ロシアの大地を具現したモイセーエフ・バレエ団の火山の噴火にも似た衝撃

ワールドレポート/パリ

三光 洋
text by Hiroshi Sanko

Ballet Igor Moisseiev

イゴール・モイセーエフ・バレエ団 パリ引越公演

パリのパレ・デ・コングレで12月20日から1月1日までロシアのイゴール・モイセーエフ・バレエ団の引越公演が開かれた。なだらかに傾斜した座席はゆったりしていて、広い舞台をどこからでもよく見られる会場だ。

創立75周年を迎えた同バレエ団は2007年に創設者のモイセーエフが101歳で亡くなってからも、レパートリーを変えずに踊り続けている。 1906年にキエフに生まれたモイセーエフは少年時代に教師だった叔母をウクライナ共和国に訪ねた。叔母が文字を教えていた農民たちが送っていた、大都市のキエフとは全くことなる農村の生活、その伝統、特に祭りで人生の喜びをダンスで表している人々の姿を見聞きした。この記憶がボリショイバレエ団付属学校から18歳でボリショイのソリストになっても消えることはなかった。

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Photo:© E. Masalkov

ダンサーやがて振付家(1939年に『フットボール』を発表)になってからも時間があると、広大でさまざまな民族が住んでいるソヴィエト連邦の各地をリュックサックを背に遍歴し、フォークロアを見て歩いた。多くの音楽家が民謡を採譜して、作曲のインスピレーションを得ていったように、モイセーエフは地方の多様性にみちたダンスを自分の目で見て、それを一つの完成した世界に仕上げ、200を超える作品を残した。最初のパリ公演は1955年にジャン・ヴィラールが総監督を勤めていた国立シャイヨ劇場で行われ、今回が10回目のツアーとなる。
公演はまず劇団の歴史を回顧する白黒映画の映写ではじまり、休憩をはさんで全部で14の短い作品が紹介された。まず、ロシアダンスの「四季」の一つ、ブドウの収穫祭を描いた「夏」で始まったが、男女のカップルを中心に軽やかに回転する輪舞の輪から放出するエネルギーに圧倒された。
続いてカスピ海の北西にあるカルムーキ、ついで黒海に面したクリミア半島(韃靼人)と広大なロシアをダンスによって旅をしていくことになった。隣接していても、民族が違い、パも衣装も違う。この多様な個性(キャラクター)こそロシアの豊かさで、物語性とショーとしての超絶技法とが一体となっている。

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Photo:© E. Masalkov

中でも前半最後に演じられたコーカサスの山岳民族のナチスドイツ軍と戦いを表現した『パルチザン』は長い黒のケープをまとった斥候たちが滑らかに床を音もなく肩のゆれもなく滑っていくところなど、まるで足の裏にスケートを履いているかのような錯覚を覚えるほどだった。
ジプシーのキャンプでの誘惑の踊りやカスタネットを手に女性たちがそろってカンカンのように足を上げる『ヨタ・アラゴネーズ』のようなロシア以外の世界のフォークロアも同じダンサーたちがあたかも自分たちの伝統であるかのようにのびやかに演じていた。

また、極東の遊牧民族ナナイ族の伝統スポーツである「二人の子供の戦い」は相撲と柔道を足して割ったような動きがコミックで客席の子供たちから歓声が挙がったが、実はたった一人のダンサーが演じていたのだった。
フィナーレを飾ったウクライナの伝統ダンス『ゴパック』での異様までに高速のピルエットと他のダンサーたちの列を超える跳躍の高さは圧巻で忘れられない。
「モイセーエフバレエとの最初の出会いは火山の噴火にも似た衝撃を与えた。私の身体を突き抜けていったのは単なるダンスではなく、それとともに果てることのないロシアの大河、森、草原が具現していた」というモーリス・ベジャールの言葉は誇張ではなかった。(イゴール・モイセーエフ宛2006年1月18日付けの手紙)
昨年ガルニエ宮で客演したボリショイ・バレエ団のようなクラシック・バレエも、こうした多彩で高度の技術と速度、抜群の演劇性を誇るキャラクターダンスの伝統によって支えられていることを生々しく感じさせられた。
予定されたプログラム終了後に、ユネスコ事務局長代理から「ユネスコ5大陸メダル」が同バレエ団に授与され、どの団員たちの顔もぱっと喜びに輝いた。
(2011年12月20日 パレ・デ・コングレ)

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Photo:© E. Masalkov

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