1206a11.jpg

© Opéra national de Paris /
Laurent Philippe

pari1206a12.jpg

© Opéra national de Paris /
Laurent Philippe

pari1206a13.jpg

© Opéra national de Paris /
Laurent Philippe

pari1206a15.jpg

© Opéra national de Paris /
Laurent Philippe

pari1206a02.jpg

© Opéra national de Paris / Laurent Philippe

pari1206a06.jpg

© Opéra national de Paris / Laurent Philippe

pari1206a14.jpg

© Opéra national de Paris / Laurent Philippe

pari1206a16.jpg

© Opéra national de Paris / Laurent Philippe

音楽/ジュール・マスネ(レイトン・ルーカス編曲)
振付・演出/ケネス・マクミラン
装置・衣装/ニコラス・ジョージアディス
照明/ハンス・エケ・スヨルキスト
コーン・ケッセルズ指揮パリ国立オペラ座管弦楽団
配役
マノン/オーレリー・デュポン、イザベル・シアラヴォラ
騎士デ・グリュー/ジョシュア・オファルト、マチュー・ガニオ
レスコー/ジェレミー・ベランガール、ヤン・サイーズ
レスコーの愛人 ミュリエル・ジュスペルギ、ノルヴェン・ダニエル
ムッシューG.M./オーレリアン・ユエット、エリック・モナン
マダム/ヴィヴィアーヌ・デクーチュール、アメリー・ラムルー
浮浪者の頭/アドリアン・クーヴェーズ、ユゴー・ヴィリオッティ

ページの先頭へ戻る